0140 悲願と法則の鬩合(げきごう)を巡る思索
7/8 …… 2章の改稿・再構築完了
俺は改めて、わずかな気配の狂いも見通さん、といった心持ちでマクハードを観察した。
"杖"の役割を果たす三ツ首雀カッパーや、"裂け目"超えや母胎蟲経由というタイムラグがあるとはいえ、収集される情報を【眷属心話】によって受け取る副脳蟲集団と、そしてリュグルソゥム家からなる解析班に吟味させながら。ル・ベリとソルファイドもまた、各々の技と練を以て、この観察に加わっていた。
「そして俺が密告しようとしたら、あんたはその情報をロンドール家だか【騙し絵】家だかに売る……まぁそんなつもりなんだろう? 『長女国』という巨大な獅子の腹の中にあえて入って、そこから食い破ろうという不敵な不敵なマクハードさん。何せ、夏風にお乗りになる『キツツキ様』は、魔法の力よりも早くお仲間に耳打ちができるそうじゃないか」
果たして、反『長女国』の抵抗組織『血と涙の団』の実質的オーナーである男は【獅腹】という情報には反応せず。【夏】という情報には反応を見せていた。
つまり『称号』とは、必ずしも当人にとって意味深く印象深い語として選ばれるわけではない――"名付き"達のそれを考えれば、むしろ『称号』をつける側か、もしくは認識する側の目線のものとも思われるが……今はマクハードの観察に話を戻そう。
表情にはおくびも出してはこないが、およそ人間が何らかの意識を集中させるサインは表面的に出てくるものばかりではない。本人が意識し得ない筋肉の強張りや、それこそこの世界の仕組みでは【魔素】や【命素】の巡りの淀みからすらも――俺はそれを窺うことができるのである。只人が相手ならば。
「……エスルテーリの指爵様がとうとう動いたんでな。ロンドール家の若き執政様の策略がどんなろくでもないものであれ、【深き泉】にもう一度往く、もう一度、皆を"一繋ぎ"の輪の中に戻してやれる、そんなやっとの機会が、待ちに待っていた時が来たからなぁ」
――この点、マクハードは"只人"であった。
技能【四季の残滓】は、なるほど、旧ワルセィレの民としては『四季』システムと通じ合う上では重要なものであるかもしれないが――彼に、それ以上の何か半歩程度でも"超常"の力を与える類のものとも観察されなかった。
強いていうなら"つま先"レベルか。
仮に彼が元【涙の番人】として、せめて"魔法使い"並みに現在も『四季』と繋がっていたならば……【火】の魔石を【春】の訪れと誤認することなど、あり得なかっただろう。この意味では、マクハードもまた、この一連の事態の「仕掛け人」の一人に過ぎないのかもしれない。
彼の大凡の立ち位置について、理解が進んできた、という"親近感"をこめて砕けた口調に変えたわけだが、マクハードはむしろ嬉しそうな表情を返してくる。
「慇懃なよりそっちの方が好感持てるがな。どうだい? ちょっとでいい、オーマさんよ、あんたが手助けしてくれるなら、特別に"貴婦人"様と会って話すのを俺も手助けしてやれないこともないぞ?」
「そうそう調子も気前も良く空手形を発行するもんじゃないな、マクハードさん。大商人さんなんだろ? 当の"貴婦人"様の身に起きた"何か"を解決できないままに、こうしてロンドール家に追い込まれたってことなんじゃないのか? あんたの言うこの『状況』っていうのは」
俺にとって、最初の【人世】の土を踏んだ場所としての旧ワルセィレ地域。
その当初から、この地では"長き冬"の災厄が始まっていた。
確かに【森と泉】という共同体は『長女国』の【紋章】家に武力制圧をされたが――リュグルソゥム兄妹の見立てでは、この地は未だ完全に"荒廃"調律の仕組みである『晶脈』ネットワークに組み込まれきってはいないように分析されたという。
