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ざまぁ・復讐系まとめ

【コミカライズ】よくある婚約破棄の話

作者: 汐乃 渚

言いたい放題ざまぁ系第二弾。

思いつきでわーっと書いたので、言葉やつながりがおかしかったらごめんなさい。


☆一迅社様より発売の『婚約破棄されましたが、幸せに暮らしておりますわ! アンソロジーコミック 第4巻』にてコミカライズしていただきました!☆

「ミランダ!!! 今日こそ我慢ならん! 貴様との婚約は今この場で破棄する!」



アカデミーの放課後、まだ人の残っている教室内でわざわざ違うクラスまでやってきて険しい顔で怒鳴り散らしているのは、私の婚約者サマだ。

流石に被害妄想もここまで酷いと、もう頭を抱えるしかない。

が、額に手を当ててみたところで事態が好転するわけもないので、ため息をつきながら相手をする。



「ギルバート、今日は一体何が気に入らなかったの?」



大方、婚約者サマのジャケットの裾を掴んで被害者面しているオンナがまた何か言ったのだろう。



「『何が』だと!? 貴様、ティアナが話しかけても無視したそうじゃないか! 級友を無視するなんて、それでもアカデミーで学ぶ淑女のすることか!?」

「あぁ……」



それね。

無視と言われてしまうとそうかもしれないが、こちらにも言い分はある。

ただ、聞く耳――恐らくアタマも――を持たない人間に言い返すのも疲れる。


非常に、疲れる。


このまま帰りたいのはやまやまだけど、去っただけではまた同じことが繰り返されるだけなので頭を押さえつつ、あったことを伝えてやる。



「彼女のお話があまりにも荒唐無稽で会話にならないから、理屈が通るように内容をまとめてから来てほしいとお願いしたのだけど、一向に改善されないの。テスト期間中に何度も来られて迷惑だから、『同じ内容なら相手をしない』とお伝えしたのだけど……伝わってなかったのね。ごめんなさい、そこまで言葉が不自由だと思わなかったの」



謝ったのに、どうやら目の前の二人は気分を害したらしい。



「なっ……! 何てこと言うんだ!! ティアナの言う事のどこが分からないと言うんだ!?」

「うーん、全部かしら?」

「キッサマぁ……!!!」



私の方こそ現在進行形で困っているのに、婚約者サマは随分機嫌が悪いのか、顔を真っ赤にして握った拳がブルブルしている。

その様子にもう一つため息をつき、説明を続けた。



「あのねぇ……毎日会う度に『ギルバート様と別れてください』『私たち両思いなんです』『家同士のしがらみで結婚するなんてありえない』って言われるのよ? 貴族同士の結婚なんて大体そんなもんだし、好きな人ができて別れられるなら皆そうしてるわよ。義務なんだから仕方ないでしょ。平民みたいな価値観で物事を判断するなら、そもそもこのアカデミーで学ぶ必要はないし、二人揃って貴族辞めたら? あとね、婚約破棄してほしいのは分かったから、私じゃなくてアナタのお父様をまず説得してから、私の父に婚約破棄を申し入れるように段取りしてって何度も言ったわよ? 家同士の契約なんだから、私に言われてもどうしようもないっていうのはいい加減理解しても良いんじゃない? せめて私にできることを言いなさいよ」



一つずつ、噛んで含めるように説明したのだが、やっぱり話が通じない。



「ミランダ、貴様ティアナを平民呼ばわりするのか!!!」

「ミランダ様、酷い……。私が平民育ちだからって、何もそんな風に言わなくても良いじゃないですか」



そこかーい。

イヤイヤイヤ、そういうハナシじゃないってことがなんで分からないのかしら?


