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0120 貧し鈍する戦果は石と捨つ

12/30 …… 【空間】魔法と"裂け目"に関する描写について加筆修正

7/8 …… 2章の改稿・再構築完了

 『ハンベルス鉱山支部』制圧から一夜が明けた。

 "生き残り"の殲滅を終えた後の制圧は速やかに、そして粛々と行われた。文字通りに無人となった――否、この俺の命によって無人にした(・・・)拠点は、盛大な夜逃げか大規模な神隠しにでも見舞われたかのように伽藍堂。


 だが、"実験材料(モルモット)"として捕らえた支部長が使っていた執務室の絢爛さには、やや驚かされたが……やや成金趣味が過ぎており、悪趣味に感じられてならない。それは、『長女国(この国)』の最上位層を占める魔導貴族達に対する嫉妬か、あるいは形を変えて対抗しようとする、そんな情念がまとわりついた「財」の数々にも思われた。


 それでも「資金(リソース)」は「資金(リソース)」である。

 そこに貴賤は無く、まして善悪も存在し得ない。まして、この鉱山支部は――少なくとも信徒や幹部たる『墨法師』達が居住しまたそれぞれの役割で働いていた区画は、潰してしまう予定であったのだ。

 ならば、死して消え去った者達ではなく、有効活用するべきだろう。


 ――ただまぁ、"有効活用"という意味では。

 執念だか情念だか怨念だかにまみれた悪趣味な財貨の数々よりも、遥かに遥かに、この俺と俺の迷宮と、そして俺の活動に役立つものが見つかっている。


 それは【人攫い教団】としての本業である「身代金ビジネス」のための――拉致の「標的(ターゲット)名簿(リスト)」だったのだ。


 『四兄弟国』のうち、その【転移】範囲的には『末子国』『次兄国』をも加えた3ヶ国を中心とした様々な"要人"達について、簡潔ながらもいくらかの要点を押さえたレポートを押収することが、できた。

 他のもろもろの支部経営の資料などからも読み込む限り――【空間】魔法の「歪曲」効果によって"隔離"されていた隠し空間から見つけた――【人攫い教団】の中でも随一の経済力を有すると自負していた『ハンベルス鉱山支部』は、本部に隠れて独自の「標的名簿」を作成していた様子であった。


 いかな200年の共有知を引き継いではいるとしても、当然ながら頭顱侯家という、つまり魔導貴族の視点に偏ったリュグルソゥム家の"知識"を補うには十分すぎる情報である。

 少なくとも『長女国』のみ(・・)が俺の探しものを探す範囲とは、限らないのだから。この早い段階で、その様々な意味での"とっかかり"を得ることができたのは、棚から落ちてきた牡丹餅だったと言うべきだろう。


 だが。

 思わぬ"有効活用"ができた資源(リソース)があれば、不活用(・・・)となった――否、使わなかった、使うことをしなかった、そんな資源(もの)もまたあるのであった。


   ***


 皮の一枚、毛と腱の一本までをも徹底的に使い倒すことを決めていた小醜鬼(ゴブリン)はともかく。俺は、まだ、生きた人間(・・・・・)そのものを本格的な"資源(リソース)"と化するつもりは無かった。


 ……自ら志願して、また、生き残るために従徒(スクワイア)化し、【エイリアン使い】の力に服することとなったリュグルソゥムの兄妹は例外である。


 豊穣による多産と荒廃による飢饉がもたらす"人減らし"が繰り返されることで、あまりにも劇的かつダイナミックな人口の"うねり"を生み出す『長女国』。

 その過酷な民草達の一生にあって、王都に流れ着くも、しかしそこでもあぶれにあぶれ……ついには貧民窟(スラム)へたどり着き――そこですらのし上がれることもできず。零落し零落した貧民の中の貧民の、その終の最底辺の一つに堕ちた貧者達が行き着く「果て」の一つこそが、【幽玄教団】改め【人攫い教団】である。


