10話 あの、早く帰ってやりたいんですが?
『お願い莉菜
R3とデッドエンドウォーを買って欲しいの。
雪待くんとの時間、少しでも共有したい。
ごめんね、我が儘ばかりで・・・』
水奈月莉菜は、ノートに書かれた文を見ると、机の引き出しに乱暴に仕舞い鍵を掛けた。
ついに来ましたよ、この日が。
放課後になったら当然ダッシュで駅前のゲームショップ、ガメラへ。店名がださいんだが、利用者の通称であって正式名称ではない。Game Media Landが正式名称だが、頭の二文字ずつを取ってガメラと呼ばれている。
誰が呼び始めたか分からないけど。
こういう日は、朝から学校に居ても落ち着かない。そして授業時間がひたすら長く感じるから嫌いだ。時間は常に一定の時しか刻んでいないというのに、人間の感覚ってのは不思議なものだ。
過ぎて欲しい時間程長く感じ、享受していたい時間程短く感じる。
変なの。
始業前に教室に登校してきたクラスメートが入って来ている中、水奈月さんも教室に入ってきた。僕と目が合うと、水奈月さんは視線を逸らす。
今日はあっちの水奈月さんか。
ふとそう思ってしまった。
おかしな気分だ。
なんだろう、この感覚。慣れて来ている自分に、違和感を感じる。
ただ、視線はどうしても胸元に行ってしまう・・・。
「数音、チャイムと同時にダッシュだろ?」
「聞くまでも無いだろ。」
最後の授業中に、授業で使っている教科書以外は鞄に全部詰め込んで、チャイムが鳴ったと同時に速攻教室を出る。教科書とノートは、鞄をすぐ開けられる状態にしておき、滑りこませるんだ。
そこまでやるのか?
やらないわけがない。
「R3のオンラインIDで、プレイヤー検索出来たよな。」
「ああ。最初のストーリーが終われば、一緒にプレイ可能だから、それからだね。」
「もちろん、そっから一緒に狩り行くだろ?」
「そりゃ当然。」
「後でキャラ名教えろよ。」
「分かった。」
休み時間にそんな会話をする。
しないわけが無い。
そして落ち着きもないし、授業にも集中できない。いや、授業に集中しないのは何時もの事か。
本日の授業が終わった事を告げるチャイムが鳴った。
僕と祐二は鞄を持って、直ぐ様教室から飛び出す。
「待て!森高と雪待!」
出たところで誰かが僕らを止める。それは聞き覚えのある声だった。
「なんだ水奈月、俺ら今日大事な用事があんだ。」
「水奈月さんごめん。」
「知っている。だから私も連れて行け。」
僕と祐二は怪訝な顔でお互いの顔を見た。そしてすぐに頷く。
水奈月さんの理由を確認している場合じゃない、今はそんな悠長な事はしていられないんだ。来たいなら付いて来させればいい。と、多分意見が一致したと思われる。
「よし、行くぞ。」
「うん。」
祐二が来いとばかりに手招きをして、僕らは三人で学校を出た。
開店直後ってわけでもないので、有名ゲームだったとしても並んでいるなんて事はない。
それに、最近はダウンロード販売も増えてきたので、わざわざメディアを買う人も減ったんじゃないかと思う。
僕と祐二の場合断然、現物派だ。
マンガも手に持って紙を捲りたいんだ。
「本体と、ゲームを買えば、出来るのか?」
お店に入る直前、水奈月さんが聞いてきた。そういえば初心者なんだよな。
ああ、つまり、僕と祐二が面倒を見なければいけないのか。
「一緒に回って必要なものを、教えていきます。いいよね祐二?」
「ああ、別に構わないぜ。」
「すまん。」
初めて水奈月さんに話しかけた時は、ほんとに恐かったけど、今の水奈月さんはそんな感じがしない。基本的には良い人なのかな。
それから水奈月さんの分の買い物も含め、僕らはついにデッドエンドウォーを手に入れた。
「よし、早速帰って起動だな。」
「うん、急いで帰らないと。」
「待て。」
やる気満々だった僕と祐二を、水奈月さんの声が水を差した。
「森高と雪待、悪いが家に来てくれないか?」
「げっ・・・」
「え?」
祐二は明らかに嫌そうな顔をしている。
「私一人では、設置できるかどうか不安なんだ、手伝ってくれ。」
もう、早く帰ってやりたいんだけどなぁ・・・
>がんばれ。
それじゃ。
もう一度みせてくれ。
祐二よろしく。
出たよ・・・
毎回ろくなもんじゃねー。二人から嫌われそうな選択肢しかないじゃん。
>「この前見たよな・・・」
はぁぁぁっ!?
水奈月さんが僕の耳元でそう囁いた事で、選択肢は吹っ飛んだ。
ってか自分で見せたんじゃん。
それで脅すって・・・
「手伝ってあげよう、祐二。」
「お前、何言われたんだよ・・・。」
笑顔で言った僕に、祐二の顔はしっかりと呆れを表していた。
しょうがないじゃん。こいつ胸見たんだよとか言われたら、もう生きていけないって。
下手をしたら警察沙汰になりかねない。
それに、こっちじゃない水奈月さんは知らないんだ。だったら尚更知られるわけにはいかない。
それから僕と祐二は、水奈月さんの家にお邪魔して、テレビにR3を接続した。
早く帰りたいから急いで設置したのに、水奈月さんの母親がしっかりと、
お茶とケーキを用意してくれた。
「ゆっくりしていってね。」
したくねー!
僕は帰りたいんだっての!
水奈月さんの母親の笑顔は優しかったが、僕には帰らせまいとする所業に感じた。
ただ水奈月さんの母親は綺麗だった。一瞬、お姉さんかと思ったほどだ。
うちのボスのような貫禄も無いし、大違い。
って、思った事が知れたら怖いけど。