表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/271

0114 金糸雀の骸は鳴く能わず[視点:その他]

7/8 …… 2章の改稿・再構築完了

 元は『長女国』の貧民窟(スラム)に興った新興宗教(カルト)集団たる『幽玄教団』。いまや、それは【騙し絵】のイセンネッシャ家の"走狗"として知られ――名を変え、体制を変え、教義すらをも変質させられ、隷属された"人攫い"集団である。

 そんな勤勉なる組織の内に『ハンベルス鉱山支部』と呼ばれる支部があった。


 他の"鉱山支部"と同じく【人攫い教団】の各支部は、その真の位置は地図上には記されない。いずれもが、地表の街並みとは隔絶され、完全に地下深くに存在する拠点だからである。このうち、単に『長女国』から見て【聖墳墓(イーレリア)守護領】側の北方都市ハンベルスに近い(・・)らしいことから、その支部は『ハンベルス鉱山支部』と呼ばれている。

 ただし、【人攫い教団】の信徒を管理する『墨法師』達であっても、そして彼らをさらに監督する立場にある【騙し絵】家の暗部組織"廃絵の具"の者達であっても、その正確な距離を把握している者はほとんどいなかった。


 ただし、ヘレンセル村に設置された事実上の新支部――【エイリアン使い】オーマによって成立前に壊滅させられたが――から、関所街ナーレフを挟んだ方角のおおよそ80km以内(・・)には「ある」と関係者達には知られている。というのも、それが【騙し絵】家が墨法師達に与えた【転移】魔法の有効射程だからである。

 なお、この"80km"という範囲は、『ハンベルス鉱山支部』がただの鉱山採掘拠点ではなく、『末子国』の都市ハンベルスをも含めた領域に対して"人攫い"を始めとした工作の数々を実行する拠点であることも示していた。


 事実、新しい支部であるものの、その功績(・・)稼ぎ(・・)は教団の中でも上位に位置している。良質な鉱石が採掘できることから、これらを【騙し絵】家の独自の武具製造の流通ルートに流すことで、優秀な武具を優先的に受け取ることができる。

 結果、高度に武装された"精鋭"の信徒達が集う拠点の一つに数えられている。


 こうした背景もあり、【騙し絵】家の走狗となり元の宗教性が薄れ始めていた『幽玄教団』内にあって、ハンベルス鉱山支部は非常に野心のある者達が集まった場所であった。

 ただし、古参の他支部に対する競争心が強いという気概は――そのまま鉱山支部内における世代間闘争の激しさともなっていたが。ヘレンセル村へ派遣された若手の『墨法師』であったマッセイとグルセオのような、支部の統治者達から一つ二つ下の世代もまた、彼らの上に立つ老人達の"椅子"を奪う機会を虎視眈々と狙っていたのであった。


 だが、当の"椅子"を暖める老人。ハンベルス鉱山支部の支部長にして古参の『送り師』でもあるゼイモントは、ヘレンセル村への"派遣組"が緊急避難(フェイルセーフ)によって壊滅したらしいという報告を受けても、眉一つ動かすことなく、幾筋もの深い皺に混じって、それ以上に深い刀傷の刻まれた顔を破顔させ、呵呵(かか)と笑ってみせた。


 マッセイ(跳ね返り)どもが成功すれば、新たな「支部」が開設されて、彼らはそこの運営に携わる幹部へと抜擢されていただろう。だが、かつてハンベルス鉱山支部がそうであったように、新支部の立ち上げとは、野心と才覚と上の世代への反骨心のみでどうにかなるものではない。

 特に、魔法の才を持たぬ者達の中でも最底辺の者達が、食い詰めてたどり着く"組織"の一つである点は、『幽玄教団』であった頃から変わらぬ事実である。


 そうした貧民と大差無い信徒達を取りまとめ、役割に応じて仕事を振り分け、それぞれに必要な訓練を授けることや、狡猾にして冷酷な『飼い主』である"廃絵の具"に睨まれぬように上手に折衝すること。さらにはその指示に従って"人攫い"を各地で行い、また『鉱山』としても支部の稼ぎを取りまとめ、一つの拠点として運営していく上では、管理者として構築しなければならない仕組みと体制は多岐に渡る。


