0126 虚実は鉄鐸に映ること能わず
7/8 …… 2章の改稿・再構築完了
『ヘレンセル村行き』の準備を進める傍ら、俺は主だった従徒達を連れ、ヒュド吉部屋の脇道から掘り抜いた先の、厳重に封印された小部屋を訪れた。
――そこには、かつてフェネスという男が、海流に乗せてまでわざわざ俺の元へ届けた、古びて錆びた1枚の『鉄鐸』が安置、もとい隔離されている。
フェネスへ、俺から直接連絡することはしない、と言ってはいた。
だが、【人世】での知見からこの世界の法則について知れば知るほど、それは逆説的に【闇世】における上位の迷宮領主達が何をどこまで知っているのか、という警戒の念を抱かせるには、十分。
あの老獪な老翁としての狡猾さと、手のつけられない悪童のような邪悪な無邪気さを兼ね備え、自らを道化とも黒幕とも自称自認し、そのような立ち振舞に自覚的である【闇世】の曲者たる存在――【鉄使い】フェネスが、どういうスタンスにいるのかを、本格的な行動開始の前には確かめなければならない。
そういう判断に俺は至っていた。
それに時期的にも、いい加減、奴も後々俺に合流させるらしい「娘」とやらを【人世】に送り込んだ頃合いと思われたからだ。
お世辞にも、あまり知的なタイプとは期待できない言動ばかりが印象に残っている『愛しのネフィ』であるが――"お目付け役"と考えれば、逆にそうである方が俺には都合が良いか。それに曲がりなりにも、ただの従徒ではなく、有力なる迷宮領主の血族であり、つまりそれなりの"戦力"としても期待できよう。
ならば、精々、俺の迷宮の秘密を探られたり、嗅ぎ回られたりしない程度に、馬車馬の如く使い倒してやっても罰は当たるまい。
――そして逆に、【鉄使い】フェネスと【宿主使い】ロズロッシィとの間の"手打ち"とやらにより、ネフェフィトに植え付けられることとなる寄生種の情報も得たいところであるが。
俺の【エイリアン使い】としての権能においても、似たような力――エイリアン=パラサイト系統――と進化の方向性が生じていたのである。
片や、今代の【闇世】を統べる精神的な指導者たる最高司祭『界巫』の勢力。
片や、大陸の西部に地盤を持つ『大公』たる【幻獣使い】の勢力。
彼らはリッケルやル・ベリの母リーデロットの元主であった【人体使い】テルミト伯が属する【励界派】という迷宮領主連合の内紛に付け込んで代理戦争の有様を呈させている、【闇世】の2大勢力である。
いずれも、今後【人世】での"成果"を【闇世】で活用していくに当たって、否が応でも関わらざるを得ない大物である以上、わずかでも、何かヒントでもその情報が得られる機会は可能な限り掴んでおいた方がいい。
……まぁ、相手も同じことを考えているのであろうが。それが迷宮領主の【情報戦】である。
あれこれと想定問答をしながら、フェネスの『鉄鐸』の眼前にて。
俺は自らの迷宮、【報いを揺藍する異星窟】という名を宣言し――それを聞き遂げるや、ピキパキと、鉄鐸が音を立て始める。
まるで、その表面を隈なく覆っていた"錆び"の薄層が、次々と割れ砕けて、内側から新鮮な――無機物にこういう表現も妙なものだが、そうとしか言えないような有機的な生々しさを伴って、さながら目には見えない小人達か何かによって急速に研磨されているかのように、みるみるうちに瑞々しく"再生"していくかのような、吸い付いてしまいそうなほど純度の高い金属面が現れたのであった。
そしてその間、きぃぃん、と耳の奥に甲高い金属音が幾重にも反響し、何処かへと通じているかのような、鋭く寒々としたような魔素と命素の気配が渦巻く。
以前、フェネス自身が言った通りである。
そうした【研磨と反響】の現象は、きっかり30秒間続く――今度は俺は直接自分で【因子の解析】を発動しながら、その様子を観察していた。結果、解析された『因子』は次の通りであった。
――『因子:振響』を再定義。解析率7.4%に上昇
――『因子:均衡属性適応』を再定義。解析率9.2%に上昇――
――『因子:崩壊属性適応』を再定義。解析率6.5%に上昇――
……これだけではない。俺自身で直接技能を発動したことにより、『因子』としての解析情報だけではなく――それを織り成す様々なイメージや、象形や図形や波形や、およそ「形」という文字によって形容されるあらゆる"認識"そのものの感覚が流れ込んでくる。
そんな概念の奔流の中で、解析、という形を取って俺の中に急速かつ急激に再構築されていったこの『因子』の在り様とは――すなわち【空間】属性と、そして【闇】属性が入り混じった、相当に複合的な現象であった。