ティアナ嬢が平民育ちということは、同じ学年の生徒なら誰でも知っている。

男爵のお父様がメイドに産ませた庶子だったが、見た目が可愛いので嫁出し要員として本邸に引き取られたという、そこら辺に転がりまくっている境遇の令嬢がティアナ嬢だ。


同じような身の上の令嬢は他にも何人もいるが、ここまで話の通じない子は初めて。


親の爵位の違いはあれど、貴族の子女を教育するためにあるのがこのアカデミーだ。

婚姻による家同士の繋がりの強化だとかなんだとかは、当然真っ先に教えられることのハズなんだけど。

勿論、お互い好き合って結婚する人もいるし、結婚してから仲が良好になることもあるらしいけど、それとこれとは話が違う。


結局私たちはまだ未成年で、私とギルバートの婚約は親同士の決めたものなんだから。



ちなみにこの婚約、貧乏侯爵家のギルバートの家に援助する代わりに、伯爵家のウチが領地に隣接する侯爵領の飛び地を貰うという契約で成り立っている。

お金が欲しい侯爵家が飛び地を売って、その飛び地が欲しい伯爵家が買えば済む話だと思うんだけど、貴族の世界ってそうはいかないらしいの。

あと、ギルバートの亡くなったお母様とウチのお母様の仲が良かったっていうのもあるわね。

おば様には子供の頃に良くしていただいたから、それを思うとちょっと引っかかるし、私のお母様も多分悲しむかしら……そういう色々なしがらみがあるので、私の気持ち一つでも、ましてやアホ二人の言うままに婚約破棄なんてできないわけ。



「大体、貴様は何故そうも理屈をこねるんだ! 賢しいつもりか? 女のくせに、全く可愛げのない……お前のはな、小賢しいって言うんだよ! どうせティアナが可愛いからって妬いてるんだろう」



吐き捨てるように言われて、カチンとくる。

ううん、ダメダメ、お腹に蹴りなんて、入れちゃダメよ……はしたないって言われちゃうわ。


私が我慢しているのに、目の前の二人は「やだ、ギルバート様ったら、私のこと可愛いなんてぇ」「なんだ、本当のことなんだから良いじゃないか」とかなんとか寒い会話を交わしている。



……決めた。

あとで舗装された堅い道の上で転ばせてやるわ。

精々そのやわらかーい頭から血を流せば良いんだわ。

ふふふ、授業で剣術を習っているくせに、足元が覚束ないのは知っているのよ。

ついでに一回転して馬車のステップにぶつかるようにすれば上出来かしら。


でも言われっぱなしも良くないから、言い返しておかないとね?



「あら、賢しくなりたいのはその通りだけど……貴方には私が小賢しく見えてたのねぇ。心外だわ? でも、可愛くて理屈が通じない女性が好みなら、確かに私には当てはまらないわね」



むしろ上等だけど?



「それとも、ティアナさんくらい可愛いと理屈が通じなくても許されちゃうのかしら? それは凄いのねぇ……。うーん、でもおかしいわね? 他にも可愛い子はたくさんいるけど、皆さん理屈もお話も通じるわ? ふふふ、凄いわ、『可愛い』にそんなに自信があるのね。素敵」



ご自慢の可愛い顔とやらをたっぷり眺めて、婚約者サマに向き直る。



「小賢しくて可愛げのない私には理屈が通るようにお話ししてもらわないと困るの。ごめんなさいね、動物園の飼育員じゃないから、そこまで面倒見られないわ。それをわかっているのに、貴方は毎度飽きもせず私とティアナさんをどうにかしたいの? それって、結局貴方が一番何も分かっていないんじゃなくて?」