 つまり、こうした初期投資において「親」となる既存の支部の多大な助力を無視することはできない。そのため、もしも"派遣組"が任務を成功させていたとして、それもハンベルス支部が供出した戦力による貢献の割合が高ければ――彼らはその後の支部運営において、眼の上のたんこぶと憎んでいるに違いないゼイモントらの力に頼らねばならず、上下関係(・・・・)は続くのである。

 それでも、ハンベルス支部が既に同じ道を先に歩いてきたように、10年か20年程度で新支部としては自立していくことができるだろう。ヘレンセル村の『禁域』で見つかったという【魔石】の価値の高さを思えば、自立はもう少し早いかもしれないが……それでも、後ろ盾となって(金を貸して)やった分を回収するまでは、マッセイとグルセオが死物狂いになればなるほど自分達は富むのである――そうゼイモントは老練な笑みを浮かべる。


 実際のところ、ハンベルス支部のように他支部からの"借り"を短期間で完済できた新興支部は稀であった。

 大抵は「親」と「子」という形で、各鉱山支部の間には非公式な上下関係が存在していたが、そうした不均衡はあえてそのままにされていた。具体的に言えば、財力と労力と戦力を吸い上げて調整する「中央組織」のようなものは、存在しない。


 【人攫い教団】が一致団結して反抗しないよう"廃絵の具"が全てを牛耳ってしまっているからである。支部同士を「親子」関係によって支配被支配させて対立させ、また新旧の支部同士を"功績"と"稼ぎ"によって競わせ、さらに支部内においても世代間対立を陰に陽に涵養することで、決して一致団結させない。

 それはかつて教団が『幽玄』の一念によって貧民窟(スラム)で勢力を広げて『長女国』を揺るがしたことを再現させぬよう、そして"走狗"として都合よく活用しようという【騙し絵】家が仕掛ける分断統治そのものであった。


 斯くして、ハンベルス鉱山支部を加えた有力な5つの支部が、他の20余りを"経済支配"して従属させるという、非公式ながらも、主家に黙認されたいびつなピラミッド構造が【人攫い教団】の内幕であった。

 故に、ゼイモントとしては、従順ではなかったマッセイとグルセオのような若手が、自分達への反発心からヘレンセル村支部の立ち上げを成功させたとしても全く痛手にはならない。それどころか、彼らの成功を望んですらいたが……"廃絵の具"の見立てよりも、ヘレンセル村の「鉱脈」は遥かに厄介な相手であったということであろう。


 野心ある若手が落命したとしても、それはそれで、いつ寝首を掻こうとするかもわからぬ愚か者達が消えたというだけのこと。使い走りの代わりが必要ならば、彼らのさらに下の世代から、次の幹部候補達を抜擢していけばよい。なんとなれば、他の"従属"支部から、有望な者達を引き抜いてきてもよいのであるから。


 支部長ゼイモントは、およそこのようにマッセイとグルセオの失敗を総括した。そしてヘレンセル村の件からは頭を切り替え、いくつもの壁掛け燭台の蝋燭の火によって照らされた自らの執務室内で、部下や信徒組織の各職長達からの報告を受けていく。


 金銀を初め貴重な宝玉すらをも散りばめた「成金趣味」の色彩が強い燭台立てや、執務机に椅子、書棚などなどに囲まれながら、厳しい表情でありつつもどこかゼイモントの表情は満足気である。執務室には、他にも、鉱毒の発生を察知するための『金糸雀(カナリア)』や『鉱山裸ネズミ』を初めとした生物探知機や、敵対組織などから予想される魔法による干渉への探知魔法の術式が込められた魔法陣入りの機器などが整頓されて置かれていたが、機能面では不必要な豪奢さが散りばめられているのはこれらもまた同様。

