5 重力慣性落下
「美咲殿、あれ」
平面クロスから508mmの線路上、100m先、切通にSLが停車している。それを僕が見つけ、指さしている。
貨車を連結していない小型の、遊園地にでも走っていそうな小さなSLが、うっすらと煙を上げて停車して、運転手なのか線路に降りてこちらを見ている。
瞬間、僕たちの背後から金属音が聞こえて、振り向いた僕は、
「美咲殿!」
思わず平面クロスの真ん中に立ってR200を眺めて絶頂を迎えて膝をガクガクさせ、棒立ちになっていた、アレな美咲殿の手を渾身の一撃で引く。
僕に向かって倒れ込むように、飛んできた思いのほか軽かった美咲殿は勢いのまま僕の上に乗りあげ、その場に二人で倒れ伏すと、その刹那、石炭を満載した貨車が8両、猛スピードで過ぎ去っていった。
「あぶねー」
貨車は山手の炭鉱から高低差を利用し一気にかけ下りてきたようで、SLに連結されていた形跡はなく。貨車の先頭に人が座って、右手に出ている長い棒を引いてブレーキ操作をしていた。そして、止まっているSLの直ぐそばで停止さた。
目の前に平面クロスの信号役のおじさんが立ってはいたものの、その人に、僕たちが見えることは無いので、全くのノーリアクションのオールグリーンだ。
信号おじさんは近くの掘っ立て小屋に入り無線で貨車がSLと連結して出発すると話をしていた。
「危なく惹かれるところだったよ美咲殿」
「私達惹かれないと思うよ……多分。向こうから見えていないだけじゃなくて、そもそも、この時代に存在していないんだから」
僕の薄い胸の上で、二人とも路上に倒れていたが、美咲殿がやれやれといった感じでむっくりと起きて僕にそう言って、
「じゃあ、元に戻すね」
ボスリントンをかけて、両手の指を伸ばして弦を少し上下させ斜め上を見上げて、にこやかに微笑み可愛い美人を演出していた。
眼鏡のCMかよ。
昭和20年、1945年から一気に現在に戻した。
平面クロス、ロマンあふれる直行レールは、信号おじさんがいないと危険なうえに、一方のレールから降りてくる石炭満載の貨車は高低差を利用して一気にかけ降りる爆走スタイルで、コスト削減か手間を減らしたいだけなのか知らないが、とにかく現代の感覚では危険極まりない運用スタイルだった。