であるとすれば、この"長き冬"という現象は、【魔法学】で言うところの【火】属性の減衰だとか【氷】属性の過剰化だとかによるものではない。この指摘自体は、この地に降り立った当初から受け取っていたが――【因子の解析】を応用して【春】属性というイメージを得ていた俺にとっては、感性と感覚と直観のレベルで頷けることでもある。
――四季一繋ぎ。
――【冬】の終わりを告げるのは、その次に訪れるべき【春】の役目なのだ。
難しい話ではない。
ごくごく、自然な発想だ。
木こりのラズルトに始まり、ヘレンセル村で抑圧されてきた旧ワルセィレの民が、大挙して森の奥の凍れる沼――俺が【火】の魔石という一石を投じた――まで押し寄せ、実に20年分もの"涙"を捧げて信仰告白を行ったのだ。その時の初期調査情報と、今回ヘレンセル村にちょっとした医術の心得がある旅人として訪れ、【情報閲覧】による冷熱兼ね合わせたリーディングによって聞き出した伝承の数々から、旧ワルセィレの『四季』信仰の核となる神性達については次の通り把握済である。
「燃えるちょうちょう」様として知られる【春司】。
「風乗りキツツキ」様として知られる【夏司】。
「のんびりもぐら」様として知られる【秋司】。
「雪ふりうさぎ」様として知られる【冬司】。
以上、合わせて【四季ノ司】と、彼らを統べる聖山ウルシルラの泉に住まう【貴婦人】様。
"長き冬"とは要するに、【冬】が暴走して【春】を押さえつけているか、もしくは、【春】が何らかの理由で不在となり【冬】がやむを得ず継続している――『四季一繋ぎ』を前提に考えれば、つまり旧ワルセィレの民の視点に立てば、これはそういう『状況』なのであった。
「一体全体、"ちょうちょう様"はどこで春眠よろしく、暁なんて何十夜も過ぎているというのに、眠りこけていらっしゃるんだろうな? マクハードさんよ」
「仕掛け人」達が、それぞれの行動を開始するキッカケを【春司】の"遅い到来"に置いていたと見てほぼ間違いないだろう。
マクハードが、旧ワルセィレの民達の信仰と支配への抵抗の熱気に浮かされたことに引きずられて動いてしまったことは別に良い。
問題は、只人などではない魔導貴族の一角であるロンドール掌守伯家にとって、これが想定の範囲であるのかないのかであった。
20年の占領統治の中で逆に反乱を起こさせなかった手腕が伊達でないのであれば、ロンドール家もまた旧ワルセィレの信仰と習俗と、そしてこの土地を覆う独自の法則について研究はしていたことだろう。
まるでこの20年来の辛苦の凝縮の比喩であるかのような"長き冬"の発生と、それを呵成に破る熱気のようにも受け止められ得る"春の兆し"の出現が――抑圧された被征服民達に、どんなロマンチックかつドラマチックな熱狂の心を惹起するのか、想像できないはずがない。
これまでずっと、マクハードという抵抗組織の"後見役"を泳がせていたことと相まって、【血と涙の団】による蜂起が秒読みに入ったと捉え、反乱を粉砕するための行動を開始していると考えるべきだった。
従って、この流れのまま近いうちにヘレンセル村で騒擾が起きるからといって、そもそも俺達のような部外者がそう簡単に【深き泉】へ横抜けできる状況ではない。下手をすれば、ちょうどいい弾除けか囮にでも利用されかねない。
今【泉の貴婦人】への接触を焦るのではない、というのはヘレンセル村に踏み入る段階から肚を決めていた通りである。
この地で誰が何を企み、そして仕掛けようとしているかを丁寧に観察すること。
その"誰か"こそが、この一連の事態と『状況』の最も根本の手綱を掴んでいる黒幕なのである。
そんなことを念頭に、例えば「エスルテーリ指差爵が動いた」といった発言を解釈しなければならない。それで俺は「ロンドール家が何かをやらかした」と、マクハードにかまをかけたわけである。
マクハードもそんな俺の意図に気づいたのか、値踏みするような目に戻るが、問いには直接答えなかった。
