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0122 闇に潜む厄介者達の自他称(1)[視点:命血]

7/8 …… 2章の改稿・再構築完了

 『ハンベルス鉱山支部』、"叛逆(・・)"す。

 その報せは"廃絵の具"のみならず――彼らが駆使する【転移】魔法よりも早く駆け抜けるかの如く、頭顱侯【騙し絵】のイセンネッシャ家とその係累の各位に知れ渡り駆け抜けた。


 【人攫い教団】――旧称『幽玄教団』は、今や、『長女国』を導く最高位貴族たる頭顱侯家の"走狗"である。

 "麗しき"と形容されることの多き大国【輝水晶(クー・レイリオ)王国】において、"走狗"とは、ある一つの業界を支配するか、または壟断(ろうだん)するに至る組織力と経済的基盤を有しつつも――その全てを、いずれかの頭顱侯(絶対支配者)が持つ独自の「権益」の中にがっちりと組み込まれてしまった、そんな組織や集団を指す言葉である。


 彼らの活動は決して市井に軽々しく表沙汰にされる情報ではない。しかし、多少なりともこの国の"仕組み"について経験から学んだ者達にとっては、こうした政治力と経済力と陰陽における権力を持った集団とどのように距離を取るか……こそが『長女国』において生きていく術であるのは自明のものであった。


 例えば、【四元素】のサウラディ家とその走狗たる『ゲーシュメイ魔導大学』。

 例えば、【紋章】のディエスト家とその走狗たる『ロンドール掌守伯家』、『ギュルトーマ掌守伯家』及びそのさらにまた走狗である『王立禁言封印図書館』。

 例えば、【像刻】のアイゼンヘイレ家と『工廠都市「石理(いしことわり)のヘマクート」』。

 例えば、【冬嵐】のデューエラン家と『氷靴(ひか)衆』。


 これらに並んで、【騙し絵】のイセンネッシャ家の"走狗"たる『幽玄教団』。

 彼らは新興宗教組織に始まりながら、主家より借り受けた力を利用して、『長女国』における「採鉱事業」を牛耳るに至った大組織である。ただし、その情け容赦のない拡大手段(人攫いの嵐)からも明らかな通り、非合法の手段に重点を置きながら成り上がった側の存在であった。


 市井に生きる者達にとっては、例えば商売上の繋がりなどで関わりがある場合に、その"走狗"がどこの頭顱侯家の"紐付き"であるか……といったことうっすら公然と察される程度の存在である。

 一方で、関わる機会の無い者達にとっては――都市伝説や噂に近い、しかしまことしやかな生々しい現実感を持ちつつ、それでもある種のヴェールに包まれた存在でもある。

 ただし、こうした"走狗"の活動は、大抵の場合は頭顱侯の意向が働いているものだと、多少とも社会の仕組みを知るようになった者達はわかっている。悪い意味で首を突っ込めば、ろくなことにはならないと誰もが知っているのである。


 つまり、自ら望んで"走狗"組織の混乱や変事について知ろうとする者は、市井の民や一般(カタギ)の中には無い。


 そう。

 一般(カタギ)の中には、いない。


 だからこそ(・・・・・)、当の"走狗"組織どころか、彼らを【騙し絵】家の「本家」から派遣されて直接監督すべき存在である存在である『廃絵の具』の()が開いた会合などをわざわざ監視(・・・・・・)する者というのは、命知らずの好事家(愚か者)か、はたまたこうした"走狗"達と同じ穴の(むじな)の如き者であろう。


 関所街ナーレフの「新市街」。

 かつてこの地域にあった【森と泉(ワルセィレ)】という共同体を【紋章】のディエスト家が征服し、その統治を"走狗"たるロンドール掌守伯家に委ねた。そして王国中から移民を募り、商人や職人や労働者などを集めて形成した街区である。

 その中の、中流層向けの質素な衣料雑貨店の――1階と2階の狭間に(・・・・)、【空間】魔法によって生み出された「歪んだ領域の部屋」が存在する。


 外から見れば、ネズミが這う程度の隙間があればよい方の、ただの階を仕切る重ねた板切れにすぎない。

 しかし、そのわずか数センチの空間には、【空間】魔法によって拡張され、およそ十数名もの人員が寝泊まりし、あるいは会合を行うのに十分な部屋が並んでいたのであった。さらに内装だけを見れば、ちょっとした街の宿屋とも遜色が無い水準である。


