0116 ハンベルス鉱山支部攻略戦(2)
12/30 …… 【空間】魔法と"裂け目"に関する描写について加筆修正
7/8 …… 2章の改稿・再構築完了
【黒き神】によって司られる【空間】的な現象を成す超常。
世界創造の際にも振るわれたであろうこの力は、【闇世】においてそれは迷宮領主の【領域】の力となり、【人世】においては、魔法学のおかげでその解釈にちょっとした"混乱"が起きたが――広義には【空間】属性魔法と呼称される力として現れた。
これらはいずれも、その根を同じくしつつ分かたれた力である。
だが、同時に、その分かれた先から別々に伸びた枝が、その伸びゆく天空においてはまるで互いに引き寄せられるかのように湾曲し、向かい合い、近づき合い、混じり合い、結び合い、そして交錯する……そういった類の関係だと言える。
【人世】にあっては、『魔法学』に従う魔導探究の徒達にとって。
【闇世】にあっては、【黒き神】より迷宮の力を与えられし者達にとって。
より細かな機序の差異やその理由までは解明できずとも、本質的な部分と作用的な部分を観察し、理解して使いこなすに至ったのが、リュグルソゥムの兄妹による応用であり、迷宮領主オーマによる実践であった。
彼らは、切り取り剥がし再び継ぎ接ぎし直した『標師』の"人皮魔法陣"を、"裂け目"の中で解いたのである。
その目的は、3分割されたる【騙し絵】式【転移】魔法工程の内から「座標」に関する情報を抜き出すこと。
そしてその「座標」を――【領域転移】の前提として迷宮を「座標」で満たす【領域定義】と共に、それを原初の【闇】にして【空間】の現象であった"異界の裂け目"の中にこそ取り込むこと。
本来であれば、バラバラになった魔法陣などというものは、術式としても回路としても崩壊して意味を失うもの。だが、其処こそは【空間】属性魔法と【領域】の力が捻れて交わり合い、3次元的な目算と目測がおよそ意味を成さず、もはや小さな異界とでも言うべきものが現出する領域。
"魔法陣"は"人皮"の表面から泡吹くように浮き上がり、しかし千切れず繋がったままのばらばらの――言わば魔法"紐"とでも呼ぶべき状態となり、銀色の靄の中で波間に揺れるように激しく回転していた。もはや魔法"陣"としては、むしろ、人皮に刻み込まれ刷り込まれていた時以上に術式性と回路性を発揮し、術者が祈念した"超常"を成すのにより適した状態にその姿形を変容させていたのである。
その中で、解かれ抜き出された「座標」情報が。
『標師』が、危難時に己の拠点であった『鉱山支部』に呼び戻されるための「座標」情報が、本来であれば分割されていた『送り師』や『迎え師』側の魔法陣と一繋ぎの紐帯となり、巨大な強制力によって発動。
加えて、オーマが『臓漿の照か玉』の第1陣と第2陣によって、集積場を埋め尽くす勢いで精緻にぶちまけることで作り出した【領域】の力が魔法"紐"の効果を補強。
「座標」を指定すべき強制力が、何倍にも、"異界の裂け目"の中で二重の意味で押し拡げられ――その【人世】側の出口があるべき場所を示すべき「座標」に接ぎ木される。
この結果、本来はヘレンセル村近郊にあったはずの"裂け目"が、『標師』達の帰還先に指定されていた『ハンベルス鉱山支部』に銀の嵐となって出現した、だけではない。
――『ハンベルス鉱山支部』に残っていた他の墨法師達にとっての緊急避難先「座標」の"意味"が「集積場」から"裂け目"に変換され、その出現と同時に、リュグルソゥム兄妹が「裂け目の中の人皮魔法陣」に対して流したちょっとした詠唱が、上述の巨大な強制力によって二重に発動されたのであった。