なるほど、"音"を利用しているという点では確かに『振響』だろう。
だが、そこに加えて【均衡】属性と【崩壊】属性という【人世】の『魔法学』における"属性"分類の中でも一段と理解しにくいものが混じっている理由は、正直よくわからない。
ただ、そこに【空間】属性と【闇】属性のイメージが含まれていたことが、意外と言えば意外であり、そして示唆的であるといえば示唆的であるか。
――正直なところ、俺は『因子:神威』が解析されてもおかしくはない、とすら考えていた。
これはヘレンセル村郊外の禁域の森を覆う『忘れな草の霧』という"神威"の存在を知ったからこその発想であったのだが。同じ"神"をその根源とする超常であっても、片方は『神威』という概念が『因子』として受容されつつ、もう片方は【空間】と【闇】を司る【黒き神】そのものの力としてある意味正確に"認識"されている、ということであろうか。
あるいは【人世】と【闇世】が親子世界であることも、この違いに影響を与えている可能性はありはしないか。
『神威』とは、諸神がその力の一端を地上のただ人を通して"再現"し、招来させる超常である。一方で迷宮領主のそれは、もはや単なる神の権能の再現には留まらず――それこそ【闇世】が"子世界"であるというならば、いっそ"孫世界"とでもいうべきものを創造するほどのやりたい放題な力なのである。
だが「世界」とはすなわち時空間である、ということを考えれば、迷宮システムこそが【闇】と【空間】を司る【黒き神】そのものの"力"があまねく通底した存在であることは、これまで『属性』や【騙し絵】式【空間】魔法(属性)について考察してきたことを踏まえれば、改めて納得できるというもの。
ならばこそ、俺自身の"認識"において、【因子の解析】を通して解釈された【鉄使い】の力に【闇】属性や【空間】属性が入り混じっているのは、そこまで不自然なことではないのかもしれない。
いかにそれが【○○使い】と呼称され、あるいは名付けられ、それに基づいた独自の通信手段を擁していようとも、その本質は変わらないということ――きっと【エイリアン使い】もまた、同じように【闇の神】の"使徒"たる力であるならば。
そして俺は、口に手を当てて目を細め、きっと今何度も『止まり木』に潜りながら目の前のこの"現象"を注視しているであろうルクに視線を向けた。
――おそらく、彼も俺と同じか近い結論に至っているのだろう、と期待する。
すなわち、【研磨と反響】は形を変えた【空間】魔法の類である、と。
問題は【騙し絵】式でも古代帝国時代の『魔法学』式でも、そして"世界"が異なる以上「原初」式でもないのではないか、ということであるが――これ以上は今はやぶ蛇であるか。
そうして"思考"しているうちに「30秒」はあっさりと経過。
鍛冶場で熔けた鉄をぶっかけられたか、はたまた間違えて自身の顔面を金槌でぶっ叩かれたかでもしない限り、そうはならないだろう、と言うほどに潰れた醜い顔の男――上級伯フェネスの楽しそうな顔貌が、その全身で「ギョロリ」という擬音をかき鳴らさんばかりにおどけるような調子で映し出され現れたのであった。
『うくく、実に、実に良いタイミングで現れたのだねぇ、オーマクン。僕ぁ、このまま君が永久に連絡をくれないかと思ったよ? それは実に、悲しいことだ。でも違った、君はやっぱり僕が見込んだ通りだったねぇ!』
「売出し中の身だ、舐められないために威嚇も威圧も揚げ足取りだってさせてもらったが、それでも流石に、貴重な後援者サマの扱いは心得ているつもりだぞ? いつまでも"進捗報告"をしないのは憚られたからな。お互い、情報で飯を食って情報に基づいて動いている身だろう?」
『あらあら、本当に――わたくし達の"恐ろしきお父様"を相手に、物怖じしないのですね? 副伯なんぞ、今どき"一匹狼"で自立していくことなど、もはや夢のまた夢な世情ですというのに――』
金属をかき鳴らすような、きぃきぃ不快なフェネスの声に続いて――不意に女の声が聞こえてくる。
幾分、フェネスのそれよりは不快さが緩和されたような、落ち着いた大人の女といった風情の声である。だが、根本のところで、金属面を引っ掻いたような不協和音が音を乱しているのは、リッケルの【木の葉の騒めき】もそうであったが……もはやその迷宮領主権能に内在的な問題である、か。
ならば、どうだろう。
俺の【エイリアン使い】の"独自通信手段"と言える副脳蟲どもが統括する【共鳴心域】もまた、他者からすれば「ぐちょぐちゃ」音でも混じっていたりするのだろうか?