 彼らには、最低限の衣食は保証されている。

 だが「住」の保証は無い。


 一度(ひとたび)、"信徒"とされたからには、適性に応じて様々な"労働"を割り当てられるが――【空間】魔法を駆使する大魔導貴族家の最底辺の"走狗"らしく、各地の鉱山と一時居留地を転々とさせられて一生を終えることとなる。


 ――そして。


「……これは驚きです。オーマ様は、こんなことも(・・・・・・)知っておられたのです、ね」


「御方様の叡智に【人世】と【闇世】の違いなどは関係無い、ということだ。だが、ルクよ、これ(・・)は【人世】でも知られた"知識"だったのか?」


「本来こういうことの専門は【聖戦】家か、あとは【悪喰】家あたりなんですが。これは、【騙し絵】家の脅威評価を改めなければならないかな……連中、こんなこと(・・・・・)までやっていたとは……」


 【報いを揺藍する異星窟】の『研究室』の一角。

 ル・ベリがその母親(リーデロット)譲りの医療技術に、冗談抜きで諸芸百般に通じるルクの"知識"に助けられながら、"人攫い教団"の信徒達の亡骸を腑分け(・・・)していた。


 ……生きている人間を資源とするつもりは無いと言ったが、まぁ、死体に関しては別である。

 相手は対策無しならばどのような【空間】にでも【転移】してくる特殊能力集団である。"種"さえ知られて割られれば、俺が信徒や『墨法師』達に対してやったのと同種の、例えば『領域妨害』技術などを編み出してきてもおかしくはない。

 油断することのできない相手である、と心構えてはいたが――それでも、今しがた、ル・ベリとルクに「調査(解剖)」させた結果を知って、正直そこまでやるのか、と俺は思わず嫌な笑いがこみ上げてくる。


「奴ら【転移】魔法の正しい(・・・)利用法をしっかりと研究していたってわけだ。いや、効率的(・・・)な利用法とでも言うべきかな? あまり、当たってほしくなかった思いつきだったんだが」


 むっと、惨劇のように立ち込める血のにおい。

 一瞬、グウィースを呼んでこの辺りの空気を清浄化させてもらおうかとも思ったが……≪きゅぴぃ! 造物主様(マスター)のきゅぴちく! 目のくま! グウィースちゃんが危ない趣味さんに目覚めたらどうするのだきゅぴぃ!≫……などとウーヌスがうるさかったのでやめておいた、が。


 できたてほやほや、などという枕詞を人間の遺骸に対して使うのは露悪趣味が過ぎるかもしれないが、それでも、無理矢理に茶化したくなるというもの。



「俺の【人世】での事業計画のうち、"臓器売買ビジネス"は先にやられてたってわけだな?」



 横たえられ、たった今ル・ベリと助手ルクによって解剖された信徒の亡骸。

 貧して、鈍し、流れ着いた貧民窟(スラム)のそのまた地底に零落した、流浪の果てたる運命の(つい)


 解剖されたどの遺骸にも共通していることとして、その体内は、まるで「寄生虫」――無論、俺の眷属ではない、真に正しい意味でのそれ――がダース単位で培養でもされていたかのように、ありとあらゆる臓器が虫食い(・・・)状態の空洞だらけだったのであった。


≪あはは、あはは。ここで心臓さんをひと齧り、腎臓さんをひとつまみ、ってね≫


≪きゅぴぃ、これは……ぷるラおばさんのくりーむきゅぴーなのだきゅぴぃ!≫


 俺の露悪的な自虐に中てられたモノとウーヌスが笑えないぷるきゅぴ冗句を述べているが、全くもって笑えない。その有様は、ただ単に臓器をまるごと摘出している、というのですらない(・・・・・)のだから。


 まるでジグソーパズルか、それかレゴか何かを"組み替える"かのような気軽さで――内臓を、臓器をといった「パーツ」を【空間】魔法によってむしり取り、そしてそれが新鮮で生細胞自身の再生力が保たれているうちに、やはり【空間】魔法によって別人の体内に(・・・・・・)継ぎ接ぎ(・・・・)するとかいう、無茶苦茶な"治療"にでも使ったのであろう。


