0124 暗黒郷と理想郷の境界上
12/30 …… 属性と魔法学について加筆改稿
7/8 …… 2章の改稿・再構築完了
迷宮領主の"種族経験点"の獲得という点では、今回、俺が【エイリアン使い】として自身の【領域】で直接、『神の似姿』と呼ばれる人族達の侵入を迎撃したことはそれなりの意味を持つ。
ただ、その成長曲線自体は、緩やかなものに変じていると見受けられた。
練度、特殊能力、統率制などどれを取っても小醜鬼などとは比べ物にもならない――が、あるいは、侵入者の相対的な意味における"脅威度"もまた経験点の算定基礎となっているのかもしれない。
少なくとも、2回とも鎧袖一触という形で殲滅することのできた【人世】のカルト宗教信者達が相手では、位階は1しか上がらなかった。
だが。
もう1位階だけ、【人世】の聖人を捕らえたその瞬間に即上昇。俺は現在、迷宮領主としては位階35に至っていたのであった。
なるほど、いやしくも迷宮領主とは、言うなれば【闇世】側の"聖人"に類する何かである。ただ、たまさかに【闇世】の『九大神』による【後援】が与えられているル・ベリやグウィースなどとは異なり、より直接的に、特殊なるこの世界改変の超常の力にアクセスできることにある。
そのどこまでがルール化されたもので、また、どこまでが俺の"認識"によっていわゆる『ルールの外』を突いてしまったものであるかどうかは、まだわからない。
だが、それでも【人世】において、言わば迷宮領主とは対の存在である『加護者』――"聖"という言葉を使ってやるのが癪なので、ルクが言う『長女国』流の言い方で俺も呼ぶことにする――を捕らえるということは、"種族経験点"的には、単に侵入者を撃退するよりも遥かに重要な意味を持つものだと理解することはできた。
以下が、俺の現状である。
【基本情報】
名称:オーマ
種族:迷宮領主(人族[異人系]<侵種:ルフェアの血裔>)
職業:火葬槍術士
爵位:副伯
位階:35 ← UP!!!
【技能一覧】(総技能点124点)
『最果ての島』の小醜鬼達の諸氏族を滅ぼした際に劇的に上昇し、その後、リッケルとの戦いなども経て、今の俺の年齢である26歳を一つの折り返し地点とした「成長の鈍化」が観察できた。位階には年齢キャップがあるという仮説は、一部は当たっていたと思われる。
問題は、これが今後どこかで頭打ちが来るのか、それとも「最低保証経験点」のようなものがあり、低速ではあっても少しずつ固定値的な経験点獲得は続くか、といったところ。
――『迷宮領主』は、殺されない限りは、寿命の枷から一部離れた存在である。
【闇世】Wiki中の各"基礎知識"の記述から類推できることとして、例えば現在の"2代目界巫"は、少なくとも数百歳にはなる存在だろう。"初代"が【人世】の英雄王に敗れたのが500年前なのだから、その後の混乱を治めて今日まで君臨してきたのであれば、最低でも3~400歳は下らない。
「御方様のその理屈ですと、つまり私達は年齢を重ね続ければ重ね続けるだけ……その『位階』というものを、無限に重ね続けることもできる、ということでしょうか?」
「と思っているんだが、確定はできない。それを検証したければ、正直なところ俺自身が数百歳になるまで生きて『経験』を積み続けるか、それともそういう年齢になった存在をじっくり【情報閲覧】で分析するしかない――おい、ルク青年。ちょっと呆けている時間が長いぞ、そんな調子でどうやってお前達の重要な『聖女』サマを護るっていうんだ?」
【報いを揺藍する異星窟】の『司令室』にて。
来る「出産」の時に向け、代胎嚢に"最終調整"のために再びその身を沈めたミシェールを除いた主だった従徒達を交え、俺は『位階・経験点システム』について、彼らに改めて本格的に情報共有することとしていた。
