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0118 ハンベルス鉱山支部攻略戦(4)

12/30 …… 【空間】魔法と"裂け目"に関する描写について加筆修正

7/8 …… 2章の改稿・再構築完了

 『幽玄教団』改め『人攫い教団』の"武装信徒"達にとって、最も大事とされる資質は従順さである。

 彼らは労働を奉仕として提供する一般の信徒達と異なる。直上の『墨法師』達や、時にはさらにその上役たる【騙し絵】家の"廃絵の具"達から下される様々な指令に対して――疑問を挟まず、抱かず、惑わず、盲目的に従うこと。さながら、鳥の雛が卵より孵った時に、親鳥についていくかの如き「自然」さで、反射をも越えた本能的な水準での行動を求められ、また、そのように鍛錬(・・)されるのである。


 斯様な感性的・感覚的な従順さの中でも、最も大事とされる「五覚」は――触覚であった。

 『墨法師』や"廃絵の具"達による【空間】魔法の発動が前提ではあるが……彼らの任務では、兎にも角にも、手でも足でもそれこそ歯でもよいので、文字通り"標的"に食らいついて離さないことが求められるのである。

 故に彼らは本能的に、標的に向かって飛びかかるように鍛錬(・・)される。


 わずかでも露出した身体を、指でもかかとでも、肘でも耳でも舌でもよいので、標的に触れさせるように動機づけられているのであった。


 ……ここまでが「通常の」武装信徒達に関する話。

 『ハンベルス鉱山支部』に集う"精鋭"達に関しては、この点、さらなる発展が見られていた。


 【騙し絵】のイセンネッシャ家が【輝水晶(クー・レイリオ)王国】で反体制を掲げ、【破約】の名の下に、拉致と暗殺と破壊工作の嵐でありとあらゆる都市を劫略し、【盟約】派の諸家と凄惨な暗闘と謀略合戦を昼夜を問わず繰り広げたのも、今は一つ二つ以前の世代の昔話。

 激しい抗争の名残りか、はたまた生々しき残滓か。各都市や主要な街道、施設などには、【転移】魔法避けとなる妨害魔法や対抗魔法の魔法陣が刻印されるのが今世では当然であり――【紋章】のディエスト家が、その傘下に収めた"元"頭顱侯家、旧号【重封】のギュルトーマ家の力を利用して携帯可能な【紋章石】と化していた。


 これにより【騙し絵】家が【転移】魔法により、『長女国』内を文字通りに跳梁跋扈して貴人・要人・凡人・庶人を問わずに虐すという形での、直接の闘争は一応の収束を見る。


 しかし、直接的な闘争を控えるようになった【騙し絵】家は、結果としては、「目的(破約)」を成すためにより多角的(・・・)な戦略を取るように方針転換することとなった。例えば『幽玄教団』の"走狗化"や、あるいは彼らの労働力を利用した採鉱事業への進出など。

 彼らは表向き、『長女国』への頭顱侯家としての"義務"を粛々と果たすようになり、急速にその序列を高めてついには第2位に至り、また自家のみの主張であった【破約】を、派閥の形成にまで至らしめた。


 そうした"多角性"の一環として――『ハンベルス鉱山支部』が新たな"標的"としたのが、国境の南東に隣り合う『末子国』と、そして特に南に隣り合う『次兄国』だったのである。


 端的に言えば、彼らは"廃絵の具"の指示を拡大解釈したのだ。

 すなわち対【四兄弟国盟約】のための体制闘争の手段であった"人攫い"を――『次兄国』の裕福な商家や、彼らに時に雇われ時に追い追われる諸傭兵団などに拡大した。つまり「身代金」稼ぎに手を染めたのである。