 この1.5階(・・・・)とも言うべき「拡張空間」の"入り口"から、入ってすぐの箇所に配された会合用の広い部屋に、様々な出で立ちの者が4名ばかり集っていた。


 会合の央で難しい顔をし、非常に切れ長で険の鋭い双眸を細め、くすんだ灰に青色混じりの短髪の女こそが、【騙し絵】のイセンネッシャ家直属の暗部部隊"廃絵の具"を率いる――"私生児"として知る者には知られる――ツェリマ=トゥーツゥ・イセンネッシャであった。

 弱冠20代半ばの女性であるが、暗部での活動にその身を捧げてきたため、近年では口さがない者達からの蔑みの言葉には……"私生児"に加えて"行き遅れ"までが足されるようになっている。


 無論、命が惜しい者達で面と向かってそれを彼女に直接言う者はいない。

 長身の割に小柄な印象を与える細身ではあるが、武術の心得がある者が見れば、彼女の全身が無駄なく鍛え上げられ引き締まっていることが、その無駄のない立ち居振る舞いと所作からわかるだろう。

 ツェリマこそはイセンネッシャ家の【空間】属性利用の独自歩法術である『ネーヴェ』の達人なのだ。徒手の実力だけであれば、【騙し絵】家の本家を含めても最上位に属するほどの使い手である。彼女の前で軽はずみに口を滑らそうものなら、次の瞬間には手刀から生み出された【歪みの刃】によって即座に鼻か耳か唇を"断たれ"落とされることだろう。



 ――という情報(・・・・・)を、闇の中に紛れ、闇と一体化しながら、拡張された空間の天井の角のそのまた隅の方に潜む()は静かに反芻していた。



 視えることなく、聞かれることなく、嗅がれることも触れられることもない。

 いくつかの知覚阻害系の【闇】魔法を複数、さながら外套のようにまとった"()"は、歴戦の魔導工作員であるツェリマをして、その知覚に一切囚われることなく、また、囚わせることがない――『廃絵の具』をどのように相手取るか、"彼"はよく訓練(・・)されていたからだ。

 "彼"はただ、"彼"の監視対象(・・・・)の一人であるツェリマの様子と、その言動と、他の者達に関する情報収集とを、影と陰の狭間に潜みながらも、己の全知覚を以て刻み続けていたのである。


 なぜならば。

 その場にいるツェリマ以外(・・)の者達のいずれもが、"彼"にとっては初見である者ばかりであったからだ。


「アッハハッ! それで、我らがツェリマ『部隊長』は、みすみす本家の"弟"殿に手下達の指揮権を召し取られたわけだね? それで、それで、どうしようもないからこの僕様達(・・・・・)を招集したわけだ! 【皆哲】家の"生き残り"の追跡なんていう体の良い厄介者払いを喰らった厄介者達に!」


 白と青を基調とした、細身にぴっちりと合うような戦闘魔導服に身を包んだ白髪の若者がおどける。その戦闘魔導服は――()13位頭顱侯である【明鏡】のリリエ=トール家の戦闘魔導服であった。

 任務に必要(・・・・・)であることから、"彼"は『長女国』の全ての魔導貴族家の大まかな特徴や見分け方を当然に暗記していた。


「人がせっかく次は『長兄国』あたりに行こうとしていたところを。俺は、自由に行動させてもらうという約定だったはずだが?」


「イッヒヒ……()だねぇ、デウフォン卿。たかだか不意討ちで、しかも圧倒的有利な状況で【皆哲】本家の首級を挙げたからって、もう仕事は終わった気になってるんだねぇ」


「不快な虚言師め……13位(・・・)とはやはり血塗られた位階ということか。『剣姫』の"最強"たるに疑義を向けるつもりならば【魔剣】の号にかけて容赦はしない。今ここで素っ首叩き落としてくれるぞ、グストルフ」


 まるで王都の劇場で歌舞(かぶ)く花形役者といった風体。羽やら垂れやらが色とりどりに、無駄に巻かれた紐や布をひらめかせ、さながら神話に登場する庶民好みの派手な出で立ちにまとめられた勇姿異装をまとった青年デウフォン――【魔剣】のフィーズケール家の"剣魔侯子"として知られ、リュグルソゥム家の当主弟であったガウェロットを下している――が、憮然とした表情で告げる。

