0102 時は燈火を吹き消す笛
7/8 …… 2章の改稿・再構築完了
迷宮の被造物ではない"外"の存在を取り込む『従徒化』という法則。これ自体には、従徒になりたい者に対するデメリットや縛りのようなものはほとんど存在しない。
例えばル・ベリの母リーデロットだとか竜人ソルファイドなどは【人体使い】テルミト伯の元から出奔したようなものであるが――それに対する何らの懲罰を受けてはいないのだ。
そのため、ある意味では十分慎重に選別しなければならない。
裏切れば死を与えるだとかいった制約は、世界システムの方ではなく自前で用意しなければならないわけであり、情報を持ち逃げされるリスクも考えれば、誰彼構わず無制限に行うべきものではないのだ。
従う徒と書きつつ、その関係性はシステム面だけで言えば、むしろ公平で対等に扱われているとも言える。『従徒献上』される"知識"についても、無制限に迷宮領主が吸い尽くすことができるようにはなっていないからだ。
最初から、文字通り「全て」を献上したのは、それこそ【異形】はおろか【種族】にまで【エイリアン使い】の影響をもろに受けるほど俺に心酔し、無心の忠誠心を向けてくるル・ベリのような存在ぐらいであろう。
決して頭が悪いわけではないが、策を弄するよりは深く考えずに行動で解決するタイプのソルファイドであっても、例えばその故郷で学んだ竜人の歴史などについては無意識にほとんど従徒献上したが――幼馴染との思い出であるとか、小さい頃世話になった年寄りの名前だとか、そういった情報までをも全て従徒献上したわけではないのだ。
……そもそも、そんなことをされても逆に俺の方がパンクしかねないが。
あくまでも、従徒自身の自由意思と判断によって献上されるものである。
そんな観点から『リュグルソゥム家』に属する、この兄妹について考える。
歴史ある"家系"に属していただけあって、その保有していた知識は非常に膨大なものであった。
今はその吟味と解釈は後回しにするが――例えば、【人世】側の現在に繋がる主要国家側からの【闇世】に対する認識などを知ることができたのも非常に大きい。兄妹が属する『長女国』とは、かつて"初代界巫"クルジュナードが500年前の【人魔大戦】で戦った敵手たる"英雄王"アイケルの、その4人の子供達をそれぞれ祖とする『四兄弟国』の一角である。
そうした、この世界の基本的な情報を知ることができたというのが、まさに俺が求めていた情報であった。
ただし、別に情報なら何でも良いというつもりではなかった。
ミシェールからは"熱烈な"、そしてルクからは不承不承といった意思による「従徒化の申し入れ」をシステム通知音から受け取りはしたものの、そこに従徒となる側の自由意志があくまでもある以上、何でもかんでも献上させるようなつもりはなく……ある程度俺としても【人世】側の情報は選別するつもりだったのだ。
確かに従徒献上は便利ではあるが――だが、それはちょっとした学習や尋問によっても代替できるものだからだ。その手間隙を惜しまないならば、逆に言えば後回しでも良い程度のものでしかない。
だが――。
それは【人世】における迷宮領主能力の不安定さがもたらした"事故"であるか。技能【領域定義】によって構築した【領域】に招き入れたリュグルソゥム家の「最後の生き残り」であるという兄妹ルクとミシェールに【情報閲覧】をかけた時。
『状態』の項目だとか。
『称号』の種類であるだとか。
【継承技能】の存在などから。
俺は何となく彼らの事情を想像しつつ、そしてそこに、どうしても見過ごすことのできない気になる"表記"を見つけてしまったのであった。
【基本情報】
名称:ルク=フェルフ・リュグルソゥム
種族:人族[オゼニク人]<支種:魔導の民系>
家系:リュグルソゥム家
職業:高等戦闘魔導師
従徒職:※※未設定※※
位階:22(技能点:残り7点)
状態:疾時ノ咒笛(残り寿命・約2年5月22日)
【称号】
『族難の棟梁』
『復興を誓う者』
【技能一覧】~詳細表示
【基本情報】
名称:ミシェール=スォールム・リュグルソゥム
種族:人族[オゼニク人]<支種:魔導の民系>
家系:リュグルソゥム家
職業:高等戦闘魔導師
従徒職:※※未設定※※
位階:19(技能点:残り6点)
状態:疾時ノ咒笛(残り寿命・約2年10月6日)
【称号】
『禁断の恋人』
『愛憎を引き継ぐ母祖』
【技能一覧】~詳細表示
『疾時ノ咒笛』。
まるで血のように朱塗られた禍々しい色合いで、継承技能テーブルのウィンドウに表示される"呪詛"。