これには、本当に心底困ってるので、演技の一切ない困った表情が浮かんでいる事だろう。

こんなにも私が困っているのに、まだ目の前の男は口が減らない。



「何を言うんだ! お前がいつだってティアナをいじめて困らせているんじゃないか!! 大体先日だって――」



そしてそのまま既に一度決着のついた言いがかりの話を蒸し返してくる。

教科書が汚されただの、悪口を言われただの、どこかの教室に迷い込んだとか、逆にどうしたらそんなに問題が起きるのか知りたい。



そうして何度目かの大きなため息をつこうとしたところで、私のものじゃない手が私の口を塞いだ。



義姉(ねえ)さん、ため息をつくと幸せが逃げるよ」



私の口を塞いだのは、義弟(おとうと)のテオドールだ。


伯爵家の実子が私だけで跡継ぎがいないから、伯爵家の跡を継ぐべく養子に入ったのが遠縁のテオドールだ。

そもそも私が今日の授業も終わった教室に残っていたのは、日誌を提出に行ったテオドールを待っていたのよね。

テオドールと同じクラスな理由は、生まれ年が同じだから。

私の方が生まれ月が早いから、私が義姉さんってわけ。


口に当てられた手を外して、カバンを渡す。

帰る準備は万端だ。



「幸せなんて、逃げる程残ってるかしら? 婚約者サマがこれじゃあ、お先真っ暗よ」

「それじゃあ不幸の元を絶たないとね」

「それがねぇ、無駄に強靭な精神力でどうにもならないのよ」

「もう物理しか方法は残ってないのかな?」

「うーん、魅力的だけど、アシが付くのは不味いわ?」

「事故に見せかけよう」

「良い案があって?」

「待て待て待てーい!!!」



あら嫌だ、やっと帰れると思ったのに止められてしまったわ。



「まだ何かあるの?」

「大アリだろうが、このバカ姉弟! 目の前で完全犯罪仄めかされて黙って帰せるか!」

「バカっていうやつがバカなんだぞ」

「そうよ、このバーカ」

「ギルバートのクソバカ野郎」

「全くだわ。愛嬌のあるほんの冗談なのに、何怒ってるのよ」

「せめて証拠掴んでから止めろよ」

「それかダイイングメッセージ残しなさいよ」

「だぁぁかぁぁらぁぁぁあ! それじゃあ遅いんだろうがぁ! 死んでるじゃないか!」

「まだ死んでないのに文句言うなよ」

「全くその通りだわ。酷い言いがかりよ」

「ガァァァァ!!! ホントマジこの姉弟なんなんだよ!!!」



地団駄を踏んで激昂するギルバートに、ティアナ嬢が「ギルバート様しっかりぃ!」とかなんとか気の抜けた合いの手を入れているけど、もう本当に疲れたわ。


クラスメイト? 毎度のことだからもうとっくに教室に残ってるのは私たちだけよ。

毎度のこと過ぎて、『婚約破棄破棄詐欺』とでも思われていないかちょっぴり心配。


いい加減私も帰りたいから、仕方なく口を開く。



「ねぇ、ギルバート。そろそろ私、今日は本当に頭が痛いから帰らせてちょうだい」

「まっ、待て! 話は終わっていないぞ」

「義姉さんの体調が悪いんだから黙って退けよ、ギルバート」



テオドールの声に冷たいものが混じるのを感じて、そっと首を振る。

さっきまでの話にテオドールまで入ったら、相当ややこしくなるのは目に見えている。

となれば、私がさっさと終わらせるしかないのね。



「ギルバート、終わった話を蒸し返したのは貴方よ。私がティアナさんに何かしたっていう件が冤罪だったのは、もう証拠まで出揃って納得したはずよ? いい加減にしてちょうだい。迷惑だわ」

「な……」

「あとは……そうそう、『アカデミーで学ぶ淑女のすることか?』だったわね。そっくりそのままお返しするわ。ギルバート、貴方さっきから散々私のことを『貴様』とか『お前』とか、あまつさえ『女のくせに』とか言ってたわよね? しかも、他クラスの教室で何度も声を荒げて。貴方の今までの行動は、アカデミーで学ぶ紳士のすることかしら? アカデミー入学前の子でもやらないわ。恥ずかしいこと」



そう言ってやれば、言い返せないのか悔しそうな顔をしている。



「あぁ……あと、『妬いてるんだろう』だったかしら? 妬いてほしいならせめてもう少し賢くなってもらわないと、婚約者だというのに爪の先程の興味も湧かないわ。おじ様に報告しないといけないんだから、何か優れたところもたまには見せてみなさいよ」



毎年、一度は侯爵家へご挨拶に伺わなくてはいけなくて、その度息子のアカデミーでの様子を知りたがるおじ様とお話しするのだけど、褒め称える点はおろか、触れても当たり障りのない内容も凄く少なくて、いつも困っているの。

成績もパッとしないし剣術は目も当てられないし、何故か上からの尊大な態度を取るから人当たりも良いわけじゃないし。

しかも、たまに嘘ついてるから話を合わせないといけないし。

バカだけど婚約者だから、それでも何とか話題をひねり出して今まで散々庇ってあげたのに、見かけだけのバカ女に振り回されるなんて、本当に恩知らずなんだから。



「明日以降も同じような話をしてくるつもりなら、お願いだからせめて紙に書いて渡してちょうだい。文字にすれば、書いた時点で自分たちがどれだけふざけたことを言っているのか良くわかると思うの」