 と同時に、茶々を入れたるグストルフと呼ばれた青年――リリエ=トール家所属の戦闘魔導師――の首筋に【魔剣創成:水】によって生み出された揺らめく"水流"の刃が突きつけられる。だが、間髪入れずにグストルフの首元から(・・・・)【魔剣創成:光】による"光"が束ねられたかのような光輝を噴き出す刃が生え(・・)、水流の刃とぶつかり合って違いを激しく散らし合った。


餓鬼(ガキ)どもが……」


 沸点の低い挨拶であるかのような衝突は、しかし、直後にはツェリマのため息と共に生み出された【歪みの盾】によって割って入られる。【水】と【光】の魔剣がそれぞれの軌道を物理的に歪まされ、収束を妨げられる形でひねり曲げられ明後日の方向に遠ざけられた。

 『部隊長』からの明確な警告であり、面子を潰さずに"引き際"を与えてやるという気遣いでもある。そして、それを理解できぬ二人ではない。その気になればデウフォンは『元素系』などに縛られぬ(・・・・・)【魔剣】を生み出すことができ、そう来るのであればグストルフもまた"新"頭顱侯家に至ったリリエ=トール家の秘技術(実力)を見せつけることとなっていただろう。


 猫のように目を細めて意味ありげな笑みを浮かべる「新頭顱侯家」のグストルフと、鬱陶しそうに舌打ちをする「剣魔侯子」のデウフォン。

 ……そしてそんな"若造"2名の様子を、つまらなそうにあくびをしながら――寒冷な外気からは断熱されたはずの拡張空間にいながら白い息を(・・・・)吐き――机に行儀悪く両足を靴ごと投げ出している大柄な男。魔導師というよりは、ヤクザ者達をまとめる無頼漢か、良くて非番中の不良衛兵隊長とでもいった、見る者に粗暴な印象を与えずにはいられない無精髭の中年である。


「それで、『部隊長』さんよ。手塩にかけて育てた手下どもを奪われて、俺達みたいな、この国のありとあらゆる"雲上人"様ん達のところの厄介者(つまはじき)どもを頼って、次は一体どうするつもりなんだ?」


 無頼にして無精髭が粗忽なる白い吐息の男の名はハンダルス。

 【冬嵐】のデューエラン家当主にして、王都でリュグルソゥム家当主一行を襲撃にしたゲルクトランの直属の部下――であった(・・・・)男である。今はゲルクトランに代わり、ツェリマを『部隊長』とする「リュグルソゥム家の残党」を追撃する部隊に身を置いている。

 だが、その実ハンダルスの裏の任務は――【破約】派である【騙し絵】のイセンネッシャ家の動向を監視するための【盟約】派からの目付けであった。

 仮に気取られて粛清されても惜しく無い、体の良い鉄砲玉として、彼はこの場に送り込まれているのである。もっとも、今でも己がゲルクトランの"右腕"であると信じて疑わないハンダルスは、場の空気を読む義理を持たないと言わんばかりにせせら笑う。怪しい動きができるものならしてみろと言わんばかりに、ツェリマに対してもその神経をどうすれば逆撫でることができるのか試すような態度を取っていた――完全にその下衆な思惑を見透かされ、無視されていたが。


「私達には、我々には、功績が必要だ。それはここにいる者と……"いない者"にとっても同じことだ、そうだろう?」


 冷厳に告げ、ツェリマが、4名で使うにはやや広すぎる会合部屋の空いた二つの椅子に目をやった。

 意を汲んだとばかり、グストルフが目を細める。媚びていると相手にわざとわからせるかと思うほど露骨な猫撫で声でツェリマに相槌を打つが、その様子を、気持ち悪い物に向けるような蔑みの眼差しを向けるデウフォン。

 四者四様の眼差しが交錯する中で、各家からそれぞれの事情を抱えて"放逐"された魔術師達が互いの肚を探り合う。


「あぁ、うん、そうだねぇ。トリィシーちゃんはほら、本業(・・)で忙しいみたいだし? でもまぁデウフォン卿が伝えてくれるでしょきっと。大丈夫大丈夫、アッハハッ」


「いい加減に覚えておけ、虚言師。俺は俺を不快にさせるものすべてが不快なのだ。貴様の戯言も、あの【歪夢】の鼻につく"香"もな。(ばば)様の顔を立てるためだけに、この茶番に付き合ってやっていることを忘れるな」


