0138 認識票(タグ)に頼りて人は生きるか
7/8 …… 2章の改稿・再構築完了
考察と思考と検証のトライアンドエラーを俺は継続する。
今一度【情報閲覧】に関して、現時点で判明しているルールをおさらいしよう。
基本的に、迷宮領主が【黒き神】及びその眷属神から成る『九大神』によって与えられた標準的な能力である【情報閲覧】技能が、対象に対して「通る」のは次のような時である。
1.被発動者が、発動者の迷宮の眷属又は従徒である場合。
2.被発動者が、発動者の迷宮の【領域】内に滞在している場合、次の通り。
(1)眷属化が可能な生物または従徒化が可能な知性種族である場合。
(2)この生物または知性種族が、他の迷宮の所属者である場合は、相手方の迷宮領主の【情報隠蔽】系技能との対抗に勝る場合。
これらは主に【樹木使い】リッケルとの総力戦の中で得られた知見である。
現実には、俺の【情報閲覧】も【情報隠蔽】も未だ「弱」でしかなく、今後これが「中」や「強」などに変化した場合にどうなるのかという不確定要素はあるが――もしもこの制約が爵位制限によるものだったならば、少なくとも副伯であったリッケルとの間では技能対抗における優劣は無かったと言えるだろう。
今の時点で俺はこう予想している。
【情報閲覧】と【情報隠蔽】の基本的な対抗関係は変わらないが、技能名に接尾された「弱」や「強」という辞がワンランク変動するだけで、おそらくだが、かなり大きな差が……極端な場合【情報隠蔽:中】に対して【情報閲覧:弱】は手も足も出ない、といったバランスである可能性もありえる。
≪きゅぴ、どうしてそう思うのだきゅぴ?≫
そんなもの、理由は単純明快だろう、我が忠実にして厄介なる副脳蟲どもよ。
……【闇世】が、【全き黒と静寂の神】が敗残の信奉者達を引き連れて引きこもり、籠城し、いつか【人世】へと反撃するための戦力を構築するための極端な世界として創造されたからだ。
≪そうだね! 造物主様が言いたいのは、つまり、迷宮領主さん達の間に明確な序列関係さんが作られてる、てことだね!≫
テルミト伯や【闇世】Wikiでの"宣伝文"が特徴的だった【傀儡使い】レェパ伯のように、中小の迷宮領主が徒党を組むのであれば、ある程度は大諸侯に呑まれずに対抗できる余地もあるだろう。
しかし、それでも、2代目界巫と大公の一角【幻獣使い】のそれぞれの"名代"達を相手にした、あの舌戦交じりの交渉と会合の場で垣間見た力関係を推し量るに――わずかでも油断をすれば付け込まれ、それも、ただ単に力で攻め落とされるだけではなく「経済戦」面でもすり潰されて隷属化されかねない、そんな緊張関係を孕んだ対抗と見るべきであった。
だが、今は【情報閲覧】それ自体から得られた【人世】でのデータの分析に話を戻そう。
俺が気になっていたのが、確かに【人世】におけるこの全般的な迷宮領主能力の通りにくさはあったにせよ――それをいわば必要経費と割り切れば、つまり試行回数さえ重ねれば、【人世】の"知性種族"たる人族(主にオゼニク人)相手にさえも【情報閲覧】は通すことができた、という事実である。
――かつて【黄昏の帝国】の時代に【人世】と【闇世】が相争い。
神々同士が相討ちになって帰天した後も、この対立関係はむしろ激化を辿った。
その後も【闇世】Wiki記載レベルの事件としては、【竜主国】と【五公連合】による【竜公戦争】があり、さらに現時点から500年前には【英雄王戦記】だ。そこでは、【闇世】側では"初代"界巫が斃された一方、その偉業を成した【人世】側では、当の"英雄王"の4人の子供らが「オゼニク人種」の領域を強力に拡張し確立する【四兄弟国】体制が始まり、それが、今俺の目の前に両界で広がる「現状」を成している。
なるほど、【人世】では迷宮領主能力に全体的な弱化がかかるのだろうが、それを差し引いても迷宮領主が持つ【情報閲覧】能力は、人族にとっては脅威である。