≪きゅくく、でぇじょうぶなのだきゅぴ。その辺りはちゃんと、ぷるタリングさんして――とっても耳当たりの良い音さんにしているのだきゅぴ。そう、それはまるでひそひそきゅぴきゅぴ、お耳たぶさんに囁く風鈴火山さんかの如きゅぴ……≫
長いので黙れ、という念を込めて「ホラー映画の絶叫シーン」記憶を招来して脳内きゅぴを撃退。
俺は『鉄鐸』に映った、文字通りの"新顔"に意識を戻した。
第一印象は、物腰柔らかな話し方の通りに、柔和で自然な微笑みを浮かべた大人の女性である。
フェネスのような襤褸はまとっておらず、男装に近い中性的な礼装に身を包んでいるが、肩まで届く長い髪から、おそらくは"娘"の一人であろうことが推察される――なるほど、どうやら"愛しのネフィ"とは異なる「知的労働担当」といった様子である。
ただし、ただ一点のみ、その柔和な雰囲気を全て吹き飛ばしかねないほどの"異質さ"を彼女は備えていた。
その穏やかで暖かな知性を感じさせる微笑みの容色の中に、フェネスにあまりにも似ている箇所があったのだ。
「前世の行いが良かったかな? 俺にとっては覚えてもいない空白期間の功徳だろうが。だが、こうして美人のお姉様ともお目通りする機会が得られたなら、"一匹狼"をもっと続けたくなるというものだ。ご令嬢、お名前は?」
『あっはっはっは! なるほど、なるほど、オーマクンもお目が高いねぇ! そうか、君はうちのフィネーみたいなのがタイプなんだね? 実に良い選定眼なところは褒めて上げてもいいけれどね、だが、ダメだ。君じゃうちの娘は嫁にはやれない、やるものか、たとえ相手が神々どもであろうとも――あいた!?』
『常日頃から淑女淑女とうるさいお父様? 紹介をしてくださらないのなら、わたくし自らを紹介しましょう。【えいりあん使い】オーマ様、わたくしは【鉄舞う吹命の渓谷】が迷宮領主フェネスの"次女"。ラフィネルと申します』
優美さと完璧さ、そして何より智慧の深さを思わせる眼差しと所作でラフィネルが一礼する。
それに合わせて、俺もまた『ルフェア』流の一礼をし――フェネスの表情がくるくる動くのを目の端に止める。あぁ、やっぱりな、今回は俺の方の映像が"視えている"のだろう。
前回と異なり、今回は俺の方から"連絡"をしたのだから――当然のことなので、予測はできている。だからわざと【人世】出身者であるところのルク青年もこの場に連れてきたのであるから。
そして無論、そのような"些事"はお互いにいちいち指摘したりすることもない。
俺が見抜いていることをフェネスは当然理解し、そして期待しているだろうし、それもまた試しの一環であろう。
「賢くたおやかなる第二伯女、ラフィネル殿に副伯からの敬意と祝福を――このたび、お父上であるフェネス殿のご後援をいただく身。事業に進捗がありましたため、報告のため、こうしてお呼び出しさせていただいたものです。もしも、お寛ぎとご歓談を邪魔してしまったならば、ここに平にご容赦をば」
『どうだい、慇懃だろう? 隙を見せまいと全力投球、その実、裏に隠れているのがいっそ剥き出し抜き身の警戒心なもんだから可愛いものじゃあないか、あっはっはっは――あいたぁ!?』
『……気を悪くされないでくださいね、オーマ様。わたくし達のお父様は、いつもこんな調子なのですから。概要と詳細は、この私、【鉄舞う吹命の渓谷】の"出納役"がお聞かせいただくこととしましょう』
そしてこの"次女"サマは、『役職名』持ち、と来たか。
果たしてそれは単なる組織論的な意味での「役職」にすぎないのか。それとも、フェネスもまた――知っていてラフィネルを『出納役』という「役職」につけているか。
【闇世】Wikiには、一種の閲覧制限機能がある。上級の迷宮領主達にしか明らかにされていない"共通知識"が存在している。『鉄鐸』の向こう側では、ひたすら柔和な表情のラフィネルに腹パンされて何故か喜んで悶えているフェネスとかいう名前の父親は、果たしてそうした「制限」にどこまで噛んでいることか。