 加えて、鉱山から採掘される様々な物質の粉末を燃やしたことによる、文字通り様々な色彩(・・・・・)の炎――オーマが目にすれば「花火」や「炎色反応」という語が出るだろう――で燭台達は彩られており、それこそ宝物庫の有様を呈する調度の数々を照らし出しているのであった。


 これだけの財力は、『四兄弟国』広しといえども、並の豪商や掌守伯程度で並ぶ者は少ないだろう。

 緑色の、青色の、紫色の焔の輝きが、調度品を飾り立てる金銀宝飾を妖しく揺らめかせる中、ゼイモントは、かつて己がマッセイやグルセオのような立場であった日々をふと思い起こしていた。それは、かつてわずかな"同期"達と共に一介の『墨法師』として、ハンベルス鉱山支部を立ち上げ、切り盛りしていった日々である。


 そもそもこの老支部長は、『幽玄教団』の中でも、教団の勢力を商会などへと食い込ませ、経済力を身につけることによって教勢を拡大すべし、という考えをする者であった。【騙し絵】家の傘下に組み込まれたことで、教団の神秘主義重視の姿勢が相対化されたことは、むしろ彼に合理的思考を活躍させる場面を提供した。特にそれは"人攫い"を始めとした各種の工作の指揮において存分に発揮され、ゼイモントはついに、ハンベルス支部を教団内でも名だたる"武闘派"の逗留地とすることに成功したのである。


 この"武力"でもって、ゼイモントは他の4大支部からの早期の自立を勝ち取っただけではなく、支部間抗争を積極的に黙認する"廃絵の具"の思惑に乗りかかる形で辣腕を振るってきた。

 血で血を洗う水面下の"拉致合戦"の果てに、ついに現在の地位に在り続けているのである。

 斯様に、ゆくゆくは教団の指導者たる『先導師』となることすら噂されている彼ではあったが……その興味と歓心は未だ、ハンベルス支部の管理と運営と勢力拡張にあった。


 なぜならば――。


「足労すまないな、メルドット。それで……『聖女』様のご様子は、どうだ?」


「相変わらずの小康状態だ、"廃絵の具"の面々もお手上げの様子で、もうその件では来なくなったわ。それこそ別の『聖女』だか『聖人』だかの神威に頼らねば、治療はできないだろう」


「精鋭の武装信徒どもを2部隊犠牲にしてまで【四元素】家の別邸に押し入らせたというのに。とんだ厄引きだった、というわけか」


 重要度の低い案件、日々の鉱山運営に関する各職長達からの報告を終え、ゼイモントは支部副長であり"同期"の最後の生き残りである『標師』のメルドットを執務室に迎えていた。気心の知れた相手であったが――内容が内容であるだけに、双方、声に緊張が宿っている。


「それは仕方がない、そういうことも何度もあったろう。だが、それよりも……問題はあの"血"だ。一般の信徒どもにはまだだが、職長達に噂が広がっている。そろそろ、どう処理するのか決めなければならないぞ」


「元はと言えば【騙し絵】本家から、わざわざ"廃絵の具"を通さずに来た指令だというのに。当の『放り込む"裂け目"』の候補とやらは一体いつになったら知らされる? 【騙し絵】本家は、一体何を考えているのだかな。いっそ、マッセイとグルセオの責任にして、もう放り込んだことにしてしまおうか」


「それで、実際には"埋めて"しまうということか? それこそ、一般の信徒どもに見つかったら事だ。そしてそれがたとえ噂であっても、"廃絵の具"どもの耳に入ったら、これ幸いと埋められる(そうなる)のは我々だな」


