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0141 見積もれど足らず、遡れど在らず

7/8 …… 2章の改稿・再構築完了

 こいつはとんでもない新参者で、そして闖入者だ。

 それは単に"野営地群"に対してだけではなかった。そもそもの、自分自身が引き継ぎまた何年もかけて暖めてきた計画(・・)に対するもの(闖入)である――そう確信していたマクハードは、確かに(・・・)魔法使い"ではない"気配を漂わせるオーマという若者に対して、初めて本当の意味での猜疑心を込めた眼差しを刺すように投げかけた。


 ――【黄昏の帝国】などという語を知っていたわけではない。

 魔法の才能など無かった己であるが、その気になれば商人ではなく『次兄国』の適当な都市大学に入って……それこそ「学究」の道に進むこともできただろう。だから、彼はまさにオーマに煽られたように"学"としては知っていたのだ。


 英雄王の時代を遥かに越えて(さかのぼ)り。

 西オルゼのそのまた西部を占める【大泥原】を根城にしつつ、その一部が『次兄国』にまで出張って"傭兵"として活動する獰猛にして尚武の種族たる竜人(ドラグノス)達――オーマのお供(・・)でもある――の祖である「竜」達の時代よりも、さらに(ふる)(ふる)(ふる)く遡った、神代の時代に、今の【四兄弟国】など比べ物にならないほど広大な領域を支配する空前絶後の巨大国家が存在していた、という。


 "学者"様達からの受け売りであったが、そんな、庶民の身には伝説か歴史かもわからぬような馬鹿げた代物の遺構だか遺跡だか。

 そんな、弩級レベルでにわかには信じ難い存在が、例の『魔石鉱山』の先に繋がっており、己の目的の一つ(・・・)はそれを調査することなのである……などと、この「学究者」を自称する闖入者は気宇壮大なる大法螺を吹いてくれたのであった。


 流石にそればかりは、【血と涙の団】の"2代目後見人"を自認するマクハードをして、予想と計画と想定の範囲を越え過ぎていると絶句せずにはいられない。

 だから、彼は自身が想定していた様々な「可能性」について振り返っていた。


(これが『ちょうちょう』様の御徴(みしるし)でないことなんて、この際、もう構わないんだ)


 ――何せ、オーマに伝えるつもりはなかったが、実のところマクハードは【春司】が今どのような状態であるかを知っていた(・・・・・)のだから。

 【火】の魔石の出現、などという……己を含めた多くの旧ワルセィレの同胞達が、それを「ちょうちょう」様の御徴(みしるし)誤認(・・)するような事件が無ければ無かったで、どのみち、数年以内にロンドール家が"別の何か"を旧ワルセィレのいずれかの領域で引き起こす、ということなど、彼にはわかっていた。それ(・・)に向けて、それ(・・)がいつ起きてもいいように、この数年間ずっと"整え"続けてきたのであるから。


(だから例えばあの"双子"が吹きやがったように、恐ろしい魔獣や化け物たちの住処だかに繋がる"裂け目"だったとしても、別に驚きゃしないんだ)


 ――オーマが現れる以前に村に逗留していたいかにも訳ありな学者見習いから……彼らがいつからオーマの手下なのかは素直にオーマの言を信じる気はなかったが、そもそもその可能性は既に指摘していたのだ。マクハードとしては、それを御徴(みしるし)であることにしよう(・・・・・・)と『関所街』側が蠢くならば、別に大氾濫(スタンピード)が起きたのだとしても、それはそれでよかったのである。


 だからこそ、今回の【火】の魔石の一件について、真偽を別にしてロンドール家が一遇の好機と見なし動き出すだろう、と読み切っていた。


だから(・・・)【人攫い教団】の連中をそそのかす流れ作ったんだがなぁ。んで、別に何なら――【人攫い教団】が本当に自分のところの"鉱山"と繋げてたって、別に一向に良かったってのに)


 それは、その正体が"双子"の説の通り実際は"裂け目"であるとして――その捜索を悲願としていたと伝え聞く【騙し絵】家の興味を引くことは、むしろ都合が良いとすら言えたからこその臨機応変(アドリブ)であった。


 無論、【人攫い教団】ナーレフ支部が丸ごと、信徒達が幹部である『墨法師』達もろとも、ものの見事に忽然と姿を消してしまったことは予想に反していたわけだが。

 その結果、その恩恵に預かって"野営地群"が急激に発展する運びとなったことで、急激に"実行場所"がヘレンセル村になったと理解したわけであるが、元より、それがどこであろうとも短期間の間に集結(・・)できるようにはしていた。それが"整え"ていたということの意味である。