――にも関わらず、そのことへの"対策"が無いどころか、存在自体が一般に知られていないというのは、どういう意図によるものであったというのか。
≪あはは、平和ボケさんしちゃったんじゃない?≫
≪喉越し過ぎれば暑苦しいさん~≫
≪え……えっと、造物主様。その疑問が、今回、解消さんされたんだよね……?≫
無論である。
いささか、ヘレンセル村では母数としての"規模"が小さすぎて、統計的に意味があるかどうかが気になってはいたが――結果から言えば、仮説を1つ立てられる程度の情報を得ることはできたと考えていた。
○考察その3 ~ 【情報閲覧】対【加護】系統技能
帰天のため、現世から肉体を失い神々の"世界"だか"次元"だかで眠りについているという諸神であるとのことが……彼らには、しっかりと己の信奉者にして創造物たる存在に対する干渉の手段があるのである。
これまでわかっていたのは、経験を蓄えることで位階を成長させ、技能点を得ていくことができる生物や知性種族に対して、しかし、そのほとんどが一生のうちには振り切ることができていない技能点を「神の采配」によって"点振り"する仕組みであった。そして、そうであると警戒したからこそ、俺自身はなるべく従徒達も含めて振り切るようにしている。
今回わかったのは、その【加護】系の技能が高ければ高いほど、迷宮領主の【情報閲覧】に対する"対抗"技能として働くことが、わかったのであった。
【闇世】にあっては【後援神の選定】系列として。
【人世】にあっては【守護神の選定】系列として。
≪きゅ……ぴ? でも、あの聖j……"加護者"さんのリシュリーちゃんさんには、【情報閲覧】できたきゅぴ?≫
その通りだ、ウーヌス。
それは幸か不幸か、通ってしまったからこそ気付くのに遅れただけのことである。
だが、実際に、ごくごく微量にして微細であり気付ける者でなければ気付けないレベルでしかなかったが、それでも【神威】を発動してみせた教父ナリッソを始めとして。ヘレンセル村にて、当初俺が思っていたよりははるかに存在していた【加護】系技能持ち達に、条件を変えて【情報閲覧】をする中で、その辺りの仕組みがわかってきたのである。
便宜的に『神の妨害』とでも呼ぶべきこの【情報閲覧】への対抗現象。
それは、【人世】における全般的な迷宮領主能力への弱化とは、全く独立した別判定で発生していたのである。
つまり、『神の妨害』によって【情報閲覧】が不安定になることもあれば、対抗されて【情報閲覧】自体が発動失敗することもある。また、両者が重なって俺自身の【強靭なる精神】が自動発動するような逆襲現象すらあったわけだが――ごくシンプルな話として、それは【領域】内では発生しなかったのである。
『聖女』と称される、単なる『八柱神』の加護者に過ぎない今も昏睡状態である少女リシュリーに、あっさりと【情報閲覧】を通すことができたのは、何のことはない、単に"戦利品"として鹵獲して俺の【領域】内に連れ帰ってきたからであった、に過ぎなかったのだ。
全般的に、【加護】系技能持ちは、おおよそ10~20人に1人の割合であった。
彼らのうち、単に道中ですれ違った際に【情報閲覧】を発動した者については、【領域】外での発動だったことからリッケルの眷属の時のような"対抗"が発生しており、他方できっちり【領域】を構築してから【情報閲覧】した場合――村での"治癒師"という肩書は合法的にそうするのに都合が良かった―― 一切この"対抗"現象は発生しなかったのである。
それで、俺はようやくこのルールに気付いたわけである。
また、当然であるが、より高く点が振られている者ほど、その"対抗"によるフィードバックの効果も高かった。
……つまり、だ。
先ほどの俺自身と副脳蟲どもの疑問に答えるならば、【人世】の神々はきっちりと【情報閲覧】対策を成していたのである。