「ロンドール家の執政様は、冷酷な上に大層な"野心家"だとも言われてるが……ま、意外に忍耐強い方でな。世間の連中は若気の至りで急激な方針転換をしたとか言っちゃいるが、そんなことはない。ロンドール家の"悲願"ってやつなのかねぇ? あの親子は2代かけて、ずっと同じ方針で動き続けてきただけなんだよ、くそ忌々しいことにな」
マクハードの物言いに、俺は微妙な違和感を覚えた。
「ハイドリィが苛烈な弾圧と粛清に舵を切ったことを言ってるのか? だが、マクハードさんよ。ロンドール家が20年間『掌守伯』の"本業"に不真面目だったのは、あんたやトマイルの爺さんにとっては、ほっと胸を撫で下ろすべきことなんじゃないのか? 力を蓄えることができたわけだし――何より、【貴婦人】様が害されずに済んできたってことだろうが」
「……おいおい、あの"学者様"の二人は、もしかしてだがロンドール家の関係者か、はたまたその敵対者の係累だったりしないよな? あんたがどこまで事情を知ってるのか、そら恐ろしいぜ、全く」
実は、ロンドール家による旧ワルセィレへの"占領統治"は――少なくとも元頭顱侯一族であったリュグルソゥム家の目から見れば、『掌守伯』としては不良の烙印を押すべきものであるらしい。
≪20年、うん、20年。確かに『晶脈石』の構築と、周囲の土地領域の"属性"を調べあげて既存の、ええと、オーマ様の表現で言う「法則」に組み込むには年単位で時間がかかるものではありますが……いくらなんでも時間かけすぎです≫
≪世が世なら、無能と穀潰しの烙印を押されて、とうに降爵されていてもおかしくないのです、我が君。まぁ、ロンドール家は【紋章】家の薄汚い走狗の出身ですから、それだけが彼らの存在意義ではないのですけれど≫
そもそも『長女国』とは【国母】ミューゼの遺志と遺訓に従い、東オルゼの大地の"荒廃"を鎮め均さんとすることをその国是とする国家である。「頭顱侯・掌守伯・測瞳爵・指差爵」の4階級から成る魔導貴族達の「階級」もまた、この営みへの分担を基準に定められたものであり、言わば至上の責務として、彼らが支配者として君臨する正統性の根源となっている。
ロンドール家は【紋章】家から旧ワルセィレの地を任され、『関所街ナーレフ』を作り上げるに至った。しかし、彼らが20年来重視してきたのは、国境と交通の要衝に建てられたナーレフを、単なる『関所』であるを越えた"都市"として育成し繁栄させる基盤作りであったのだ。
今でこそ、反乱分子を摘発する拠点としての"関所"に留まっているが――周囲の地形や地勢、そして地政を見る限り、経済的な拠点としての潜在性は高いとも素人目に見受けられる。
事実、『西に下る欠け月』にせよ『霜露の薬売り』にせよ、それこそマクハードの商隊にせよ、まさに"野営地群"に送り込まれてきた複数の商隊や本業密輸団といった半アウトローな連中のいずれもが、その裏では「亭主」なる存在の指示を受けている、ということまで、先触れとして送り込んだ"珍獣売り"の元老人2名が掴んでいた。当然、その重要な歯車にはマクハードが加わっていたことは、言うまでもない。
だが、『晶脈』を浸透させるためにその領域を「掌握」し「鎮守」することを責務とする『掌守伯』家としては、こうしたことも含めたロンドール家による占領統治……正確にはハイドリィの父である先代の執政が行ってきた施策は、無駄な行いとして、王国内で十分に"実績"として評価される類のものではなかったのである。
≪組織の本来の目的から何歩か遠回りして、実弾稼ぎに邁進して他の同輩同僚同格の連中から白い眼で見られる、だなんて別に珍しいことじゃないだろう? ゼイモント、メルドット≫
≪はっはっは! まさしく旦那様の言う通りだ、そして旦那様はそれが「遠回り」だとおっしゃる!≫