 紡腑茸ヴィセラウィーバーの「臓器編み」の力も大概だったが……【騙し絵】家は、この貧者達を「臓器貯蔵容器(タンク)」としてフルに活用していたわけである。実に悪魔的なまでに合理的で、慈悲も情けも容赦も無い【空間】魔法の"有効"な活用法である、と言えた。


 ――そして、こんなものは(・・・・・・)序の口に過ぎない。


 よもやと思って、ル・ベリに信徒の亡骸の――"脳"も解剖させてみたところ。

 ルクが吐きそうな顔で目を細めながら、歯を食いしばって頭を抑えるのが見えた。一方、ル・ベリはというとわずかに眉を潜めつつも、そうであってもおかしくはないな、という苦虫顔を浮かべる。


 十数秒後、【精神】属性魔法【明晰なる精神(クリアマインド)】を詠唱してから戻ってきたルクが、数度呼吸を置いてから言うには、この信徒達の亡骸の"脳"は、俺の予想通り(・・・・・・)一部分が欠けていたとのこと。


 元の世界の医療の歴史でもあった、脳の一部を傷つけることで人間の感情を制御することができる、と信じられていた迷信寄りの"技術"であった「ロボトミー」である。

 具体的に"脳"のどの部分を傷つければより望ましい効果が得られるのか、だとかいうことは俺にはわからなかったが……そういう概念を指向付けて、技術と知識のある配下達に任せれば、必要な分析は優秀な彼らがやってくれる。

 結果、精神世界『止まり木』にしばらく潜ってから、また顔色を悪くさせて現世へ意識を戻してきたルク曰く、どうも「恐怖感」などを司るような部分が破壊されているとしか思えない、とのことであった。


「我が母リーデロットは、これを"外法"と呼んでいました、御方様。【人体使い】ですら、滅多にやる技ではないものだ、と」


 かつて幼きル・ベリを守るために、最初期に危険な小醜鬼(ゴブリン)個体に対して1、2度使ったのみの"外法"。記憶の彼方の母を懐かしむ色を帯びつつも、ル・ベリの目は、解剖された死体を単なる物としてしか見ていない眼差しであったが――それでも、それが小醜鬼(ゴブリン)ではない、この世界における生身の『人間』の成れの果てであることも理解はしているようであった。どこか、哀れみを込めたような苦虫顔でもあるように俺には映った。


 こういうわけで、俺はすっかり資源(リソース)としての「人間の死体」の活用については毒気を抜かれてしまっていた。

 ル・ベリとルクに、ゼイモントとメルドットという名の『墨法師』の捕虜からの"聞き取り(尋問&拷問)"による裏取りを命じつつも、すぐに俺は三ツ首雀(トリコスパロウ)カッパーを伝言役として"名付き"達を招集。


 黙々と信徒達の死体を運ぶように命じる。

 そして『研究室』を後にして、俺自身がその作業を監督しながら、地上部の森林の拓けた土地まで出る。先行させていたソルファイドに薪を積ませておき――まったく未活用の死体(成れの果て)達をそこに次々に放り込ませていく。

 俺の考えを察していたのだろう、ソルファイドが『火竜骨の剣』を構えるが……これ(・・)は、俺がせねばならないことなのだ、という思いを込めてこの武骨なる【武芸指南役】を目で制した。


 そして、その場で、この俺自ら【火】魔法を発動。

 ――職業(クラス)『火葬槍術士』のゼロスキルである【火々葬々】が発動したのが、俺にとっては、本当に「図らずも」という塩梅であったが。


 海風による湿気を多く孕んだ薪が、みるみるうちに乾き、燃え上がり、まるで天に向かって一筋の祈りを捧げるかのようなまっすぐとした煙を立ちめかせながら――【闇世】九大神の一角である【寵姫】が鳴らすという鐘の音にも似た、葬送の火爆(ほは)ぜを風に乗せていく。

 そうして、何百、何千という薪と共に、全ての遺骸を、何時間もかけて荼毘に付したのであった。


 ――なお。

 『墨法師』及びその"見習い"達に関しては、この限りではない。

 彼らには他に成り上がるための、生き延びるための選択肢は無かったのかもしれない。だが、そういう(人を食い物とする)組織の幹部や幹部候補として、這い上がりのし上がろうと思っていたならば――自分自身もまた、のし上がろうとする何者かの犠牲となる覚悟が無かった、などという泣き言は言わせない。

