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0099 掟つらるも禁じられし契り(2)[視点:兄妹]

7/8 …… 2章の改稿・再構築完了

 ルクとミシェールは、ヘレンセル村を後にして街道を避け、あえて『禁域』の森を南西に突っ切る"山越え"ルートを選択した。無論、そのルートの中でも【火】属性の【魔石】が発見された"沼地"と、その水源の可能性が高い方角へのルートは慎重に避けた。


 理由は2つ。

 第一に、村に現れた"人攫い教団"――【騙し絵】家の走狗にして、その正式名称は【幽玄(サヲンニ)教団】であり、今や示し合わせて一族を悉く誅戮した『長女国』そのものの尖兵――の目的が『鉱脈』の確保であると読んでいたこと。

 そして第二に、もしもこの【火】の魔石の出現が迷宮(ダンジョン)の再活性化を示す兆候であったならば、そのルートは間違いなく、虎口を開いた"異界の裂け目"へと誘われる道そのものだったからだ。


 かつて東オルゼに、現在では想像もつかないほど巨大な"裂け目"が生み出され、そこから湧き出でる数多の【魔獣】とそれを率いる【魔人】達の記録が、今も王都ブロン=エーベルハイスの『封印書庫』と【四元素】家の侯都に座す『ゲーシュメイ魔導大学』の地下書庫に眠っているという。

 それらは、200年の歴史を持つリュグルソゥム家をして未だ到達することのできない、この国の秘奥たる「知識」の一つであった。


 だが、"荒廃"の上に立つ『長女国』では、年中、常にどこかの地域で『属性バランスの乱れ』すなわち瘴気が"裂け目"から吐き出されている。それは異常な自然現象や、奇病の発生、規模の大きな災害などという形で現れるものであり――特に、5~10年に一度は"氾濫(スタンピード)"という形でも現れる。


 すなわち【魔獣】――属性バランスが不均衡化した、ある種の『捩れた』魔力をまとった、尋常ではない生物――と定義される存在の大発生である。


 『シースーア』と呼ばれるこの世界は、諸神(イ=セーナ)がそれぞれの権能を用い、協同で創造したとされている。自然界や現象界を司りつつそれらを精巧な細工品として織り合わせ重ね、たとえば海から雲に至り天候をも差配する水と風の流れのように、諸法則を極限まで練り上げる形で生み出された。

 ある者はそれを『魔法』や『魔術』や『魔導』などと呼ぶ。


 またある者はそこに『神威』という言葉を当てはめる。

 またある文化では『呪術』といった言葉もあり――より厳密にはそれらには、呼び出し方や操り方などといった機能面での違いはあれども、諸神(イ=セーナ)が操ったという力に倣うという意味では、いずれも自然や現象を取り扱う力である。


 なるほど【魔法】という言葉を、その語源から考えてみれば「"魔"の"法"」……すなわち「法則を歪める()法」ではある。

 だが、古の超大国である【黄昏の(オーゼニック)帝国】で隆盛したという数多の"魔法"知識を『長女国』は部分的にではあるが再発見(・・・)し、復興させ、そして引き継ぐ形で【魔法学】を発展させてきた。

 国母ミューゼにとって、その力が"荒廃"を鎮めるためにどうしても必要だったからだ。以来、彼女の高弟達が作り上げた【輝水晶(クー・レイリオ)王国】は魔導の大国としての地位を保ち続けている。


 そんな【魔法学】の解釈の根本の一つが、『あらゆる魔法的な力は【属性】に分かれて発現する」というものである。

 つまり、この世界を成り立たせるための様々な法則とは、複数の【属性】が正しく織り合わせ重なることで、現象に作用することを意味している。例えば、木の根が地中から水や養分を吸い取ってその身を天に至らせんと伸び高めさせ、また獣がその種に応じて果実や葉は肉を食らって己の血肉を造りながら大きく逞しく育っていく、といった具合で。