「そこまで見越して本家の若ぞ……若様も指示をくださったのだろうよ。我々も、少し稼ぎすぎてしまったな? 力の削ぎ時だと思われているのは確実だろう」


 頭一つ抜けた権限を持つ支部長の執務室は余人を寄せ付けぬが……それとは別に、さらにまた特別な『房』がハンベルス鉱山支部には存在していた。

 通常は"廃絵の具"の指示に従って行った「拉致」工作によって略取してきた貴人や要人を閉じ込めておく部屋であったが――そこに現在、歴戦古参の『墨法師』であるゼイモントとメルドットをして、取り扱いに苦慮し苦虫を何匹もまとめて噛み潰したくなるような存在(・・)が"隔離"されているのであった。


「今はまだ捨て置くしか無いだろう、いかに病弱そうだからといって金糸雀(カナリア)より先に死ぬことはあるまい。それよりも、良い方の報告が聞きたい。例のあれ(・・・・)の方は、どんな様子だ?」


 ため息をついて頭を振り、期待とともに話題を変えたゼイモントに対し、メルドットも頭を切り替えたか。

 まるで50年以上も時を遡り、貧民窟(スラム)でゼイモントと共に裏路地から掘っ立て小屋を突っ切り、打ち捨てられた商会の出先の会館の廃墟を探検した少年時代に戻ったかのような。そんな、ゼイモント以上に、心から湧き上がる楽しさを現した笑みを浮かべてみせたのだった。

 そこには、"廃絵の具"達による内部統御と分断統治策による間接的な粛清を生き延びてきた、老練な『墨法師』としての老獪さは、込められてはいない。


「例の"教授様"から借金のカタに押し付けられた怪しい古文献の写し。焼いて捨てようとも思ったが……全くゼイモント、お前の読み通りだったよ。あれは事によると神代(かみよ)の時代の遺構かもしれない。職工長によれば、あのバカでかい大掛かりな装置は、どうも『排水』処理のための魔導機械だかなにかかもしれない、ということじゃないか」


「全く、20年越しの"調査"の甲斐があったものだな、"廃絵の具"の連中の目を掻い潜りながらとはいえ……だが、そうか、やはりここは本当の意味での『地下鉱山』だったわけだな。我々が、来る前から(・・・・・)


「だが、本当にやるのか? 今まで以上に人手が必要になるぞ、それも単純労働じゃない。あの手の代物に詳しい専門家が、大量に必要になる。どう考えても"廃絵の具"達に察知されないように進められるものじゃあないぞ」


「なんだ、今になって怖気づいたのか? お前もついに耄碌したか、俺が『先導師』に推薦してやるからとっととその椅子を弟子に譲って隠居してしまえ」


「馬鹿を言うなよ、ゼイモント、いや支部長殿。こんな楽しそうなことを、野心ばかりギラついた若い連中に任せるなんて、なんてもったいないことだ!」


「そして『幽玄』狂いの耄碌老人どもにも、な」


「貴様も俺ももうその耄碌老人どもの仲間入りをしているだろうが」


 メルドットの皮肉に対し、ゼイモントもまた同じく皮肉げな、しかし心から楽しそうな笑みを返した。今この瞬間、この二人の老練なる『墨法師』は、確かに、かつて親に連れられて『幽玄教団』に入信する以前の少年の顔に戻っていたのである。


 ――彼らは『幽玄教団』が屈服させられ、"走狗"へと変貌させられていく過程で、失うことの無かった合理的思考によってハンベルス鉱山支部を立ち上げた同期であり同志である。【騙し絵】家が【転移】術式を『墨法師』という形で無理矢理に教団に植え付けていったことを"幽玄に至る"という教義の中に解釈して取り込んでいくことに執心していた者達ばかりの中で――冒険心を失わぬどころか、与えられた『墨法師』の力を存分に発揮したのがこの二人であった。

