38話 付き合いませんか?
水奈月さんの家に入ると、水奈月母に挨拶をしつつ部屋に通される。
始めて見た、水奈月さんの私室。
本棚に本はたくさんあるけど、それ以外は質素な感じがした。きっと水奈月さんがベースなんだろうなと思えた。
その水奈月さんが、机の引き出しの鍵を開けてノートを何冊か取り出した。
「最初の頃のノートだ。私の口からは話しずらいから、読んでくれないか?」
水奈月さんはそう言って僕にノートを差し出す。
「いいんですか?」
「ああ。雪待だけには、見て欲しい。」
僕だけ?
「読みにくいなら、外で待っていようか?」
「いえ、居てください。」
それから僕はノートを捲り始める。
莉菜さんが現れたのは、一年ほど前からのようだった。
突然身体が乗っ取られた気分らしい。
水奈月さんも、最初は戸惑っているのがよくわかる。
「こんなの・・・ずるくないですか・・・」
読み終わる頃には涙が止まらなかった。
「なんで、僕を巻き込んだんですか・・・」
莉菜さんの気持ちも分かるけど。
「酷いですよ、こんな結末・・・」
なんの為に僕は。
「これじゃ僕、ただの道化じゃないですか・・・」
何の為にこの一ヶ月を生きて来たのか。
「すまない雪待。でも、私はあいつの気持ちを優先したかった。」
そんなの、見れば分かる。
「利用したのは悪いと思っている。だけど私は後悔していない。」
そうだろうね。
「見てわかる通り、あいつの書いた文章を見ると、悪いと思うのと同時に感謝もしている。」
そんなの要らない。
「私に何か出来る事があれば言ってくれ。」
「じゃぁ莉菜さん出してよっ!!」
僕は水奈月さんに最低な暴言を吐いて、水奈月さんの家を飛び出した。
でも今の僕に他人を思いやる事なんて出来なかった。
気を遣う余裕なんてない。
世界が壊れてもいいと思った。
莉菜さんが、もう居ないなら。
僕はその週、学校に行けなかった。
担任の高崎先生が家に来ても、何も喋れなかった。
ボスと悪鬼も気を遣って、腫物を触るような扱いに変わった。
水奈月さんは毎日、僕の家に謝りに寄っては、様子を確認していった。
約二ヶ月後
「明日から夏休みだな。」
「そうですね、水奈月さんは何処か行くんですか?」
僕が聞くと水奈月さんは少し考えて、口を開く。
「図書館かな。」
「涼しいですし、いいですね。」
「ああ。」
学校の近くに在る公園で、水奈月さんとベンチに座ってそんな話しをした。
「莉菜さん、僕に大切な事をいろいろ教えてくれました。」
「私もだ。」
「でも僕は気付かずに、不貞腐れて、世界を呪いました。」
「私の所為だ。」
そう言って俯く水奈月さんに、僕は顔を向けて微笑む。
「違います。水奈月さんが居なかったら、僕は莉菜さんと付き合っていません。」
「でも、その所為で・・・」
「はい、その所為で幸せでした。恥ずかしかったり、楽しかったり、いっぱい思い出を貰いました。」
「雪待・・・」
僕の言葉で、水奈月さんの目が潤みだす。
「だから僕は、二人に感謝していますよ。」
ずっと考えていたんだ。ずっと思い出していたんだ。莉菜さんと一緒の時間を。
無茶振り気味だった。
強引だった。
でもその笑顔がずっと見たかった。
楽しい事しか思い出せなかった。
きっとそれは、僕も楽しんでいたからなんだろうと思った。
酷いとかずるいとか言った、僕の方が酷いよな。
水奈月さんに暴言まで吐いて。それは謝れたけど、莉菜さんにはもう謝れない。
「莉菜さん、満足してくれたでしょうか・・・」
「私が思うに、満足していただろう。」
水奈月さんはそう言って口元を緩めた。
「雪待と付き合ってからの文章を見れば、そう思う。」
「それなら、良かったです。」
「ああ。」
「ところで水奈月さん。」
「なんだ?」
怪訝な顔をして水奈月さんは僕の方を見る。
「僕と、付き合いませんか?」
「なっ・・・何を、急に言い出すんだ。私はあいつでは無いぞ・・・」
驚いた後に、少し悲しそうな顔をする。
「分かっています。僕は、今の水奈月さんだから、言っているんです。」
水奈月さんは僕の言葉で、目を逸らして困惑する。
「別に・・・いいぞ。」
と、目を逸らしたまま照れくさそうに言った。
「良かった。」
断れるかなって思っていたから、ほっとした。
「そうだ水奈月さん、目、瞑ってもらえますか?」
「なんだ急に?」
「お願いします。」
「へ、変な事するんじゃないだろうな?」
と言いながらも瞑る。
「しません。」
僕はそう言ったあと、水奈月さんの唇に自分の唇を付けた。
「な!・・・しないと、言っただろう!」
驚きに目を見開いて、水奈月さんは慌てる。
「莉菜さんに教えてもらったんです。」
「こ、こういうのは、その、もっと時間を掛けて、だな・・・」
「水奈月さ・・・あ、名前で呼んでいいですか?」
僕がそう聞くと、水奈月さんはこくりと頷いた。
「僕がもらったもの、今度は僕が莉菜に伝えたい。」
「雪待・・・」
僕は微笑んで言うと、次はお互いが顔と顔を近づけた。
莉菜さん、貴女にもらったもの、ずっと持って行きますね。
ありがとう。
夏晴れの空に、僕はその思いを心の中で呟いた。