 ――そして【魔獣】とは、こうした【属性】のバランスが"瘴気"によって乱れた存在である、とするのが定説であった。


   ***


 【撃なる風】によって生み出した指向性を伴う風の塊を、さらに【アケロスの健脚】によって強化された脚力で踏みつける。身体能力だけでなく、魔法流同士の反発をも利用した反動により、何もない空中をまるで透明の足場を跳び伝うようにルクが飛翔する。

 天候が崩れ、しんしんと舞い降り始めた粉雪同士の合間を縫うように。

 周囲をぐるりと見渡しながら――高く取った俯瞰の視座から、ルクは"標的"に向けて【魔法の矢:氷】を立て続けに複数生成。さらに『無詠唱』の技術によって【魔力の斬撃:風】を織り交ぜ、地上に、そして木々の合間に向けて撃ち放った。


 氷の矢と風の刃が地上に、たった今飛翔するまでルクが居た位置に降り注いで、粉雪の舞いに血飛沫を吹き散らす。肩や腰に氷の矢を穿たれた『牙虎』達がもんどりうち、空中へ飛んだルクを狙った投網のような"蜘蛛の巣"が風の斬撃によって切り飛ばされてばらばらになり、雪に混じってその欠片を舞わせたのだ。


 ――半数には手傷を負わせた。

 言い換えれば半数には(かわ)されたということである。

 獣の鋭敏な感覚を上回るために、わざと【氷】と【風】という複数属性の攻撃魔法を組み合わせ、さらにそれぞれの"死角"から狙ったというのに。

 だが、それだけならば対応範囲内。


 ゆっくりと重力によって落下し始めるルクの足元に、新たな【撃なる風】が生み出され、全身が下から突き上げられるかのようにルクはさらに跳躍。十数メートル、森の平均的な樹木の中腹近くまで飛び上がった。

 術者はミシェールである。突っ込んで暴れるルクの補助に徹すると同時に、空中から俯瞰するルクとは別角度の"視野"を受け持って後方から戦場全体を見渡す、という役割を分担しているのだ。

 【風】属性と【均衡】属性の複合魔法である【マイシュオスの命風(たまかぜ)読み】によって「呼吸をする生物」の存在を感知し、その情報を『止まり木』で共有して、周囲の地形情報をある種の"立体地図"として再現しながら――この間、現世(うつつよ)では数秒に満たない――互いの死角を潰し、襲い来る大型獣の位置を把握して魔法を打ち込んでいく。


 討ち漏らした牙虎や大斑蜘蛛達に対して、ルクが氷の矢と風の刃の第二撃を放つと同時にミシェールが完璧に被せる形で【マイシュオスの風繰り指】を付加。誘導性能が飛躍的に高まった魔力の矢と刃が、着陸予想点に先回りせんと駆け出していた数体の足を刈った。

 無論、これだけで終われば徒に手負いの獣を増やすだけのことである。だが、早々に自分達の存在を知った"人攫い教団"が森を捜索している可能性を考えると、【火】だとか【雷】だとかいった派手な範囲魔法や、地形に痕跡を残しすぎる【土】魔法を使うわけにはいかない。


 【撃なる風】を飛び渡りながら、ルクがミシェールの元まで飛び降りる。

 そして目配せし合って"奥の手"を使う。

 【混沌】属性の魔力波を足元の雪に浸透させ――それをミシェールが【撃なる風】によって一陣の雪嵐と化して獣達に叩きつける、瞬間、ルクは短縮詠唱によって準備していた【混沌】属性魔法である【叛逆する創傷】を発動させた。


 『四兄弟国』にまつろわぬ、例えば北方の氷海を縄張りとする蛮族や、西方の戦亜(デミ=ウォー)の氏族によっては"呪詛"として知られる「現象」を『長女国』の【魔法】によって実行したものである。【混沌】属性の魔力が染み込んだ雪風が『牙虎』3体と『大斑蜘蛛』4体を襲い――そこから伝播した術式が、とにかく大きな傷口(・・・・・)を作ることを意識した『氷の矢』や『風の刃』による創傷を侵す。