 『次兄国』では、『長女国』ほど対【転移】妨害の魔法陣の術式が浸透しておらず、また『長女国』側からも積極的にその技術が提供されていたわけでもない。瞬く間に多数の商隊や、時には『次兄国』諸都市における為政者層を形成する有力商家たる【憲章勢家】に連なる者までもが大きな被害を受けるようになり――"護衛"として傭兵団が新たな糊口を得る。


 ……だが、当の傭兵団が法外な護衛費用を取りつつ、一部を裏で"廃絵の具"に還元(キックバック)する、などといった容易には表沙汰にできない資金の流れが『ハンベルス鉱山支部』を基点に形成されていたのであった。


 オーマが攻め込んだ『ハンベルス鉱山支部』の兵屯地に詰めていたのは、ただ全力でしがみついて『墨法師』任せにしていればよかった時代の武装信徒達ではない。

 従来の"人攫い"も戦術には組み込みつつも、時に賊へとその旗色を変えるが如きならず者の集団でもあるこうした傭兵団や、それらと一体化したような「武装商隊」の荒くれ者達と渡り合う直接的な武力が求められるようになった――何となれば、そうした者達からも新たな信徒(・・・・・)を取り込んで拡大された精鋭達である。


 こうした新たな信徒達――『次兄国』の商人達との繋がり――を伝手(ツテ)とし、『ハンベルス鉱山支部』では、魔導に傾倒しすぎていた『長女国』よりも進んだ鍛冶技術による逸品、具体的には【六脈の頂峰国(ドワーフ達の王国)】製の装備を大量に入手。

 "非魔法兵"が軽んじられる長女国においてではあるが……その"非魔法兵"としては、一走狗組織としては破格の武力を持つ精鋭集団が急速に形成されつつあった。


 もしも【エイリアン使い】オーマの介入が無ければ(・・・・)

 5年か10年以内には、『ハンベルス鉱山支部』は走狗のそのまた走狗の一支部でありながら、例えば【纏衣】のグルカヴィッラ家の精兵集団である【ウズド鉄笛警護団】と同じように(・・・・・)、『次兄国』の傭兵団として知られるようになっていた、かもしれない。


   ***


 元『次兄国』の都市付傭兵団【ジェラーニア愚連隊】の小隊長であった"ウルフィ(狼憑き)・フィック"は身の丈ほどもある大剣を構え、二つ名の通りに獰猛な笑みを浮かべる。かつて魔狼(ワーグ)に顔面を食い千切られながらも、逆にその狼の喉笛を噛み千切って生き延びた凄惨な傷跡を小さな頬当てで隠してはいるものの……本気で隠す気が無いため、耳の上から顎にまで達する裂傷跡が醜くしかし凶相を成してはみ出している。

 笑うと、まるで二ツ口の悪魔のように歪んで見えるその傷跡は、見る者に必要以上の狂った印象を与えてしまうが、彼は『墨法師』達に思われているよりかは、物事の変化を獣の如く洞察する()傭兵であった。


 ウルフィ・フィックには、確証は無かった。

 しかし獣じみた直感によって――普段は彼の扱いに苦慮してたはずの口うるさい『墨法師(去勢坊主)』達が、もはや【転移】魔法の"暴発"によってどこかへ連れ去られて消えてしまい、二度と帰ってこないことを、"狼憑き"は察知していた。


 さしずめ、偽の護衛依頼によって誘い出された末に、敵対する傭兵団の一隊から襲撃される時のような……得も言われぬ不気味な空気であった。

 "どちらかというと"「賊」扱いされることの方が多い【ジェラーニア愚連隊】であるが、粗暴さだけならば『次兄国』でも随一の集団。生き馬の目を抜く狡猾さと奸智にも通じた"武装商人"達を相手に「稼ぎ」を行いながら、報復をかいくぐって生き延びてきたのにはそれなりの所以があるというものである。