 それに報いる(・・・)のが【異星窟(俺の迷宮)】である。


 荼毘事を終えて『性能評価室』に寄ってみれば、そこには"採集"された多数の『人皮魔法陣』が部屋一面に天日干しの如く広げられていた。

 この中には当然、他の『鉱山支部』や、【騙し絵】家本家の拠点と連絡するための、いわば【人攫い教団】の中枢と言える拠点に【転移】するための"(しるべ)"もまた含まれている。


 ――ただ、これらを活用できるとしても、それは少し先の予定だが。


 リュグルソゥム兄妹曰く、俺の迷宮領主(ダンジョンマスター)としての"戦力"は、奇襲の優位が効いているうちであれば、計画次第では頭顱侯家の本領ですら攻め落とすことができるかもしれない、とのこと。それはいずれ数ヶ月かけて「頭数」を増やした【皆哲】のリュグルソゥム家の戦力をも加味しての試算である。

 だが、仮に本気で頭顱侯家を1つ落とすことができたとしても――その時点で、俺はきっとそれなりの全力を投入している。つまり【エイリアン使い】としての本性の露見は避けることはまず不可能だろう。


 各家の号によっても表される独自の"秘匿魔術"にばかり目が行きがちであるが、頭顱侯と称されるこの最高位の魔導貴族達は、『長女国』の政治と経済と謀略を司っている以上に――何よりも、何にもまして、魔導の探究を至上とする学徒としての側面を持つ存在達なのである。


 知られれば知られるほど学ばれる。

 識られれば識られるほど分析される。


 そのため、今ここで【騙し絵】本家に全力の襲撃を仕掛けるという線は、無い。

 全ての頭顱侯への復讐を念ずるミシェールはともかく、なぜ一族が誅戮されたのかの真実と、明らかに『長女国』の者ではない(・・・・・)『強いて言うなら鈍色』の仮面をつけた呪詛の張本人の正体を探りたいルクとは、この点では、本格的に『長女国』と敵対したいわけではない俺の意見は一致しているのであった。


 だからこそ(・・・・・)、俺は当初のルクの献策通りに、さっさと『ハンベルス鉱山支部』から必要なものを回収して撤収し――そこを『魔石鉱山』と化した。


 【騙し絵】家が外側から【転移】してくるのを妨害するために地泳蚯蚓(アースワーム)達に掘らせた『球状立体魔法陣』を再利用したのである。


 その魔法陣の性質を変化させたのだ。

 元々は"廃絵の具"等【騙し絵】家の関係者が外部から【転移】して侵入することができないように働かせていた妨害魔法であるが、そこにルクとミシェールが『止まり木』で考案してきた術式を新たな回路として差し込むことにより、適当な「座標」を保持した【騙し絵】式【空間】魔法に変換。

 これに加え、武装信徒達を率いていた"狼憑き(ウルフィ)"が利用したものも含め、元々【人攫い教団】の鉱山支部には多数の【空間】魔法が仕込まれていたが、これらと連動させて起動。


 そこに俺が【領域定義】の力を一気に通すことで、2つの似て非なるしかし根を同じくする"力"が相干渉し合い、互いの「座標」を壮絶に絡み合うが如く混線させる形で改めて暴発。


 予め、このために大量に大量に生産して仕込んでいた膨大な量の『火属性結晶』を含んだ【魔石】を盛大に巻き込み――"魔石が壁(・・・・)の中にある(・・・・・)"を広範囲で発生させ、そこに巨大な「鉱脈」を力技によって生み出したのであった。

 元の『鉱山支部』が管理していたそれぞれの"飛び地"は掘削部隊によって「接続」されつつ、人工物は徹底的に破壊して「壁の中にいる」に巻き込んで隠滅し、さも、天然の坑道が自然発生(・・・・)したかのような空間として、急造ではあったが「整備」することに成功したのであった。