 肉が急速に腐り果てる【混沌】の術式により、虎も蜘蛛も勢いを失って激しく苦しみ始め、斃れ伏すのであった。


 魔法的な抵抗力や、対抗魔法などを持たない野生獣ならば、これで"詰み"である。

 だが、ルクとミシェールは再度目配せ――『止まり木』に戻って議論――をして、追い打ちをしかける。ルクが【マイシュオスの熱風砂】を一瞬だけ発動させて獣達を覆う雪風を溶かし、合わせてミシェールが【氷】属性によってその融けた雪の水分を再び(・・)凝固凝結。

 この大技により、腐れゆく肉に苦しむ野生獣達は即席の"氷の檻"によって戒められ、そのまま彫像のように動かなくなっていったのであった。


「"魔獣"じゃないようですが……でも、やっぱりちょっとおかしいですね」


「生態的に『牙虎』と『大斑蜘蛛』が協力するなんてあり得ない、頂点捕食者同士だろ……協力しなければならない何か(・・)があるのか。それとももっと直接的に、協力させられ(・・・・)ているのか」


 じつに半日にも及んだ追跡からの不意打ちを受けた、というだけではない。

 生物学的には食物連鎖の同じ層に属して獲物を奪い合う関係であるはずのこの2種が、何故か(・・・)互いに協力するように襲撃をしかけてきたのである。


 先んじてそれを看破できたのはミシェールのお手柄であったが、獣達は最初から二人を捕捉して追跡する動きを見せていた。おおよそ半日ばかり、獣達の嗅覚を潰すことを試みたり、雪の底に隠れるなどして撒こうと試みた二人であったが……まるで忍耐強い狩人と猟犬のように行く先々で先回りし、包囲しようとしてくる。

 おまけにダメ押しとばかりに"増援"まで現れるのを目の当たりにして、ルクは一戦することを決断したのであった。


 だがしかし、賢すぎる(・・・・)

 やや開けた場所を選んで無防備を装い突っ込んだのは、一斉に飛びかからせるため。

 それを見て【撃なる風】によって飛翔したわけであったが――単純に飛びかかってくることはせず、ミシェールに"誘導"魔法を重ねさせねばならないほど、獣ながらも戦術的に動いてみせてくれた。

 そもそも『大斑蜘蛛』はともかく、『牙虎』は単独の狩人であって群れるような生態ではなかったはずである。そして『大斑蜘蛛』にしても、群れるとはいっても"他種"と連携するなどという話は聞いたこともなかった。

 そのおかげで、野生動物を相手に"詰み手"を2度も修正する羽目となったが――。


「ルク兄様」


「あぁ、畜生、新手か……ッ!」


 まるで狼のような遠吠えが森中に響き渡る。

 そしてゆさゆさ、ばさばさと、まるで木の枝に降り積もった雪を全て振り落とそうかという勢いで葉を激しく揺する(・・・・・・・・)気配が周囲から波のように迫ってくる。

 それはルクの知らない生物(・・・・・・)の鳴き声だった。


 咄嗟に身構え、複数の身体強化魔法をかけ直すルクであったが――。


「ルク、兄様……!」


 ミシェールの悲鳴、と共に樹木がギシギシと撓む破砕音。

 ほとんど思考すると同時に【魔剣創成:氷】によって氷雪の剣撃を生み出し、反射的な勢いによってミシェールを襲った枝の塊の一撃(・・・・・・)を断ち切り、妹を抱きかかえて飛び退いたルクは驚愕する。


「馬鹿な、こんなところに『樹精(トレント)』だと!?」


 叫ぶと同時にミシェールが、対樹木型生物特化の【土】属性感知魔法――本来ならば"黒森人(エルフ)"達の【星灯りの国】の軍勢を相手に使うもの――である【蠢く根の感知】を周囲にばら撒く。

