37話 何を、言っているん、ですか?
夜遅くまでゲームをする僕にとって、この時間は眠い。
目を擦りながら駅前の時計を確認すると、七時十五分前だ。
すぐに莉菜さんが来た。
チェック柄のミニスカートから伸びる白くて綺麗な足が近づいて来る。
シャツに薄手のカーディガンを羽織った莉菜さんは、やっぱり可愛かった。
僕たちはすぐに、箱山行の電車に乗り込んで現地へと向かった。
「うわぁ、結構人多いね。」
「うん・・・」
ゴールデンウィークの観光地。予想はしていたけど、これはきつい。
ゲーマーなめんなよ。
こんな場所に耐性があるなんて思うなよ。
「そう言えば、朝が早かったのでお腹すきました。」
一応、家で軽く食べてはきたんだけど。でも時計を見ると、まだ九時か。
「なんか軽く食べようよ。ご当地品。」
「そうだね、ちょっと散策してみますか。」
「うん。」
僕が頷く莉菜さんの手を握ると、笑顔が返ってきた。
おかしいな、なんで僕は何も考えずに手なんか握ったんだろう?そんな事、自分で出来るなんて思えない。
でも、まあいいか。
「なんでカレーパンなのよ。」
「つい、匂いにつられまして・・・」
結局、近くにあったパン屋に入って、パンを買った。ご当地品は何処へ行ったのやら。
「莉菜さんだって、温泉クリームパンって言うけど、表面に温泉マークの付いたただのクリームパンなんじゃないんですか?」
「うるさいっ。」
と言ってぷいっとする。
「ね、半分こしよ。」
「はい、いいですよ。」
それから散策して、目的の一つである足湯に辿り着く。
「流石に、そうよね。」
「ええ。」
当然、混んでいる事に変わりは無い。ってか、場所が無い。
「空くの、待ちましょうか。」
「それか、有料だけど旅館でやっているとこ、行ってみる?」
「そうですね。」
「入るのにお金が掛かるんですね。日帰り入浴用の。」
「だね。」
まぁ、それはそれでいいか。足湯の場所に行くと、利用者は多かったものの、座れそうだった。
「あ・・・」
「どうかしました?」
「ストッキング履いてたんだった。ちょっと脱いでくるね。」
そうなんだ。
「もしかして、見たいの?」
「何言ってるんですか!」
見たいか見たく無いかって聞かれたら、見たいけど。そんな事を言えるわけないだろ!
「この前パンツ見たくせに。」
な!
莉菜さんは言うとくすっと笑って、トイレの方に向かって行った。
言われた事で、その後の事を思いだし恥ずかしさで顔が熱くなる。
「あったかいねー。」
「そうですね、始めてだけど、なんか落ち着きます。」
準備が出来た僕と莉菜さんは、お湯に足を浸けて寛いでいた。足湯も悪く無いな、そう思って。
「ね、数音。」
「なんですか?」
「今日、この時間、こうしていられる事、全部、ありがとう。」
「僕もです、莉菜さんが一緒で良かった。」
莉菜さんの手に、僕の手が触れる。
僕は手をそこから、莉菜さんの腰に回して引き寄せた。
自然と向き合って、瞳を閉じる莉菜さんの唇に、自分の唇を重ねる。
う、流れでしてしまったけど、他の人の視線が痛い。
でも莉菜さんは気にしていないのか、僕にもたれかかって来る。
「数音・・・」
「はい?」
「ちゃんと、前を向いて生きてね。無茶しちゃ、ダメだからね・・・」
何を言い出してるんだ。
「どうしたんですか?」
「私のお願い。」
そう言うと莉菜さんは優しく微笑んだ。
「はい。」
「ずっと、こうしていたい・・・」
莉菜さんのその言葉は、頼りないような、弱々しいような、そんな声で言われた。
「そうですね。」
僕も同意したけど、莉菜さんの言葉の意味は、理解出来ていなかった。
それから僕らは、ネットで調べた場所を周った。だけど、人が多すぎて幾つかは行けなかったんだけど。
「さすがに、疲れました。」
「私も、足が痛くなっちゃった。」
夕方までいろいろ回って駅に戻ると、一気に疲れが出て来た気がした。回っている時は、回ろうという意識があるせいか、そこまでは気にならなかったのに。
電車に乗るとその疲れの所為か、二人掛けの座席でしっかりと眠りに落ちてしまった。
僕に凭れ掛かって寝る莉菜さんを見れた事は幸せだと感じた。
「そうか、旅行に行くと言っていたな。」
駅に着きそうなので、莉菜さんを起こすと第一声がそれだった。
あ・・・
「水奈月・・・さん?」
「雪待か。状況から察するに、疲れて寝たのか?」
「はい、うっかりしていました。」
眠ると変わるのか、意識が無くなると変わるのかはっきりしていないけど、眠って変わるのは分かっていた筈なのに。
無理してでも、起きててもらえば良かったなと後悔した。
もう少し、莉菜さんと一緒にいたかった。
「あの阿呆・・・せっかくの時間を・・・」
「え、何か言いました?」
電車を降りた時、水奈月さんがぼそりと何かを言ったが、聞き取れなかった。
「いや、なんでもない。今日はもう少し時間があるのになと思っただけだ。」
「そうですね。」
改札を抜けて、水奈月さんが帰ろうとする。送りもいらないと言った。
「そうだ、ノートに、楽しかったと書いてもらますか?」
去ろうとした水奈月さんに、僕は伝える。
「ああ、分かった。書いておく。」
家に戻った時はもう八時を過ぎていた。
(そう言えば、晩御飯まだだったな。莉菜さんとだったら、食べにいっていたかな。)
そう考えながら玄関を入る。
「げ・・・」
待ち構えていたようにボスと悪鬼が現れた。満面の笑みで。
もう十時半じゃないか・・・
ボスがわざわざご飯を用意してくれて、悪鬼の束縛から逃れられず今日の振り返りをさせられた。
今まで関わろうともしなかったくせになんなんだよ、もう・・・
電車の中で寝たはずなんだけど、部屋に戻るとゲームをする気力も無く、僕は眠りに落ちた。
それから二日後、五月六日月曜日。昨日の振替休日で今日も休みだったのだけど。
その日の朝、水奈月さんが僕の家を訪れた。
顔パスで玄関を抜け、部屋に案内する。
「あいつがあれから、出てきていない。」
水奈月さんは僕の部屋を眺めて、それに関しては何も言わず、そう切り出した。
莉菜さんが、出てきていない?
「どういう、こと・・・ですか?」
「もう、あいつは来ないかも知れない・・・ということだ。」
え?
莉菜さんが居なくなったってこと?
どうして?
「何を、言っているん、ですか?」
「雪待、これから時間はあるか?見せたいものがあるんだ。あいつの事を知ってほしい。」
僕の質問には答えず、水奈月さんはそう言った。
でもそれは、きっと僕の質問に対する答えに通ずるんじゃないかと思えた。
「はい・・・大丈夫、です。」
「じゃぁ、私の家まで行こうか。」
僕は頷いて、水奈月さんと家を出た。居間でトレーにお茶を乗せていたボスに、謝りつつ。
混乱する頭の中で、何処か嫌な予感がしながら。