 例えば、異常に鋭い"嗅覚"がある、とか。


 そんなウルフィ・フィックの"鼻"には、この一嗅ぎして「何でもない」空気自体が異様の報せであった。どう考えても『墨法師』が、突如として全員、【転移】魔法を暴発させて自分達を残して消え失せるなど異常事態中の異常事態であるにも関わらず――周囲の精鋭(ボンクラ)達は、あれだけ血反吐を吐かせて鍛えたというのに、未だに「何でもない」ことにしたがっている(・・・・・・・)

 つまり、異常事態を無意識に"平常"事態にしたがっていることそのものが「異常事態」なのである。


「二人一組になれ、隣の奴の腹を殴れ! 胃液を吐き出せ、瞑想狂いのボンクラどもがァ……! 『幽玄(あの世)』に至っちまうんじゃねェぞ、今度は『幽玄(あの世)』から『魔獣』が来やがるぞ? 『魔人』が来やがるかもしれねェぞ? まとめて『幽玄(あの世)』に叩き返せ! さもなきゃァ、俺達がまとめて"旅立つ"時が来るのよォ!」


 ウルフィ・フィックに言わせれば、精鋭などと名乗って高級なおもちゃ(ドワーフ製の武具)で装っていても、まだまだ『人攫い教団』の"武装信徒"達は生ぬるい。皮算用などでは(さか)しくとも、仁義なき武装集団を率いる長としては、ゼイモント支部長もまだまだ甘ったるすぎる。


 なるほど、指示された標的を襲撃するために与えられた【転移】魔法を『鉱山支部』同士の抗争に悪用するなどというのは、冷酷な上役である"廃絵の具"の魔導師達によって禁じられているので、通常は想定されるものではない。


 だが、想定されないからといって、それが起きないとは限らないのである。


 案の定、それが――外部からの襲撃が、ついに起きた。

 これが何者の仕掛けかは知らない。最近、一般の信徒にまで噂が徐々に広まっていた「誅滅された頭顱侯家の生き残り」の復讐である、かもしれない。あるいは迷宮(ダンジョン)大氾濫(スタンピード)であるかもしれない。はたまた【盟約派】による襲撃であるかもしれないが、そのどれであろうと、ろくでもなさという点では大差が無いだろう。


 群狼の王の如き、号令一下。

 導く者にはひなどりの如く従順であれ――と厳しく訓練され、動機づけられ、刷り込まれた"武装信徒"達の表情が朗らかな(・・・)ものになっていく。オーマが見れば、アッパー系の薬物でもキめたのかと表現するような様子で――聖句を唱え始め、高品質の武具を構える手に力がこもる。

 それはウルフィ・フィックが望む"愚かさ"には達していないし、方向性が少々異なっているが――それでも、多少は物になる面構えになったなと、犬歯を剥いて攻撃的な笑みを作る。


「それでいい、手前ェら、『幽玄(あの世)』に攻め込む準備はできたなァ?」


 【ジェラーニア愚連隊】を追われ、彼なりにその教義を咀嚼して、それなりに気に入ったので居着いて居座ったところ、"廃絵の具"の乳臭い魔導師どもから『ハンベルス鉱山支部』の監視役だの、精鋭部隊の教官役だのに抜擢され、そのくせ煙たがられてしまって呆れ果てる日々を送っていた"狼憑き"フィック。

 彼は構えた大剣で、ボロボロに錆びれた頑丈さだけが取り柄の胸当てを、すね当てを、片側だけの肩当てを次々にガンガン叩いていく。それに倣って、鍛え上げた"精鋭"の武装信徒達も同じように、銘々の得物を鎧や盾に打ち付けて戦意を高揚させ、戦士に不要な邪念を昇華させていく。


 ――牙持つ獣の勘により、ウルフィ・フィックは『墨法師』達が消失したその中心地点が怪しいと睨んでいた。今は不気味な静寂に包まれているが……こんなもので終わるわけがない。次に、その同じ地点(・・・・)から現れるのは、帰ってきた『墨法師』達などではなく、先ほど挙げた『幽玄(あの世)』の使者達のいずれかであると確信していた。