ちなみに目を通すつもりは無い。



「あとねぇギルバート、貴方、自分の婚約者に会いに行くのに、腕に好きな女の子ぶら下げて来るなんて、品位と人間性を疑うわ。……あぁ、違うわね、品位も人間性も『無い』のよね? もしあったなら、恥ずかしくてアカデミーに来られるはずないもの。ねぇ? そんなに親の決めた婚約者が嫌で恋愛結婚したいなら、貴族なんてお辞めなさいよ」



コイツらにそんな度胸、あるわけがない。



「そうそう、最後に。貴方たち最近やけに私を悪者にしたがっているみたいだけど、自分たちの勝手で婚約破棄したいんだから、正直に親にそう言いなさいよ。私が悪いと周りに思わせたいんだろうけど、全部ヘタクソすぎるわ。上手く私を悪者にするだけの知能も無くて、正直に親に言う勇気も無いなんて、惨めすぎる。バカならバカなりに、せめて正直でいなさいよ! 見苦しいのよ!!」



最後は怒鳴って、強引に教室を出た。

テオドールは当然の如く、ピッタリと私に張り付いていた。



「……ちょっと言い過ぎちゃったかしら」

「いつものことでしょ? それに、ギルバートはメンタルがタフネス過ぎるから何ともないよ。黙ってたのは、言われた内容が理解できてなかったせいじゃない?」

「それならとんだ怒鳴り損ね……」



流石にそこまでじゃないと思いたい。

これからも同じようなやり取りが続くのかと思うとゾッとする。



「ねぇ、もう本当に婚約破棄しちゃおうよ」



テオドールの言葉は、今すぐ頷いてしまいたいくらい、とても魅力的だ。



「駄目よ。きっとお父様はお許しにならないわ」

「そんなことない! 飛び地なんかより君の幸せの方が大切に決まってるだろう?」

「どうかしらね……」



お父様が私に優しいのと、貴族としての義務はまた別じゃないかしら?



「ギルバートの言い分は全くの的外れだけど、君が理屈っぽいのは確かだよ」

「あら、酷い」

「酷くないさ。義務だの責任だの、必要以上に君は気にし過ぎてる。何でもかんでも自分で抱えようとするのは良くないよ」



テオドールに言われると、なんだかそんな気がするのは何故だろう?



「それに、例の飛び地を購入する目途が立った」

「え?」

「抜け道を探したんだ。手間はかかるけど、それで婚約の理由が無くなるだろう?」

「で、でも……」

「実を言うと、義父(とう)さんもそのつもりだよ」

「は?」

「あまりにアイツらが酷いから、相談したんだ。ギルバートがあんなんなのは、義父(とう)さんも義母(かあ)さんも、向こうのおじさんも知ってる」

「な、なんで……?」

「この間も同じように騒いでただろ? ほら、あの冤罪かけられそうになったとき。あの時の様子、実は録画しといたんだよね。それを見せた」

「録画!? どうやって!?」

「こないだ僕の誕生日だっただろう? あの時に録画できる魔術具を貰ったんだ」

「それは知ってるけど……え、あれを使ったの!? 一回しか使えないんでしょ!?」

「大丈夫、一度でしっかり撮れたからね」

「えぇぇぇぇ」



ちょっと展開が早すぎてついていけない。

魔術具は、魔力を持たない私たちが不思議な術を使うことのできる、魔石を埋め込んだ道具のことだ。

数少ない貴重な輸入品でしか手に入らないので、とんでもなく高い。

今年は私とテオドールが十八歳――成人する年なので、こんな高価な贈り物だったというわけ。



「それでも、なんかその、勿体ない? よね……」

「どうして?」

「だ、だって、物凄く高価で、一回しか使えないんだよ? もっと大事なものを撮るのに使えばよかったのに」



気づいたら私たちはいつの間にやら手を繋ぎ、邸へ向かう馬車に乗っていた。



「良いんだよ。道具は道具だ。それに、もっと素敵な贈り物を手に入れる予定だから気にしないで」

「は……?」



空飛ぶ絨毯でも買ってもらうんだろうか?



