0121 ひな鳥達に垂れる幾千の啖呵
7/8 …… 2章の改稿・再構築完了
――どうして、せんせは私達に構うの?
幻影の中の少女がそう問いかける。
『イノリ』という名前の少女が、まるで後ろにいる雛達を守ろうとして、綿埃のような頼りない羽を広げるお姉さん雛のように俺に対峙していた、そんな光景を幻視する。
記憶の彼方から呼び起こされた当時の輪郭のままに、その時と同じように――労役蟲が土台を作り、さらに亥象の毛皮からなめした敷き布で形成された寝台の上に横たわる『聖女』を守るかのように、白い幻影は俺の現実を侵食していた。
懐かしいと同時に、胸が錐で刺されるように痛む。
それは、もう何年ぶりかと思えるような、あるいはつい昨日のことかと思えるような、そんな曖昧な痛みであった。
だから、俺は。
ぽん、ぽん、と。幻影の頭の上にそっと手をかざすように、軽く触れるように叩く仕草をして。
手が空を切る感触に今更のように呆然とする自分自身に気づくと同時に、ふっと掻き消えていく白いふわふわとした羽のような空虚そのものを掌の中に掴んだような気がして――俺は、舌打ち混じりに俺自身の手を親指から小指まで一瞥したのであった。
「どうして構うのか、だって? ……俺にもわからない、とカッコつけたいところだけれども、な」
誰に聞かせるでもないのだ。
ただ、強いて言うなら、俺の中の俺が生み出した過去の幻影か、はたまた俺の中にいる"過去の俺"そのものに対して言い聞かせる類の言葉であったろう。
言わずにはいられず、かつてそう言えれば良かったな、という、悔恨には至らずとも凝りのような諦念ではある、そんな言葉を、代償行為的に伝えずにはいられない。
「お前達が、子供だったからだ。"あの頃の俺"のような」
かつてマ■■であった俺が、今は【エイリアン使い】オーマとなった俺が、【情報閲覧】を心の中で諳んずる。
【人世】にやってきてみて、ますますその重要性が再認識される"力"だ。
たとえそれが、この世界の迷宮領主達にとっては「当たり前の」力であったのだとしても――もし、もしもだが、この力を、この異世界に転移してくる数年前にでも、何かの間違いで得ることができていたら。
俺には何かができていただろうか。
【情報閲覧】を発動するたびに、そんなことを考えては頭を振って追い出す機会が、最近は少し増えていた。
目の前で寝台に横たわっているのは、まるで死んでいるかのような、12か13歳ほどとしか見えない幼い少女であった。
痩せてはいるが、血色が悪いわけではない。
長い、光の角度によってはほんのりと水色がかった色合いを見せる不思議な亜麻色のウェーブがかった髪の毛が整った艶を放っており、決して栄養状態が悪いというわけでもないものと見える。無論、長らく『拉致』されて捕らえられていた疲労は積み重なっていようか、やや、やつれた印象もあるが――丁重に扱われていたことは窺える。
歴史と血統の中で鍛造された、いわゆる「令嬢」というタイプではない。
だが、彼女を呼称する時に俺自身、意図してあえて使っていた『聖女』という言葉に相応しく――長いまつげに代表される容貌の造形は、なるほど、目を開いた時にどのような慈愛溢るる顔をするかが容易に想像できるほど、優しげな顔立ちをしていた。
およそ、激しく悪態をつくだとか、邪悪さを秘めた悪辣な笑みを浮かべるだとか、この少女はきっとそういう感情とは一切の対極にある、そんな期待と印象を人に与えている。
――何も知らなければ、何も事前情報が無ければ、本当にただただ、安らかに眠っているだけであると錯覚するような様子であったのだ。
然れど、この世の理を暴く、青と白の仄光が凝集されたる"窓"が眼前に浮かび上がってくる。
【基本情報】
名称:リシュリー=ジーベリンゲル
種族:人族[オゼニク人]<支種:聖墓の民系>
職業:聖言巫(【破邪と癒やしの乙女】)
位階:16(技能点:残り0点)
状態:衰弱(極度)~穢廃血(浸透度78%)
【称号】
『癒穢の憑坐』
『献身の医女』
【技能一覧】~詳細表示
ここは【人世】ではなく、完全に【闇世】の俺の迷宮の【領域】内であり、故に【情報閲覧】もまた細部までこの"加護者"に通ったか。技能詳細まで見れた、というのは少々予想外だったが。