 【人攫い教団】の一団の集団失踪への疑念は残っているが、素直に考えれば、危険な"裂け目"に潜む魔獣に殺されたと考えるのが筋。

 ――だが、その捜査も兼ねてであろう、彼らの元締めにして【騙し絵】家の走狗である『廃絵の具』が直接出張ってくると『関所街』から知らされていた以上、マクハードは、いっそ"裂け目"が【人攫い教団】に占領され彼らの恐るべき【転移】魔法によって本当にその所有する"鉱山"と化して叛逆の拠点と化していたのだとしても、もはや、驚かないつもりでいたのである。


(どこまで知っている、いや、どこまで関わって(・・・・)いるんだかなぁ。厄介なのに目をつけられてしまったもんだ……全く、オーマさん(こんな奴)は俺の"見積もり"には無かったからな)


 眼の前で不敵に口の端を釣り上げる"学究者"オーマは、本当に『魔導大学』の関係者かと思うほどの恐るべき知識と、そして尋常ならざる観察眼(・・・)でもって……"野営地群"に、そしてヘレンセル村にマクハードが少しずつ呼び寄せていた【血と涙の団】の関係者や構成員達の存在に気づいているようであった。

 ――かつて"魔法ならざる"の中に生きていた旧ワルセィレの民であるからこそ、それが尋常ならざる(魔法ならざる)技であることを元【涙の番人】としてマクハードは直感的に悟ることができていた。そして、それをわざわざ明かしてきているということは……敵対されても撃滅するか、最低でもヘレンセル村からは抜け出す自信があるということである。


("欠け月"どもを返り討ちにして、ヴィアッドの婆さんを籠絡したのは、どう考えても俺へのメッセージだしな)


 そんな油断ならない存在が、自分にそう売り込んできたので、そう動いてやりやすいようにしてやったのは確かだったが……よもや、村で医術師として蠢く中で――彼の"先触れ"を自称する「珍獣売り」の2人の如く――明らかに構成員である者とそうでない者とを「即日」のうちに峻別してしまうとは。


 しかもそれが明らかに「気づいているぞ」というメッセージを自分に伝達させることが目的としか思えない、背後関係に関する際どい問いかけとセットなのだから、マクハードには最初から選択肢が無かった。にも関わらず、形の上ではまるで問い詰められているような態度なのが、また始末に終えない、とマクハードは苦笑の中で苦虫だか笑い虫だかを噛み潰した。


 ――ヘレンセル村では、エスルテーリ家の従士団や、特に可愛がっているラシェット少年にご執心の令嬢エリスに接触するかと思っていたマクハードであった。その意味では冷や水を早々に浴びせられたか、はたまた、己の中に眠っていた何らかの感情に火をつけられたような心地であったか。

 予定を大幅に繰り上げて変更してまで、死にかけた禿げ爺(先代の後見役)のところに赴いて直談判に至ったわけである。


 ――これは、ただの"蜂起"などではないのだ。

 純朴にして熱狂的な被征服者が死力を尽くして弾圧者たる魔導貴族に抗う……などという、単純な話ではないのである。少なくとも"後見人"であるマクハードにとってもそうだし、その他の"仕掛け人"達にとっても。


 ロンドール家と自分を除いても、最低でもあと3つの勢力がこの件には絡んでいた。


 さらにそこに混沌の招来を企図して学者見習いの二人組の発言から着想して【人攫い教団】を巻き込んだが……よもやそれが【騙し絵】家の"跡目争い"なんぞに帰結しようなどとは。


(混乱すれば混乱するほど都合がいいんだよ、それは確かだ。手前を"調整型"だと自負して読み切ってやがる気になってる輩に対しては、な?)


 それに、そもそもたかだかロンドール家如きを追い払っただけでは意味がないのである。


 『次兄国』から『長女国』を見たマクハードは、【四兄弟国】と呼ばれる"英雄王アイケルの子孫達"の支配域の本質は侵略と拡張にあると見ていた。

 単なる"執政"に過ぎぬロンドール家を追い払っても、すぐにまた次が送り込まれてくるだけ。そうではなく、その(はらわた)の奥底から食い破らねばならないのである、と発想していた。


(それが更に強大な連中を呼び込むことになる? 構わないとも、その方がマシなんだよ。"取引"の基本は下っ端(・・・)をいかに適当にあしらって決定権持つ親玉を引き摺り出すか、だ)


 ――だが、そうした「大物」と取引するための"材料"がマクハードに、ヘレンセル村に、いや、旧ワルセィレの民になどあるのか?