【加護】系の技能の全容をまだまだ調べきってなどいるわけではないが、少なくとも、その中には【情報閲覧】を始めとした迷宮領主能力への対抗と抵抗が含まれている、と見て間違いない。
ならば、なるほど実際に『魔人』と恐れられる迷宮領主達が【魔獣】とも称される眷属の軍勢を率いて頻繁に攻め込んできた時代ならば、あるいは大氾濫が頻発していたような時代であれば、神にもすがって生き延びあるいは戦おうとする人間も多かっただろう――熱心に、自力で【加護】系技能を取得することとなった個人も多かったことだろう。
そしてそれがそのまま【情報閲覧】への対策となるのである。
高い戦意と、そして信心を持ち必死になった者ほど【情報閲覧】しづらい相手となるわけで、そう簡単に迷宮領主側が何もかも相手の情報を抜いて優勢に戦えたわけではない、と見るべきであった。
≪そうなのだきゅぴ。現に初代"界巫"さんが戦死さんしちゃってるのだきゅぴ≫
爵位権限の関係で、俺のような低級の爵位持ちが見れる範囲では細かく記述されていないだけで、きっと、付き従った多数の高位高級な爵位持ちである迷宮領主達も、決して浅くない傷を負い、あるいは斃されていることだろう。
――だが、そんな"低級"の俺の【情報閲覧:弱】であっても、【領域】内でさえあれば、リシュリーほどレベルの高い【加護】系技能持ちであってもあっさりと通ってしまった、ということをどう解釈すべきか。
一つ考えられるのは、単なる【領域】内であるだけでなく【闇世】の【領域】だったから、ということか。
ヘレンセル村では、俺の予想よりは【加護】技能持ちが多かった。
……神の加護を受けていたことに文句の挟みようもない『英雄王』と彼の子孫達が興した国家の最高位貴族家に連なっていながら、全く【加護】系に技能が振られていない"不信心"なリュグルソゥム兄妹という事例は参考にならなかったわけだが、十数人に一人というのは大した割合である。
正直、村に1人か2人いれば良い方だと思ってはいたのだが――しかしその一方で、この十数人のうち、最初の技能である【選定】が1である者が大半であったのもまた事実だったのだ。決して優秀であるとは言えないかもしれないが、一応は"教父"であるナリッソでさえ、ようやく3、という具合でしかなかった。
≪わ、わかったぁ! 造物主様、つまりそれって要するに!≫
≪とりあえず数撃ちゃ当たるさんで唾つけさんしてるってことだね!?≫
≪僕のひらめきさんを横取りさんしないでぇ!≫
≪ご、ごめん、つい……≫
……なるほど、イェーデンとアンの気付きも一理あるか。
初代界巫クルジュナードの敗死という大失敗以来、【闇世】側が停滞しており、少なくともここ数百年は全く攻め込んでくるという気配が無いとはいえ、いつまた文字通り"界"をまたぐ争いが起きるかはわからない。
それこそ、数千年単位で思考しているであろう「神の視点」からは、単なる"準備期間"とかいう可能性だってある――現に、今まさに俺みたいな存在が【闇世】から現れて、こうして【人世】に自ら偵察に来ているにも関わらず、仮にも『末子国』の宣教役がそれに気づかないなどとは。
だから、神々がこの世界にできる「干渉」には制限があり、ルールのようなものがあると想定すると――この技能点・位階システムの存在それ自体を含めて――ある意味、これが必要最小限の効率的な"投資"と言えるのかもしれない。
多数の「1止め」の"ひよっこ加護者"達をばら撒いておいて、有事にはそれを活用できるようにする、と。
≪あ……あとは、あれだね……! 1点さんでもあれば、それで……"誘導"さんされるんだよね? 造物主様≫
その通りである、アインス。
たとえ最初の1点が"神による点振り"だったとしても、それがキッカケとなるならば、その個人は後の人生で自らの情熱と意思と欲求とたゆまぬ努力によって、その1点を2点から先に伸ばしていくことができる、かもしれないのであるから。