≪そう、道が違うだけだ。目指すところは、実際は同じだったはずなんだがなぁ。出る杭を打つ側は、大抵はそのこと自体に夢中になるものなのだろうよ、なぁ、ゼイモント≫
伝え聞く噂や評判では、執政の地位を襲ったハイドリィは、まるで父が放棄し続けてきた『掌守伯』家としての責務を全うせんと、反乱過激派である【血と涙の団】に対する摘発と処刑を粛々と執行し続けているらしい。
このことが、それまではかなり自由に活動できていた【血と涙の団】や、彼らを半ば公然の秘密として後見してきたマクハードの活動範囲を真綿のように狭め、追い詰めており、いずれ暴発して蜂起するだろうということ自体は、市井では数年前からまことしやかに語られていたようであった。この意味では、むしろ方針転換であると言えよう。
――そしてその視点から、俺はマクハードの認識に違和感を覚えたのである。
片や、今は病に臥せり隠居している先代の執政グルーモフ=ロンドールが『掌守伯』としての責務をおざなりにしてまで――代わりに"実"でも取ろうとしたのか――『関所街』ナーレフにロンドール家の家運を賭けた投資を行ったこと。
片や、"野心家"ハイドリィ=ロンドールが今になって『掌守伯』としての責務に目覚めたかのように、弾圧を強めて【血と涙の団】を蜂起に追い込んでいること――この視点からすれば、『四季システム』と旧ワルセィレの民の信仰や習俗的な意味での繋がりに着目して、【冬司】に何かしたという推測も成り立つ。
この一見して真逆の施策が「方針転換ではない」とは、一体全体どういうことであろうか。
『長女国』にとって領地拡大とは、魔法的な意味で"荒廃"を均すための『晶脈』によるネットワークに組み込んで――既存の土地におけるその悪影響を「薄める」のが本来の目的である。
だが、そんな領域にもしも、さながら先住民のような魔法類似であって魔法そのものの範疇には収まらない――【春】属性なんてまさにそんな代物――独自法則が存在していた場合は、どうであろうか。
≪オーマ様のその指摘で言えば、例えば『氏族連邦』の"戦亜"どもは魔法類似の力は駆使していましたが……土地そのものがそうであったわけでは、ありませんからね。そう考えれば、まぁ迷宮なんてものを知ってしまった今となっては、ロンドール家の"20年"も大目に見てやれる気持ちにはなれますが≫
≪【魔法学】が『晶脈』システムを浸透させる前提だっていうなら、人もそうだが、きっと場所だってそうだろ? だが、それだと――起きるよな? 迷宮同士の抗争が。かなり似た構図で、だ≫
【魔法学】と独自の超常がせめぎ合い、潰し合い、喰らい合うこととなる。そのような前提で『晶脈』を浸透させるには、最低でも"障害"の存在を排除する必要があったことだろう。
≪【泉の貴婦人】と、そして【四季ノ司】どもですな、御方様。ですが、そうすると「方針が同じ」というマクハードめの発言は、正しいのでは?≫
ル・ベリの指摘をまとめると、次の通りだ。
いやしくも「掌握」と「鎮守」を任された魔導貴族ならば、きっとこの構図自体には気づいていたはず。だが――血と涙を捧げられ、【涙の番人】などという現人神的な繋がりが旧ワルセィレの民との間にある『四季システム』においては、最低でも人々の信仰の存在がこの超常を成り立たせる根源の一つと見て間違いない。
この意味では『関所街ナーレフ』を育て発展させ、同時に【聖墓教】の力を借りて信仰と習俗を"同化"させようとしてきた先代執政グルーモフの施策は、他の魔導貴族達の理解は得られずとも、長期的に『四季システム』を弱める施策だったのかもしれない。
そしてそれが、ハイドリィに代替わりして、十分に"弱った"と判断されたために追い込みが始まった、と考えれば確かに「方針は同じ」と言えるかもしれない。
だが、俺はそもそも論として、前提を一つひっくり返してみることとした。