「ふふ、君がお嫁に行かなくて済むんだ。ウチから出なくて良くなるんだから、家族一同こんなに嬉しいことは無いよね?」

「あの、婚約を解消? することと、私がお嫁に行かないのはイコールにならないっていうか……」

「行かないよ?」

「何!? やだ怖いわ! 修道院行き? 私は悪くないのに?」

「ふふ、やだなぁ、そんなわけないじゃないか」

「そ、そうよね~。良かったわぁ」



謎かけのようなことを言うもんだから、冷汗かいちゃったじゃない。

まぁでも、あれだけアカデミーで醜聞晒してたら、新しい婚約者は絶望的なのかしら。


少し遠い目をしていると、向かいに座るテオドールに、繋いでいたのとは反対側の手も取られ、両手を握りこまれる形になった。

なんだか顔も近づいてきて、心臓が跳ねた。



「ふふ、本当はわかってるくせに……僕が君と婚姻を結び――婿に入るんだよ」

「なっ!?」

「どうして驚くの? 何もおかしなことは無いよ。だって君は伯爵家の一人娘で、僕は伯爵家を継ぐために今まで過ごしてきたんだ。ピッタリの組み合わせでしょう? それに――僕たちは両思いだしね」

「ひぃ」



顔、近い近い……!



「ねぇ、だってずっと君のことが好きだってアピールしてきたんだよ? 君も僕と同じ気持ちだと思ってたんだけど――僕の自惚れだったのかな?」

「いえ、あのー、それはえっとー」



どうしよう、どうしよう、言葉がうまくまとまらない。

ドストレートに言われてしまったのだけど、なんというか、むずがゆくて私らしくないというか、なんというか。

これじゃあ、あのバカコンビを笑えないじゃないの……。


だって、これじゃアイツらと一緒じゃない。

私だって、婚約破棄して好きな人と結婚できるものならしたかったんだもの。

ダメだと思えばこそ、ギルバートたちにもあれだけの事を言ってきたわけで――



「ちょっと! 何考えてるかなんとなくわかるから言わせてもらうけど、君はアイツらとは何一つ同じじゃないから! 僕たちのは全然違うから! アイツらのは、正式な手順の一切無いただの自己中ワガママ迷惑行為だけど、僕たちは『婚約解消したら次の相手が想い人だった』っていうことだから! ちゃんとした婚約だから! 棚ぼたの一種!」

「え、い、いや、あの……ハイ……」



なんか引っかかる気がしなくもないけど、ドキドキしてそれどころじゃない。

顔、あっつい。



「ねぇ、なんだかさっきからやけにあやふやなことしか言ってないけど、嬉しくないわけじゃないよね?」

「ちがっ、いや、あのですねー、私も好きだし嬉しいんだけど、なんと言いますか、いままで義姉弟として育ってきてるわけじゃない? 急には切り替えられないっていうか……」

「ま、君はそうかもね。でも世間的には何の問題も無いから心配要らないよ。義姉弟(きょうだい)とはいえ、僕が伯爵家の跡を継ぐために養子に入ったのも、君と血が繋がっていないのも周知の事実だからね。例の飛び地と一緒さ。手続きはややこしいけど、何の問題も無い」

「ハイ……」

「『義姉さん』も、封印だね」

「ソウデスネ……」

「もしかして、『義姉さん』の方が良い? そっちの方が良いなら……」

「えっ!? 何ソレ違う! あの、改めて婚約者になるなら、できればこれからは普通に呼んでいただきたく……」



慌てて首を振れば、笑われてしまった……。

手は握られたままで、やけに顔が熱くて仕方なかったのだけど、次の話題には一気に頭が冷えた。


このバカげた婚約破棄騒動の結末は、お互いの婚約解消だけでは終わらなかったらしい。



「そうそう、アイツらの処分だけどね。ギルバートは廃嫡、家門から除名のち放逐、あのティアナとかいう女は重犯罪者として処刑……にはならなかったけど、相応の刑が科せられ、一生牢から出ることは無いだろう。そして言うまでもないが、二人とも退学だ」