 そんな彼は数年前、他の鉱山支部に援軍として派遣されたことがあった。

 "廃絵の具"達との共同戦線であり、武装信徒などは肉の壁のような扱いであったが――ウルフィ・フィックははぐれ(・・・)の【魔獣】を迎撃したことがあったのだ。最終的に"廃絵の具"達は、墨法師達とは異なるその「完全な【空間】魔法」によって、その【魔獣】をどこか常人には行くことのできない異次元へと飛ばしてしまっていたわけだが……生き残ったの肉の壁(おとり)は、ウルフィ・フィックを含めて半数にも満たなかった。


 ――その時と非常に近しい危険な"臭い"を嗅ぎ取り、故に彼はほとんど勘だけで、【エイリアン使い】オーマが『墨法師』達をまとめて強制召喚(・・・・)したその瞬間から、この元傭兵は迎撃の備えを開始していたのである。


 凶相を引きつらせた"狼憑き(ウルフィ)"と、彼の「生徒」たる武装信徒達が多幸感に陶酔したような面持ちで、ゆらりと『墨法師』達が消えた地点を微動だにせず凝視する。


 それからわずか数秒後。

 膨大な魔力が小さな竜巻の発生のように特異点を生じ、銀色の輝きが溢れて魔力の奔流がほとばしり、"異界の裂け目"そのものが、悪夢を吐き出す"口"の如く空間を切り裂いて顕現し、その中から異形の魔獣達を次々に吐き出す――。


   ***


 こちらの行使した力の正体を看破できていないはずの相手に対し、その態勢が整う前の2度目の強襲とすべく、俺は"武装信徒"達の詰め所に向かって再び"裂け目"を【転移(上書き)】させた。そのための「座標」は――つい先ほど、『標師』達から回収した人皮魔法陣によってである。


 【騙し絵】式【転移】の3工程自体は既に"裂け目"の中に再現されているため、そのため(・・・・)に利用せずに「座標」を指定する箇所を切り取るだけであれば――『止まり木』でリュグルソゥム兄妹が特定した通りに労役蟲(レイバー)達にやらせるだけでよいのだから。


 斯くして銀色の嵐――【闇】の神の純なる力の発揚と共に景色が切り替わった俺の眼前にて。


 最初に(まず)"敵集団"に突っ込んだのは螺旋獣(ジャイロビースト)デルタだった。

 出現と同時に、周囲を取り囲む約200の眼光を認識。するや、自分自身の役割を瞬時に理解して、最も"武装信徒"達が「厚い」箇所に向かって"裂けた四腕"を振り回しながらクラウチング突撃を敢行する。

 ――その"裂けた四腕"には骨刃茸(スラッシャー)達が1基ずつ絡みつくように"接ぎ木"状態で"装備"されている。いずれも少しずつ形状が異なっているが、先端に生やした「骨の刃」が大鎌(サイス)状であることは共通している。

 デルタの剛腕が振るわれると共に4旋の大鎌が強靭凶悪にしなる斬撃を最前列の信徒達に痛打の如く浴びせかける、と同時に【おぞましき咆哮】。


 それを合図に走狗蟲(ランナー)達が次々に躍りかかる。

 だが、武装信徒達が身にまとった鎧はよほど"質の良い(金にもの言わせた)"代物であったか。

 小醜鬼(ゴブリン)程度であれば問答無用で両断していたであろう、デルタの剛撃が阻まれる。それでも、その高価な金属の鎧に巨大な陥没が生まれ、衝撃自体が殺しきれずにその数名の武装信徒達が吹き飛ばされるのであったが。