 なお、今回の作戦の(キモ)であった、【人世】側の"裂け目"出口の「接ぎ木(上書き)」自体は、『魔石鉱山』化の完了と同時に引き上げている。

 無論、これは【領域】の大変動すなわち迷宮経済への大激震をもたらす行為である。確かに【人世】と【闇世】の【領域】同士は直接接続してはおらず、それぞれが独立した迷宮経済ではあるものの、"裂け目"が「呼吸」を行う先たる接続先自体を変動させる行為自体は【闇世】側にも大きな影響をもたらすことはわかっていたのだ。


 だから、今後【人世】側に拠点なんぞを正式に作成しだしたら、まず迷宮経済的な意味では軽々にはできないだろうが――逆に言えば、今回のような"よほどの事情"があれば【異星窟】の主として躊躇はしない、ということ。


 副脳蟲(ぷるきゅぴ)超過労働(オーバーワーク)という手札は、切り所が肝心という訳である。


 ……何やらぶーぶーきゅーきゅー脳内が煩いが、捨て置こう。


 まぁ"今回"に関して、事態は当初から計画していたことである。

 【人世】側では、大して生産設備を広げてはいなかったものの……副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもには「X機掌位(メリーゴーランド)」を最初からはさせず、激震の余波に備えて、【闇世】側に待機させていたわけであった。


 だが、『ハンベルス魔石鉱山』の活用に関しては、むしろここからが始まり。

 これはただの撤収ではなく、次への布石である。


 ――今回の襲撃作戦を経て、そして新たに得た「人皮魔法陣」の解析から、転移門(ポータル)形成魔法である【イセンネッシャの画層捲り】を実行可能となったのだ。


 正確には、それを『送り』『迎え』『標』の3工程によって分割した墨法師達による集団転移のバージョン、つまり"廉価版"を実行可能になった、という意味であるが……。


 要は変わらない。単にその発動者たる墨法師の状態が生身の人間であるのか、それともその"皮"であるかの違いでしかない。後者の場合は当然、魔法を発動するための詠唱行為を行う者が必要にはなるが――別にそれは本人(・・)でなくても良いのは"強制転移(フェイルセーフ)"の機序を見れば明らかであった。


 この3工程の"人皮魔法陣"を1セットとしたものを、つまり予め【騙し絵】家が製作したものを2地点間に配置する。

 肝心の【空間】属性の魔素(・・・・・)という『魔法学』で解釈された魔力そのものは【領域】の力によって代用しなければならない、という制約はあったが――このうち片方を『禁域の森』の"裂け目"(つまり、本来あった位置)の上へ被せ(・・)

 もう片方を『ハンベルス魔石鉱山』側へ配置し、2地点間での【転移】を実現。


 後は、銀の水面のたゆたう(もや)が波紋のようになびく様子でも見せつければ――"演出"としては十分だろう。

 そのために、ほとんど"裂け目"に密着させる形で【画層捲り(廉価版)】を配置した。


 後は、この重ね合わせた"裂け目"と"転移魔法陣"を使い分ければ良い。

 『魔石』を求めてここまでわざわざやってくる相手の"意思"に応じて、本物の"裂け目"を少しだけ変形(・・)させて膨らませ、【画層捲り】よりも先に触れさせることで【闇世】へ招き入れるか。

 はたまた縮小させ、【画層捲り】側に触れさせることによって『ハンベルス魔石鉱山』側へ送り込むのか。


 ――その検証を兼ねれば良いだろう。


 "裂け目"そのものに座標を接ぎ木(上書き)させるとかいう、見た目のブレ的にも銀色の水面の嵐めいた状態的にも「バグ」としか思えなかった挙動に比べれば――桁を1つか2つ落とした程度の魔素によって維持できるという点でも、この【画層捲り(廉価版)】の活用は、今後の浸透計画に大いに役立てることができると言えた。


 ヘレンセル村に投じた一石は、見事に俺の当初の目論見を達成している。

 十分すぎるほどの「よそもの」達を集めた、だけではない。逃亡者であったルクとミシェールにとって眼前の脅威となりえた【人攫い教団】の介入の排除にも役立ったのである。

 だが、その副作用として、彼らの上役である"廃絵の具"が困惑しつつ怒り狂って踏み込んでくることは想像に難くない――だからこそ(・・・・・)、彼らとそのさらに上の主人たる【騙し絵】家に対する「嫌がらせ」を兼ねて、この一石を"後始末"してしまうための布石というわけである。