≪今、現に戦争さんしていたら意味が無いけど……で、でも、種を蒔いておくさんと考えたら、効果的なのかも……?≫
仮に、"神による点振り"にかかる神側のコストが同等であったとして、だ。
有事、つまり【闇世】との戦争時には1人に10点20点振ってしまうのが即戦力となるのだろうが――獲物となる兎がいない平時には、飼っている猟犬はただの無駄飯食らいになりうる。
ならば分散して、10人から20人に1点ずつ振れば、その後の彼らの"生き方"次第では、独力で自ら【加護】系技能を伸ばしていく者もまたあるだろう。"有事"が10年後か、50年後に起きるかはわからないが、その時には独力で【加護】系列を開花させている者が、数人はそろっているかもしれない。
そして思うに、これこそが【心得】系列と並んで、俺の想定よりも微妙に"自然点振り率"が高められているもう一つの要因と思えてならなかった。
【守護神の選定】を1か2持っているヘレンセル村の十数人は、少なくとも同世代の者達と比べれば、年齢に対する位階の割合が"高め"であった。
ならば「信心」は、種族や職業上のその人生における役割を越えて、ある種の情熱を持ち続けさせる内燃的な発破の心となっている――のかもしれない。
――ただ、まぁ。
『聖女』リシュリーに関しては、若さといい"振り残し"が皆無であることといい、例外的な、きっと神にとって何か特別な駒である可能性が高いのだろうが、な。
いずれにせよ、これ以上はリシュリーが目を覚ました後に「検証」に協力してもらえるよう感化するか、はたまた別の【加護】系技能持ちの協力が得られた暁に検証すべきことだろう。例えば、うだつの上がらない己に不満を抱いている、飲んだくれの教父様、とかな?
なお、【闇世】で迷宮領主の【領域】では、【人世】の神々による『妨害』が機能しない、という気付きは重要であろう。
『八柱神』が【闇世】では積極的にその『妨害』を含めた"干渉"をすることが困難である、という事実は、迷宮領主として【人世】との潜在的将来的な敵対が確定している俺としては朗報だからだ。
……ただし。
それが能力的に困難であるのか、はたまた「やろうと思えばできる」がその気が無いから干渉していないだけ、というのであるかは重大な違いではあったが。
そもそも諸神は、何故争ったのだろうか。
かつて共にシースーアを創造した【黒き神】と【白き御子】は、どうして世界を物理的に分け隔ててしまってまで、それぞれ『九大神』と『八柱神』に分裂し、相討ちになって帰天してもなお、神による干渉で争い続けているのであろうか。
【人世】の"戦力"の全容は、まだわからない。
【四兄弟国】もまた、【人世】においては広大なるオルゼ=ハルギュア大陸の"一地方"に過ぎないのだから。元の世界で言えばせいぜいがヨーロッパ地方に過ぎない。縮尺的には、西欧と東欧を足したぐらいはあるが。
つまり【黒き神】が【人世】の戦力に対抗するために作り出した迷宮システムが、500年前にその総力で攻め込んだにも関わらず、わずか"一地方"の英雄によって撃退されたならば、あるいは俺が思う以上に【人世】は広大で強大であるということか。
しかし――リュグルソゥム兄妹の【闇世】での見聞への反応と驚愕を聞いていると、迷宮領主が決して惰弱であるどころか、
「ご先祖さま達はどうやってこんな連中を撃退したんだ」
などと呆れさせる程度の"常識はずれ"さは有しているのである。
【人世】では『魔王』などと矮小化された呼び方をされているが、【闇世】においては直接【黒き神】からの啓示を受けることができるとされる"界巫"に、再び【闇世】を統一させて【人世】に攻め込まないのは、果たして、それは今の界巫の意思であるのか、それとも【黒き神】の思惑であるのか。
相対の構図は、いくらかわかってきた。
『遊戯』のルールも、幾分か見えてきた。