きっと、俺が"認識"している技能システムや、位階システムや、あるいは職業システム、称号システムといった数々の特権に近い法則それ自体は、確かに【黒き神】がその権能を、およそ『神威』の範疇を何歩も踏み越えて実現したものなのかもしれない。
だが、それこそ一歩間違えれば、どこまでもズルをすることができかねない"知識"なのだ。
――父親への折檻を終えたラフィネルが俺に顔を戻し。
――そのギョロ片目が、不意に血走ったようにカッと見開かれた。
『鉄鐸』越しのため流石に【情報閲覧】は効かないが、パっと見る分にも、身体にその他の【異形】候補は見当たらない。いっそ"ギョロ片目"が彼女の『ルフェアの血裔』としての【異形】なのかとすら思わされるほどの異貌であったが――それこそが、ラフィネルという名の"娘"が自らの「父」に瓜二つの箇所なのであった。
血走り、剥き出しとなり、執念深さを隠そうともせずせわしなく動く"ギョロ片目"。
それ以外の部分がすっかり柔和であり、人を安心させるような柔らかで穏やかで和やかな――例えるなら社会に出てその厳しさを知ってある種の癒やしと安らぎを求めるようになった男ならば、誰もが求めるであろう、そんな慈しみを極めたかのような令嬢然としたラフィネルの様子にあって――そのギョロ片目だけが異質であり、異常であったのだ。
たとえ「ものもらい」と冗談めかして説明されたとしても、全く笑うことはできず、逆に引き攣るのはこちらの方だろう。
――それは、フェネスのような、露骨に危険さを道化的な振る舞いで覆い隠して、わかるものにはきっちりわかるようにさせ、ある種の自己責任で自分と接するように、と暗に宣伝しているのとはまた異なっている。
「危険」ではなく、「危うい」だとか「危ない」と形容すべき概念を押し固めたかのような、重度の解離性障害者に典型的な「極端な人格」だけが意思を持って主の顔面から飛び出したかのような強烈な負の存在感をぶちまける"異形"のギョロ片目をしているのが、ラフィネルというフェネスの"次女"なのであった。
――たとえあえてでも、今はこの"ギョロ片目"に対して隙も油断も見せるべきではないだろう。
ひいひい笑っている醜男を後目に、俺は簡潔に【人世】で拠点の構築が進んだこと、浸透のための準備が進んでいることをラフィネルに伝達していく。そのために、わざとルクの姿が『鉄鐸』に映るようにも、堂々と振る舞わせた。
他方で、フェネスとラフィネルからは、テルミト伯ら【励界派】の内紛がハルラーシ回廊を舞台に本格化し始めたことが簡単に共有される。無論、詳しい都市名や情報などをこの段階で俺にくれるはずもなかったが。
そこは後援者との立場の違いであり、今の俺にはまだ真の意味で「対等」に情報を要求することができるような実績も名分も、無い。逆に俺からの"報告"では、『ヘレンセル村』という名前を出し、『関所街ナーレフ』という名前を出したが――そこで、ひいひい笑っていたフェネスが、急に真顔になったかと思うや待っていましたとばかりに口を挟んでくるのであった。
――ただ、その話し出した内容は、いささか、俺の想定から外れたものだった。
曰く。
俺と合流予定であった"三女"ネフェフィトが、MIA、つまり行方不明になったなどといきなり言い出したのであった。
『あっはっは! いやぁ、ごめんごめん! 僕もね? まさかまさか、あの君がお披露目された素晴らしいあの会議での取り決めが【傀儡使い】クンと【蟲使い】クンと【死霊使い】クン達にあっさり妨害されるなんて、予想も心の準備もしていなくてねぇ。まぁでも、ネフェフィトさんはお馬鹿だけれど、生存能力も個人戦闘能力も高いから、まぁ大丈夫さ大丈夫、あっはっは、うくく』
話を聞くに、どうもフェネスが【人世】に独自に持つ伝手に預けて――当然、この男はそういう手管を持っているだろう――送り出したところ、偶然にも【励界派】の内紛に巻き込まれて消息不明になった、などということらしかった。