彼らが、一体何に関わっているのかを知らしめて、俺に仕えることの意味を考えさせようとしたから……だけではない。
俺は次の段階である『ヘレンセル村行き』に備えて、【情報閲覧:弱】を位階MAXにまで上昇させていた。そのことの意味を、彼らに考えさせようとしていたのである。
例えばソルファイドは、武芸者らしく割り切って考えて深くは追求しない様子であったが、彼自身の探究――竜とは何なのか――という観点から思うところがあったようだ。
また、俺が言うことはこの世の真理なので言われたらとりあえずそれを全受容したところから思考をスタートする異形魔人もまた、その前提に立った上で俺の期待に答えようと苦虫顔を思考型の苦虫顔にして頬をひくひくとさせている。
……そして、魔導の学徒として、生まれた頃からこの世界シースーアにおける、ある種の神秘と超常、世界の表と裏の成り立ちや法則そのものを探究する徒の一人として育った存在でもあったルク青年は――案の定、目玉が飛び出さんほどのショックを受けたという態度を隠さなかった。
俺の爆弾発言(彼にとっては)を聞いた後、たっぷり十数秒の間、『止まり木』に潜っては戻ってきて俺に2、3質問をし、また『止まり木』に潜るということを繰り返す。きっと、当人からすればミシェールと議論し、また『止まり木』世界に記録されていた一族の集合知を紐解きながら、体感時間にして何週間も頭を悩ませ続けてきたのだろうが、残念ながら『現世』で相対する俺達からすれば、わずか数分間の間での目まぐるしい様子と感情の七色変化にしか見えない。
「……はぁ。そりゃ、僕達だって一応は『長女国』の学徒の一人でもありますから。ですが、ちょっといくらなんでも『位階・技能点システム』は、そんなものが存在すること自体、全く想像にも想定にも無い埒外のことです。市井の民は良いでしょうよ、でも、こう言うとプライド高く思われるかもしれませんが――【盟約】によって、つまりそういうことの学究を先導することを保証されていた『長女国』の、それも頭顱侯家に上り詰めた、我がリュグルソゥム家が、全く知らなかっただなんて……」
「ルク、お前のその『当主の記憶』とやらにも、そういう知識は無かったということか? 俺とて【人世】出身の、それなりに長い歴史を持つ種族の末裔だが――正直、全く気になったことは無かったな」
「『頭顱侯』とは、【人魔大戦】の後に『神の似姿』を導く者――【英雄王】の後継として、この国の最高支配者層として、魔導の力で"荒廃"や"瘴気"を鎮める者ですから。13位は末席ではありますが、それでも昇爵時に共有された魔導の秘奥なんかもたくさんあるんですよ。だから、もし、仮に【人世】でその知識を知っていて隠している者達がいるのだとすれば、」
≪最低でも1位から3位。【四元素】家、【騙し絵】家、【聖戦】家などの各派閥を率いる最上位の頭顱侯家達でしょうかね……あっと、【聖戦】家は派閥の領袖の地位を【紋章】家に乗っ取られた迂闊者どもでしたね?≫
【人世】の為政に携わっていた一族という意味でも衝撃を禁じえない、世界の秘密だろう。
簡単に言えばこれは、シースーアにおける「人生の攻略法」とも言えるからだ。
――『種族』ごとに得意なこと、不得意なことをもしあらかじめ知っていたら?
――自分自身に適性がある『職業』を、もしあらかじめ知っていたら?
――いつなんのキッカケで得たかもわからないが、しかし様々なことを有利に、または不利にする『称号』の存在を、あらかじめ知っていたら?
そしてそれら『種族』『職業』『称号』にまつわる、ある一定の行為や事物をやりやすくさせる【技能】なる超常が存在し、それに意識的に努力をしていれば「点振り」がなされ、それを持たない者や知らずに全く別のことに努力している者と差別化されて大いに有利に人生が進んでいく――と、あらかじめ知っていたら?