斯くの如き超常が、瞬き数度の間を奔流となって展開し、現実を書き換える"意味"を一帯に押し広げて押し付ける。
結果、『ハンベルス鉱山支部』を帰還先の"座標"として紐付けられていた、周囲数十キロもの"飛び地"にいた『墨法師』という『墨法師』達が、緊急避難の強制起動により一斉召喚されてしまったのであった。
斯くして一網打尽に空間レベルで釣り出された9名の『墨法師』のうち、3名が運悪く【強酸】溜まりの上に【転移】して落下。全身を焼けただれさせて昏倒する。
ある2名はさらに、立ち込める血と臓物の匂いに酔って狂乱の気配を見せていた切裂き蛇の眼前に現れてしまったことで――秒間6閃という超速の斬撃を受け、皮膚の入れ墨はおろかその"内側"までバラバラに解体された血袋と化す。
1名は達人の踏み込みで肉薄した竜人ソルファイドの赤熱した『火竜骨』の剣によって、また別の1名は三ツ首雀カッパーが付与魔法によって【火】属性を与えられたオーマの『黒穿』によって、それぞれ入れ墨を焼き断ち潰され、あるいは焼き貫き潰されて吹っ飛んでいき、臓漿"溜まり"の中に呑み込まれる。
そんな有様を、残された2名である支部長ゼイモントと副支部長メルドットは、まるで現実感の無いコマ送りの惨劇のように引き伸ばされた時間の中でゆっくりと眺めており――意識がようやく現実感を伴って、感覚に追いついてくる頃には、体の奥底という奥底からにじみ湧き出て荒波となった、内側から爆発してしまうかと思う程の"震え"となって現れていた。
しかしその直後、二人の間に【虚空渡り】によって現れた爆酸蝸ベータが小さめの爆酸殻を置き逃げる。足元にまとわりつく臓漿が体内から力を奪っていく感覚にやっと気付いたばかりの二人であったが……次の瞬間には【凝固液】入りの【強酸】が爆酸殻の破裂とともに噴き出し、2老人の全身に強酸性の【凝固液】が。
まるで天然の手枷足枷胴枷の如く、まとわりついて凝固してその自由を奪うと同時に、殺しすぎないほどよさで入れ墨を覆い焼き潰したのであった。
「御方様。この二人、笑っております」
苦悶の中、投げかけられた言葉が理解できる言語であったことは、むしろ二人にとっては福音ですらあったか。
爆酸の勢いに吹き飛ばされるままに臓漿の中に叩きつけられたゼイモントとメルドット。死にはせずとも、老境の身には堪えて余りある衝撃であったはずだが――視界外から"伸びてきた"【触手】の先端の骨の鉤爪に掴まれ、強引に上体を起こされる。
引き起こした張本人であるル・ベリは、その彫刻の如き端正な顔を怪訝そうな苦虫顔に歪ませ、2老人のそのような様子をオーマへ報告した。
異装の迷宮領主は、初めは気が触れたことによる笑みだろうかとでも思ったように眉をひそめたが、信頼する第一の従徒が特別に報告するので、顔を向けて眼光による一瞥をくれる。
そしてゼイモントとメルドットの様子を見るや、それが怯えや狂いからではなく――確かに狂いの気はあるにはあったが――それを上回る"興奮"の色が宿ることに気づいたのであった。
まるで「怪獣図鑑」を鼻息を荒くしながら、次々にめくって食い入るように見つめる、幼い少年の眼差しに似たものを感じ取って、そこで初めて口の端を歪めた。【エイリアン使い】オーマの目にもまた、悪戯心を触発されたような少年の眼差しが浮かんでいることにル・ベリやソルファイドが気付く。
「面白い。予定変更だ、その御老公達を使おう。見たところ、ここの幹部の中でも一番偉そうだからな」
御意のままに、とル・ベリが頭を垂れ、そのままゼイモントとメルドットを"裂け目"に向けて放り投げる。