 と、仮にこの構想を打ち明けていたとしたら、多くの【血と涙の団】の幹部連中が内心に疑念を抱いていただろうこともマクハードは見積もれていた。

 特に『関所街』の"内側"を取りまとめる頭脳役の幹部連中。老トマイルは尊敬された先代"後見役"ではあったが……自分は、いいところ好都合な"財布"であり、ロンドール家の靴を舐める犬だという目で見られている側面があると理解していた。


 だから、彼はその秘めたる構想を老トマイルにすらも打ち明けてはいない。

 もっとも……打ち明けたところで、老トマイルはきっと元【涙の番人】として(別の理由によって)計画(それ)に猛反対することになるのは容易に予想できたことであったが。


やり方(・・・)なんざ、苦労人で努力家のハイドリィ様がこんなにもわかりやすくあからさまに示してくれてるからなぁ)


 嘴を差し込む者達は多ければ多いほど良いのである。

 それが【紋章】家への圧迫を強めることになると、マクハードは聞かされていた(・・・・・・・)し、己自身の見積もりでもその通りであろうと得心して、納得して、一枚噛んでいたのだから。


 ――そういう前提の中にあって、実際に動き始め動かし始めたその矢先で。


(それが神代の遺構(・・・・・)だと? 『魔導大学』の連中が喉から手を何本も生やしてでも欲している、神代の技術の宝庫かもしれない――だとぉ? ……なんてこったなぁ。十数年、20年来頑張っても、まだ、まだ、俺の"見積もり"はてんで甘かったってこと、なのか? ――あぁ、運命(ひととせ)って奴はなぁ)


 オーマが取り出した絵筆によってさらさらと、まるで目の前で実物を見てきたかのように精巧な機構(・・)――"遺構"の中にあった「魔法の力によらない排水装置」であるだとか壮語を吹いていた――を模写するに、少なくとも彼が"本気"で言っているのだと息を呑まざるを得ない。

 情報は情報でも、わざわざそのようなことを己に売りつけ(・・・・)てきた。その大言壮語という概念を形にしたかのような「意図」を察して、戦慄するように、また呆れたように、マクハードは首を振るしかなかった。



「おいおい。まさか、まさかオーマさんよ、あんたはこんな辺村のそのまた辺境の森の奥に……『魔導大学』の第2号でもおっ建てようってつもりじゃあ、ないよな?」



「はははは、いいな、それ。じゃあ仮にそんな『研究拠点(ハコモノ)』をぶっ建てたとして――それがこの辺鄙な辺境にどんな影響を与えるか、わかるだろ? 算盤を弾いてしまうだろう? 優秀な優秀な、苦労人な苦労人な、"商人"としてのあんたなら、な」


 まるでおだてられたような心地にさせられる"煽り"であった。

 そして呆れ笑いを通り越すほどに腹の立つほど"的中"した見立てであった。

 斯様なオーマの言葉に発破されたかのように、この瞬間、マクハードは確かに、元【涙の番人】にして【血と涙の団】の"後見人"……ではなく。


 滅ぼされた故郷を飛び出して、身一つで『次兄国』という異国で身を立てた"商人"として、その思考と想像と見積もりを縦横に頭の中の様々な図の中で広げ、働かせ、回転させ、巡らせていたのである。


 オーマという魔法使いではない(・・・・)男にそこまでの力があるかどうかは別の話。

 だが、仮に――『ゲーシュメイ魔導大学』に匹敵するような『大学』が、つまり魔導の研究拠点がこの辺村のそのまた辺地に形成されたならば、この"野営地群"は、村はおろか『街』すらをも一足跳びに飛び越え、ヘレンセル村や、下手をすればあの忌々しい『関所街』すらをも飲み込んで『都市』となるであろう……『次兄国』の【憲章勢家】や大商会に複数声をかければ、仮に自分が一枚かニ枚噛むならば、十年、いや、軌道に乗せるだけなら数年でできるだろうか。


 人の集まりも、活況も、そこに渦巻く欲望と野心と需要とそれによって生み出される商機も。

 とてもとても今の"野営地群"のそれと比べることすらおこがましい。下積みのために東から西へ、北から南へ数年かけて巡った『次兄国』の、それぞれに特徴と独自性を備えた都市国家達の有様を1つ1つまぶたの裏に思い出しながら――。


 マクハードは、今度は"仕掛け人"として己に意識を切り替えつつ、その「もしも」が成った場合に、自分の計画(・・)にどんな影響が与えられ、そして転ばされていただろうかと計算を働かせる。


 所詮は、上り詰めようと手段を選ばず危険な橋すら渡らんとする掌守伯に過ぎない(・・・・・)"野心家"に代替わりしたロンドール家など、一枚でもニ枚でも噛もうとして食指を伸ばしてくるであろうより上位の(・・・・・)他の魔導貴族達に牽制されることは必定だ。