「デウフォン卿、私からも、お頼みする。【皆哲】の継嗣を完膚無きまでに根絶することは、御祖母上(おばばうえ)殿――6代目『剣姫』様の悲願でもあるはずだ。【皆哲】を倒すのに【歪夢】家の力は欠かせない」


「サイドゥラ君はまたぞろどこに雲隠れしたのやら。トリィシーちゃんの紹介だってことだけれど、僕様はまーだ、彼の実力って奴を確かめてないんだよねぇ」


「くだらない。偽りの"最強"に酔いしれた【皆哲】如きの誅滅にすら、あれは遅参……いや、参加を拒否した"放蕩"者。そんな凡骨など居ても邪魔だろうよ」


「おう、おう。俺はなんだっていいぜ、動くんなら動こうや。さっさとこのじっと待って酒でも飲んで時間が過ぎるのを待つ"任務"が終わって古巣へ戻れるなら、いくらでもただ働きしてやろうじゃないか。この間ばかりは、お前ら【騙し絵】家の"拉致"の心配をしないで済むからなぁ?」


 四者四様。

 いや、この場にいない者も含めれば六者(・・)六様といったところであるか。


 拡張空間のそのまた暗がりにへばりついた闇の中に紛れていた"彼"は、本来の任務――ツェリマと彼女の部下であったはずの"廃絵の具"達を監視する中で得ていた予備知識から、目の前で繰り広げられている、このいささか「個性的(やっかい)」な面々の口上を吟味していた。


 第一に、"彼"の任務は確かに『関所街ナーレフ』に居座っていた"廃絵の具"達と、特にその指揮官であるツェリマの監視であったのだ。

 逃げ果せた『逆賊』(リュグルソゥム家)の生き残りである2名の捜索を大義名分として、ツェリマは"廃絵の具"を率い、『長女国』の各地でやや強引(・・・・)な"調査"を行っていたのである。


 ……だが、それは表向きの理由であると"彼"は知っている。

 闇に紛れる者として、自身の先達達が『長女国』の暗部――特に【騙し絵】家と対峙し続けてきた歴史(・・)を"彼"は知っている。この『長女国』内で公然と反体制派を率いる最高位魔導貴族が、迷宮(ダンジョン)に異様に執着していることは、"彼"に訓練を施し、知識を与えた者達にとっては公然の知識である。


 かつて『長女国』内で暴虐の嵐を振るった【転移】魔法の力は、同時に奇襲して殲滅しようと思うならば、これほど頼りになる力は無い。故に、西方の【懲罰戦争】の戦場、王都、そして侯邸の3箇所に散っていたリュグルソゥム家は為す術もなく誅滅されたとも言える。

 それは【騙し絵】家の役割が非常に大きかったことを意味しており、ならばこそ、"廃絵の具"が堂々と王国内の各所で"調査"を行っていたのだ。


 ……だが、わざわざこのような辺境にまで「拡張空間」が拠点として設置されるなど"彼"にとっては迷惑以外の何者でもなかった。リュグルソゥム家の誅滅に関わった者達から情報を得る、という意味では、決して無駄な時間ではなかったが――そもそも、この地はこの地で、旧【森と泉(ワルセィレ)】の復興と『長女国』の支配からの脱却のために暗躍する『血と涙の団』という不穏分子(やっかいごと)が存在していたのである。


 征服者たる【紋章】のディエスト家。その名代として統治にあたるロンドール掌守伯家による『関所街ナーレフ』を中心とした旧ワルセィレ地域の支配は、微妙なバランスの上に成り立っていた。

 闇に潜む"彼"の上司(・・)の雇い主は、そのような情勢下での"廃絵の具"達の押し入りを快く思ってはおらず――こうして、引き続き監視の任務を継続させられているのであった。


(どうもきな臭いことになった。【騙し絵】家め……訳の分からないことをしてくれた。"廃絵の具"が接収されてツェリマが連中の「本来の目的(迷宮の調査)」から外されて――あぁ、くそ……)


 "彼"は闇の中でじっと息を潜める。

 霧の一部にでもなって己という存在が融けてしまったかのように、気配を消して、厄介なる魔法使い達にも勘付かれないようにしながら――しかし、心の中で激しい焦りを覚えていた。無論、それで隠形(おんぎょう)が破れるようなヘマはしなかった、が。


「ナーレフ執政、ハイドリィに付き合ってやるのだ。奴に貸しを与えて、見返りに、デェイールの奴を……"廃絵の具"を追いかける。そこに必ず【皆哲】の残党が、いるはずなんだ」