「それは……主殿。きっと、誰もが"その生き方"というものに、己の人生と時間と努力と情熱を捧げるようになるかもしれないな」
ソルファイドがうめいた通りである。
――人に限らない。例え「竜」であっても、この理屈は成り立ち得るのであるのだから。
そこに、わかりやすい報酬があるのだ。おそらくは諸神である、この世界法則の創造者達に対して、警戒し、懐疑の心を保っているこの俺とて、その『報酬』自体はありがたく頂戴して、存分に活用しているのだから。
それは、きっと、人の世の統治を根本から変えうるほどに魅力的であり、同時にまた危険な「禁断の知識」であるとも言えた。
『止まり木』内での考察と議論によって、俺と同じ結論に至ったからこそ、ルクもまたここまで狼狽しているのだろう。ならば、もっと思考をショートさせてやろうじゃないか。
悪戯心と共に、俺は更なる爆弾をルクに投げ込んでやることにした。
「例えばだが、ルク青年。『位階・技能点システム』の存在を【人世】で公表したらどうなるだろうか?」
数十秒の間。
とても従徒がその主たる迷宮領主に向けてよいものとは思えない、まるで世紀の詐欺師を見るかのような苦々しげな表情で、そして、何かとても恐ろしい未来を夢で見た預言者であるかのような、複雑な諦念の混じった表情で、ルクがため息と共に声を絞り出した。
「何を言ったかではなく誰が言ったかが大事だ、てのは、まぁオーマ様だからわかってると思います。当然"そういう力"を手に入れた後で、て意味ですよね? ――きっとオーマ様以外にも、経験と研究によって『それ』を観測しようとする者達が現れるでしょうね、『長女国』の頭顱侯だとか『次兄国』の憲章勢家どもだとかを中心に……そして『才能』の囲い込みが起きる。『末子国』の『加護者』集めよりもひどいことになる」
≪恐ろしき、我が君。私達の麗しき【輝水晶王国】でさえ、既に魔導の才の有る無しが、生きとし生ける民草達の一生に巨大な明暗を分けています。ですが、そこにさらにそれ以上のものが加わって……しかもそれが、人の身に"観測可能"なものとして現れてしまうというのであれば≫
「あぁ、言いたいことはわかるぞ、二人とも。それは、そういう世の中は、俺の世界の言葉では『暗黒郷』と言う」
先天的に生まれ持った才能、つまり『種族』や『職業』や『称号』によって厳格に生き方そのものが峻別され、管理され、それぞれに相応しい、社会の歯車としてのレールから外れることを許されない。
そんな絶対の管理社会が到来するだろう。
そしてそれは、哲人的独裁政治によるものでも、合理を突き詰めた律法政治によるものでも、衆愚先導の最終段階としての恐怖政治によるものでも、ないのだ。
世界法則によって、つまり神々という絶対者が作り与え給うた、覆すことのできない深淵深奥のルールによって『そう』であると規定されたものである。
そのようなものに叛逆することは、世界の法則そのものを変える力によってしかできない。それはそれは、強固で盤石に完成された理想郷となることだろう。
「"生き方"を完全に定められた絶対支配の世界……ううむ……」
俺の言葉を聞きながら、想像を働かせていたル・ベリが唸った。
それを聞きながら、しかし、俺は「だが、待てよ」と思惟思考を継続する。
もしも仮に、『暗黒郷』こそが諸神の"望み"であるならば――どうして、このシステムはここまで中途半端なものなのであろうか。
「"生き方"を、言わば少しだけ、経験的にだかなんだかは知らないがそれに気付いた奴に少しだけズルをさせてやるような、そんな程度の代物に過ぎない。そんな印象を受けているんだよ、実際に【情報閲覧】で色々見てきた俺は、な」
【情報閲覧:弱】が位階MAXになった瞬間、その劇的な影響が顕わとなっていた。
――本来、俺の従徒ではないはずのリシュリーのステータスや、『技能テーブル』の詳細まで、見ることができるようになったのである。
それだけではない。加えて、俺の迷宮の「一部」となり資源と化した存在である小醜鬼達の様々な『職業』の技能の詳細などについても、見通すことができるようになっていた。
だから、これから同じことを【人世】で、特に、現在村の外から様々な"よそ者"が集まってきているだろう『ヘレンセル村』で実行し、考察の具とするつもりなのである。
『位階・技能点システム』それ自体に話を戻せば、これがただのちょっとした"外付けブースター"であるという印象は、拭われるどころか、俺の中ではむしろますます深まっていた。
「どういう、ことでしょうか? ここまで人を戦慄させておいて、やっぱり冗句だとか冗談の類だと……? それは、オーマ様、いくらなんでも」