 そして、そんな眼差しを持った二人だからこそ、発見することができた「地下鉱山」の上に立つのがハンベルス鉱山支部の興りである。


 だが、主人たる【騙し絵】家の目を掻い潜りながら、20年来に渡って続けてきた秘密の調査と採掘においても……自分達は、未だその"表層"しか掘り出せていないのだ。


 ――『長女国』が怨敵として【懲罰戦争】を繰り広げる相手である【西方諸族連合】の一角。

 鍛冶技術と採鉱技術に長けた『丘の民(ドワーフ)』達は、今でこそ西オルゼの諸山脈に押し込められた『連(ほう)王国』を形成しているものの、かつて神代の時代、【黄昏の(オーゼニック)帝国】の時代には、彼らは大陸中に巨大な鉱山・坑道網を形成していたとされる。

 "人攫い教団"が積極的に『長女国』内の採掘を行う中小の商会を取り潰し、飲み込み、傘下に加えて吸収してきた中で、採掘業者や鉱山業者達の間に脈々と伝わってきたこの「伝承」は、二人に幼き時分の冒険心を思い出させ、その原動力となってきたのであった。


 "表層"ですら、これだけの鉱産資源が見つかるのだ。

 もしも、神代の時代の遺構を復活させることができれば――単にこの「地下鉱山」の更なる深部を開拓開発していくことができる、だけではない。それ以上の、更に更に価値ある"何か"を発見することが、できるかもしれない。


「そして、それを以て【騙し絵】家から【四元素】家へ身売りするのよ」


「あの流れの『古学』の教授様の件は、まったく完全な行きがかりだったのだがなぁ。まさか【魔導大学】に伝手があったとはな」


「それだけではない。『聖女』様の"拉致"の件でも、伝手が新たにできたといえばできたから、な」


「俺はまだ余り信じていないのだが? お前が言うなら、まぁ俺に言っていない確信が1つ2つあるんだろうが。それにしても【愛し子】様が、ねぇ。実在すること自体、俺達のような賤民には知るべきでない知識だろ、それは」


 【騙し絵】家が第2位頭顱侯として『破約派』を率いる大家ならば、それに対抗できるのは、国母ミューゼの三番弟子を祖とする古の大家にして第1位頭顱侯たる【四元素】のサウラディ家である。ゼイモントもメルドットも、共に自分達がそろそろ"力を付けすぎた"存在として、"廃絵の具"か【騙し絵】家の本家によって除かれようとしている空気が忍び寄ってきていることを感じる身。

 ならばそれに先んじて、『ハンベルス鉱山支部』の成果(・・)ごと、サウラディ家へ身売りすることを企てていたのである。そのための"伝手"を、メルドットは遺構調査で、ゼイモントは【騙し絵】本家からの不可解な直接指示であった『聖女』の拉致の際にそれぞれ得ており――【ゲーシュメイ魔導大学】を経由することで【四元素】家への渡りをつけようと計画を練っていたのであった。


 どのみち、"商人と金貸し"の真似事をする者であると、今なお他の4支部からは敵愾心を向けられていた。一般の信徒達の噂や先の旧知故の冗談とは裏腹に、ゼイモントもメルドットも、自分達には『先導師』となって教団全体を管理することができる立場になる芽も無ければ、その意思も興味も無いと理解していた。

 そしてそもそも、生きるために親に連れられて仕方なく入信させられた『幽玄教団』という組織自体には、愛着の心もまた無かったのである。

 

 そうした自立心と冒険心、そして胆力と度胸の高さこそがこの二人をして『ハンベルス鉱山支部』を立ち上げ、広げ、成長させて勢威を増さしめた所以であり、成功の根源である。


 だが、同時にその自立心と冒険心、そして胆力と度胸の高さこそがまた、この二人をして、その野心と冒険の人生に致命的な失敗の根源ともなる――ということを、彼らはまだ(・・)知らない。


 ――なまじ、実行力と決断力がある支部長と副支部長であっただけに。


 そして"廃絵の具"が、既存の4大支部の力を削ぐために、あえてハンベルス鉱山支部に大きな裁量を与えて支部間抗争を積極的に黙認してきたことが、言うなれば当の"廃絵の具"との情報共有・情報報告の希薄化を招いていた。