それが字義通りの意味でも、そして現象という観点でも俺が理解するそのものとしての"呪詛"であることを雄弁に語るように、【因子の解析】が発動して『因子:呪詛』の解析が進行。
だから俺は、何を、とは言わずにただ一言。
二人に「見せてみろ」とだけ告げるや、兄妹はそれぞれに衣服の首元を軽くはだけ――彼らにとっての絶望の証を俺に晒して見せてきたのであった。
"痣"である。
鎖骨の間の天突に始まり、ぐるりと首全体を覆う、まるで時計の針と楽譜の譜面を象ったかのような、赤黒く嫌な気配をまとった朱塗りの「紋」が、ぐるりと伸びていた。まるで、両手のひらで絞め殺そうとするかのように――朱塗りの痕となって、それぞれの首筋を一周しようとしており、さらにはまるで無数の根が這うかのように、神経だか毛細血管だかリンパだかに沿って侵食していくが如く、首から下を侵す細緻なる樹形を赤々と形成しつつあるのであった。
「御方様、これは……」
「"呪詛"だ。痒みを催させる程度のものだったら、小醜鬼どもも使っていたな? ――これはそんなチャチなものとは比べ物にならないほど、厄介でおぞましい何かだ」
「わかるのですか、オーマ、様」
「お前達のような"専門家"じゃあない。だが、俺には迷宮領主としてお前達には見えない物が見えるのも、また真実だ」
――気に食わない。
それが率直な心情だ。
およそ"呪詛"なんてものが【技能】扱いで、技能テーブルの中に堂々と居座っており、しかも当然の権利のように技能点を喰らっていることにも警戒と忌避の念を強く覚えるが――それがどのような"超常"を引き起こすものであるかは、わざわざ俺の認識に最適化されて翻訳された語句から考察する必要も無かろう。
残り寿命。
ルクが残り2年と5ヶ月であり、ミシェールは2年と10ヶ月。
――神ならぬ身にして神を警戒するからこそ、その為したる「世界法則」上の表記の絶対性に対する逆説的な信頼もまた、俺は抱かざるを得ないのである。俺は、それを見ることができてしまう迷宮領主なのであるから。
あるいは今の俺の職業技能の【悲劇察知】のゼロスキルが働きでもしたか。
はたまた、それ自体が技能化すらされない原初の次元での正しい意味での"呪い"であるか。
身を寄せ合うように、支え合うようにする兄妹の姿さえもが、痛々しく俺には見えて仕方が無い。兄の方の俺への不信の振る舞いさえもが、哀れみとそして同情と、そして共感性羞恥ではない別の共感性なんたらだかのような感情を俺の中に引き起こす。
また、こういうことに俺は遭遇してしまったのだから。
――マ■■せんせ。せんせは、悪く無いんだよ。
――***君は、だって、あの時はもう――
だから、つい絆されてしまったのだ。
「洗いざらい事情を"従徒献上"しろ。付き合ってやるよ、お前達の背景に――お前達の『悲劇』にな」
探す、と決意を固めてからは久しく現れていなかった少女の幻覚を振り払うように、俺は兄妹に命じた。
そんな彼らが顔を見合わせるは一瞬。その際に、これまで幾度となく二人の間を迸ってきたのと同じ、刹那の魔力の流れ――【因子の解析】を発動してみたところ『因子:精神属性適応』が新定義された――が生まれ、消え、二人が俺に向き直って目礼する。
そして次の瞬間、ルクとミシェールから彼らの一族を襲った"悲劇"の一日の記憶が、数多の情念を伴って、まるで濃密なアルコールの原液でも飲まされるかのような、激情を無理矢理醸させられるかのようなドロリとした情念となって俺の脳裏に流れ込んできたのであった。
――…………。
――――。
……。
リュグルソゥム家の二人の【技能テーブル】を見ていて、まず驚いたのは、点振りにおける"振り残し"が全くのゼロだということだ。
俺の従徒となり【眷属技能点付与】の恩恵を受けたことで、今でこそそれぞれ7点と6点が追加として与えられているが……技能テーブルを認識できないはずの非迷宮領主の存在でありながら――どれほどの執念と修練が注がれたかもわからぬほど、二人の技能は"目的意識"を伴って効率的に振られたものであるとわかる。
具体的には、バリバリの戦闘職である職業『高等戦闘魔導師』の技能を集中的に取っている――その"取り方"も、明らかにゼロスキルの存在を意識したかのような取り方に見えた。
同様に、おそらくだがリュグルソゥム家の「判断基準」からすれば、相対的には重要ではないとされたであろう【種族技能テーブル】には、全くと言っていいほど"点振り"されていないということも、この印象を強めている。