 判明したのは、周囲200メートル半径に二人を取り囲むように10体もの『樹精(トレント)』が取り囲んでいるという情報であった。


「ミシェール、一時撤退だ。"枝揺らし"も気になる、おそらくは猿型の何か俊敏な奴だ、一点突破して凍った沼に引き込んで叩き落とす!」


 【魔法の縄:氷】を複数詠唱して、今まさに地面から根の塊を抜いて這い出そうとする『樹精(トレント)』の、その"足"に絡みつかせ、周囲の雪と水分を巻き込んで凝固凝結させて動きを封じる。

 しかし、その『樹精(トレント)』は"足"を封じられたことを知るや――ばきばきとその足を構成する"根"をへし折り、自ら倒木となるかのような勢いで二人に向かって倒れ込んでくる。風魔法を蹴って飛び退き、ミシェールを降ろして共に逃走態勢に入るルクであったが、脚部を強引に引きちぎった『樹精』は太い枝で構成された"腕"で地面を鷲掴み、まるで泳ぐかのように振り回しながら這い迫ってくる。


「なんだ、こいつは……ッ!」


 それは、ルクとミシェールの知識にある『樹精(トレント)』の行動ではなかった。

 『止まり木』に戻ろうとも一瞬考えたルクであったが――いくらそれが現世(うつつよ)における1秒にも満たない時間であるとはいえ、それでも、実際に現実世界で身体を動かして物事に対処するのは「生身の肉体」であることの意味を、ルクは家族の誰よりも意識していた。

 短時間に、それも思考を越えた身体的な反射による即断の求められる戦場においては、『止まり木』に潜り込みすぎることは、命のやり取りの中での"冴え"や"呼吸"を時に乱しかねない。


 特に、それが初見(・・)の相手である場合ほど。

 ――そのわずかな感覚があったからこそ、ルクは瞬時に目の前の這いずる『樹精(トレント)』へ覚えた違和感に気付く。


 その樹精(トレント)は――ルクが知識として知る、西方の【星灯りの森】に巣食う者達とは異なり、樹冠に隠れるような位置にであるが、葉の形も色も異なる、まるで小さな"藪"のようなものが取り付いており、そこから蔓や蔦が、そして"根"が、木の幹全体に絡みついていることに気付いたのであった。

 瞬間、「宿り木」という樹種の別の知識が脳裏に浮かんだ。

 ルクは歯を食い縛り、(はら)を決めて【魔法の矢:火】を走りながら詠唱。

 身体を翻らせて背中から道の先の雪塊に飛び込むように、振り向きざま、ほとんど投槍のような大きさの紅蓮と火焔の魔力の矢を撃ち放ち――正確にその「宿り木」を形成する部分を穿ち焼き払う。


 百の枝を折り、木の葉をかすれ合わせるような恐ろしい絶叫が叩きつけられてくるが、手応えを感じたためそれ以上の追撃はしない。進行方向に改めて振り向いたルクの周囲にミシェールが生み出した風の流れと地面の隆起が現れ、それらをたぐって曲芸のように一回転しながら、ルクは勢いを保ったまま向いている方向を変えて地面を再び蹴ってミシェールに並んで駆ける。

 まだ体内の「内なる魔素」の限界は感じないが……このままでは消耗戦となりかねない。

 そもそも冬の山を越えるための魔力も体力も温存しなければならなかったのだ。


「ミシェール、この道で大丈夫なのか?」


「……はい! この先に、川の流れる崖を感知しています。そこで一度、撒けると思います」


「わかった、樹精(トレント)だけならそこで迎撃するのも有りだったんだけどな」


 "枝を揺らす"存在は相当に俊敏に見える。そして数がいた。

 音の聞こえる方向からして十数頭は下らず、最初に相対した『虎』と『蜘蛛』達以上に連携していると見えた。こちらは明らかな群れ成す獣であることは明らかであり――かすかに歪な魔力の気配が肌を差している。


 つまり【魔獣】である。

 しかし、【火】の属性でも【氷】の属性でもない。

 ――強いていうならば"樹木"に属するような気配をも感じるが、その歪みの微かさ(・・・)が、これもまたルクにとっては二重に違和感を覚えるものであった。まるで、ただの生物がごく当たり前に魔力をまとっているかのような……。