 想像してみると良い。

 かつては【森と泉(ワルセィレ)】と呼ばれていた地域で、亡国のゲリラだかパルチザンだかが活発に活動する【紋章】家支配下の征服地において、『禁域』に強い関心を抱いていた【破約】派の頭目たる【騙し絵】家の【転移】魔法陣が、出現するのである。


 それは一体全体、他の頭顱侯家にはどのようなものとして映ることだろうか。

 そのような新たな思惑(変数)が【騙し絵】家の意思によってねじ込まれた際に――どのような化学反応がこの地の均衡に波紋を起こすこととなるだろうか。


「【騙し絵】家がさっさと『魔石鉱山』への転移魔法陣を封じたとしても、疑惑は残る。オーマ様が、とっととご自分の"異界の裂け目"をどこかへやってしまったのですからね――あったはずのものが無くなっているわけです」


「例えば、【騙し絵】家が大氾濫(スタンピード)を手に入れたという噂すら流()ことができるな?」


「そうです。ですから、連中がこの事態を隠蔽できないように、ハンベルス鉱山支部が"叛逆"した、という偽情報を流します。最低でも"調査"には来るでしょう。そこで、鉢合わせて深読みしあって殺し合いでもすればいいし、お互いに大慌てでもすればいい」


 不自然なまでに一致団結して、共同戦線を張った()頭顱侯家。

 だが『長女国』において、【盟約】派と【破約】派の不倶戴天の暗闘、そして対外戦争に目を向けさせることでそれを有耶無耶にさせようとする【継戦】派の対立は根深いものである。まして、何かに強制されて、言わば呉越同舟させられたようなものだったならば――対立の火種が別の場所で生じれば、必ず彼らは再び分断されるはず。


「『関所街ナーレフ』の執政、ロンドール家の若き俊英も、ただの反乱軍鎮圧ではなくて……何か、もう少し大それたことを企んでいる気配が、ありますからね」


 そうして燃え上がった焔を、眺めるか、それとも飛び込むか、はたまた水桶を持って駆けつける振りをするか。

 いずれにせよ、火事場泥棒という言葉の真髄は、探しものを探すのが難しい場所においてこそ真価を発するものだと言える。俺もルクも、背景は異なれども、その意味では現時点では『長女国』のほどよい(・・・・)混乱を望むものであった。


 ――ヘレンセル村訪問の準備は着々と始まっている。


 話を"戦果(しげん)"に戻そう。

 新たに獲得した『墨法師』とその"見習い"達の「人皮魔法陣」の解読から、俺は「次の段階」の検討をルク、ミシェールと、そしてル・ベリに命じていた。


 【騙し絵】家の【空間】魔法の神髄は、いっそ臓器すらも"つまんで"しまうその神業の如き「座標」制御にこそある。現状、それは「人皮魔法陣」という既に【騙し絵】家が製作したものを利用することでしか行使できないが――もしも、これを俺の迷宮(ダンジョン)で"国産化"することができれば、どうであろうか。


「そもそも完璧に解析して、一から自前で制作できるようになる……という必要性自体が無くなりますな。何となれば"転写"すればよい」


「魔導の一族の端くれとして、それはちょっと癪ではありますけどね。まぁ、今は、オーマ様のお力込みということで。その方面での発展優先には反対しません」


 およそ『魔法陣』という技術そのものは【騙し絵】家の専売ではない。リュグルソゥム家も含めた多くの魔導貴族達が扱うことのできる技術なのである。そして原理さえわかれば、魔石粉で実行してみせたように――迷宮領主(ダンジョンマスター)にだって発動可能な超常(代物)である。