【闇世】に放り込む、というル・ベリの"意思"が、今は虜囚となった元ハンベルス鉱山支部の最高幹部の老人達の"裂け目"越えを強制させ――二人は【闇世】側で待ち構えていた【巨体化】済の運搬特化型の『荷車労役蟲』に受け止められるままに、運ばれていくのであった。
斯くして、『ハンベルス鉱山支部』の「集積場」を舞台とした血みどろの惨劇は、大量の臓漿によって文字通り塗り潰され、鉱山の一角をしてその景色を全くおどろおどろしい何かに変えさせてしまった。
そしてその央部には、【人世】側の新たな出口として――【報いを揺藍する異星窟】へと通ずる"異界の裂け目"が銀色の水面を渦巻かせている。
その揺らぎは、まるで蜃気楼によって二重に幻されるかのようにブレており、不安定であり、決してこの接ぎ木が、本来有り得べき挙動ではないことを雄弁に物語っていたが――その周囲を包む魔石粉と魔法陣と、そしてその内部において青い輝きと共に高速回転する魔法"紐"に魔素が注がれている限りは、この状態が保たれるものと思われた。
既に、その【転移】――正確に言えば"再出現"の時に辺りを嵐の如く覆い尽くした"靄"は晴れていたが、しかし『臓漿』でできた爆弾は、今も尚もその向こう側から吐き出され続けている。
"第3陣"として吐き出された悪夢のくす玉達の中身は、2種類のファンガル系統であった。
臓漿まみれの臓漿嚢と超覚腫が、まるでエイリアン=スポアの"さなぎ"状態をもう一度繰り返して生まれ直すかのように、臓漿爆弾から、べりぐちょぬちゃあ、と次々に咲いていく。
オーマが臓漿嚢を投入した目的は、第1陣第2陣でぶちまけさせた臓漿達を速やかに"接続"することである。当然であるが一時的に本体との接続を断たれていた臓漿達は、その急速な硬化を始めていたからである。
これらが、第3陣として出現した臓漿嚢の本体と接したことでその性質を回復。無比なる【領域】の補助機能が最高度まで戻り、昂ぶるかのように勢いを増して、一気に周囲に膨張していく。
そしてその上に、比喩的な意味でも文字通りの意味でも"根を張った"超覚腫達が鎌首をもたげて――充分過ぎるほどの魔素と命素の供給を受けながら――周囲一帯へ全力で【感知】技能を張り巡らせ始めたのであった。
【熱動感知】に【電流感知】。
【振動感知】に【波動感知】。
「魔法の才」を持たない者達の集団に対して発動するには過剰とも言えるほど、重層的かつ多層的な各種の感知系技能により、瞬く間に7つの採掘場と未だ異常を知らずにそこで働く労働信徒達、『人攫い教団』の中でも精鋭である武装信徒達5部隊が分かれて駐留している訓練所と詰め所と武器庫の機能を併せ持つ地下宿舎……などを含めた周囲の"飛び地"の立体的な構造が丸裸にされていき――その情報が共有されたタイミングで"第4陣"が投入される。
数体の地泳蚯蚓に率いられた鉱夫労役蟲達が解き放たれ、もはや脈打つ巨獣のさらけ出された内臓内壁の如く集積場を覆い尽くした臓漿の上で次々とその【おぞましき】産声を上げていく。
それだけではない。"第4陣"のくす玉の内には、土属性砲撃茸と、【土】属性で【換装】した一ツ目雀達が混じっていたのである。
この【土】属性で固められた部隊に与えられた任務は明白なものであった。
『水和』と『水穣』によって【遷亜】され、耐久力と引き換えに"浸透力"が急激に高まった地泳蚯蚓達が、それぞれ「集積場」の壁に臓漿越しに取り付き――技能【潜地泳行】によって、次々に壁や地面や天井から、硬いはずの地盤に融けるように潜り込んでいく。
それは「地を掘る」という行動とは根本的に異なっている。
まるで地泳蚯蚓の周囲でのみ、地盤はその性質を変化させて部分的に液状化したかのようであり、巨大なひし形の"甲羅"を4つ数珠つなぎにした長虫のような見た目である彼らを、そのまま、まるで何にも邪魔されないかのように通過させてしまうのである。