それで、リシュリー=ジーベリンゲル、という名の『聖女』たる少女の詳細がわかったわけである。
……あれこれとコメントしたいことは色々とあるが、それでも、真っ先に考えなければならないのは、これだろう。
――警告。『八柱神』の"聖人"を検知――
――警告。"聖人"の速やかな破壊または追放を推奨――
けたたましく頭の中で鳴り響くだけでなく、わずかに心臓が締め上げられるような強迫的なシステム音が迷宮核から響き渡ってくる。
だが、そんな不快感も、思惟に沈み思索と苦闘する今の俺にとってはどこか遠い出来事のように感じられる。
なるほど、俺は【人攫い教団】の信徒達を、俺の目的を遂げる第一歩とする供物に捧げるつもりで皆殺しにした。そんな彼らの死体を資源化しなかったのは、ある意味では『魔人混じり』となってしまった俺が、それでも未だに"人"であろうとしている逡巡かもしれないし、あるいは「目的」のためにそこまでするほどまだ追い詰められていないからだ……と、まぁ、どうとでも理由付けられるかもしれない。
だが、逆に「目的」のためなら与えられた力で何でもするはずであった――という自分自身の決心との"矛盾"を思えば、なるほど、その答えはきっと、あの幻影の中で精一杯に羽を拡げていた「お姉さん雛」と、その後ろで縮こまりながらもじっと俺を観察していた「雛達」のことがあるからだ、と今は思う。
――子供扱いしないでよ、せんせ。
選択肢を与えられず、自らの運命を自らの力で切り開くことができず、そうしてその道を強制された者達への憐憫か。あるいはそこに、かつての俺自身を重ねて、救えなかったかつての俺自身を、彼らを救うことで代わりに救おうとした、そんな代償行為であるか。
羽を広げる幻影の少女の口元が「うそつき」と動いたような気がした。
話を「リシュリー」という名の聖女に戻そう。
『ハンベルス鉱山支部』を制圧した重要な戦果である「標的名簿」に加えて、あわよくば実際に「拉致された要人」の解放もまた、更なる戦果として十分に想定の範囲内だった。
そして実際にそれが想定通りに手に入った――問題はその人物が、よもや【闇世】にシステムレベルで拒否拒絶されるような稀有も稀有な存在であったということ。
【闇世】Wikiでは、『聖人』だとか『聖者』だとか『聖女』を表す「共有知識」について、次の趣旨のことが記されている。
曰く、彼らは『八柱神』の使いにして現世に干渉するための兵器である。
曰く、彼らは【黒き神】率いる『九大神』の権能が遍く広がる【闇世】に『八柱神』の神威を呼び込み、不安定化させる存在である。
それは【聖言巫】とかいう『職業』自体の存在からも、『種族技能』テーブルの中でも【守護神】系統が極端に伸びていることからも、そしてそれが「点振り」の概念が明確には存在しない可能性が高い【人世】において振り切られているといういっそ異常で執念的であるとすら言える状態からしても――大いなる厄介事であり、厄災であり、厄ネタであり、つまりあらゆる「厄」という熟語で形容してもし足りないところにも現れている。
俺の中の『魔人』の部分が警告を発しているのは、つまりそういうことであった。
冷静に、冷徹に、怜悧かつ合理的に考えれば、その警告という名の助言に従うべきなのだ。
たとえば【人体使い】テルミト伯や、【鉄使い】フェネスにこのことを知られたならば、どうなるか。一応、俺の迷宮内に連れ帰って初めて迷宮核から発された"警告"であるため、つまりよその迷宮領主にはまだ察知されていないかもしれない。
しかし、そんなものは都合の良い憶測だ。より上位の迷宮領主の権限だったり、あるいはそういう権能を持つ【○○使い】には、俺が『聖女』を匿っていることが既に察知されてしまっている――だろうか。
うっすらと、まるで薄透明のフィルムを現実に重ねたかのような、俺の頭の中にある幻影だと頭ではわかっている、そんな白い少女の幻影が、リシュリーの前に静かに立っている。
"お姉さん雛"だった時の背格好では、なく。
――もっとずっと後。
さながら、俺が「お兄さん雛」にでもなった時点での彼女の幻影が、ただ、俺がどうするかをじっと見つめるように、その『聖なる少女』のそばで、静謐と安らぎを伴ってたたずんでいる。