 ヘレンセル村で『禁域(アジール)』の"ほころび"が発生した、という噂は、この一帯を鎮護する役割を持つ『関所街』でも既に大いに広まっていた。

 そして、そこで【魔石】が発見された、という噂も。

 『幽玄教団』の"ナーレフ支部"を形成していた信徒達や、幹部たる入れ墨入りの法師達が中心となってヘレンセル村へ赴いたという話は、闇に潜む"彼"もまた聞いていたところである。

 何故なら、それは彼の上司である"梟"と呼ばれる存在が、そのまたさらに雇い主(・・・)であるところのナーレフ執政ハイドリィ=ロンドールをそれとなく誘導して、そうさせた一手だったと"彼"は知っていたのであるから。


 そして、どうやらヘレンセル村で【騙し絵】家の悲願である"活性化した"迷宮(ダンジョン)への入り口が確認された、らしい。

 「らしい」というのは、それが伝聞からの推測でしかなかったからだ。ヘレンセル村でも衝撃を以て受け止められたこととして、『幽玄教団』のヘレンセル村へ赴いた信徒の一団が――全滅の憂き目にあった。誰一人として帰らないことを訝しんだ者が、この信徒の一団の後を追ったところ、破壊された"拠点"の痕跡ばかりが残るのみであったという。


 ――だが、"彼"の知るところ、その実態はというと。

 『ハンベルス鉱山支部』の叛逆である。


 ……という情報(・・)がもたらされ、【騙し絵】家から当主の正嫡である(私生児ではない)侯子デェイールが手下と共にナーレフに到来。一両日もしないうちに、ツェリマから"廃絵の具"の指揮権を奪い取り、この【空間】属性による"隠し部屋"に置き去りにしていったのである。

 "彼"はその一部始終を見ていた。


「まぁ、流石に"廃絵の具"の()隊長の言葉なら信じる、が? ロンドール家がそんな野望を、ねぇ。それが確かなら、なんとかして迷宮(ダンジョン)にも対抗しようとはしてくれるかもしれないが。放っておけば、あんたの"弟"の次期【騙し絵】侯様が、【皆哲】も討ち取ってくれるんじゃないのかい?」


「それならそれで、貴方達はこの"存在してはいけない"任務から解放される。好きに元の立場に戻ればいい、それだけだ。だが――」


「猿真似師どもが、迷宮(ダンジョン)を猿回すことになりかねん。そう懸念しているのか」


「あぁ、なんてこった! そんなことになったら下手をしたら、ちょっとした大氾濫(スタンピード)じゃ収まらない大事件になるかもねぇ。いや、【人魔大戦】の再来の始まりなんてことも……? イッヒヒッ」


 『幽玄教団』のナーレフ支部は『救貧院』を拠点としており、実質的な『ハンベルス鉱山支部』からの出向組によって運営されていた小さな拠点であった。だが、そのためにヘレンセル村への信徒派遣では、ハンベルス鉱山支部が中核となっていたようである。


 ――その『ハンベルス鉱山支部』で、大規模な【空間】魔法の途絶(・・)が発生した。


 このこととヘレンセル村の『禁域』の"ほころび"の件と合わせて、イセンネッシャ家は、兼ねてより他支部の力を削ぐために放任させ暴れさせていたハンベルス鉱山支部が、自分達が次に"削がれる"前に先んじて叛逆したと見なしたのである。

 いや、あるいはそういうこと(・・・・・・)にして、まさにこれから"削ぐ"ことを決めたのであるか。


 闇に潜む"彼"が、イセンネッシャ家侯子デェイールによって掌握され一斉にツェリマの元から去っていった"廃絵の具"のメンバー達が口走る言葉を読唇するに、何やら、どうにも"裂け目"そのものが『ハンベルス鉱山支部』に【転移】させられた可能性すらあるようであった。


(だったら、わざわざイセンネッシャ家の侯子が出張ってくるのも仕方無い、のか。悲願の"迷宮"を、目の前で叛逆されて隠されたんだ。取り返すのに本気にもなるだろ――畜生。なんて、なんて迷惑(・・)な話だ。どうしてこんな巡り合わせになってしまったんだ……)