だが、俺には未だにこの盤面の"最上位者"達の目的がわからない。
わからないが……しかし、次のことは言えるかもしれない。
○考察その4 ~ 称号を定めている者
【黄昏の帝国】然り、【人世】と【闇世】が直接干戈を交えていた時代はどうであったかはわからない。
だが、少なくとも、この現世において。
迷宮領主として、俺もまた"創造主"として眷属や従徒達に対して非常に強大な干渉能力を持っている――ということ以上の干渉能力を神々が持っているとして、それが可能な限り、この『技能点・位階システム』を通して行使されている――つまりルールに則っているように見えるのである。
――デルフォイの神託にせよ、元の世界の神話や民族的な伝承などでは、神というものが人と関わる際にはもう少しだけ直接的に『言を預ける』ような形を取っていたが。
確かに【闇世】の最高司祭である"界巫"に対しては【黒き神】から神託がなされているらしいが……予想だが、下手をするとそれすらも技能で表現されているか、はたまた制限されている可能性すらある。
というのも、リシュリーの件でルク青年に聞いた【人世】の『聖言士』及びその"類似"の職業について、それがそもそも職業化していること自体が『技能点・位階システム』のルール内に自らを収めているようなものと思えるからだ。
――だって、そうだろう。
『魔法』は技能ではない。
『神威』もまた技能ではないのだ、そもそもの現象としては。
ルク青年が『魔法類似』と呼ぶ多種の超常の力についても、それこそ迷宮領主の権能の一部についても、技能ではないものが確かに存在している。
ならば、どうして『九大神』も『八柱神』も、例外はありつつも基本的には『技能点・位階システム』のルール内で行動しているように見える動きをしているのだろうか。このルールとは関係なく元々存在していたであろう、種々の超常の力を――【技能】という形で人々に行使させるよう努めているのであろうか。
――その別の一例こそが【称号】システムであった。
俺自身が創造主として、俺自身の被造物たる眷属や従徒達に対して、まさに創造主の特権として俺自身の"認識"によって"役割"を与え、それが結果的に【称号】と化さしめるのは……まだ迷宮領主に与えられた大権であると言えなくもない。
だが、それならば迷宮核の通知音を通して、この俺自身に与えられてきたこれまでの妙な称号達はどうであったろうか。
俺と出会う前の、配下達の称号達はどうであったろうか。
そもそも俺の眷属でも従徒でもない者達の称号達は、一体全体、誰が与えているのか。
この問題が、まだ存在していたのである。
だが、諸神が、その内紛においてさえもあくまで『技能点・位階システム』のルールを遵守し、定命の者に"称号"を与えているというならば、それもまたこの『遊戯』の盤面における1つの干渉法であるということか。
つまり、先ほどアンとイェーデンが指摘した【加護】系技能の"種まき"式のばら撒きと、使い方が少し近い。さすがに【称号】は雑にばらまくのではなく、もう少しだけ吟味はしているのだろうと思いたいが――。
≪きゅぴ! つまり、見つけやすくするための"タグ"さんだきゅぴね! 今日のお惣菜さんはなんだったかしらーって、これじゃ僕ウーノみたい!≫
≪特売チラシ~≫
……俺は自らの"認識"を改変することによって、単なる眷属を越えた存在として"名付き"たるアルファ達に【称号】を与えた。
だが、しかし肝心の俺自身に関する【称号】を自由にコントロールすることは、できてはいない。称号の授受が、上位存在からの一方的な"恩恵"によるものであるとすれば――それを決定する上で重要となるのは、やはり"認識"であるか。
――神の"認識"である。
1つ、重要な実例があることをここに明かそう。
小間使いとして使いつつも庇護下に置くことを決めたラシェット少年であるが……実は、彼をやはり連れてきてみようと俺が思ったのには、まだ理由があったのだ。