何のことはない。
理由は、はっきりと自覚している。
ただ単にリシュリーがあの雛達と重なった、というだけではない。
尚武の武芸者である竜人ソルファイドですら「振り切る」ことはなかった技能点を、年端もいかぬまだあどけなさすら多分に残した少女であるに過ぎないリシュリーにおいて「振り切られている」という異常に、運命という名を借りた神々の"意図"を邪推したから、というだけでもない。
ルクとミシェールという、これまた、元の世界の基準であればまだ大いに世界を学び、己を陶冶し、人々と触れる中で己の核をじっくりと定めるための庇護を与えられて然るべき若人が、残虐な悲劇と文字通りの「呪詛」を受けることで、復讐者の道を邁進せざるを得なくされたという【悲劇】に俺自身が既に憤っており、似たようなことがまた、この短期間で目の前に現れたという、そんな因果それ自体に対して苛立ちが極まったから、だけでも、ない。
【情報閲覧】により表示された『状態』の項目。
『称号:癒穢の憑坐』による称号技能。
「わざと俺に見せつけている、なんて自惚れる気は無いが。それでも、まかり間違って誰かが見たらどう言い訳するつもりだったんだろうな? それとも、被造物にはどう思われようとも関係ない、というタイプの神だということなのか?」
『聖なる少女』が、意識が無いままに咳き込む。
世話係であった『分胚』『垂露』『粘腺』で【遷亜】した『甘蜜労役蟲』が、いそいそと彼女の口を拭い――漆黒色の粘ついた見るものに本能的な、生得的な、生命に対するある種の恐れを惹起するとしか言いようのない、背筋を冷たく引っ剥がされるかのような怖気を感じさせる"泥土"のような液体を、鋏脚ですくい取る。
……急速に甘露労役蟲のHPが減少していき、明らかにその触れている「黒い液体」のせいで凄まじい苦痛を感じているはずだというのに、それを一切態度にもおくびにも様子にも出さず、【凝固液】が変質した【甘露液】とでも言うべきものを吐き出して、水でとかして、リシュリーの口の中に少しずつ含ませている。
≪きゅぴ。また【死属性適応】さんの解析率が上がったのだきゅぴ≫
≪創造主様。先に言っておくけど、これは僕の案件じゃないからねー≫
察するな、という方が無理だろう。
リシュリーの称号技能の第一に上がる【死穢ノ祝り血】。
それが……78%の"浸透度"であり、そして"極度の衰弱"という状態に追い込んでいる元凶であると連想しない方が無理である。
――そして。
「聖女様……!」
「聖女、様……ッッ」
アルファ特急便でやってきたのはリュグルソゥム兄妹。
息を切らして、信じられないという形相のルクだけではない。ミシェールに至っては、もう代胎嚢の中で安静にしていないといけないほどお腹を大きくさせた状態でありながら、身重に無理を重ねて駆けつけた有様であった。
俺は二人を一瞥してから、杯に移し替えた、甘蜜労役蟲達が鋏脚で文字通りに命を削りながらすくい取った【死穢】なる"血"を兄妹に見せた。
「俺の"認識"がおかしいのか。それともこの世界の言葉の定義が全然違うのか。教えてくれ、我が"外務卿"。外道外法の『呪い』に侵されたお前達の目から見て、これは、こんなものが、『祝り』に見えるのか?」
息を呑む兄妹。
俺の"認識"において【穢廃血】という名称として"翻訳"された、その黒い液体を目の前に、リュグルソゥム兄妹は『止まり木』世界に数秒間――という非常に長い時間――潜っていたようであった。
そうして現世に戻ってきた兄妹が、呼吸を揃えるように口を開いて曰く。
「――そうです、オーマ様。それが【人世】における、」
「【癒やしの乙女】の聖女様が背負う『祝り』なのです、我が君」
全く、めでたいなどという感情の欠片も感じられない、苦渋に満ちた声色なのが印象的だった。
『八柱神』が一なる【破邪と癒やしの乙女】。
『魔法学』上の解釈では【活性】属性をも司っており、その権能として傷病老苦を癒やすとされる諸神の一柱。この女神はまた、【闇世】側の『九大神』が一なる【魂引く銀琴の楽女】の"姉妹"であるとされている。