 つまり「人皮(・・)魔法陣」もまた、同じ意味で――専売特許ではない。

 いるではないか。俺の迷宮に、もどき(・・・)が。


 "切れ端"からでも、法則性を解読し、つまり【騙し絵】家の技術的秘奥を看破してしまうことができれば、それを応用することで。

 つまり「小醜鬼(ゴブリン)皮魔法陣」の量産も、ゆくゆくは可能となる……かもしれない。



 ――そして、単なる"人皮"の採取だけでは、終わらない。

 今回、ルクの復讐を兼ねた献策を受けて、俺は多くの「人間の遺骸」を手に入れた。次に、いつまたこれだけの"資源(リソース)"を合法的に確保できるかはわからず――また、そうであるが故の「利用法」もまた種々にあると思われた。


 例えば、『因子:混沌属性適応』が解析完了された暁に――レア(・・)属性という意味では、まだまだずっと先となるかもしれないが――エイリアン=パラサイト系統の新たな進化先として解禁される『漁骸幼蟲(スカベンジャー)』など。


 名前の字面からも、読みからしても――どう見ても融化小蟲(フュージョナー)の「融合」能力を、さらに「死体」方面に特化させたとしか思えない存在である。

 無論、人間(・・)限定ということもないかもしれないが。

 だが、その場合は新たな『人皮魔法陣』の作成に使うこととなるか、はたまた煉因腫(エボリューター)が要求する"素材"として消耗することとなるか……。


 それでも、将来的に必要になる可能性を見越して――なんたって『神の似姿(にんげん)』の遺骸が、この"認識"が大きな力を持つ世界で意味を持たない資源(リソース)であるはずはないのだから――『氷属性』『拡腔』『酒精』によって【遷亜】させた『冷凍代胎嚢(フリーズキーパー)』によって"保存"状態においている。


≪この冷凍代胎嚢(フリーズキーパー)さんは! 生ものさんの保存期間さんを圧倒的に! 向上さんさせてくれるんだよ!≫


≪省エネさんなのもポイント高いよね~≫


 話を融化走狗蟲(フュージョランナー)の2体、ジェミニとヤヌスに戻そう。

 当初こそ、ほとんど人間とエイリアンが"粘土合体"されたような姿であった。だが、その運用に当たって、観察を続けていると意外な性質が判明した。

 意識をほとんど喪失させていた「人間」部分――エイリアンの中にいる――であるが、時間の経過と共に徐々に"吸収"されていっている様子が窺えたのである。


 さながら、テセウスの船がその「理想形」に戻ろうとでもしているかの様相。

 最初(ハナ)から"異物"である「エイリアン体」以外の部分は、言うなれば命素の代わりにタンパク質の摂取でもその維持命素としては活用できるのと同じく、単なる「命素タンク」扱いであるのかもしれない。

 もう反射的なうめき声すら上げることなく、ちょっと大げさな程度の"こぶ"となった「人間部分」を、ずるずる、よたよたと引きずりながらも、ジェミニとヤヌスは大分その動きに機敏さを増しているのであった。


 結論から言うと、これは正直、ちょっとアテが外れたようなものである。


≪きゅぴ……きゅーぷス・ボンドになれねぇのだきゅぴ≫


「これだけじゃただ単に、口から食ってるのか、それとももっと細胞レベル(・・・・・)で食ってるかの違いかしかないからな」


 ――あるいは、俺がこの異世界に迷い込んだ最初期であれば。

 魔素と命素を節約して初期の眷属を生み出す際にこの力があれば、今とはまた異なる『スタートダッシュ』となっていたのであろうか?


 命石を与えることで、この「吸収」現象についてはある程度抑制することはできる。

 だが、それでも少しずつであるが人間部分はタンパク質に分解されて少しずつ少しずつエイリアン部分に吸収されており――このままでは、ジェミニとヤヌスは本当にただの走狗蟲(ランナー)になっていってしまうことだろう。


 一応、漁骸幼蟲(スカベンジャー)と並ぶエイリアン=パラサイト系統の新種に『共生幼蟲(シンビオンサー)』というものも現れていた。こちらは『活性属性適応』の因子の解析を完了させる必要があり、名前からしてもこの寄生先の漸次的吸収現象が無くなると期待されていたわけだが……これでは、せっかくジェミニとヤヌスに『擬装』や『隠形』の【遷亜】を施した意味が大いに薄れているのである。