まさに俺が最初に【情報閲覧】を仕掛けた、その目の前で。
ラシェットのステータス画面の中に、全く唐突に【称号】が生えて出てきたのである。
【艱難の友たる伯楽】。
中身は、お前はアリストテレスと平手政秀と蕭何あたりを足して3で割ったのか、とでも言いたくなるような、一言でいえば「将来英雄になる者をサポートする」といったことを目的とした小技能群であった。
どう考えてもタイミングがおかしい。
仮に、俺が自分でも気付かぬうちに無意識にラシェット少年を従徒化して"認識"した結果だとしたら――実際には、まだ従徒化はしていない――この称号の中身自体がおかしい。
何故なら、俺はラシェット少年にサポートされるべき"将来の英雄"でもなければ、そもそもこの選択可能職業に無骨で豪快なものがやたら自己主張強く混じって表示される少年に、俺が求めるものもまた「サポート系能力」などではないからだ。
だが。
称号が神による"認識票"であり、その何らかの思惑のために定命の者を誘導して"駒"と化すものであり、そして、それを持つこと自体が運命に干渉されていることを表すものである、というならば。
称号が、称号を呼び、招く。
"称号"持ちは、惹かれ合う。
――ラシェットとの邂逅直後に、マクハードの称号を知ったのも偶然ではないだろう。
……俺としては、ラシェット少年を必要以上に茨の道に引きずりこまないようにするつもりだったのだがな。
俺と運命が関わった、まさにその"タイミング"で、ラシェット少年を今後、そういう"駒"として扱うのだと――果たしてどの神が"認識"し、決めて、筋書きを書いたと考えるべきだろうか。あるいは、俺は単にそれを早めただけで――例えばマクハードという称号持ちと関わりを持ったことで、ラシェットは既にそういう運命に巻き込まれていたのだろうか。
そんなことを考察しているまさに今この瞬間。
まるでダメ押しのように、1~2秒程度であったが、俺自身の職業【火葬槍術士】の【悲劇察知】が疼いてくれやがったのである。
つまり俺は今後、それがいつになるかは全くもって分からないが、ラシェット少年絡みで、彼が将来「伯楽」としてサポートすることになる"かもしれない"存在と遭遇することになる……ということだ。それが"神の筋書き"ならば。
――変わらないね、変わらないんだね、せんせ。せんせの"翼"は、べつに、そんなに大きくないのに。
まるで既存のものを組み合わせて、本物と変わらない精巧なる偽物をAIが作り出すかのように、記憶には全くない、しかし、彼女の幻聴と幻覚の中で、きっと彼女がこの場にいたらこう言うだろう、そんな発言が逆に俺の心に火を付けた。
何のことはない。
どうせ、探しものを探して、見つけて、そこで終わりと思ってもいない。
"旅路"は長いのだから。
その過程で、俺を頼って、次から次へとやってくるというのならば、全て背負って清濁併せ呑むまでのことだ。ただ、それだけのこと。
お前が言う通り、俺は、本質的には何もあの頃から変わっていないのだから。
決意を改める火の灯りによって幻影を一時追い払う。
思考しながら未明の村の中を早歩いているうちに、今日の"患者"第1号であるトマイル氏の家までもうすぐの距離となっていた。
そして俺は――大分寄り道はしたが、ようやく、得られたデータを元に続けていたこの"考察"を締める。
称号が、まさしく神の思惑とその"認識"によって生まれ、与えられるものである可能性が濃厚であるとすれば。
それは翻れば、この『技能点・位階システム』全体を貫くルールで、一つ、とても重要な気付きに通じるべきものなのであった。
※本話は再構築に伴い、話順が入れ替わりました。上書きによる入れ替えしかできないため、過去にいただいた感想と話の内容が噛み合っていませんこと、ご了承下さい。