 ゼイモントもメルドットも、そして粛清や暗殺の憂き目に遭い、今は故人となったかつての「同期」達もまた、『長女国』の魔導貴族達の絶大な力を人並みに恐れつつも……しかし、魔法使いもまた"人間"であることを理解しており、対等に渡り合うための術を知る老練者達であったからである。


 だが、それは、頭顱侯――この国の為政者が、魔導の探求者であると同時に、社会の"表も裏も"統御し掌握する存在であることの意味についてまで理解できていたということでは、ない。


 彼らは"危難"の訪れをその身を以て報せる金糸雀(カナリア)とはなり得なかったのだ。

 自分達こそが金糸雀(カナリア)から情報を得る立場である、という前提に囚われていたが故に。


 "人攫い教団"の鉱山開発では、生きた魔法陣である『標師』達によって、長い坑道を掘る代わりに、いくつかの"飛び地"となった地下空洞と、そこに設営された簡易拠点設備を繋いだ【転移】術式前提の移動法が採用されている。

 こうした多数の"飛び地"の間で信徒や、道具や、採掘した鉱物や物資の流通を管理するだけでない。その悪名高い"人攫い"という「本業」のために、多くの敵を抱える宿命にある"走狗"組織として、一般の信徒はおろか中間で管理を行う各職長達にすらも、『鉱山支部』の運営の全容はほとんど知らされていないのである。

 こうした管理業務は、通常、どの鉱山支部でも支部長とその側近達による合議に独占されていた。


 そこに「情報の分断」が存在する、とリュグルソゥム家は30年前の時点で分析し、看破していた。それは【騙し絵】家が"人攫い教団"を走狗とし、採掘事業に急速に手を伸ばし始めた時点でのことである。

 この時、リュグルソゥム家が一族内討議において、仮に彼らが"人攫い教団"を攻め落とそうとする場合に必要なのは――『墨法師』達の人皮に刻まれた【転移】術式の完全な(・・・)解読。そしてその術式への干渉を阻害する緊急避難術式(フェイルセーフ)の解除法の発見である、とまで"詰み手"を組んでいた。


 そして、時は現在。

 リュグルソゥム家の知識と【闇世】の迷宮領主(ダンジョンマスター)【エイリアン使い】の権能が入り混じり、協同し協働することで、ついに"人攫い教団"の不落の支部に致命的な一穴が穿たれることとなる。

 その一穴から、致命的な猛毒の化身とも言える冒涜的な魔獣達が、確かな計画と計略を以て、静かに、しかし掠めるが如く雪崩れ込むこととなるのである。


 果たして、その時。

 既に己が金糸雀(カナリア)であることを忘れ果てた存在が、鳴くことなどできたであろうか。

読んでいただき、ありがとうございます。

また、いつも誤字報告をいただき、ありがとうございます。


気に入っていただけましたらば、感想・ブクマ・いいね・勝手にランキングの投票や下の★評価などしていただけるとモチベーションに繋がります。


できる限り、毎日更新を頑張っていきます。

Twitterでは「執筆開始」「推敲開始」「予約投稿時間」など呟いているので、よろしければ。


https://twitter.com/master_of_alien


また、次回もどうぞお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 自らを支配者だと驕るものがその驕りによって破滅する時が来たのだ。 [気になる点] 『金糸雀カナリア』や『鉱山裸ネズミ』とこれまた興味深い現地生物が居ますが、なにやらここに似つかわしくない存…
[一言] 唄を忘れた金糸雀はなんて古い歌を思い出しました
[一言] 鉱山乗っ取りどうするんだろうなぁって思ったけど寄生系統のエイリアンで傀儡にして頭をこっそりすげ替えれば業務が独占されてる以上上手くいきそう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