それこそが『リュグルソゥム家』という一族の本質の一端ということか。
流れ込んできた知識の中の、彼らの一族を表しているという箴言に曰く。
「皆早熟にして晩成」である、と。
――知れば知るほど無茶苦茶な"特殊能力"を持つ一族だ。
彼らは一族で共同して『止まり木』と呼ばれる、ある種の仮想的な共有精神空間を生み出し、そこに意識を完全に飛ばすことで、邯鄲の夢だか一炊の夢だかよろしく、現実の時間感覚を超越したバーチャルな『精神と時の部屋』とでも言うべき場所に感覚を移すことができるというのだ。
呆れかえるばかりだが、この一族は延々と――そんな『精神と時の部屋』とでも言うべき場所で、現実世界で過ごす何倍、下手すれば何十倍もの時間を、家族とともに修行と討議に明け暮れるとかいう生態なのであった。
ならば、この異様な"点振り"の完遂状態もそれが理由なのだろう。
【人世】での一般的な人間にとっての技能がどのようなものであるかは、後々に"村"や"街"でもう少しサンプルでも取るつもりであったが……少なくとも【人世】出身であるソルファイドと比べても、この一族が「普通ではない」と俺は感じた。
おそらくだが、肉体の成長に抑制されて位階自体は劇的に伸びることはない。しかし、精神世界での膨大な試行錯誤の中で効率化され、研究され、しかもシミュレートされた"修行"を現実世界側で「再現」することにより、彼らは結果的に技能テーブル中の「最適解」を経験的に把握済なのだろう。
これは、さすがにリュグルソゥム家ほど極端では無いにしても、この世界では歴史のある一族や集団であれば、まさに"経験的"に、その種族や職業ごとに「成長しやすい」「得意になりやすい」技能のおぼろげな知識が蓄積されている、という可能性と裏表だろう。
そしてこれほどまでの「普通ではない」時間の過ごし方をする、良く言えば深い絆で結ばれた結束力の強い一族――悪く言えば、互いが互いを強固に縛り束縛している重度の共依存の一族が、リュグルソゥム家なのである。
居ることが当たり前、どころの騒ぎではない。
たとえ物理的な距離が現世で離れていても、『止まり木』に移りさえすれば、いつでもその場で何時間も下手すれば何日でも対話し、交流し、交わることができる、そんなかけがえの無い半身どころか核心とも言える存在達、が。
謀略によって、突如として滅ぼされ、一夜にして皆殺しにされ、奪われたならば、どうなるか。
……意外にもルクが、あまりにも"熱心に"従徒献上してきたものだから、彼の家族との微妙な「距離感」まで伝わってきてしまったが――悩める若者め。
だから、俺はどうして異世界に来てまで、また同じことをしているのだろうなぁという苦笑が嫌な味になって口の中に一杯広がるのを感じる。
ルクは、家族との距離感の取り方を自ら定めようとする葛藤、アイデンティティ危機のようなものの最中にあったのだ。そしてそれが最も危うい状態で推移していた時期に、最悪の形で根本から崩壊して失われ、奪い去られた。
ミシェールもまた同じである。ルクが家族との距離の取り方で、それを意識しすぎて己を定めることに危うくなっていたと言うならば――彼女は逆に、距離を取ることができずに、それも無自覚にそう在ったことこそが、ある種の危うさとなった類だろう。たとえどれだけの時間を精神世界で共有していたとしても、なるほど、人と人とはこうもすれ違うものであるか……などと。
"元の世界"で何も知らず何も手を染めず、呑気に生きていた時代の俺だったならば、批評家気分で高説でも垂れていただろう。
なるほど、この世界の大国である『長女国』では、凄まじい繁栄とそれに正比例するかのような悍ましく凄惨な謀略が遍く存在し、絡み合って共存していると言える。
そんな、華々しくも生々しい坩堝の中では、人の世の陰陽が濃淡を為してただ無限に息苦しい灰色に広がる、そんな紛れもない"人間の集団"が蠢き、うよめき、ひしめいて、もがきせめぎ合っているのだ。
それこそが人口大国でもある『長女国』――少なくとも俺はそんな印象を、受ける。
そんな場所で、ルクとミシェールは、国家システムの中から禄を食んで利益を得てその生活と地位が支えられ、また割り当てられた為政者層としての役割に知らず甘んじてきた。だから――まぁ、時に、自分達がそうなる覚悟は、常に持っていなければならなかったと断じることは、できるだろう。