【潜地泳行】の有効範囲自体は、地泳蚯蚓の皮膚から数センチ程度も無い範囲である。彼らが通り過ぎてしまえば、【土】属性魔法の力によって流動していただけに過ぎない地盤は、概ね元の硬さや配置に戻ってしまう。
しかし、その特性によって地中を自由に潜航できること自体にこそ、今回の作戦で投入されるべき重要な意味と意義が存在していた。
――地泳蚯蚓自身が、そのように土中を高速で"潜行"していくことで、地盤の硬い場所、柔らかい場所、地層の密度や岩盤の存在などが自然と地形把握されていくのである。
こうした地質や地盤の厚みや濃淡といった情報が、いそいそと6きゅぴ掌位を開始した副脳蟲達によって瞬く間に共有され、地泳蚯蚓達に追従する鉱夫労役蟲達に伝達されていく。
これがエイリアン的連携によって――最大効率かつ最短経路による、並の労役蟲の比ではない速度での「坑道掘削」工事として開始され、一挙に進められていくのである。
なお、ここでは土属性砲撃茸や一ツ目雀達が【土】属性魔法を発動して補助していることに加え――"第5陣"で送り込まれた『骨刃茸』達もまた役に立っていたからである。
見るものが見れば"穿孔機"を連想するような、さながらダヴィンチが思い描いた「ねじ巻き式飛行機械」をエイリアン的に解釈した、螺旋状に捩れた『骨刃』の部分で形成した、オーマが名付けるに『穿孔骨刃茸』達を装備した戦線獣の集団が。さらに、その後からは、掘り進めた坑道が崩落せぬよう支えるための"防護網"の役割を与えられた鞭網茸達が続々と「掘削工事」に殺到する。
かつてオーマが『最果ての島』で、9氏族の小醜鬼達を"陥落"させた時からは考えられないほどの効率と速度で『ハンベルス鉱山支部』のそれぞれの"飛び地"に向かって、経路が掘り進められていく。
――だが、この土木作業はむしろ、先んじて始まった戦後処理の類に過ぎなかった。
何故ならば地泳蚯蚓の「主な任務」は、決して地形把握などではなく、それはもののついでだったのである。
オーマが今回の攻略戦の"最重要眷属"に位置づけていた、この10体の地泳蚯蚓から成る部隊。
彼らは、まるで大地に水が浸透するような流水の高速を土中で得て、流れるように、さながら"球"の表面をなぞるかのような複雑な経路を――まるである種の回路のような――放射状に等間隔に別々の方向へ分かれて描き始めていく。それは、ハンベルス鉱山支部を形成する全ての"飛び地"の、さらにそのまた外側をすっぽりと包む『球面を描く』かのような軌跡であった。
彼らの3つ目の【遷亜】枠に割り当てられていたのは『因子:拡腔』である。
それによって地泳蚯蚓達の拡張された体内空間には――第2陣の臓漿玉手箱で放り込まれたものと同じ魔石の粉末が大量に蓄えられており、土中を融け合うように泳ぎながら、彼らはそれを少しずつ自らが通った跡に撒いていたのであった。
是則、立体かつ球状の魔法陣の描画である。
ハンベルス鉱山支部を土中で包み込まんとするかの如く、地泳蚯蚓達によって描かれたるは、かつて【騙し絵】のイセンネッシャ家が破壊と暗殺と拉致といった各種工作活動の猛威を振るわせたことで、『長女国』中の主要な都市や施設ではもはや当たり前のものとなってしまった――【転移】魔法に対する"妨害魔法"の魔法陣の大規模版。
如何な【皆哲】と称されたリュグルソゥム家による解析であっても、『墨法師』達の人皮魔法陣における緊急避難において、その発動の形跡が"廃絵の具"達の側に情報としてフィードバックされてしまう仕組みを外すことまでは困難であった。それは【転移】術式の根幹と二重構造を成す形で組み込まれたものであり、外そうと思えば、それこそ魔法陣として機能しなくなるレベルで解体すしかないのである。