 しかし、走狗蟲(ランナー)達の【爪撃】や【咬撃】は初手を阻まれた。

 明らかに戦慣れした兵士に近い練度で反撃の刃を振るい、あるいは"熊手"に似た得物を振りかざし、武装信徒達が群がる走狗蟲(ランナー)達を引き倒そうとする。


 そんな抵抗をデルタが振り回す4旋の『大鎌骨刃茸(サイススラッシャー)』達が跳ね飛ばしつつ、走狗蟲(ランナー)達が反転してデルタの身体に取り付く要領で距離を取る。そこで再度、壁に天井を駆けて、頭上から背後から、鎧の継ぎ目を狙う構えであった。


 だが、次の瞬間。

 俺が"信徒"達の薄ら寒い陶酔した笑みに嫌悪感を抱いた。

 【おぞましき咆哮】があまり効いていない。そう即断して俺は魔法戦士ルクに動けと指令を下すが――既に同じ結論に『止まり木』で至っていた様子のリュグルソゥム兄妹は、既に詠唱を開始している。

 彼らが何を詠唱しているのかを副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもから聞き取り、その意図を察して、俺は城壁獣(ガンマ)の背にバックパックの如く"装備"された複数の属性障壁茸(シールダー)のうち【風】属性と【火】属性であるファンガル系統達に発動準備を命じた。


 だが、その動きよりも"武装信徒"達が中央やや後方に陣取る大剣の男――【情報閲覧】によると"狼憑き(ウルフィ)"などという『二つ名』持ちのリーダー格の号令が早い。見れば4名が武器を捨て、捨て身でデルタの4旋の大鎌骨刃茸(サイススラッシャー)に組み付いたのである。

 それだけならば、デルタの膂力と骨刃茸(スラッシャー)達の筋力ならば振り飛ばして天井にでも叩きつけることができるだろう。だが、組み付いた"武装信徒"達に、さらに後ろからそれぞれの腰にしがみつくように別の者が組み付いており――ちょうど童話「おおきなかぶ」の逆バージョン(・・・・・・)のような状態となって動きを封じてきたのである。


 ――なんという無駄な抵抗を。


「構わない、火炙りにしてやれ」


 後方の信徒が見た目にも鋭い剣を構え、仲間の背を踏んでデルタに飛びかかる勢いを見て、俺はルクに矢継ぎ早に許可を下す。


 リュグルソゥム家の【高等戦闘魔導師(ハイ=バトルメイジ)】の短縮詠唱による【火】と【風】【土】の複合属性魔法である【マイシュオスの熱砂風】が呼び起こされる。

 急速に光熱化する、砂のような粒が辺りにキラキラと巻い始め、文字通りの"熱砂"と成り生じてデルタごと武装信徒達に襲いかかったのである。同時に属性障壁茸(シールダー)が【火】と【風】の魔法を妨害する力場を生み出し――リュグルソゥム兄妹曰く、対抗魔法に近い――さらにそれを、この俺が、三ツ首雀(トリコスパロウ)カッパーを構えて【魔素操作】を発動。デルタや骨刃茸(スラッシャー)達のみを"熱砂"から守るように神経を極限まで集中させて精密に操作していく。


 武装信徒達は、勇敢さかはたまた蛮勇さか、少なくとも俺の目にはどちらとも見える「魔獣への"人攫い"式の押さえ込み」なんぞを敢行しようとしたが、その目論見を潰すことはできたか。熱されやすいお高い金属製の鎧なんぞに身を包んでいては、炙られて苦悶に動きが歪むというものだろう。

 掴みかかられ、押さえ込もうとされていたデルタが、力任せに数名をまとめて薙ぎ払う。

 ――だが、それでも武装信徒達は散開しようとせず、犬歯を剥くかの形相で必死に振り飛ばされまいとする。それどころか、さらに互いの肘を膝を組んで、スクラムを形成するかのように団子のような一塊となり、デルタによる質量の暴力に対抗していて食らいついていた。