「え……」

「当然だろう? 由緒ある王立アカデミーであれだけのことをしでかしたんだ。大勢が迷惑したし、罰は必要だ。今日まで騒いでいられたのがおかしいのさ」



淡々と語る元義弟のテンションの落差が激しい。

聞いた者が凍えるような、冷めた声音で告げられた顛末はこうだった。


ギルバートとの婚約破棄騒動以前から、ティアナ嬢の素行は決して良いものではなかったらしい。

ギルバートと同じくらい授業態度が悪く、成績も言うに及ばず――それに引き換え、ティアナ嬢の可愛らしく可憐な美貌は何人もの男子生徒を魅了したのだという。

私とギルバートの婚約破棄騒動のみならず、以前からクラスメイト複数名とその婚約者の令嬢たちにも同様の騒動を引き起こしていたらしい。

ある令嬢は婚約者の心変わりを嘆き、また別の令嬢は憤り、ある令息は強引に――各々婚約破棄まで進んだが、そこでティアナ嬢はこう言うのだそうだ。



『ごめんなさい、間違えちゃったみたい』



そして後には婚約破棄で傷ついた者達と、ティアナ嬢の新たな獲物――何故か相手の爵位が上がっていく――という構図が出来上がっていく。


明るみに出なかった理由としては、婚約破棄なんていうただの恥を、大っぴらにするような者達がいなかっただけに過ぎない。

親同士が結んだ婚約とはいえ、当人同士が「絶対に嫌だ」と言うまでに拗れてしまっては、親側も泣く泣く解消するしかなくなる。

が、令嬢は令息たちに捨てられ、令息たちもまた、ティアナ嬢に捨てられる。

自らのそんな恥部を吹聴できるものはいなかった――底抜けに間抜けなギルバート以外は。


侯爵嫡男であるギルバートは、父親の爵位こそ高いものの、本人の資質は全くと言っていい程残念で、こともあろうに二人して婚約者――私に直接婚約破棄の依頼に行く始末。私は私で、婚約破棄できるものならしたいけど、親の取り決めなので親を通すようにしか言わず、傍若無人な言い掛かりにはキッチリと言い返し――要は、迷惑行為に面と向かって対抗した。


その姿を見て、同じ経験をした者達がアカデミー側へ報告したのが最近の話。

繊細な話題ゆえ、調査には少し時間がかかり――この時点で私と彼らのやり取りが頻繁に発生し、主に私のクラスメイト達も迷惑だと訴えるに至った。

そして最後のダメ押しが、私からティアナ嬢へ悪質な嫌がらせがあったとの冤罪事件である。

私からすればお粗末な事件だったのだが、アカデミー側としてはそれなりに危機感を感じた一件だそうだ。


内容としては、私がティアナ嬢へありもしない嫌がらせの数々を行ったという訴え――勿論嘘――と、その証人たちによる証言。

いつ頃、私がどんなことをして嫌がらせをしていたのか見ていた……大体がそういう感じの証言だ。

この証言者たちが問題で、ギルバートとティアナ嬢にカネを握らされたり、命令されたり、お願いされたりして各人偽証を行った。

人望がほぼ無かった彼らにしては(この頃にはティアナ嬢は男子生徒からも相手にされなくなりつつあった)、十人程の証言者を確保できたのが意外だったのだが、如何せんここは貴族の子女が通うアカデミー。

侯爵家嫡男のギルバートは親の爵位を笠に着て、いい年こいてクラスのガキ大将のようなポジションだったらしい。

……もう私たち、今年卒業の十八歳なんだけど。


アカデミーのクラス分けは成績順で、ギルバートたちのクラスは一番成績の良くない組。

成績に関しては、家業を手伝っているせいで勉強に集中できなかったり、親の爵位が低いため高位貴族に目を付けられたくなくてわざと成績を落としたりしている人が多い中、単純にバカすぎたギルバートがぶっちぎりで親の爵位が高かった。

クラス内には主に下位貴族の子女ばかりだったせいで、ギルバートが増長してしまったのだ。


クラスメイトのみならず、繋がりのある他クラスをはじめ後輩たちまで巻き込んで、何とか偽証してくれる証人たちを用意したギルバートたちだったが、そもそもの訴えが嘘まみれな上に連携もとれておらず、私が少しつついただけでもおかしい箇所が多数……。