 だが、そこで俺はふと気づいた。


「……いや。まだ【遷亜】が1枠あったな、そういえば」


 現状、ジェミニとヤヌスは中途半端、その"人間部分"をべりぐちゃあと開いて(・・・)からまるでバックパックに収納していたパラシュートを吐き出してそれをいそいそと"被る"が如く、「人皮」にそのエイリアン部分の身体を「収める」ことができる状態である。

 だが、問題はその"人間部分"が急速に「命素」扱いされて吸収されていっていることなのであったが――ここに『共生』因子で【遷亜】を加え。


 そして、ちょうど手元に、今現在ル・ベリとルクが絶賛"聞き取り調査"を行っている、活きの良い「捕虜」があるのだが――彼らを継ぎ足し(・・・・)してみたら、果たして、どうであろうか。


 既にジェミニとヤヌスには、それぞれ『諜報隊長(スパイマスター)』と『主の影法師(シャドウ)』という『称号(タイトル)』をも与えていた。

 その『称号技能』とのシナジーもまた、エイリアン部分による人間部分の物理的な侵食を抑制してくれるのではないだろうか。


「確か、ハンベルス鉱山支部の地下には凄いものが眠っているのだ、だったか。それはそれで興味はある話だが――よし、ちょうどいい。あの二人をジェミニとヤヌスの新しい相棒(・・)に転生させてやって、"廃絵の具"に対処した後で、改めて『調査』させてやろうじゃないか」


 得心し、俺はジェミニとヤヌスと副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもに命じて、今しがた思いついたその素晴らしいアイディアを実行しに行かせたのであった。


 ――そして。

 今回の"戦果"の中で一番問題となる存在と向き合う肚を俺は決めた。


≪グウィース。"聖女"様の様子はどうだ?≫


≪グウィース。 寝 て る !≫


 生憎と大人の従徒(スクワイア)達が全員仕事中であることと、愛らしい幼児であれば警戒心をあまり湧かせないだろうという"配慮"から、「彼女」の見守り役として配置していたグウィースに【眷属心話(ファミリアテレパス)】で問いかける。


 部屋の隅に、労役蟲(レイバー)が【凝固液】とその鋏脚(きょうきゃく)で器用に削り出した「石の杯」がある。その中になみなみと注がれていた"黒い液体"を、俺はジロリと睨めつけた。


 ――『ハンベルス鉱山支部』制圧の際に、ル・ベリが発見したものとは、また別の(・・・・)新しい(・・・)一杯である。


 ほぼ、毎日だ。

 毎日、コップ一杯分の"黒い液体(それ)"が、今なお生成され(・・・・)ているのである。


 この"戦果"ばかりは、ルクとミシェールにとっても全く想定外の厄介事に違い無かったことだろうよ。


 『火葬槍術士』の職業技能【悲劇察知】が疼いているかのような錯覚を感じる。

 どうか、それが単なる杞憂がもたらした幻覚であってくれればよい、と願いながら、自分でも今自分が険しい顔をしていると自覚しながら、それでも俺はグウィースに今見守らせ見張らせている急ごしらえの『貴賓室』に向かって、どこか祈るような気持ちで【領域転移】を発動させた。

※本話は再構築に伴い、話順が入れ替わりました。上書きによる入れ替えしかできないため、過去にいただいた感想と話の内容が噛み合っていませんこと、ご了承下さい。

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[気になる点] ツェリマおば…おねえさんの容姿描写が食い違っている気がします。正しいのはどっちなのでしょうか? 0092『くすんだ灰に青色混じりの頭髪』 0120『薄黄色をした短髪の女』 [一言] こ…
[気になる点] 今作では、ハイドリィは代官ではない設定だったと思いましたが、今話と次話では代官となっています。これは間違いでしょうか?
[良い点] リュグルソウムの第一追手が弱体化した分、ナーレフ付近の敵陣営は強化されてそうですね。 裂け目の転移まで気づかれてるみたいですけど、この後どこかに転移させることで果たして逃げ切りできるのか。…
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