【四兄弟国】の領域のうち『末子国』――【聖墳墓守護領】に代々生きるオゼニクの民は【聖墓の民】とかいう"支族"となっており、もはや種族技能的にも「神威」との関わりが深いことが技能システムからもお墨付きを得ている状態。
そんな『末子国』では、八柱神の【加護】を受けた"聖人"達が集い――あるいは【四兄弟国】中から集められ、国家の中枢を成している。
そしてその中でも、特に【破邪と癒やしの乙女】は、【皆哲】のリュグルソゥム家にとっては、一族の創始にすら関わる特別中の特別たる存在なのであった。
「かつて"最初の兄妹"たる始祖リュグルとソゥムは、男女の結合双生児として生まれました。"忌み子"として産み捨てられ、そしてそのまま森の獣に喰われて果てるはずの、」
「ただ、それだけの儚い存在に過ぎませんでした――【癒やしの乙女】の"聖女"様に救われる、その時までは」
200年前、当時の【破邪と癒やしの乙女】の"聖女"が、リュグルとソゥムを哀れんでその「分離手術」を敢行。それは、ただ単に1つに癒合した身体を分断しただけではなく、それぞれが1個の【神の似姿】として生きていくことができるまでに、慈しみと癒やしの『神威』が注ぎ込まれたものだという。
そうして、リュグルとソゥムは、子を成すことができるにまで身体機能を恢復したのだ。
「しかし、そのことと引き換えに、その時代の"聖女"様はご落命された、と、私達の『記憶』には伝わっています」
始祖が受けた多大な恩に報いるべく、以来リュグルソゥム家は【破邪と癒やしの乙女】を引き継ぐ"聖人"達を至尊の存在として扱い、『長女国』内でも極めて親『末子国』の立場を取ってきたという。
『長女国』内のパワーバランスにおいては、元々はリュグルソゥム家は【盟約】派であったようだ。
「なら、お前達はこの【死穢】の"血"が何なのか、知っているということだな。そして、どうして"人攫い"どもの支部にこの『聖女』サマが捕らえられていたのかも――その様子だと、予想はしていなかったが、理由に思い当たったってところか」
頷く兄妹。
ルク曰く、事情は不明であるが【四元素】家から「聖女様が亡命し、身柄を保護している」という報せがあったとのこと。
一族が誅滅された原因である、父達の王都行きの重要な目的の一つが、この件に関して【四元素】のサウラディ家――かつて【盟約】派で領袖と仰いだ最古の一族――と協議することであった、とのこと。
「"代行"にも、"補佐"にも伏せられていました。父が、当主のみが預かっていた情報でした」
故に、ルクにとってもまた、こんなところでのリシュリーとの邂逅は、俺とはまた違う意味で、完全に想像と想定と予定の埒外であったというわけである。
よもや、生き延びるために『魔人』の配下となり、その下でかつて自分が属していた【人世】に害をなしうる最初の"献策"によって入手した『拉致された要人』という名の戦果が――よりにもよって、一族が命を落としてまで守り、救おうとした存在であったなど。
「諸神に見初められた"聖人"……『長女国』の言葉では"加護者"ですが、彼らが扱う力はとても強大です。なにせ、聖言ならば『神の言葉』を、聖画ならば『神の景色』を、聖香ならば『神の感覚』を、この現世に降ろしてしまうのですから」
「我が君の知る直近の例でいえば、あの湿地森を覆っていた『忘れな草の霧』ですね。あれもまた、典型的な【神威】。あれと同じことは……そうですね、【歪夢】家ならばできるかもしれませんが、それでも一つの地域をまるごと人々から忘却させるなどというのは、一族の総力を結集せねばできない大技のはず」
「それをただ一人で成しうる存在というわけです、"加護者"ってのは。だから危険でもある。だから【盟約】では、その管理は『末子国』の専管とされている……まぁ、"抜け道"もまたあるというのは、それはそれで余談ですけれどね」
だが、人の身に過ぎた力は対価を伴う。
「その通りです。その【穢廃血】なる"血"のような何かは――【癒やしの乙女】の聖女様が『癒やし』の御業をお使いになる時に、なんと言いますか、抽象化された傷病そのものを、」
「その御身に"移し替えて"吸い取ることで生まれたものである……と、初代様の記録には記されていました」
あぁ。なるほど?