そのため、オーマは考える前提を変えたのであった。
『ハンベルス鉱山支部』で『墨法師』達を壊滅させたことが、どうせ"廃絵の具"に「何かが起きた」という形で伝わることが避け得ないならば。
そもそも彼らが「入り込めない」ようにすれば良い、と。
そのために、『ハンベルス鉱山支部』の"全"『墨法師』達を一度に一網打尽にするための"詰み手"をルクとミシェールに考案させ、さらに地泳蚯蚓の【潜地泳行】技能に目をつけ、『長女国』で最もポピュラーな【騙し絵】家対策を、現地でぶっつけ本番で描いたのである。
まさに、文字通りの意味で「絵図を仕掛けた」わけである。
「本当は全領域を覆いたかったんだがな」
「まぁ、あまり広域を覆い過ぎてもほころびができて、突破されやすくなってしまいますから。オーマ様の【魔素操作】能力と、あの高純度過ぎてやばい魔石の粉末と、あとその訳の分からない【領域】とかいう能力を合わせれば……これでも十分お釣りが来る"強度"にはできますかね」
「もはや完全に籠の鳥、いや、岩盤に迷い込んだ鎧モグラといったところですな、御方様。ここから1つずつ、連中の"採掘場"を攻め落としていくわけですな」
「"飛び地"は使いにくいし、今後使わせにくいから、繋げてしまうつもりだがな」
『ハンベルス鉱山支部』の領域で全墨法師達の緊急避難を強制発動させ、さらに【転移】による流通と運搬の中枢であった鉱物集積場が、【騙し絵】家にとっても忌々しい存在である対【転移】妨害魔法の魔法陣によって覆われ、もはや尋常の手段では侵入不可能となる。
警戒を呼び起こすには十分過ぎる一手ではあったが、同時に、そこはそもそも通常の鉱山と異なり「地上からの入り口」が存在しない、【転移】魔法による移動が前提の完全な閉鎖空間である。
唯一、そこにアクセス可能であった【騙し絵】家の係累をシャットアウトしてしまえば、その内部は完全なブラックボックスと化し――警戒以上の警戒こそされることとなるが、情報の不足から容易な手出しもまた難しくなるだろう。
その意味では、2度使うことのできない手ではある。
だが、どのみち手に入れにくい"人皮魔法陣"を消費することが前提の奇襲であった、とオーマは考える。その間に「こと」を済ませ、撤収するなら撤収してしまえばよい、というのがルクの献策であったのだから。
***
"裂け目"からの臓漿水風船の射出がようやく終了した。
次いで、一般の労役蟲や触肢茸達を中心とした作業班が次々に"裂け目"をくぐり、臓漿まみれの『小屋』や『手工房』だったものなど、およそ多数の信徒達が活動し、労働していた痕跡を破壊して解体して整地しながら運び去り、消し去っていく。
その間、俺は副脳蟲どもを通して超覚腫が集めた周囲の"飛び地"空間の情報を従徒や"名付き"達と共有しながら、それぞれの制圧に必要な戦力を見積もって振り分けていく。
「採掘場は……労働信徒ばかりですか。【騙し絵】家の力を削ぐ意味でも、恨みはありませんが、一思いに殲滅してしまうのがいいでしょう」
「確かに、それが慈悲ですな、御方様。【転移】させることのできる『墨法師』どもがいなくなったならば、放っておいても餓死を待つのみ。いや、ことによるとその前に凄惨な"共食い"をしかねませんからな」
「問題は武装信徒の溜まり場だな、そこを経由しないとその先の重要施設に行けない、と来た。数は……距離があるからさすがの超覚腫でも断定はできないか。だが、10人や20人じゃ済まなそうだ」