「お前のその反応自体が、答えだからだ、ルク青年」
「――そんなものが無くても世界は回る。知らなくとも、人も獣も生きて、戦って、そして子を成して死んできた、ということか、主殿」
「そうだ、ソルファイドの言う通りだ。"蛇足"感がどうしたって、拭えないんだよ、俺にとって『これ』はな」
リュグルソゥム家が文字通り数千種類の魔法を使いこなすことができることや、そもそもその『魔法』自体もそうであるが、他にも彼らの『止まり木』能力のような、『位階・技能点システム』とは関係無しに存在する力や法則もまた、十分に世界を成り立たせる法則の一部として内包されているように見えるのである。
要するに『魔法学』で言うところの"魔法類似"の各種超常の異能達である。彼らは、あくまでもそれらを経験的に、そして独自の体系によって使いこなしているに過ぎない。
いっそ、迷宮領主であるこの俺や、対偶的存在である可能性の高い『加護者』であるリシュリーなどの方が、むしろ"例外"的に、この世界法則の影響を直接的に強く受けている――と言えるかもしれない。
だが、そうであっても、例えば俺の【エイリアン使い】の権能である"因子と進化"の力は、システムそれ自体そのものとしては完全に別システムなのである。
たとえ、この力の一部が、例えば命名規則といった認識に影響を与える"ささやかな"部分や、もっと露骨には『称号技能』によって多少なりともの影響・制限を受けているのだとしても――それでも【因子】それ自体は、技能点システムによって縛られているとは言えない。
そのことは「『属性適応系』問題」で既に検討したことであった。
だが、そうだとすれば、このような小さな魔法類似法則間の微妙な差異やブレが生じているのは何故なのか。そこには、どのような諸神の思惑があるのだろうか。
それを探る意味でも、ここでごく簡単に、世界法則に関する時系列を整理しよう。
――かつて諸神がこの世界を創造した。
おそらくこの時に、世界の根本的なルールが定められたのだろう。
その後、諸神は【白き御子】と【黒き神】の2派に分かれて相争った結果【闇世】が誕生した。
「そしてその時に"別システム"である『迷宮システム』が誕生した……だというのに、その迷宮システムの一部が『位階・技能点システム』に逆に取り込まれている。俺の【情報閲覧】とかな?」
――あるいは「それ」が『ゼロスキル』現象の正体であるか。
いいや、と俺は内心で目を細める。
むしろ、先にできていたのが『位階・技能点システム』であり、それが後からできた『迷宮システム』を逆襲に"侵食"した、という見方もできるのだ。そうでなければ、わざわざ【情報閲覧:弱】と表記されているのは、どういう意図によるものであるだろうか。
同様に、迷宮領主の主要な力である【領域】能力に関しても――ひょっとしたら『迷宮システム』が"侵食"される前は、【領域転移】の前提技能が【領域定義】であるということは無く、どちらも当然の力として本来は最初から使えるはずだった……つまり技能としての発動を意識する必要すら無かった、と捉えるのは、穿った見方であろうか。
「正直、オーマ様のその『魔人』としての力の全容は私達にも掴みかねます。ですが、実際にその力をお使いになっているオーマ様が、そう考えるのであれば――それは、なんだかまるで"枷"のようなもの、ですね……」
「問題は、『迷宮システム』が後から作られて、それで既存の"世界法則"と混じったなら――『位階・技能点システム』ができたのはいつなんだ、というところだ」
「その、神々による世界創造の際に、じゃないんですか?」
「だとしたらそこらへんの木石や、水や火に【技能】が無いのは何故だ?」
「動物限定ということなのですか、御方様」
「いいや、【樹木使い】リッケルの"植物"どもにも【情報閲覧】は通っていた。あの時は位階が最大ではなかったし技能【情報隠蔽】の存在もあるから、わからないが、きっと様々な『種族技能』の詳細もあっただろうよ」
「それなら、"魔獣"の定義に含まれるなら、それもその『位階・技能システム』とやらの範疇に入りそうですね」
「ルク青年。だったら、ただの『樹木』と『樹木型魔獣』を分ける境目はなんだ? あぁ、『魔法学』的な回答を期待しているわけじゃないのはわかっているよな?」
「――思考能力の有無、ですか」
「そうだ、と言いたいところだがまだ足りない。グウィースが文字通り、木々と"会話"できるのは、お前もいい加減こっちに来て理解したな? グウィースと"おしゃべり"している、そこら辺のただの木々には『思考能力』は無い、ということか?」