「デェイールがしくじったら、そこからがハイドリィとの交渉の本番だ。事によると――『魔導会議』が裏で臨時招集されるだろうな。だが、それも仕方が無いことだろう。この私が手塩にかけて育てた"廃絵の具"達が、もしも敗れるほどの事態になるならば……【盟約】だ【破約】だと言っている場合ではなくなるぞ?」


「うんうん、いいねぇいいねぇ! 僕様としては、ツェリマ姉さんの活躍とかっこいいところが見たいなぁ、デェイール君がしくじることに賭けよう」


「リリエ=トールの坊主! お前、そんなこと言って"実家"に戻りたくないだけだろう? お前さんのことも調べはついているんだぜぇ、あんまりやりたい放題はしないこったな。そこの"放浪"趣味の侯子殿と……おっと、こりゃ失言。見逃してくれや? 【冬嵐】家の自立(・・)にフィーズケール家の助けがあったこと、忘れちゃいないとも、な?」


 グストルフに絡むなりデウフォンを巻き込んで、無言で【火】の【魔剣】を突きつけられたハンダルスが両手をあげて降参の意を示し、恥じることもなく全面降伏する。

 デウフォンはゴミを一瞬だけ見るような目でハンダルスを一瞥してそれっきり魔剣を収め、そしてグストルフもツェリマに話しかけるのに忙しく、目もくれない。


 ――どうにも。

 この自称も他称も"厄介者"であるところの「リュグルソゥム家残党追跡部隊」の者達のやり取りを聞く限り、事態がますます妙な方向に転がり落ちていっている。闇に潜む"彼"は焦燥をただ深めるだけだった。


 何故ならば、彼はまさに――上司たる"梟"にも知られたくはなかった、そんな因縁(・・)を、まさにまさに、その『ハンベルス鉱山支部』にこそ抱えていたのである。

 実際のところ、彼はそのために(・・・・・)こそ、"梟"に掛け合い、"廃絵の具"や『幽玄教団』の監視任務についていたのであるから。


(リシュリー……どうか、無事でいてくれ……)


 "彼"には「探し人」がいた。

 【四元素】家の侯邸に客人として匿われていた、一人の少女が『幽玄教団』によって拉致(・・)された。

 文字通り、血反吐を吐きながらつかんだ情報では――その幽閉先こそが『ハンベルス鉱山支部』だったのである。


 ――そんな焦燥が深まった、まるで彼の心中の葛藤をも全て見抜かれたかのように、右手首に刻まれた黒色の"紋"が震えた。

 「定時報告」の時間を知らせる術式――を悪用した"緊急呼び出し"であった。

 それを彼に対してすることができる人物は、現状、一人しか存在していない。


 露骨に憂いを深めながら、"彼"は、闇の中でさらに自身の存在を希薄化させ始める。

 隠蔽術である【夜の外套】の力により、"彼"が何をしようとも周囲に魔法的な痕跡が漏れ出ることは、ない。その中で"彼"は――【虚空渡り】の力により、闇から闇へ、その部屋の闇からさらに別の離れた場所の闇へ、存在そのものをくらまして消えたのであった。


   ***


 ――"彼"が消えた直後のことである。

 まさにその方向を(・・・・・)ジロリと見開いた眼光でグストルフが射すくめた。

 軽薄なる青年魔導師の双眸は、さながら暗闇の中で光る猫の目かのような【光】魔法を帯びていた。


「――ハハッ、行ったみたいだよ?」


「代官邸のネズミか、詰まらぬ」


「いやぁ、デウフォン卿。あんな堂々と【闇】魔法ぶっ放してるんだからさ。多分だけど、ていうか普通にだけど、ネズミはネズミでも――」


 ――吸血種(血吸いネズミ)じゃない?

 と、グストルフのおどけるような口調が宙に乾く。

 面白いじゃないか、あんたは知っていたのか、と言わんばかりに『部隊長』に挑発的な視線を向けるハンダルスを黙殺しつつ、ツェリマは、わざと泳がせていた監視者(やっかいもの)が執政ハイドリィに良い感じに"情報"を吹き込んでくれるよう、期待と祈りを込めるような心地で目を閉じたのであった。

※本話は再構築に伴い、話順が入れ替わりました。上書きによる入れ替えしかできないため、過去にいただいた感想と話の内容が噛み合っていませんこと、ご了承下さい。

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[一言] 〉旅の占い師 ここでかつて旧版にてとある少年の資質を見極めたシーンと重なる展開に繋がりますかね?
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