たとえ、多少の葛藤はありつつも、それでも概ね家族と幸せに暮らしてきたのであったとしても、だ。彼らの得ているものは、そうしたものの上に成り立っていたものなのだ、としたり顔で批評することもできるだろう。
……だが、同時に俺は、ルクとミシェールの"若さ"と危うさを思う。
俺自身が未だ"立志"すら定まらぬ者であるからこそ。より若き者達のそれに目を向けて、どうしようもなく寄り添おうとしてしまう。そんな俺自身の業を止めるなんてことは、ずっと昔に諦めたのだった。
何が言いたいかというと。
――少なくともこの二人にとって、殺戮は、名族の責務としてそうなりえることをちゃんと教育され、覚悟して、備えて、割り切って腹をくくった結果であるだとか、そう納得をしてから与えられた"破滅"では、なかったのだった。
如何にバーチャルな精神世界で膨大な時間を過ごそうとも。
あまりにも、あまりにも、彼らが過ごしてきた時空間の中では――家族同士の距離が近すぎた。そして、人の世の営みから切り離されたものでありすぎた。
だからこそ、そうした「破滅しうる」ことへの肝心要の"覚悟"というものが、若い二人には十分に育まれなかったのではないか。少なくとも、人間の正常な心身の発達段階において、修行だとか討議だとかのために――ずっと、そうしたものが与えられるのが後回しになっていたのではないか。
正直言って、リュグルソゥム家がそこまでのことをされるだけの咎や罪があったのかどうかの正否は俺には判断できない。無論、直感的には、比喩的な意味でも字義通りの意味でも、この哀れな兄妹の"家族"は何らかの生贄にされたような印象を受けるのであるが……。
それでも。
覚悟ができぬうちに、それも構造的に――自分自身の努力ではどうにもならない部分で――その覚悟自体が妨げられていた、そんな二人を襲ってしまった"悲劇"は、酷なものだ。
本当に。
本当に、酷なものだろう。
だから、俺は彼らを従徒とすることを受け入れたのだろう。
――そんな、せんせのことが、私は好きだよ。
「事情は、わかった。あと2年半しか生きられない、にも関わらず――どうにかして一族を復興したいんだな? ルク。そして、ミシェールはもう一歩踏み込んで、なんとかして家族を"作りたい"と」
「御意の通りに御座います」
ミシェールが優雅に、しかし俺を見定めようとするような眼差しを向けてくる。
『リュグルソゥム家』という一族が、その"特殊な魔法"を維持するために、長年「超近親婚」を行ってきたという理屈は従徒献上された知識から理解はしたつもりだ。さすがに兄弟姉妹が直接婚姻する事例は、元の世界の事例で言えば神話と繋がるレベルの"古代"文明にまで遡らなければならないが――超常と魔導の法則が支配するこの世界においては、それもまた一つの帰結ではあるのかもしれない。
「そして、問題は"生まれてきた子供"にも、その悪辣でどうしようもなくクソッタレな『呪詛』が、引き継がれるかもしれないとお前達は確信して、懸念している、というわけだな?」
「生まれてさえくれれば……いいえ、魂さえ宿ってくれれば生まれる前から、私達【皆哲】のリュグルソゥム家の秘術によって、十分な時間を与えて精神を成長させることは、できます、オーマ様」
「だが、赤子の肉体でわずか数年しか生きられないなら、"次"に続かないな」
「……ご明察です、副伯オーマ、様。それで僕達は――アスラヒムを越え、一縷の望みを『スィルラーナ』に賭けて、山を超えて西オルゼに入るつもりだったのです」
『長女国』と敵対する【西方諸族連合】の中に、謎に包まれた技術大国がある。
――"魂"と"義体"を駆使する技を持ち、戦場にも滅多には現れぬものの、単体では驚異的な戦力を誇る存在であるらしい。当初、ルクとミシェールの目的地はそこであり、何とか寿命が尽きる前にその技を盗むことができないか考えていたという。
自分達は無理でも、せめて、次世代の子供にさらにその次の世代を残す力を、なんとかして与えることができれば。
『復興』と『復讐』という点で、兄と妹が見ているものが微妙に異なっていることを、俺はひしひしと感じ取っている。ミシェールの淑女然、少女然としつつ、しかしどこか超然とした様子に俺はあまりよくない意味で注目はしていた。
腹に一物がある、どころの騒ぎではきっとないのだろう。それでも、求める物を与え続けることができるならば、この上無いほど役に立ってくれるだろうことは"知識"の質と量と種類からいっても疑うべくもなかったが。
……いいや。
そんな風に「言い訳」をしていると、また"彼女"が出てきてしまうか。