 これでは縄首蛇(ラッソースネーク)ゼータによる"拉致"は困難だろうな。

 だが、エイリアン的連携によって瞬時にそれを理解した投槍獣(アトラトルビースト)ミューが、それまでの眠そうな半開きの眼をカッと開眼。さながら射手の"走り撃ち"の要領で起き上がりざまに"槍の角"を豪投する、が。


「ッッ【歪みの盾】だと? 拉致のための釣り針に過ぎない連中が、どうして……」


 ルクが(いぶか)る、と同時に団子陣(スクラム)を組んだ武装信徒達の中心部から小さな(・・・)【空間】魔法が瞬間的に発生。ミューの第一射が武装信徒一人の胸当てを貫通し立ったまま即死させるが、第二射がまるで目に見えない球状の"壁"にあたって逸らされ(・・・・)たかのように射角を強引に曲げられ、弾速はそのままに明後日の方向へ吹き飛んでいったのであった。

 それだけではない。ルクの放った【マイシュオスの熱砂風】もまた、まるで蛍の光の明滅のように、電球を点けたり消したりするように、発生と出現を繰り返す【歪み】によって捻じ曲げられ、思うような効果を与えられない状態に陥らされたのである。


「おい、ルクよ。【空間】魔法は御方様の【領域】内では、暴発するのではなかったのか?」


「……おそらくですが、あれは『座標』に干渉する術式ではありません。オーマ様の迷宮(ダンジョン)の【領域】と干渉し合うのは『座標』の力であるはず。単に空間を歪ませ、拡張あるいは収縮させるだけの"歪み"系列の技には、警戒が必要となります――まぁあの技だって万能ではないので。物量で押し潰せると思いますよ」


「なるほど、全て完封して順調に屠れるというわけでもないか。心して当たろう」


 "精鋭"部隊をより活躍させるために、おニューの武具だけではなく新しい【空間】魔法を下賜した、というのもおかしな話ではない。だが、押し潰せるだろう、とルクが言う通り。魔法という魔力や魔素を消費するものである以上、いつまでも歪ませ続けることはできない。


 視界の先では、ルクが【マイシュオスの熱砂風】を解除したことで、数十体の走狗蟲(ランナー)達が頭上から奇襲に移るのが見えた。加えて、転移してきた戦線獣(ブレイブビースト)達を投入して直接肉薄させる。それを防ごうとする武装信徒達であったが――裂けた四腕と共に大鎌骨刃茸(サイススラッシャー)を振り回すデルタがそれを許さない。


 4旋4様に入れ替わり立ち代わり襲い来る大鎌(サイス)の一撃や、走狗蟲(ランナー)達による頭上からの襲撃に対して、時に【歪みの盾】で受け流し、時には反撃とばかりに突き出した鈍い光沢を放つ鉄剣で切裂き、はたまた鎧で足爪を受け止めるなど、伊達に『人攫い教団』の中でも"精鋭"とされるだけのことはあると言える防戦。

 何よりもそのスクラムを崩すことができず、犠牲覚悟で突っ込ませようにも【歪みの盾】で飛びかかる軌道を歪まされることで、乱戦に上手く持ち込めない膠着状態がしばし続く。


 ――だが、それは俺やルクにとっては、思ったよりも抵抗が激しいな、という程度のものでしかなかった。


 直接"槍角"を打ち込めぬと見て取ったミューが、眠そうな表情になりながらも、わざと天井や地面をターゲットに投擲し始めたのである。それらは次々に天井や壁や地面に突き刺さり――さながら即席の逆茂木の如く、信徒達の行動を確実に制限する、と同時に大車輪の如く入り乱れて常に位置を変えながら死角を狙って跳び回る走狗蟲(ランナー)達の"足場"となる。