 さりとて『魔法を使う高位の生物』でも『魔法によって生み出された生物』とも感じられないのである。そのせいで、ルクはこの現象は十中八九『氾濫(スタンピード)』だろうと疑っていながら、最後の一割、そうではないという可能性を検討していた。


 まとわりつくような"意図"が肌で感じられたからだ。

 『樹精(トレント)』も"枝揺らし"も、やろうと思えば『牙虎』や『大斑蜘蛛』と同時に襲撃してくることもきっとできただろう。生態系の競合者であるはずの牙虎と大斑蜘蛛が連携していたならば、この地方、この地域、この森には住んでいるはずの無い、それこそ魔獣の疑いがある生物とも連携しないなどと誰が断定できようか。


 だが、学術的な視点で分析し考察するのは、たとえ『止まり木』の中であっても今は後にすべきである。

 撃退のための方策を練り、それが叶わなければ、また直接戦闘に持ち込んで『詰み手』を組み上げて斃すしか、ない。それはその分だけ確実に消耗してしまうことを意味しており、万が一、"人攫い教団"に追われていた場合には追い込まれてしまうリスクが高まる悪手でもある。


 ――そうしてルクは、"枝揺らし"と"宿り木"の生態を持った樹精(トレント)、そして他にもいるかもしれない【魔獣】へと思考を戻してしまう。乱戦になった際に、どのように対抗すべきか、どのような『詰み手』によって撃退するべきか。未だ、その肢体を見せぬ"枝揺らし"に対して、より最小の動作で、より合理的かつ効率的にその能力を把握するための「視認」をどうするべきかを『止まり木』で検討する。


 ――そのような思考と作業に没頭していた。

 複数種の感知魔法を駆使した周囲の地形把握とルート取りを、隣を走るミシェールに完全に任せ、信じて、頼り切っていたのであった。


 彼女が、一体"どこ"に自分を導き、誘っているのか、ルクは気付かずにいた。


   ***


 【人世】出身者であり、【黄金の馬蹄(ミュン=セン)国】の"騎士"達と戦闘経験があるソルファイドの意見を聞いたところ、この男女(・・)の戦闘能力は"騎士"達を越える実力であるという。

 もちろん、戦う人数や戦場の環境・条件、魔法の有無や――何より【黄金の馬蹄国】では"騎獣"の存在といった違いはあるが、副脳蟲(ぷるきゅぴ)達がリアルタイムで流してくる「実況」を武芸者なりに吟味するに、手数と対応能力、そして何より最善手(・・・)の決断が恐ろしいレベルで早くそして正確であるとのこと。


 実際、俺が見る限りでもそうだった。

 ル・ベリと"名付き"達に"調練"させた『緑漣牙虎』と『痺れ大斑蜘蛛』の即席の連携行動に面食らうことなく、ほぼ最速にして最適解の手札と手数で無力化している。扱う【魔法】の多彩さもそうであったが、戦闘の中でさらに先の先(・・・)までも意識して、体力と魔素・命素を温存しつつ、最大限の効果を発揮する手ばかり打ってくるのである。


「『緑漣牙虎』と『痺れ大斑蜘蛛』だけなら、過去に交戦経験があったということもできるかもしれないが……『葉隠れ狼(リーフゥルフ)』と『宿り木樹精(ミスルトゥレント)』は、流石にそうではないだろ」


「我らが麗しき【闇世】において"進化"……いえ、"適応"した種、ということでしたか」


「そうだ。かつてお前の祖先でもある人族の一派が【闇世】へ落ち延びて、そこで【異形】を得て『ルフェアの血裔』となった――同じように(・・・・・)【闇世】へ連れ込まれた、あるいは迷い込んだ野生動物達もまたそれぞれの【異形】に近いものを得て、そうだな、言うなれば【闇世生物】になった。だから【人世】で、完全に同じ種は、どこかの阿呆が解き放ったりしない限りはいるはずがない」