それのどこが『癒やし』だというのか。
「要は何か。生きた"形代"だってことか? "形代"は生身の人間ではないから意味があるものだ、違うか。それを生身の人間でやる、だと? なぁお前ら諸葛孔明って知ってるか? 知らなくていい、俺の知る過去の偉人の一人だ。あの古代の大政治家ですら、生首を饅頭に擬して、自然の鎮護を儀式化させ擬化させた。なんだ、それは。その真逆じゃないか。それが、そんなものが、祝り、だと?」
――まぁ"聖人"には自由意志があり、振るう【神威】そのものは制約されつつも、それを振るう時と場所と対象は選べる、ということはせめてもの救いと言えるだろうか。
――誰かから指定され、強制され、どんな相手かも知らない存在の命を救うために、選択肢も与えられずに、その業病を勝手に背負わされるのではない、というならば……まだ、"救い"があると言える、のだろうか。
幻影の中の、追憶の中の、出会ったばかりの頃の、ただただ、自らの幼い綿埃のような"羽"の後ろに、他のもっと小さな雛達を守ることしか知らなかった、そんな頃のイノリという名の少女が像を結ぶ。
彼女に護られながらも、しかし、その中でただ一人毅然と、隙あらばイノリに取って代わって俺の前に飛び出し、決死の一撃で突進でもしてきそうなほどに剣呑だった――そんな雛だった、■■ルという名前の小僧を、俺は思い出したのだった。
例え「システム」的に"聖人"の自由意志が担保されているからといって。
例え『末子国』が俺の想像よりはずっと、その創立者の信念を受け継いだまともな国家であったのだとしても。
それでも、まだその使い方を判断する心すら涵養されていない、年端もいかぬ少年少女が「そういう力」を与えられてしまった時に。
その周りの大人達が、果たして、正しく導くことのできる者達ばかりである保証などどこにあるというのだろうか。
――力を持たない、ただの健康な男児に過ぎなかったイ■■ですら、あんな目に遭ったというのに。
――それでも、せんせは、■ヅ■君をたすけてくれたでしょ。
つまり、そういうことだ。
俺がイノリを探すために【エイリアン使い】に邁進するためにその力を徹底的に効率的に活用しようと副脳蟲どもの力を借りながら、あれやこれやと構想しつつ、あらゆる利用できる資源を注ぎ込むのだと悲壮しつつ着々と実に【人世】の"大敵"らしく暗躍を始めているのも――元をただせば、始まりは、つまりそういうことだった。
その矛盾を改めて突きつけられた俺が下した決断は、きっと、迷宮領主としては大いなる誤りであったろう。
だが、俺は俺であることから逃れることはできない。
矛盾していて、かつ矛盾していない、という矛盾の中で、俺は突き進んでいかなければならない。
恐縮しつつ、俺の反応を窺っていたルクとミシェール。
――もし、俺がリシュリーを、この『聖なる憑坐』を、迷宮核の勧めに従って害するような行動を取ったとしたら、即座に今この場で叛逆するだろうか? それとも、憎悪を飲み込んで俺に従う道を選ぶか?
目の前にいるこいつらは、きっと、今そんな議論と激論を『止まり木』内で何日も繰り広げていたに違いないだろうよ。
わずか数秒であるとはいえ、顔色の微妙な変化や、彼らが『止まり木』から帰ってくる時に特有のちゃぶ台返しのような気配の変化から、その程度のことは想像がついていた。
――舐めるなよ、ガキどもが。
「【エイリアン使い】オーマとしての言葉に二言は無い。そのつまらない『詰み手』を披露する場は訪れないぞ? ルク、ミシェール。お前達の一族の恩人だという理由でじゃない。俺は俺の価値観と俺の中の一線において、"聖女"でも"加護者"でもない、そこのただの幼い少女に保護を与える。たとえお前達であろうと、この子を利用している、と俺に思われるような行動は許さない」
……我ながら馬鹿なことをしているな、と、自分でも思う。
この、どこから降って湧いてきたかもわからない『聖なる少女』は、迷宮領主としての勢力拡張という大義名分の下に【人世】に進出したはずの、この俺のアキレス腱になるかもしれない。
だが、ルクとミシェールに言い聞かせながら、その実、俺は改めて自分に言い聞かせるようにして、そんな己の立ち位置を新たに定めたのであった。
「【報いを揺藍する異星窟】の主、【エイリアン使い】オーマの"名"に掛けて、俺はお前達に庇護を与えることを、改めてここに誓おう」
※本話は再構築に伴い、話順が入れ替わりました。上書きによる入れ替えしかできないため、過去にいただいた感想と話の内容が噛み合っていませんこと、ご了承下さい。
読んでいただき、ありがとうございます。
また、いつも誤字報告をいただき、ありがとうございます。
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また、次回もどうぞお楽しみください。