そもそもの話――旧ワルセィレの民を中途半端に生かしておく必要はあったのであろうか。
≪そんな回りくどいことをしてわざわざ"信仰"を弱体化させるぐらいなら、極論、先住者や原住民ごと魔法類似と一緒に殲滅してしまえば済んだ話じゃないのか?≫
ロンドール家には荷が重かったのかもしれない。
だが、征服当初の政情不安な情勢であれば……鎮圧のために、改めて【紋章】家の力を借りることはできたはずだ。
そしてグルーモフの目論見が"繁栄の都"の建設と、それによって経済的にロンドール家の力を高めることであったならば――「住民」など、魔導の恩恵によっていくらでも内地から溢れ出る余剰人口を開拓民として送り込み、送り出せば良いだけのことである。
現に、今既にそうなっているのだから。
『関所街ナーレフ』の市内で旧ワルセィレの民の居場所はますます隔離され、流入し続ける人口と彼らを受け止めるための新市街が拡張され続けている。ラシェット少年は、そういう新旧市街の狭間の出身のようなものだ。
≪それは……ナチュラルにそういう発想が出てくるあたりオーマ様って本当に"魔じ――痛いミシェール痛いって! ――まぁ、うん、ええ。そうした事例が、過去に無いわけではありませんよ。システム同士のせめぎ合い、てのとは違いますが≫
ルク曰く。
かつて『次兄国』と、そして【生命の紅き皇国】とで3分割された『旧ゲルティア城址連』と呼ばれる都市国家群があった地域――"英雄王"の敵の一つであったらしい――では、決して『長女国』が単独でやったわけではないらしいが、壮絶な殲滅が行われたと『止まり木』には記録が残っているらしい。
従って、もし20年前に、旧ゲルティアで行ったのと同じように殲滅していれば、そもそもロンドール家は『掌守伯』としての責務を果たしつつ、そして同時に、経済的な意味でも存在感を持つ強力な繁栄都市を作ることを両立できていたはずだったのだ。方針転換も何もない。
――だから、そうしていないということは、ロンドール家の"悲願"にとって、旧ワルセィレの民も彼らの信仰と習俗も、そして【貴婦人】に【四季ノ司】らに顕現される独自の超常さえもが、破壊ではなく保持の対象だったということになる。
故に「方針が同じ」という酷く引っかかったのであるが――。
ここまでの検討で、頭の中ですっと一本の線が繋がった。
さらにもう一つ、前提をひっくり返せば良かったのである。
≪……あぁ、なんだ、わかった。『掌守伯』としてではないってことか?≫
マクハードが俺に示唆しようとしていることが、おぼろげながらも、見えてきた心地であった。
ロンドール父子の施策がまるで対立しているように見えるのは、前提が誤っていたのだ。
――グルーモフ=ロンドールが主導した『関所街』への家運を賭けるレベルであった集中的な投資と育成は、『掌守伯』としての責務とは関係無い。
――ハイドリィ=ロンドールが主導する、【血と涙の団】を、20年前の当初ではなく、まさに今、このタイミングで蜂起に追い込もうとしている試みもまた、『掌守伯』としての責務とは関係無い。
それぞれ、ロンドール家の"悲願"の条件という意味では「並列」なのである。
発展し繁栄した大都市を育て上げることと、独自の超常と法則が覆う領域及びその地に紐づいた民の一団を保持すること、という2つの要素は、どちらか片方が直接片方の原因や結果となったり、順番があるというものではない、と考えるべきであった。
グルーモフが行わなかった過酷な弾圧をハイドリィ=ロンドールが「今」開始したことは、確かにル・ベリの言う通り機が熟したということかもしれないが、熟したのは『掌守伯』の責務に戻るべきタイミングなどではなく、ロンドール家の"悲願"にとっての何かを成すための"機"なのだろう。
≪我が第一の従徒ル・ベリの気づきは、その点で正しい。確かに、ロンドール家は『四季システム』が"弱る"のを待っていたんだろうなぁ?≫