 『長女国』の魔導貴族達にとって、魔導の探求とは、『魔導大学』とは、それほどまでに重要な意味を持つ存在でもある。ロンドール家による半端な(・・・)統治と比べて尚、である。


 そしてその半端な統治によって、まさに害され得る【貴婦人】様と【四季ノ司】様達にとっては――より大物である者達が互いに牽制しあいつつも同居する均衡点がこのヘレンセル村を中心に形成される方が、きっと、ずっとずっとマシであるに違いなかった。

 

(仮にそうはならなくとも……『魔導大学』が競合者(ライバル)の誕生を阻止するために丸ごと接収に動いてくれたって、それはそれで、損は無いしな)


 それはすなわち、他に先んじて、【紋章】家をも押さえて『ゲーシュメイ魔導大学』の元締めである第1位頭顱侯【四元素】のサウラディ家の力がこの地に及ぶということを意味する。

 既に最古の頭顱侯にして第1位(・・・)であるサウラディ家にとっては、少なくとも、ロンドール家が抱いているような"野心"などは無いに違いなかった。


 それがこの"学究者"の隠し玉であったか、とマクハードは唸った。

 それがあの訳の分からない"珍獣売り"と、そして老獪なる薬師ヴィアッドをも籠絡して取り込みつつあるネタであり――今、こうして己をも取り込もうと突きつけられた魅力的な刃だと理解して、天を仰ぐしかなかった。


(一体、誰が"野心家"であるんだかなぁ……)


 それはマクハードにとって"商人"としての己と、そして"反乱者"としての己の双方を満たせるかもしれない、ひどく、酷く、非道く、魅力的な「道」に見えていた。


 ――だが、それが魅力的に過ぎたからこそ。

 既に己が【四元素】家とは別の者(・・・)に売り払ってしまった、今の『状況』に至る"選択"と比較して、それがあまりにも魅力的であったからこそ、マクハードは今更動き出して(・・・・・)しまった歯車や時計の針を巻き戻すわけにはいかないのであった。

 商人として身を立ててきた中で叩き込まれた"信用"を、単により良い販路が後から見つかったとて、それに目先を魅了され魅惑されて捨てることなど、あってはならないことであるが故に。


(あと1~2年、いや、せめて数ヶ月早く出くわしていたら、俺はどう判断していただろうかなぁ)


 望んだ類の情報ではない。

 だが、ある意味では雲を掴むような、"後見役"となってからは久しく忘れてしまっていた、そんな「夢」を見せられたような心地ではあった。

 この数年で失った、あるいは忘れてしまいこんでいた、ほこりを被っていた何かを思い出させられた不思議な心地であった。


 故に、その「夢」に免じる気持ちになった。

 取引に従って、オーマに返礼すべき情報に、マクハードは少しだけ"色"をつけてやる心持ちとなったのであった。


「ミシュレンド従士長殿はロンドール家の間諜(スパイ)だ。エスルテーリ指差爵をヘレンセル村(ここ)までおびき寄せて、まとめて(・・・・)謀殺してしまうのがロンドール家の狙いだよ」


 ここにいてもそういう危険にお前は巻き込まれるし、この俺が巻き込んだのだ。別にここにとどまろうが、【深き泉(ウルシルラ)】行きを優先しようが、どちらでも構わない。

 どちらであっても、これから起こる波乱に首を突っ込んで望む果実を得るつもりならば……目の前にいる自分との良好な関係の構築は、必須であろう。


 そう言外に込めてマクハードはオーマを煽り返したのであった。


   ***


 ラシェット少年が遭遇した、エスルテーリ指爵令嬢エリスへの加害未遂事件。

 それに付随した"村長"セルバルカらへの襲撃事件にて、従士長であるらしいミシュレンド達が「臭い」という線自体は俺も情報収集を眷属(ファミリア)達に追わせていたところである。なるほど、旧ワルセィレの鎮守にて最重要地である【深き泉(ウルシルラ)】の封鎖を護るエスルテーリ家の腰を上げさせ、その兵力をヘレンセル村(この地)へ引き付けるために手段を選ばなかったわけだ。


 マクハードの言が真実であるとすれば、いささか"陽動"のための演技としては真に迫りすぎている。

 少なくともエスルテーリ家がロンドール家に忠実な駒であったならば、そこまでせずとも、単に理由をつけて【深き泉】を空にさせるように命じればよかっただけの話である。


≪エスルテーリ家は長年「指爵」として実績を積んだ家系みたいですね、この十数年では珍しいタイプ。彼らの忠誠は、おそらく、【紋章】家ですらなく麗しき『長女国』と【国母】様そのものに向けられている……兄様と共に読み解いた一族の記憶の資料からは、そのような印象を受けました≫