≪グウィース! みんなで、一つ!≫
あぁ、補足をありがとう。お前は本当に良い生徒だ。
俺の【エイリアン迷宮】の側面を担ってくれる【森のヌシ】様。
「グウィース、お前どこで遊んでいる……すみません、御方様。グウィースはつまり、個々の木々に、己は無い……と言いたいようです」
――己の有る無し。
それはつまり――自分自身と他者を、個体という概念として、その主観的な知覚によって峻別する機能。
つまり、認識だ。
「"自己"を認識しうる者のみに『位階・技能点システム』とやらが適用される――というのが、オーマ様の仮説ということですか?」
「迷宮領主の"事例"からだが、あるいはそれに加えて――認識された者にも適用される、というアイディアも今はあるがな」
例えば『称号』システム。
『第一の従徒』ぐらいならば、ル・ベリの"自認"もひょっとしたらあるかもしれない。
だが、俺の眷属である"名付き"達のそれは明らかに、彼ら自身ではなく、彼らにとっての絶対者であるこの俺の"認識"によって付加された類のものであることを、俺は既に知っていた。
「最初から『こういう』システムに、神々はしていなかった。きっと暗黒郷を作るつもりなんて無かったんだろう。両派に分かれて相争う程度には、きっと、それぞれに世界をどうしたいとか、こう導きたいという思惑があったはずだ」
俺はそんな視点から、このささやかな、しかし確実に人々の無意識の経験や学習に働きかけ、それとなく人々の"生き方を誘導"しているとしか思えないシステムの設計意図に迫ろうと試みる。
なるほど、暗黒郷は望んでいなかったため、『位階・技能点システム』それ自体は、生きとし生ける被造物たる人間達には一切『気づかれない』ように設計された、としよう。
俺がたまたま、異世界出身ならではの"認識"能力によって――『位階・技能点システム』をパラメータ的に"認識"できてしまっているのは、一つの波紋の結果であるとしよう。
だが、年齢を一つの境目として「経験を得すぎないように」調整されている点。
同種の【技能】に対して種族や職業ごとに『強』『弱』『中』だとか『高』『低』だとか『微』『極』だとかいった、言わば"差"がつけられている点。
これらから、恩恵を与えすぎず、しかし、それを無意識に利用できる者にはそれに頼って生きていくことを選択させる――という、一種絶妙に神経を注いで配慮して調整したかのような塩梅が、そこはかとなく感じ取れたのは、気のせいであろうか。
「暗黒郷にならないように、しかし、絶妙に"生き方を輔け"はしつつ、しかし誘導しすぎないように気づかせもせず……わかりません。今、『止まり木』で三日三晩ミシェールと議論してきましたが、さっぱりわかりません。あるいは、それが定命の者などには測れない、神々のご意思というものなのかもしれませんが……」
「竜人にも、あるのだ、主殿が言うように。ならば……古の"竜主"達にも当然、あったはずだ。彼らは、それを知っていたのだろうか」
「御方様のおっしゃる通り、他の迷宮領主達はどこまでこのことを……"認識"しているのか、ですな」
≪グウィース。べつに知らなくても、みんな平気。み ん な 元 気 !≫
「――かの国母様は、いや、【英雄王】は知っていたのでしょうか……」
流石に、リュグルソゥム家といえども、これまで全く知らなかった世界の裏側に対しては、時間だけかけても有効な結論を導き出せるわけではないようだ。
仮にも【英雄王】の子孫が興した王国の今世の最高支配者層の一角であったのだから、そういう世界の秘密についての何か隠された知識があるかどうか探る意図も実はあったが……この素の様子を見る限りは、空振りかもしれない。つまりリュグルソゥム家は「シロ」であるということ。
――何故ならこの仮説は、別に諸神だけが対象になるとも限らない。
『魔法学』すなわち16属性論への違和感もまた、同じ理屈を招来するのである。
本当はもっともっともっと複雑であるべき世界創世や、神々の権能や、世界の構成要素という現象達に対してたった16の属性で望むことの愚である。それこそ"現象の設計図"であれば、この俺の【因子】の力で説明したら「50属性論」や「100属性論」だって作ろうと思えば作れるだろう。
ならば、本来的にはそれほどまでに自在であった"超常"(広義の魔法)を"魔法学(狭義の魔法)"として強力に制限・制約している様は、どこか、技能システムに感じたような「生き方の誘導」的に感じなくもない。
しかも、そこから逸脱した存在を頭顱侯として王国統治の最上層に加え、彼らによる合議で国家の最高方針を決定しているのであるから、よもや、こうした"世界の秘密"を一部の有力者達の間にのみ秘匿してしまうことこそその目的である――と思えたが、少なくとも、リュグルソゥム家は「仲間外れ」にされていたようである。