 加えて、直接"拉致"することを諦めたゼータが、その伸縮する鞭のような尾撃を走狗蟲(ランナー)達の機動戦の"補助"の活用に切り替えたのである。


 つまり、武装信徒達の【歪みの盾】に対するある種の飽和攻撃であった。

 牙を剥くか足爪を振りかぶって突っ込み、すかされるや反転して天井や壁を駆けて再び飛びかかる――という波状の襲撃の周期(・・)が、ミューが撃ち込んだ"足場"やゼータによる「空中キャッチ&リリース」によって不規則化し、そして確実に短く激しいものとなったのである。


 徐々に、徐々に、【歪みの盾】が発動されるその間隙と間隔をすり抜けて、デルタや走狗蟲(ランナー)達の一撃が信徒達を文字通りに穿(うが)つ頻度が高まっていた。

 一人、また一人と倒れる者も現れ始めていた。引きずられるように、スクラムを組んでいた周囲の信徒達がバランスを崩す中で、それは加速度的に増す。同じペースで走狗蟲(ランナー)達もまた傷ついていくが――それは許容の範囲内の被害に収まっている。


 その間、俺はル・ベリとソルファイド、アルファとガンマに"突撃"の準備をさせながら、三ツ首雀(トリコスパロウ)カッパーと『黒穿』を通して――【空間】魔法に対する妨害魔法の詠唱を進めていた。


 何のことはない。

 【騙し絵】式【転移】魔法に対して【領域】をぶつけて暴発させる、という"邪攻法"が通用しないならば――正攻法(・・・)で行けば良いだけのこと。

 カッパー自身は【空間】属性に換装することはできずとも、魔法(ちょうじょう)の一端を理解した今の俺(・・・)ならば――"妨害"程度ならばやってやれなくはない。そしてその"補助"ならば、カッパーにも可能なのであるから。


 一方で、ルクは副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもと連絡を取り合い、いくつかの探知系魔法に関する情報を超覚腫(オーバーシアー)達と共有しており――早い話、"廃絵の具"の襲来の気配が無いかを探っていた。

 【歪みの盾】を一般の信徒が使ったことは、一定の警戒をルクに与えたようだ。だが、それもまた杞憂に終わったことがわかるや、自らも【魔法の針】によってミューやゼータと呼吸を合わせながら、確実に【歪みの盾】の間を突いていく。


 "廃絵の具(強力な援軍)"が事態を察知して介入してくる可能性さえ潰せれば、いかに多少想定外の防御術を有していようとも、それはいずれ砕かれる城壁に過ぎない。

 多少驚かされ、想定よりも激しい抵抗ではあったが――それでも問題は無い。

 アルファ達を動かさず、デルタと走狗蟲(ランナー)達、先手部隊のみで揉んで(・・・)いたのは、外部からの援軍が奇襲を仕掛けてくることに備えてのもの。そして、その線として唯一在り得たのが、あの"精鋭"たる武装信徒達の中に"廃絵の具"の者が紛れ込んでいた場合である。


 だが、その可能性は無いと超覚腫(オーバーシアー)達との情報共有を終えたルクが結論づける。


 俺は頷き、生きたエイリアン杖たるカッパーを通して"妨害魔法"を渦巻かせ、さながら海を割るモーセのような心地で武装信徒達に向け、解き放った。

 そして予備兵力として控えさせていた従徒(スクワイア)と"名付き"達に、突撃してその団子陣(スクラム)を完全に破壊し、乱戦に持ち込むべしと命じたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ドワーフ製の鎧、歪みの盾、この世界こんな感じのマジックアイテム、多分他にも沢山あるんだろうな。集めなきゃ
[気になる点] 既に精神がイカれてる相手には咆哮デバフがつかないなら、鼓膜を物理的に破壊するように出来ればいいですかね? [一言] 次回あたりで剣士同士のぶつかり合いが見れそうワクワク。
[良い点] 一方的にやられないのがいいですね!デルタが武器装備ですか。ぶん殴り特攻隊長のイメージがありますが、オーマの【剣】として、また新しい可能性が見えますね。 [気になる点] 93話では、【アイシ…
感想一覧
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