が、私が何を言っても「言い訳だ」「それこそ嘘だ」というような水掛け論に。

私をやり込める様子を人に見せたかったのか、周りには大勢の生徒や先生方もいたので、私のアリバイだったり、私の言い分の裏付けをしてくれる人も多かった。


最終的にはどの訴えも『時間的に無理』『そもそもできるはずがない』『私がやる理由がない』ということが立証され、逆にティアナ嬢による自作自演であるというところまで証拠が揃ってしまった。

鼻息荒くやってきたクセに、最後には尻尾を巻いて逃げだした彼らだったが、アカデミー側としては親の権力や金銭、他者への心象だけで、大っぴらにでっち上げまでされては大問題。

後に判明したのだが、中には親の仕事道具を使って証拠を偽造した者までいたらしい。


この冤罪事件は学びの場に相応しくないばかりか、あまりの悪質さにアカデミーで管理できる範疇を超え、裏で司法局まで動く事態となった。

たまたま義姉の婚約解消の材料にするために一部始終が記録された魔術具を持っていたテオドールも、魔術具を提出することで調査へ協力、お父様と一緒に一連の詳細を聞かされるに至ったとのことだ。


関係者全員を処罰するため今日まで隠されてきたのだが、明日の朝に一斉摘発される予定だそうだ。

ギルバート、ティアナ嬢への処分は既に決まっていて、内容はテオドールが話した通り。


ギルバートは私への迷惑行為関連で罰せられ、廃嫡、家門から除名のち放逐。

高位貴族の嫡男から、一気に平民へ。

しばらくは貴族向けの牢にも入ることになるんだとか。

侯爵家の跡は、年の離れた弟のギリアムが継ぐことになるそうだ。


ティアナ嬢は私に対してだけでなく、今までの婚約破棄騒動も悪質過ぎた。

貴族間各家での取り決めを数多く壊してきたことになる。

侯爵家嫡男だったギルバートと違い、平民育ちの庶子で男爵に引き取られていたが、男爵がティアナ嬢への一切の権利と関係を絶つと決めたこと、今まで彼女が公に貴族の慣習の数々を蔑にする発言を多々行っていたことなどがあり、ティアナ嬢は貴族としての地位をはく奪され、平民として裁かれる。

平民として貴族に面と向かって侮辱したという扱いになるので、更に相当罪が重くなる。

その一生を、厳しい監視の元で労役に費やすことになるのだろう。


とんでもなく重い罪だけど、私としては一切同情の気持ちは湧かない。

処刑となっていたなら流石に胸が痛んだだろうけど、背景を聞かされては納得するばかりだ。

ただ思っていた以上に、私も甘かったんだなという感じ。

その点は反省するわ。



「――それにしても、ティアナ嬢はどうしてそんなにたくさんの人たちを婚約破棄に巻き込んできたのかしら? ギルバートの事を好きだから、という理由で、身勝手だと思いながらも私も今まで納得していたんだけど……。話を聞いていると、随分移り気なようね? それに相手を捨てるときに『間違えちゃった』なんて、どういうことかしら?」


今までバカだとしか思ってこなかったが、過去の話を聞くと印象が変わってくる。

なんというか、『婚約破棄』という行動をさせるために動いているような……。


困惑している私の手をギュッと握ったテオドールの語った内容は、信じられないことだった。



「彼女のこれまでの行動の理由は、今はまだわからない。それはきっと、これからの尋問で明らかになっていくだろう――ただ、僕も信じられないんだけど、これの騒動に似たような嘘みたいな本当の事件が、他の国でも何件か起きているらしい」

「え……?」

「そのどれもが、よく似通っているんだ。ある国の令嬢は、パーティでありもしない悪事を騒ぎ立てられて婚約破棄を突き付けられ、また別の国の令嬢は、ちょっとしたいざこざが誇張されて訴えられそうに、中には処刑の一歩手前まで行ってしまったケースもあるらしい」