「オーマ様と、私達、そして"名付き"達と、それから主力で一気に蹂躙するべきでしょう。精鋭だった場合は、"廃絵の具"から【空間】魔法の属性付与の武具でも与えられた者もいる可能性がありますから」
労役蟲達が、集積場に集荷されていた鉱物の欠片などを次々に【闇世】側へ"裂け目"を通って運び去っていく。
その品質をソルファイドやルクにあれこれ検分させたところ、『ハンベルス鉱山支部』で採れる鉱石、特に鉄鉱石は非常に質の良いものであることがわかった。
つまり、この先に陣取っている武装信徒達は、単純に考えて質の良い武装で身を固めているのは想像に難くない。数十名規模、下手をすれば100名にも登る、武装した信徒集団は今頃異常事態に気付いていることだろう。
なにせ、彼らを【転移】させるべき『墨法師』が、目の前で一斉に消え失せたのだから。
たとえ一般の信徒達にとってそれが見慣れた光景だったのだとしても、確実に何かが起こった、と身構えるのは自然である。
だからこそ、ヘレンセル村へ派遣されてきた者達を奇襲した際とは微妙に、相手の警戒度が異なっている気配を俺は既に感じ取っていた。負けることはないが、手痛い反撃を避けられるなどと楽観することはできない。
俺は改めて、自分自身と、そして俺の思考と直結している副脳蟲どもを通したエイリアンネットワークに警鐘を鳴らした。
短い目標共有の中で、労役蟲達土木部隊に混じって、走狗蟲を中心にビースト系統のエイリアン達が、亜種を交えながら次々に"裂け目"を越えて現れる。
走狗蟲が走り回り、噴酸蛆が這いずる。
戦線獣が荒々しく肩を上下させ、遊拐小鳥達が他のエイリアン達にちょっかいを出すかのように飛び回る。
それぞれが少しずつ異なる"個体差"を持ちつつも、しかし、群体として連携する"名無し"達の放つ圧倒的なまでの集合意識的な戦意は、集積場に収まりきらないばかりか、異様な空気を張り詰めさせていた。
まだ、侵入と侵攻が始まってから、数時間も経っていない時分だ。
超常の秘技術が使われつつも、それでも労働する人々の活動の場であった【人世】の地下鉱山は――今はもう、【闇世】の一部がそのまま世界を食い破って出現したかのような、生命の残酷なる光景へと一変させていた。
だが、それこそが迷宮の"力"。
俺がこの身に帯びて、与えられて、そして目的のために使う肚を決めた、そんな力が現世に与える現実的な生々しいまでの影響なのであった。
それでも、俺は既に己の優先順位を選択し、決断を済ませた身であると自認はしているがな。
従徒達に悟られぬように、俺は【強靭なる精神】を発動させ、これから起きること、引き起こされる事態に向けて、自分自身の意識を研ぎ澄ませていった。
やりすぎぬように。
しかし、徹底的にやる――という背反する二者を共存させようとすること、つまり矛盾を超克して両取りしようとするはもはや"暴挙"なのかもしれない。
だが、それを徹底できなかったのが、異世界転移前の俺だっただろうか。
故に、こんな暴挙を押し通すために【超越した精神】をこそ、俺は必要とし続けている。
ハンベルス鉱山の攻略戦は暴虐と静寂の中で第2段階目に移っていく。
集積場にして鉱山支部内の【転移】ネットワークの央たる地点から、各"飛び地"に繋がる魔法陣への「適切な」配置が終わる。
まるで爆発前の弾頭の如き冷え冷えとした戦意と闘気を、その身動ぎ一つしない不動さの中に押し固め、湛えた戦力達が、ただ一言、俺の号令を待っていた。
「全て殲滅しろ。一人も生かして帰さず、苦しめずに、蹂躙しろ」
ル・ベリやソルファイド、ルクら従徒達が互いに頷き合い、目配せし合うのを横目に、俺は"次"の【転移】魔法陣の発動を命じたのであった。