 であるにも関わらず、魔法使いの男女は『宿り木樹精(ミスルトゥレント)』の"弱点"を即座に看破してみせた。


《きゅおぉぉ、魔法さんてすごいんだきゅぴねぇ!》


《そうかなぁ、筋肉さんがやっぱり全てを解決するってばぁ!》


《きゅぴ……イェーデンの言う通り、筋肉さんも大事なのだきゅぴ。でも、時代は魔法さん――きゅ! 造物主様(マスター)、僕達と計画して、魔法少女エイリアンさんを作るのだきゅぴぃ!》


《あはは、あはは! 僕らはぷるきゅぴあってこと? あっはははは。そいじゃあ一ツ目雀(キクロスパロウ)さんを量産さんしてぇっと》


 やめろ脳みそども、どうしてくれる一瞬だけだが魔法のエイリアンを振るう、お下げを降ろしたアルファを想像してしまったろうが。


 ――言っても無駄なので気を取り直そう。きゅぴきゅぴ会議(馬鹿談義)は、これはこれで、魔法に関する分析の役には立つ、はずである、多分。最近は「辛いもの記憶」で、俺の記憶を覗いてくる副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもの舌を虐めようにも、ローヤルゼリーだか養○酒だかの味覚を取り出して相殺することで逃走することを覚えられており、新たなお仕置きの考案が必要である……と、そこまで考えて、俺は意識を魔法使いの男女に戻した。

 そして戦況の変化を察知した副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもも、いきなり真面目モードに戻った。


《きゅぴぃ、追い込んでいたはずだったのに、逆に『宿り木樹精(ミスルトゥレント)』さん達を凍った沼に集めて、まとめて落としてしまったのだきゅぴぃ》


《ま、造物主様(マスター)……葉隠れ狼(リーフゥルフ)さん達にも襲撃命令、出す……?》


「いいや、あの二人が向かっている方向自体は合ってる。追い込みながら――後ろのフードども(・・・・・・・・・)ともうちょっと距離を取らせよう。そしたら狼どもはフードに、そして男女の二人組には、走狗蟲(ランナー)達をぶつけるぞ」


「大丈夫か? 主殿。あのフードの者達は……【転移】の技を使っているのだろう? 同じ技が、魔法使いの二人にもできないとは言えないだろう。眷属(ファミリア)の姿を見られて逃げられはしないか?」


「あぁ、だから"保険"をかけておいた。走狗蟲(ランナー)達に襲撃させるのは――【領域】に誘い込んでからだ」


「ふうむ、迷宮領主(ダンジョンマスター)たる主殿がそう言うのであれば、そうなるのだろうが」


「大人しく御方様の言うことを信じれば良いのだ、こと我々が知らないご領分に関してはな。貴様は黙って、あの二人の魔法をどのように破るか、一つずつ丁寧に研究していろ」


 順調である。

 当初は【人世】の"魔法使い"を相手に戦闘データを取るため、白羽の矢を立てた男女であったが――村に現れたローブとフードの集団に、ちょっと痕跡を見せて(・・・・・・)やったら血相を変えて、【火】の魔石もほっぽりだして山狩りを始めたあたり、それなりに"訳あり"でもあるため、事情次第では匿って取り込む候補とできる。


 そして本職の魔法使いではないため話半分だが、戦闘センスに関してはずば抜けているソルファイドをして「多彩な手数」と言わしめるだけでなく――この二人、ほとんど会話無しなのである。にも関わらず、俺がこういう言い方をするのも妙な話だが、エイリアンに匹敵(・・・・・・・・)するかのような凄まじい"連携"能力を見せていた。

 扱う【魔法】の多彩さと相まって、相当の手練であることは間違いない。

 少なくとも戦闘の中で相手の特性や弱点を看破する能力が異常なまでに高く、そういう魔法が存在するのかと警戒させられるようなものであり――戦士として優秀で有能すぎるのだ。背後関係がわからない以上は、いっそ、俺の迷宮(ダンジョン)の存在に気付かれたならば捕らえるか、それが不可能であれば口を封じるしかない。