幸いなことに、寸前のところで周囲の助けが間に合ったらしいのだが。



「そんな数々の事件には必ず令嬢を貶めようとする少女がいて、その少女たちの言う事も詳細は違えど、決まって同じような事を口にするらしい」



曰く、『あの女は悪役令嬢なんだから当然じゃない』『私がヒロインなのよ!』などと、まるで別の世界の人間のようなことを言うのだとか。



「物語じゃないんだから……。そんなことを言うの? 公の取り調べで?」

「どうやらそうらしいよ。僕も詳しくは聞いていないんだけど、どうやら『悪役令嬢』――家の力で婚約者を縛り付ける悪い令嬢? 彼女たちの言い分では意地悪で性根が悪く、平気で罪を犯す悪女らしい――とやらを貶めることに正義を感じるようだ」

「本当に荒唐無稽ね……。でも確かに、私も同じようなことを言われたわ」



私の希望でも何でもなく、本当に家同士の結びつきで婚約しているのにそんなことを言われても……と困っていたのだ。

そんなことで悪役令嬢? だなんて、本当にふざけていると思う。

世界は広いとはいえ、同じような事件が起きていて、まさか私も関係があっただなんて気味が悪い。



「『悪役令嬢症候群』とでも言うのかな? 理屈が通じないのも同じだし、気持ち悪いほど似通った事件を起こす少女たちで、今回彼女がどんなことを証言するにせよ、その辺りも含めて調査されることになるだろう」

「まるで流行り病みたいな言い方するのね。なんだか、別の世界の出来事みたい……」

「その通りだね。でも君は被害者なんだから、全く心配しなくていいよ」



そう言って、テオドールは私の額にそっと口づけを落とす。



「君のことは、僕が守る。これからも、ずっと一緒だからね」

「ふふふ、本当ね……。貴方が隣にいてくれたら、何も怖くないわ」



婚約破棄の話から想像以上に大ごとになってしまったようだけど、テオドールがいる限り、私はきっとこれからも幸せに暮らすだろう。



――そういえば、ギルバートを転ばせる目論見だったのを忘れていたわ。

もう機会がなくて無念だと諦めていたのだけれど、連行される際に大暴れして転がされて、もんどりうって何回転もした挙句、しまいには頭を打って流血沙汰になって大泣きした、という話を聞いて、私は溜飲を下げたのだった。




こってりドロドロ胸糞で話通じない系を目指したのですが、難しかったです。

頑張って会話多めを目指しました。

貴族の婚約云々はこの世界での決まりみたいな感じでゆるっと大目に見ていただけると嬉しいです。

テオドールが自分たちの婚約の話を棚ぼた(ラッキー)扱いしますが、それはミランダがこれ以上グダグダと考えこんでしまわないように言っただけで、実際は腹黒粘着ヒーローが全てお膳立てしました。

『悪役令嬢症候群』って言わせられて、満足。


偽ヒロイン・ティアナちゃんは、ある日突然思い出したあやふやな誰のものかも分からない記憶を頼りに『ヒロイン』になるべく行動しますが、相手が婚約破棄した段階になって、記憶と違うことに気づき自分の相手はこの人じゃないという考えになり、その度『正解』と思う相手を選んで同じことを繰り返していました。

婚約破棄までの道のりが彼女視点で難航したことから、ギルバートとミランダの婚約破棄が『正解』のルートだと確信したまま、裁かれることになりました。

現場からは、以上です。


活動報告にもう少し色々書いていますので、気になる方は読んでみていただけばと思います。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/684063/blogkey/2868593/


2021/10/1 ギルバートの弟の名前をギルベルトからギリアムに変更しました。

兄と名前が一緒(国によって読み方が違うだけ?)だったそうで……失礼いたしました(土下座)

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― 新着の感想 ―
[一言] 『悪役令嬢症候群』……良いですねえ。精神疾患の一種、という事で。 あ、でもそれだと《自分を悪役令嬢だと思い込んでる》症状のようにも聞こえるから、『ヒロイン症候群』の方が合ってるのかも?
[良い点] 「悪役令嬢症候群」という表現が上手すぎるw 作者様の「ざまぁ・復讐系」シリーズ、ガッツリ描かれていて気持ちいいですね
[一言] 会話多めを目指しましたとのことですが 実際会話が多めで読みやすかったです
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