第19話
「うん。意外と外もいいもんだ」
クーラーがガンガンに効いたコンビニから真夏のような暑さの外に出るが、何故か悪い気持ちではない。中と外では気温の差が大きいにも関わらず、コンビニを出た俺の心はとても高揚に包まれていた。
特にこの後楽しみにしているイベントがある訳でもないのに、どうしても高揚した気分を抑えられない。なんだ、引きこもりは外に出たら吸血鬼よろしく灰になって死ぬんじゃなかったのか。
セミはまだ鳴いていないが、既に5~6月の気温は越して8月ぐらいの気温になっているのでは、と思うほど外の気温は高かったが、それでも俺の足は止まらない。どこに行くわけでもなく、目的地も無いのにただブラブラと歩きたいところを気分的に歩いているだけ。それなのにこんなに楽しい気分になるのは、ある種の危険信号なのでは。
「しかし……ただブラブラするのもなぁ……。そうだ、帝祥公園行こう!!」
帝祥公園とは、俺の通う高校。帝祥高校の近くにある学校の事で、下校時間には、よく陽キャ共がそこで騒ぎながら屯っているのだ。無論陰キャの俺はそんな輪に入る事などできないので、いつも遠目で冷たい視線を送っていたが、あそこは緑が生い茂り、木漏れ日がさしこんでいて、所々アニメのような風景を作り出していた。
あそこで横になって緑を感じるのも悪くない、と思ったのだ。
目的地を決めた俺は足早に帝祥公園へ向かって歩く。
***
――完全に誤算だった。
いくら土曜だからと言っても人がいない訳でもない。いや、普通いるんだろうけど。
帝祥公園は親子連れや、小学生ぐらいだろうか。その辺りの年頃の子供達が遊んでいて、人が溢れかえっていた。……それだけなら良かったのだ。それだけなら。
緑の下で寝転がる俺の横に、何故か明淵陽が寝っ転がっている。いや、本当に何故彼女がここにいるのか。その理由は10分程まで遡る事になる。
ちょうど10程前、俺は帝祥公園に到着し、人々がたくさんいる風景を見て、唖然としていた。しかし、視界の端。公園の端ら辺にちょうどよさげな大木が1本生えていた。
その下は木漏れ日が漏れ、涼しい風が吹き、眠気を誘う幻想的な風景。折角なので、木の下で風を感じながら自然の匂いに鼻をくすぐられようと木の下に向かう。
――その時、問題が起きた。
「あっ……」
声がした方を見るとそこには明淵が居た。彼女はワンピースの私服姿で、完全にOFの状態でばったりと出会ってしまった。以前の事があったせいでとても気まずい空気が流れ、その空気を断ち切るかのように彼女が口を開いた。
「十暗君……私ここで本を読むつもりなのけれど、貴方邪魔だからどっかに行ってくれない?」
「ほう……そんな言い草だなんて、あんまりだなぁ明淵。俺がどこで何をしようと俺の自由のはずだが?」
「貴方この前あんなことを言ったくせに、そんな事言われて心外だ、なーんて言うってどうかしてるんじゃないの?」
「知るか。俺はここで寝っ転がるだけだ。お前には一切触れるつもりはない」
そう言って、俺は木漏れ日差し込む大木の下で横になる。
冷たい風が吹いて、俺の頬を撫でる。あぁ……やっぱり自然はいい。思い出したくない事や、忘れたい事を風と一緒にどこかへ吹き飛ばしてくれそうな優しさだ。とても心地いい。
その様子を見ていた明淵は、不機嫌そうに頬を膨らますと、ドサッと俺の横に勢いよく座り込んだ。その拍子に彼女の少し甘い匂いが俺の鼻をくすぐり、自然の匂いと甘い匂いで、なんだか不思議な気持ちになる。
手提げの鞄から本を1冊取り出すと彼女は、本に目を通しながら目線を外さず、話す。
「いいわ。勝手にしていてよ。私も勝手にしているから」
「そっか。そりゃ助かるね」
彼女の言葉を大木を見上げながら、聞き流し俺は空を見続け、彼女は本を読み続ける。その風景は他人から見たら、どう見ても友達ぐらいには見えるはずだが、仲が悪いという事を知ったら驚くこと間違いなしだ。
そして、自然に身を委ねていると勝手に瞼が閉じていった。
***
――そして今に至るという感じだ。
俺が寝ている間に何があったのかなど知る由もないが、俺が再び瞼を上げると横には明淵の顔。
しかし……よく見るとやっぱり顔立ちがしっかり整っているという事を再確認させられる。白い肌に少し茶色がかった髪。いつの使っているシャンプーの匂いなのだろうか。何かの甘い花っぽい匂いが流れ込んでくる。その匂いは例えるなら……『春』というのが一番合っているのかもしれない。
「う……う~ん……」
眠っていた彼女が眠い目を擦りながら、欠伸をする。俺も釣られて大きな欠伸。何ともまあのどかな日々なものだ。
「むにゃむにゃ……デ……サム……むにゃむにゃ」
寝言だろうか。サムとかどんな夢を見ているのだろうか(サムと言っていたが、『サム』と言ったら外人の男の人だよなぁ……)。幸せそうな顔をしているが、外人が出てきていて良い夢ってどんな夢だ。考えれば考えるほど分からなくなる。
「まぁいいや。帰ろ……」
身体を起こして伸びをしながら歩き始める。既に携帯の時間を確認すると既に17時ほどになっており、まだ沈みきっていない夕日を浴びながら俺は家に帰るための道を引き返していった。