なんと白々しい……。
一瞬、俺にはフェネスの狙いがわからなくなった。
だが、次の言でフェネスが『多分しぶとく無事に【人世】にはたどり着くだろうから、気が向いた時にでも回収しておいてよ、うくくく』だとかのたまってくれた辺りで、察する部分があった。
――フェネスはロズロッシィとの取り決めを堂々と反故にしようとしているのだ。
十中八九、【励界派】の内紛に巻き込まれたのではなく巻き込ませたに違いない。
『いっそ、ネフィは本当にあの"人食い姫"様に「寄生」されていた方が幸せだったかもしれませんね? お父様のことですから、一体、どんな重荷を背負わせて、本人も知らないどんな欠片の"運び手"にされていることやら……』
「……それは、あれか? 俺があんたとの取り決めに従って無事に"愛しのネフィ"を回収した暁には――【宿主使い】に対して履行されなかったあんたのツケを、俺が代わりに支払わなきゃならなくなる、とでも言うつもりなのか?」
『うんうん、ちゃんと心得えているのは立派なことだよ。でもそんな、酒場で連れ立って飲み歩くみたいな言い方は僕ぁあんまり好きじゃないかな。なに、大丈夫だとも。どうせ何を言ってこようが――【幻獣使い】は【闇世】にこだわり続けるんだからね、あっちはあっちで愛娘の言うことを聞かない堅物だからね! そう、堅物! か・た・ぶ・つ! 僕とは! 違うもの――あれれラフィネルさん、その"大ペンチ"は何かな? え? やだなぁ歯の調子はすこぶる快ちょ――ちょぉ!?』
『鉄鐸』から脱兎の如く、フェネスが消える。
それっきり、『鉄鐸』を経由した【空間】的な通信が一方的に通信は切られたようであり、辺りから甲高い金属音にも似た冷たい魔素と命素の気配がふっと霧散した。
……最後まで続けられていた父娘漫才が、単なる惚気であり弱点を晒してみせた行為であるのか、それとも俺を油断させるためにわざと見せたものなのか判断が難しいところではあるが。
――既に助力を求め、ある程度俺の存在を晒した以上、フェネスとの契約は一旦は果たさねばならない。つまり、どこにいるのか生きているのか死んでいるのかもわからぬネフェフィトを回収してやる必要は、あるのだろう。
流石に、どこかで野垂れ死んでいる、ということにはならないようにフェネスが手を回して準備をさせた上で【人世】へ送り込んでいるのだと思いたいが――気になってくるのは【宿主使い】ロズロッシィ側の反応であった。
ただ、情報が足りなさすぎる……と額を押さえたくなった俺の脳裏に、未だに警戒していたルクがわざわざ【眷属心話】で意見を伝えてくる。
≪オーマ様、あまり考えすぎない方がよろしいかと。いただいた"情報"から整理と推測させていただく限りでは、何らか、オーマ様に接触しようと思えばその【宿主使い】なる者は自ら接触しようとしてくるでしょう。逆に、それが無いうちは、ある意味では【鉄使い】とやらを窓口扱いとして静観し、機を窺うものと思われます≫
≪良いだろう。お前達の情報解析と献策は信用している。多少、余計な任務も与えられたが、当面はまだ邪魔にはならないだろう。だが、色々と初めて見聞きして考えることも多いはずだ――それで気付いたことがあれば、また共有してくれ≫
≪御意≫
どっと疲れが出て大きなため息が思わず口をついて出てきたが――やることは、常にあるのだ。そして、大事なのはこれからなのである。
俺は数日後に迫った『ヘレンセル村行き』を睨みながら、一旦フェネスの"娘"達に関する思考を完全に頭の片隅に放棄――副脳蟲どもにぶん投げ、ルクらを伴って再び迷宮の『司令室』に戻ることにしたのであった。
※本話は再構築に伴い、話順が入れ替わりました。上書きによる入れ替えしかできないため、過去にいただいた感想と話の内容が噛み合っていませんこと、ご了承下さい。





