26話 着てもらおうか?
「こら!待ちなさい!」
後ろに聞こえる警察官の制止を無視して、僕は走った。
自分がそんな事をするなんて思いもしなかった。
彼女の手を引いて逃げるなんて、マンガかドラマの中でしか無いだろうって。自分がしている行動に驚くが、そう言えば莉菜さんと付き合ってからは驚きばっかりだ。
でもゲーマーの僕に、走るのはきつすぎる。
なんの罰ゲームだ。
公園に着くと芝生の上に倒れ込んだ。
「し、死ぬ・・・」
仰向けになって必死に酸素を求めた。まともに息が出来ない。
「あはは、楽しかったぁ。」
同じく横で仰向けになっている莉菜さんがそう言った。横目で見ると、言葉通り楽しそうに笑っている。
楽しくねーよ。
呼吸もろくに出来なくて死にそうだっての。
嘘・・・本当は、楽しい・・・
「まさか数音が私の手を掴んで走り出すなんて、思わなかったわ。」
「僕だって、びっくりしてますよ。」
倒れ込んだ僕の手に、莉菜さんの手が触れると、莉菜さんが手を繋いでくる。
いや、恥ずかしいんだけど。
「はぁ、疲れた。」
そう言って莉菜さんは起き上がる。もう回復したのか。
と思っていると、僕の近くに両手を付いて、僕の顔を上からのぞき込んできた。
え?
「な、なにしてるんですか。」
春の陽気の中を走った所為か、莉菜さんの顔にも汗が浮かんでいる。
「ありがとう。」
「えっと・・・」
「手を、出してくれた事。掴んで、走ってくれた事。嬉しかったの。」
あまり考えて無かった。
だから言葉に詰まる。
ただ、自分勝手に行動しただけなのに。
「何も、考えてなかったんでふっ・・・なっ!」
「でふっ?」
僕が喋っている最中に、莉菜さんが顔を近づけて来て、僕に口付けをした。また唇に。
柔らかい。
思考が止まる。
何故、されたんだろう。
でも今度は、目を開けていたから、はっきりとキスした事が分かった。
「でふっ。」
「う、うるさいですよ。」
「でふっ。」
「もう、莉菜さんの所為じゃないですか。」
不貞るように言うも、莉菜さんは楽しそうに笑っていた。でも嫌な感じはなく、僕も楽しいと思えていた。
二度目のキスは、最初の時ほどの衝撃はなく、恥ずかしさと嬉しさが混じったような気分だった。
「次は数音からがいいなぁ。」
唇に人差し指を当てて、莉菜さんは言う。
ヘタレにそんな高難易度の要求をするな。
「でもこの状態、逆だと思わない?」
まだ芝生で転がっている僕を、莉菜さんは見下ろして言ってくる。何処か悪戯っぽい笑みで。
「そ、そんな事を言われても・・・」
戸惑う僕を見て、莉菜さんはまた笑った。
「お、お昼に、しましょう。」
呼吸も大分落ち着いたので、僕は起き上がって言う。
「うん。」
ベンチに移動して、コンビニで買ったものを広げる。
おにぎりやサンドイッチ、パン。
弁当を買わなくてよかった、買っていたら中身がぐしゃぐしゃになってただろう。
「学校さぼって公園でランチなんて初めて。」
「僕だって、したことないですよ。」
平凡に生きてきたんだ。学校をさぼるなんて発想に行き付かない。
そりゃ新しいゲーム出た時は、行きたくないって思うけど。
でも、思うだけで行く事に変わりはない。
おにぎりを齧る莉菜さんの笑顔に、僕は見とれていた。
「幸せ。いい思い出が出来ちゃった。」
その笑顔のまま、莉菜さんは言った。
大げさな気がする。
ってか、学校さぼって、警察から逃げて、僕はきっとボスに怒られる。
でも、これは大人になっても忘れられないかも。
「そう、ですね。」
そう思うと、僕も同意していた。
僕もおにぎりを齧り、公園を見渡すと、外の道路をさっきの警察官が巡回しているのが目に入った。
「莉菜さん。」
僕が目で示すと気付いたようで、二人でベンチに隠れるようにしゃがんだ。
お互いの顔を見ると、声を殺して笑う。
悪い事をしていて楽しいなんて初めてだった。
この感覚は、ゲームしている時や、祐二と話している時とも違う。
何が違うのかよく分からないけど。
「よし、メガ行こう。」
食べ終わったゴミを、公園のごみ箱に捨てると、莉菜さんは僕に言った。
「メガですか?大丈夫かな。」
「大丈夫じゃない?もう午後だし。なんかあったら、また手を掴んでくれるんでしょ?」
「約束は出来ませんが・・・」
上目使いで見上げてくる莉菜さんの目から、僕は顔を逸らして言った。
直視とか、恥ずかしい。
それから警察官に気を付けながら、僕と莉菜さんはメガに移動した。
「四乃森、居たぞ!」
メガに来て遊んでいると、突然制服の襟を掴まれそう言われた。見なくても分かる、この声は祐二だ。
ってか四乃森さんも居るのか。
いやだな。
「ほんとだ!探したぞ雪待。」
珍獣じゃないんだから探すなよ。ほっとけばいいのに。
「数音、ごめん。俺調子に乗り過ぎたわ。」
祐二が直角くらいの勢いで頭を下げた。
「雪待、あたしお前の気持ちも考えずに、悪い事をした、ごめんな。」
祐二の隣で、四乃森さんも言うと頭を下げる。
何故か、莉菜さんもその横で頭を下げた。
本当は、そんなに気にはして無かったんだと思う。
僕がつまらなくて、逃げただけだ。
みんな、悪い人じゃないのに。
こんな僕の相手をしているってだけで、むしろ良い奴らなんだろう。
僕が勝手に、意地を張っていただけだ。
「もう、気にしなくていいよ。」
「俺の気がすまん。なんか出来る事があったら言え、飯を奢るでもいいぞ。」
「あ、あたしも。」
その横で何故か莉菜さんも手を挙げる。
さっきから無言で何をしているんだ・・・
「そう言われてもなぁ・・・」
ああそうだ、DEWで盛り上がっていたメイド服でも。
>四乃森さんに着てもらう。
祐二に着てもらう。
莉菜さんに着てもらう。
自分で着る。
おい、なんで僕が着ないとならないんだよ、アホかっ!まったく、毎回この選択肢はなんで自分を巻き込もうとするんだよ!
>莉菜さんに着てもらう。
いや、またネタにされてしまう。何時か個人的にお願いするとして。
「そう言えばメイドとか言い出したの祐二だよね。」
「あ、ああ・・・」
嫌な予感でもするのだろうか、返事が尻込みしている。
「じゃぁ祐二に、メイド服を着てもらおうか?」
「あたし賛成!」
「私も見たい!」
「待て待てお前ら、他の事にしようぜ、なぁ?」
「まかせろ雪待、服はあたしが用意してやる。」
四乃森さんの言葉で、祐二以外が笑う。
ああ、やっぱりこれはこれで楽しいんだ。ここにちゃんと存在するじゃないか。
僕が逃げて、自分から遠ざかっただけだ。
「僕も迷惑をかけて、ごめん。」
そう思ったら、僕も三人に素直に謝れていた。