あるいは、ルクとミシェールが述べたように頭顱侯の中でも最上位のみが知る秘密であるか。はたまた、王家のみが知る秘密であるか……その意味では"最古"にして『魔法学』の権威たる【魔導大学】を支配するサウラディ家もまた知っているのか、否か。
ある意味でこれは『長女国』の急所を、その深淵を突き兼ねない視点ではあろう。だが、現時点ではわからないことも多く、この線については、今後さらに他家からも情報を収集していなければ確証が得られるものではないだろう。
その意味では、ルクとミシェールが今後行っていくであろう頭顱侯家の捕虜達に対してぶつけさせる質問の一つとしても良いかもしれない。
以上、従徒達を交えた今回の考察。
結果だけ見れば、『技能点システム』が「人々の生き方を誘導する」という仮説以上の、何らかの考察が劇的に前進したわけではない。
だが、彼らとの『暗黒郷』に関する意見交換は、その視点を深めさせてくれる役には立ったと言える。
――『位階・技能点システム』は、戯れや遊び心によって導入された世界法則ではない。
"それ"が一体何かはまではまだわからない。
だが、細心にして砕心の注意の下に、とてもとても不安定な――つまり一歩間違えれば、例えば俺のような存在が後先考えずにトチ狂って【闇世】を経由するなどして【人世】でそれを全て暴露するだとか、そんな誰かの些細な暴走一つで世界が暗黒郷真っ逆さまになりかねないような、その程度の微妙なシステムであるにも関わらず――しかし、それでもまるでその何かに対する微妙で危険なバランスを取り続けようとするかの如く、そうせねばならないと強迫しているかの如く、この非常に曖昧で不安定な在り方にあえて甘んじるかの如く、シースーアに存在し続けているのがこのシステムである。
という印象を俺は深めていた。
迷宮領主の権能だけでは、ない。
『魔法』や『神威』という、それこそ何千と種類が存在するであろう技術が、中途半端にしか【技能】化されていないのである。【アケロスの健脚】でも【魔法の矢】でも何でもいいが、これらだってある現象を引き起こそうという意志の下に一定の手順と機序で成し為された一連の行為のようなものであり、別に【技能】化されていたとしても俺は違和感に思わなかっただろう。
≪きゅぴ……でもそれだと、何千種類さんも技能テーブルさんに載っちゃうのだきゅぴ≫
≪お……多すぎるさんだね……技能点さんが、足りなくなっちゃうよ?≫
≪まんぷく~≫
「案外、それが理由だったりするのかもしれないのか?」
だが、だとすればますますそこには、技能とそれ以外を分ける一定の思惑が入っていることになる。
魔法使い達に認識された個々の魔法は技能ではなく、他方で【火属性適応】のような効果や、迷宮領主すらをも職業と定義して技能としている、その判断基準は何であろうか。
【闇世】と【人世】を貫く共通のシステムである以上は、神々がシースーアを創造し、そして対立する以前に共同で導入した基幹法則と考えるのが自然である。だが、そうするとその後に神々が対立して『九大神』が迷宮システムを作ったことの意味は何であろうか。
――今はまだそこまではわからないし、わかるべきでもないのかもしれない。
「さて。神ならぬ身にて、神の思惑に思いを馳せるのもそこそこに、だ。俺が『これ』を知っている、そこに情報としてアクセスできる、という強みを――秘匿したまま自分の利益に結びつけるなら、お前なら、俺にどんな献策をしてくれる? ルク青年」
やっぱりそれが目的ですよね、と、引きつった顔で乾いた笑いを浮かべながらルクが言った。
当然だろう。
――歴史的な経緯からして、迷宮領主も『ルフェアの血裔』も【人世】とは対立する構図にあり、その2つを兼ね備える俺は素性を明らかにさせるタイミングには慎重にならなければならない。
しかし同時に、【闇世】に負けないぐらい混沌として謀略と戦乱の気配が入り乱れる【人世】で、落ち着いて"探しもの"を探すためには――【エイリアン使い】の力に頼って、これを使いこなし続けなければならない。さもなくば、この世界の出身ですらないこの俺が、どうやって異世界で成り上がれようか。
そして使い続ける以上、可能な限りそれを先送りにする努力と工作は続けるにしても、しかし、どこかで必ず痕跡が残り、積み重なり、いつか必ず俺の素性は露見するものと思って行動しなければならないのである。
……いっそ【人世】を暗黒郷に叩き落とす方が早いなら、そうしてみようか?