 それか、どこを目的地としているかまでは断片的にしか窺えないが、気付かずに通り過ぎていくつもりであれば、本来(・・)であったらそのまま行かせて、後を追跡して接触のキッカケを探るなどするに留めるのがベターだった。


 ……だが。

 微臓小蟲(オルガノイド)を外して、共覚小蟲(シネスティター)中心の野生獣達と、遠くから【視力強化】の煉因強化(バフ)を施した『監視班』のエイリアン。そして臓漿(フリュード)を地中に細く伸ばして感知範囲を広げさせ、さらにグウィースが指揮する『宿り木樹精(トレント)』の"内部"に隠した超覚腫(オーバーシアー)による"観察"の中で――。


 相棒である青年に気付かれぬように(・・・・・・・・)、魔法使いの二人組のうち、少女の方が自分から俺達に「メッセージ」を送ってきたのであった。

 青年には見えず、小蟲(パラサイト)によって視神経を同調させた『牙虎』数体にだけ見えるような角度で、雪に『オルゼンシア語』の『大オルゼ系統<神の似姿(エレ=セーナ)>』の"文字"を書くという手法によって、少女は次の通り伝えてきたのであった。


『――"兄"を誘導しますので、どうか、私達を御許まで招き入れください。迷宮を統べる偉大なる魔人様――』


 そのため、最低でも見逃すという選択肢は無くなった。

 俺の監視網の中で、少女は確かに宣言通り、"兄"らしい青年を誘導してきたのである。正直、彼らの連携能力や凄まじいまでの初見看破能力であれば、野獣や宿り木樹精(ミスルトゥレント)だけの包囲では突破されていた可能性もあった――その分岐点を、ことごとく少女は潰して、俺の迷宮(ダンジョン)に至るルートを青年に選ばせ続けたのである。


 何故、迷宮(ダンジョン)のことを知っているのか。

 何故、庇護を求めるかのようなことを匂わせる言い方をしているのか。

 何故、"兄"には伝えず、独断で俺に秘密裏に伝言してきたのか。


 浮かぶ疑念は様々にある。だが、来るというのならば招き入れるのみである。

 何かを求めるというのであれば、それに見合う対価を差し出すというのであれば、それに【報いる】のが【異星窟(俺の迷宮)】の在り方であるのだから。


 思惑を持たない人間など存在しない。

 ただ平穏を守りたい、という行動と思いですらも、広い意味では思惑なのだと言える。


 【人世】でのファースト・コンタクトは、俺の想定していたよりもより込み入った事情を抱えた者達との間のものとなりそうであった――それは、望むところだ。

 仮に"兄"をもだまくらかして、虎児を得ようと虎穴に入るのがこの少女であるならば、当の"虎穴"たる俺もまたその「入り込む者」を得る、ということなのだから。


「被害は許容するが、可能な限り負傷した者は退かせろ。次々に襲い掛かって、連中の"底"を測れ。状況を見ながら、アルファ、"名付き"どもも出ろ。【人世】でどれだけ通用するのか、徹底的に試せ」


 男女二人組が【人世】側に広げた(・・・・・)【領域】に追い込まれる。

 【人世】においても――ある程度ではあるが、例外的に迷宮領主(ダンジョンマスター)の"権能"が通る地点に、迷宮(ダンジョン)には属さない存在が侵入した気配として、それは感知される。

 そして副脳蟲(ぷるきゅぴ)達を通して、俺はエイリアン(眷属)達に一斉の襲撃を命じたのであった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  あれ、この世界天動説が主流?。だとすれば、『エイリアン』は外宇宙から来た異星の客、地動説的な思考が元となってるから、まさしくこの世界を創った諸神をただの上位者へと零落させる、冒涜的な…
[一言] oh~恐ろしきヤンデレのミシェール。まあルク君はこっからまだ逃げてどうするのか。とか未だに現実逃避してる節があるから。しっかり現実見えてそうなミシェールが引っ張っていかないとね。 名付き達…
[気になる点] 『牙虎』はともかく『大斑蜘蛛』は95話で協力して狩りをしてましたよ。群れる生態にはならないでしょうか?
感想一覧
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