――手中に収め、何らかに"利用"するために。
≪オーマ様。それって……いや、ロンドール家は、まさか走狗の分際で――≫
それまでは、たかが走狗組織が『掌守伯』の衣を着ているに過ぎない、とロンドール家を格下と侮っていた嫌いのあった声色がにわかに緊張した具合から察するに、『止まり木』で少し長く家族討議をしてきたのだろう。
だが、まさにルク達が至った推測が正しいかを探るために――マクハードからもう少し情報を引き出さなければならないのである。
意識を【眷属心話】から戻し、俺はマクハードの目を見据えた。
「マクハードさんよ。ロンドール家の"悲願"とやらは……もしかして【泉の貴婦人】様に関係しているんじゃないだろうな?」
マクハードの無表情な眼差しに、俺は核心を突いた手応えを感じた。
口笛をひゅうと吹き、驚いた風を演じながらも、その本心がどこにあるかは奥底にしまい込んだようにマクハードが怒りのこもった調子を取る。
「あんたもだろう? オーマさんよ。どいつもこいつも、貴婦人様を利用しようとする。あの御方は、そんな存在じゃあないっていうのになぁ……あんたの目的は、何なんだ? それ次第だな、俺としては。それでいいだろ? 爺さん」
「死にぞこないの出る幕なんぞもう無いわ。好きにしろ、マク坊主」
やり取りの中でコロコロと表情や、特にその目の色を、さながら季節の移ろいの如く変化していた。それは果たしてマクハードの"商人"としての性質であるのか、はたまた、旧ワルセィレの元【涙の番人】としての本質であるのか。
旧ワルセィレの熱心な者達を率いるという意味では、かつては"同じ立場"であり、マクハードの先達であったろう老トマイルは黙して語ろうとしない。それこそ、まるで孫夫妻に向けるような優しげな様子すら向けて見守っているようにも見えた。
「俺の"探し物"の在処を、おたくの貴婦人様が知ってるかもしれないんでな。ただ、それだけだ。聞きたいことが聞けたら、あとこの地でやることは……まぁ、そう多くはないかな」
「……そうかい。だったらもう少し腹を割ろうじゃないか、オーマさんよ。お互いに、知ってる情報の取引といこうじゃないか」
果たして、マクハードから提示された情報は、この件に関わっている者達のうち「指爵」家が動いた背景について。
代わりに彼が俺に所望した情報は――『ハンベルス魔石鉱山』の結局のところの正体についてであった。
≪やはり【騙し絵】家の動きは、仕掛け人その1であるマクハードにとっても不確定要素じみたところがあるんだろうな。だが、完全に想定外ってわけでもない。その辺りをもう少し引き出すべきかもだが……≫
≪正直、この一件で【騙し絵】家の思惑だけでも御の字と思っていたところです。その上、ロンドール家の尻尾を掴むことで【紋章】家まで、同時に手を伸ばすこともできるかもしれない。その詳細を知る価値は、確かにあるか……"情報"をくれてやることに、私は反対はしません、オーマ様≫
軍師役を始め、ル・ベリやソルファイドなども無言で反対が無い旨を【眷属心話】を通じて伝達してくる。それを確認してから、俺はマクハードに対して、口の端を吊り上げた笑みを浮かべてやることで、取引の成立を示してやる。
――無論だが、どこからどこまでを伝え、そして伝えないかは、それぞれの判断によるところである。それは、マクハードも重々承知のことだろう。
ならば、それは俺の本領だ。
大きく大きく膨らませて吹き込んでやるとしよう。
「なぁ、マクハードさん。あんたは"遺跡"は好きかい? 【黄昏の帝国】って、学のあるあんたなら知ってるよな?」
※本話は再構築に伴い、話順が入れ替わりました。上書きによる入れ替えしかできないため、過去にいただいた感想と話の内容が噛み合っていませんこと、ご了承下さい。