 ――重要なのは、『関所街』がエスルテーリ家を排除したがっている、ということをマクハードが知っている(・・・・・)ことであった。

 ロンドール家がエスルテーリ家の排除を狙っているのであれば、それは何故か。

 それがこの"長き冬"に現される旧ワルセィレ地域でのここしばらくの動きとどう関係あるか。


≪その"指差爵"家とやらは……【深き泉(ウルシルラ)】を守っているのでしたな、御方様。可能性の話ではありますが、もしや、その守っている相手(仮想敵)というのは――≫


 ル・ベリもまた気づいた通り。

 【血と涙の団】に対してだけ(・・)では、ないだろう。


 頭顱侯の末席にまで至り、実に200年の知識を蓄えるリュグルソゥム家の後裔をして「『長女国』に忠実」と評するエスルテーリ家。

 その存在と彼らの現在の任務を目障りに思い、真っ当な手続きによる罷免ではなく"謀殺"によって排除しようとするということは、少なくともロンドール家の目的は「『長女国』に忠実ではない(・・・・)」と評するべきものである――少なくとも、エスルテーリ家の目から見れば「そう」であると見なされ、妨害をされると判断したからこそであろう。


≪ロンドール家は、よほどエスルテーリ家には見られたくも知られたくもない"何か"を【深き泉(ウルシルラ)】でやらかしたい、ということかもしれないな? これは、いよいよリュグルソゥム家がさっき思い至った可能性の通りになってきたかもなぁ≫


 序列と指揮系統の上では直上に位置するロンドール掌守伯家から(・・)深き泉(ウルシルラ)】を守っていた――より正確には、その侵入を阻止し許さなかった、という仮説が浮かぶ。

 そしてこれは、ロンドール家が20年間、あえて【四季ノ司】を完全には駆逐することなく、むしろ己の"野心"のために利用しようと蠢動し続けてきた――という先ほどの疑念と符合する話である。


≪――もう少しだけ早く『関所街』の方にも行っておくべきだったかな。少し慎重過ぎたか≫


≪仕方あるまい、主殿。何も【人世】側の"出口"がわからなかったのだから。俺とて、逆の立場だが、【人体使い】の領域に出るとわかっていたらもっと考えていた≫


≪貴様は考えたところで妙案が思い浮かぶこともなかったろうよ、赤頭。むしろ、そこで下手な浅知恵を発揮していれば御方様にお仕えする機会は得られなかったのだぞ? 馬鹿者め≫


 俺は改めて、ヘレンセル村を後にしてエスルテーリ家が抜けて手薄になった可能性のある【深き泉(ウルシルラ)】へ向かう線は、置いておかざるを得ないと今は判断していた。


 事は、単に【廃絵の具】を迎え撃つ、というだけではなくなっていたからだ。

 告げられた情報の真偽を確かめる、という意味でも、そして"その情報"をマクハードが誰からどのように受け取り、そして俺にそれを伝えた真意を測るという意味においても、俺は予想よりも早くヘレンセル村で起きようとしている"騒擾"を注視しなければならないと判断していた。


 問題は、その2つか3つか、下手をするとさらにそれ以上の動きが、連動しているのか相互に無関係なのか、はたまた互いに意識しつつ微妙に距離を取っているのか、である。マクハードから得られた情報によって、そこの基本方針が大きく変わるということは、無い。


副脳蟲(ぷるきゅぴ)ども、戦闘配備を早めておけ。たっぷりと……そうだな、【火】属性、いや、【春】属性と【冬】属性に対抗させておくこと。森だけじゃない、ことと次第によっては『魔石鉱山』と【異星窟(いしょうくつ)】まで攻め込まれてもおかしくはない。そして――≫


≪あいあいきゅぴ! 春野菜さんから冬野菜さんまで、全部、僕達のお腹さんの中なのだきゅぴね!≫


 ハイドリィ=ロンドールの狙いが【深き泉(ウルシルラ)】にあるならば、その好きにさせておいてから、この地における混乱が収まってからゆっくりと始動するというわけにもいかない。それもまた、当初の方針から大きく変わるものではない。


 ――好機を見出し次第、直接ヘレンセル村で起きるであろう戦闘に参戦し、介入の機を窺う(はら)を俺は固めたのであった。

読んでいただき、ありがとうございます。

また、いつも誤字報告をいただき、ありがとうございます。


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また、次回もどうぞお楽しみください。

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