女装趣味の男の娘と後輩女子の異色カップリング
僕の趣味は女性を装う事である。
今日は休日。朝早くから起きてシャワーを浴びながら無駄毛を剃り、顔を洗う。
シャワーから出たら、まずウイッグネットをかぶって化粧をする。カラーコンタクトを入れ、下地を塗り込み、ファンデを付け、アイメイクも欠かせない。最後にウイッグを被る。
そうして出来上がったのは、美少女だった。青みがかかった黒髪のウイッグに、髪色と同じ色をしたフリフリのお洋服。ぱっちりとした目にはカラーコンタクトの青が幻想的に光り輝いている。
「よし、今日も完璧!」
だが、僕は決して女性では無い。れっきとした男性である。巷で言う女装男子と言うモノ、僕は趣味で女装を楽しんでいる。今日もおめかしをしてお出かけだ。
「よし……誰もいないな……」
こっそりと、家を這い出て辺りを見回す。僕の女装趣味は誰にも内緒だ、もちろんクラスメイトにも友達にも部活の子たちにも。だからこのようにして、お出かけする際はこっそりと出ていくのが常である。
「そろ〜り、そろ〜り……」
「ふ、藤田先輩?」
「へ?」
突然、後ろから声をかけられた。僕の名前を呼ぶ声がする。
「そ、その声……藤田先輩ですよね……? 何をしてるんですか……?」
振り返ると、一人の少女がそこにいた。ブロンドのショートボブに、赤縁メガネがよく似合う少女。通っている高校の制服の上からパーカーを羽織っている。彼女は──
「ゆ、ゆゆゆゆ優香ちゃんんんんん!?」
日野 優香。僕が所属しているサッカー部のマネージャーの子だ。少しおどおどしていて、挨拶も上手にできないくらいのコミュ症で、物静かな後輩の少女だ。
──まずい! 知り合いに見られた!!
よりによって同じ部活の後輩女子に見られてしまった。これは誤魔化さなければ!
「ひ、人違いじゃないかな〜」
「え? で、でも声が藤田先輩で……」
「わ、私は藤田先輩の妹だから声も似てて……」
「で、でもさっき『優香ちゃん』って」
「あ……」
完全に論破された。もはや、ここまでこられると言い逃れはできない。
「だ、誰にも言わないで! 僕の秘密がバレたら……死ぬから!!」
「え、ええ!?」
僕は心の中に急に恥じらいが出てきて、いてもたってもいられずに、そのまま電柱の影に隠れた。
「だ、大丈夫です……誰にも言いませんから……それに」
「?」
「先輩……すごく可愛いです……!」
「へ?」
そう言って、彼女は普段人と話すときのように、もじもじしながら僕を褒めた。その言葉に、僕は少し硬直する。
「ほ、ほんとに?」
「はい……! すごく可愛いです……! 先輩……!」
途端、僕の心の奥底で何が嬉しさのあまりにはち切れた。その途端、僕は顔が真っ赤に染まって、耳まで紅く染める。
僕はこうやって褒められるのが一番嬉しかった。趣味で女性を装っている以上、やはり「可愛い」と言われるのはすごく心が弾むのだ。
「ありがとう優香ちゃん!! 嬉しいよ!!!」
「へ、へぇ!?」
思わず彼女の手を握ってお礼の言葉を述べる。すると彼女は手を離すとその場に蹲って顔を隠してしまった。
「あ、ごめん! いきなりびっくりさせちゃって……」
どうやら泣いているのかもしれない。異性にいきなり手を握られたら、彼女の性格ではびっくりするだろう。僕の不注意だった、思わず謝罪の言葉を述べる。
「い、いえ……大丈夫……です」
「そう……? それより優香ちゃんはどうして制服を? 今日は部活はないよ」
「え、えっと……兼部している吹奏楽部の練習があって……それで……」
なるほど、と僕は納得した。たしかに彼女の小柄な背中には、大きめの楽器ケースを背負っている。
「あ、メール……」
「?」
「…………」
「…………」
「えっと……先生の体調が悪くなったから、今日の練習は中止だそうです……」
「そ、そう……」
せっかく会ったのに、会話が思うように続かない。ぎこちない雰囲気と空気が続くだけであった。
「あ、あの……!」
「?」
「せ、先輩はこれからどこへ行くんですか……?」
「僕? 僕はこれからショッピングだけど……」
「じゃ、じゃあ!」
そう言うと、彼女は僕の手を握って低い背丈から見上げるようにしてこう言った。
「わ、私もショッピングに連れて行ってください!!」
「え?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
MUGON!