今は俺の中の葛藤や矛盾や不機嫌などは、どうでもいい。多少、『悲劇』にあてられて、個人的な感傷によって乱れているだけである。
技能【強靭なる精神】を能動的に呼び出して、俺は心理の平衝を強引に取り戻した。
「――解決策は与えてやれるぞ」
「本当……です……か?」
「『人間』で試すのは、お前達が初めてだがな。保証はできないが、野生の動物でならば、何度も成功しているとは言っておこう」
俺が兄妹に提示したのは『小醜鬼工場』だった。
やることは非常に単純なものだ。ルクとミシェールが致して無事に懐妊したら、その後に――代胎嚢にミシェールが入ればそれで良い。後は、全て同じように流れていくことだろう。
「注意点がある。俺自身が"研究"した範囲では、知的生物ほど、つまり意識だとか高度な思考力だとか、精神だとかそういうものがある、要するに『人間』だな、そういう生物ほど肉体の成長と精神の成長が乖離した場合に"なり損なう"傾向がある。それに当たったら、はっきり言ってキツいぞ、無脳症の胎児は見たことがあるか? 広く深い知識を持つ『リュグルソゥム』家の若人――それに近い状態に、なってしまうこともある」
それでも覚悟はあるか、と問う。
ルクが露骨に顔を曇らせ、しかし、ミシェールは逆に頬を紅潮させて喜ぶような笑みを俺に向けてくる。
「オーマ様。いえ、我が君。全く問題ありません。先程もお話しました通り、必要なのが"精神の成長"ならば――それこそ、私達リュグルソゥム家の本懐でございます」
「まるで、誂えたかのようです。こんな、こんな巡り合わせが、あるというのか……?」
「決断は聞き届けた。後は上手くやってみせろ。そしてお前達は、自分達が求める最も大切なものの、その核心の助けを俺に求めたことを忘れるな。必ず【報い】ろ、それが俺の迷宮のルールだ」
ル・ベリとソルファイドに二人を連れて行って案内しろ、と告げようとした俺の機先を制するように、目配せをし合って――『止まり木』とやらで会話をしたのだろう――ルクが声を上げる。
「オーマ様は【人世】でより生々しい情報と、そして"探しもの"のために、多少大胆な手であっても指す御方と心得ます。ちょうどよい生贄に、心当たりが、私達はあります」
「お前達の後に森に入ってきた集団か?」
それまでの村人達とは明らかに異なる、一定の指揮系統に基づいて統率された集団が入ってきたことは察知していた。彼らは沼地に迷うこと無く進み、そこで本格的な測量と調査を開始していたのである。
俺はルクとミシェールを相手取る傍ら、別の監視部隊を派遣して、その動向を追っていた。言葉少ない集団であったため、素性の把握が今ひとつ時間がかかっていたが――多少強引にやっても、俺の利益にすることができる集団である、とリュグルソゥム家の兄妹が嘯く。
「――オーマ様を私達の"仇討ち"に巻き込むことになりますが。しかし、オーマ様のこの戦力と、そして我らリュグルソゥム家の力が合わされば、容易には攻め落とされ得ない戦力をさらに拡大させていくこともまたできると信じます」
曰く、正式名称【幽玄教団】という限定的な【転移】魔法を使う集団を丸ごと俺の生贄にする、というのである。
ルクとミシェールの"知識"が確かであることは疑わないが、事実とすれば、最低でも『因子:空間属性適応』が解析完了まで持っていくことができると見込めている。そして、このカルト集団の「元締め」であるという、リュグルソゥム家の破滅に関わった"追っ手"をも含めた、多少強力な連中をも順次おびき寄せる文字通りの「呼び鈴」とすることもできなくはない。
それをこの小癪な若人二人は『大胆な指し手』などと煽ってきたわけである。
「侮るなよ、小僧に小娘が。お前達をこうして抱え込むことを決断した以上、そんなことは当然に織り込み済みだ。俺がお前達の力を使うように、お前達も俺の力を知って、そして使えばいい。そして、お前達の"追っ手"を斃し、捕らえて、俺が【人世】で目的を遂げるために突き進んでいくための役に立ててみろ」
わざと派手な魔法をルクに使わせて森の中に痕跡を残し、その"人攫い教団"だという連中に発見させて、後から俺の迷宮に襲来するように誘導していたことなど、全て見通していた。
俺は口の端を吊り上げて歪めるような笑みを改めて浮かべ、ルクを一瞥し、そしてミシェールの底知れない慈しみに満ちた、とても齢15の少女が作れるとは思えぬ微笑みを見つめ返した。
――わざわざ提案されるまでもなく。
既に"狩り"の準備は、副脳蟲どもに号令を掛けていたのである。