そうしないのは、まだまだ、俺には知らないことやわからないことがあまりにも多く、そうした情報にたどり着くための手段も十分ではないからである。
諸神への警戒と不信は深いが、時機と力が満ちないうちから敵対する利もまた薄い。
――リシュリーが"癒やしの力"を持つ『加護者』であるならば、同じように、より戦うことに向いた力を持つ『加護者』もまた居ることだろう。多くの神話において、戦や勝利を司る神格があるのもある種の収斂現象でありどのような世界でも見られる構造のはず。
その他にも、ルクとミシェールから従徒献上された知識の中には、ヴェールに包まれながらも、『末子国』において"聖人"の地位が非常に高いことや、彼の国には"裂け目"の向こう側に討ち入って戦う軍事組織としての『僧兵団』の存在もまた記されていたのである。
そうした連中が存在するということを――【人世】で一旗上げようとしているこの俺に対して、投資するサポートすると嘯いておきながら、フェネスもテルミト伯も、ロズロッシィも、一切この俺に助言したり伝えていないことはもはや明らかだった。
その程度で潰れるならば見込む価値は無い、とでも言わんばかり。
その価値を自ら証して見せろ、ということだと俺は受け止めていた。
ならば、システムそのものであろうが、システムの"外側"であろうが、利用できるものは何でも利用するしかないのである――俺自身の中の一線を保ちながら。
ルクに"献策"を求めたのは、俺なりの彼への「気を紛らわせる」材料の提供だ。
『構想』の中で、ヘレンセル村からどうしていくかの、大まかな骨格自体は既に検討している。後はそこに、ルクの、この国の実情をよく知る者としての助言と見解を求めながら――"肉付け"をしていくだけのこと。
なるほど、全世界に大々的に権威と公共性を伴って"暴露"すれば、それは人間の社会規模での暗黒郷の招来行為だろう。
――だが、それならば逆に"個人"レベルでの「耳打ち」ならば、どうであろう?
だから、超常というものが日常の中には存在せず、社会の深奥に隠されていた俺の"元の世界"においてさえも――古風に言えば『占い師』、新し風に言えば『スピリチュアル』だか『メンタリスト』だとか、そういう生業もまた社会の一部として確かに成り立っていたのであろうよ。
それは時に、人を食い物にするほど巨大でしぶといものともなるわけであるが。
まぁ、そうした奇術に頼った手品や詐欺の類とは異なり――少なくとも、俺の【情報閲覧】という権能は、シースーアを創造せる神々によってシステム的な保証を与えられたものではあった。
――まるでテストの解答を予め教えるように。
――あるいは証券のインサイダー情報を予め囁くように。
少しでもより良く生きたいと、上から下まで日々それぞれの日常という名の戦場の中で生き足掻いている者達は、きっと、その囁きを禁断の甘露の如く求めることだろう。
――たとえ、それを囁く者が対価としてどのようなものを要求したとしても。
※本話は再構築に伴い、話順が入れ替わりました。上書きによる入れ替えしかできないため、過去にいただいた感想と話の内容が噛み合っていませんこと、ご了承下さい。