電車を乗り継ぎ、繁華街にまで向かう僕と優香ちゃんの間にはただただ沈黙が流れていた。お互いを恥ずかしそうに顔を見合わせず、会話がほとんどない。あるとしたら……
「あ、次の駅で降りるよ……」
「え、ええ……」
これくらいである。それほどの沈黙が、彼女との間には流れていた。耐えがたい静けさが僕の耳を突く。
『渋谷〜渋谷〜』
「あ、着いたよ……」
『ご乗車ありがとうございます』
「〜!!!!」
せっかく話しかけようと思ったら、今度は車内アナウンスに邪魔された。彼女は沈黙したままである。
彼女は俯きながらコクンと頷くと、そのまま自分の後をついてくる。離れないようにと、僕の服の袖を握って来たこともあった。
──可愛い……
なんだか小動物を連れまわしている気分だ。いつもは部活内でもあんまり喋らず目立たずで、話しかけたこともほとんどない仲だが、こうしてみると眼鏡がよく似合う美少女だ。
二人はそのまま繁華街を歩く。道ゆく人々は皆男女問わずおしゃれに着飾り、明るい雰囲気を醸し出している。そんな様子を彼女は物珍しそうにキョロキョロと見回している。まるで、上京してきた田舎娘のようだった。
「ここだよ」
「…………」
そして、この繁華街で一番有名なショッピングモールの前にたどり着いた。優香ちゃんはそれを目の前にして、口をあんぐりと開けて見上げている。
「大丈夫?行ける?」
「が、頑張ります……」
そう言って、彼女は勇気を振り絞って僕の後に続いてショッピングモールに入っていった。
──にしてもまさか、全身コーディネートをして欲しいだなんて言われるとはなぁ……
僕が彼女といるのは、彼女のコーディネートを手助けするためである。僕が根っからの女装男子であると気づいた彼女は、そのセンスに頼ってコーディネートを頼んできたのだ。
たしかに、男子でありながら女性モノの服に詳しい僕はコーディネートくらいは余裕だ。普段は暗い彼女でも、絶対に似合う服を用意できる。だからこそ、僕にコーディネートを任せたのだろう。彼女は賢い。
「いらっしゃいませ!」
威勢の良い店員さんの声と共に、服がたくさん並んだマネキンだらけの洋服店に入る。控えめな色から、ちょっと可愛らしい色まで沢山の春物の服が並んでいる。
「わぁ……」
「この中から選ぼう?」
僕と優香ちゃんはマネキンに着せられている人気の服を目に入れながら、選び始める。
「これなんかどう?」
「え、ええ……!?」
まず僕が選んだのは、今流行のワンピースであった。ゆったりとした優しい色のワンピースに、薄めのカーディガンを上から着せて帽子をつけたファッションだ。
「こ、これ……ほんとに着るんですか?」
「そうだけど?やっぱり恥ずい?」
そう言うと、優香ちゃんは下を向きたながらもじもじとしている。やはり恥ずかしかっただろうか?
「うーん……そうなるともっと控えめな方がいいかな……?」
「どうなされましたか?」
と、見かねた店員の女性が僕たちに声をかけてくれた。
「え?ああ、今彼女に似合う服を探していたんです」
と、ここまで会話したところで店員さんは優香ちゃんの服を選び始めてくれた。
「うーん……あんまり派手な服じゃないのだと……」
と、店員さんはおっとりとした雰囲気の学生服っぽいコーディネートを選んだ。学生服と言ってもそれっぽいだけで、実際はブラウスとスカートの組み合わせなのだけど。
「どうでしょうか?」
「え、えっと……」
「それか、これなんかどうです?」
「え、ええ!?」
やはりというべきか、普段こんな服を着ない優香ちゃんにとっては、店員さんが勧める服は恥ずかしい服が多いみたいだ。
「うーん……やはりどれでも恥ずかしいですか……」
「あ、あの……」
「?」
そう言って、優香ちゃんは先ほど僕が勧めたワンピースを指差して。
「私……あれを着てみたいです……!」
「え?」
なんと、彼女は僕が最初に勧めたあのワンピースを着てみたいと言ってきたのだ。これには驚いた。始め、彼女は恥ずかしそうにあの服を着るのを拒んでいたからだ。
「試着……してみる?」
僕が勧めると。
「はい……」
と彼女は物恥ずかしそうにそうにそう言った。そして、彼女は試着室に靴や靴下などの他のアイテムを合わせて入っていった。眼鏡はよく似合っていた為外さなかった。
けれど、髪の毛が少々野暮ったい感じになっていた為、店員さんが気を利かせてヘアピンを持ってきてくれた。待つこと5分ほど、着替え終わった彼女の姿は──
「「か、か……」」
「…………ッ!!」
「「可愛い……!!」」
試着してみれば、かなり似合っていた。それはもう、出来の良い飾り人形なんじゃないかと思うくらいの美貌と絶妙なバランスが整えられている。
僕は彼女のことを前々から美少女顔だと思っていたが、暗い雰囲気に隠れていてあまり目立たなかった。それが、一気に晴れ渡ったような、そんな感じだ。
「優香ちゃんすごいよ!すっごく可愛い!!」
「え、ええ!? 本当ですか……!?」
「うんほんと! 似合っているよ!!」
そう言うと、彼女は顔を赤らめてもじもじしながらも。
「あ、ありがとうございます……」
そう、小ちゃなお礼を言った。その後、僕は彼女にこのワンピースとアイテム一式を買ってあげた。彼女は申し訳ないと謝っていたが、今回は驕りということで納得してもらえた。
満足げに駅まで歩く僕と、もじもじしながらも嬉しそうな表情をする優香ちゃん。その手にはさっきのワンピースが入った紙袋を持っている。
「あ、あの……」
「ん?」
「今日はほんとに……ありがとうございました……!」
「いいって、僕で良ければいつでもショッピングに行こ?」
「は、はい……!」
そう言って彼女はぎこちないながらも笑顔を見せてくれた。その表情に、僕も自然と笑みが溢れる。
なんだか今日はいいことをした気がする、気分が晴れやかだ。彼女ともっと仲良くなりたいと、切に願う僕であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
帰宅後、私は買ってもらったワンピースを早速広げてみた。鏡の前で私の体に合わせて見て、少しだけうきうきする。
「先輩の選んだ服……」
選んでもらえて嬉しかった。店員さんが選んだ服よりも、私は先輩が選んだ服の方を着て見たいと思えた。何故だかはわからない、でも先輩に好意を抱いているからそうなったのかもしれない。
今日は先輩の秘密を見てしまったが、それがむしろ好感が持てる。なんだか先輩が人見知りな自分を変えてくれそうな気がして、勇気が湧いてくる。
「ありがとう……先輩……」
私はこの服を一生大事にすると、心に決めた。