第17話
――結局どう励ましていいものか分からず、暗い廊下の中1人たたずんでいる。
いつ見ても女の泣き顔というのは本当に苦手なものだ。今からでもこの場から逃げ出したい気持ちで頭がいっぱいになる。
だけど、仲間が泣いているならその解決法を考えるというのが、仲間ってものだろう。
「『いい加減泣くの……やめたら?』ってのは、何か喧嘩売ってる気もするし……ネタの方向で固めようとしてもそれは励ましにはならないし……俺らしく……それでライトエッジを励ます方法……う~ん……」
結局いくら考えても分からない。ならば!!
準備室に押し入り、黙ってライトエッジの横に座る。
「そんなに泣いちまうと人に聞かれるぞ」
しかし、ライトエッジの返答は無言。おぉこりゃやらかしましたな。
準備室には男1人と泣いている女1人。こいつはまずい。他人から見たら、俺が泣かしているみたいじゃねーか。何とかしないと。
「うるさいですね……なんでここに来てるんですか」
涙声で、彼女が俺に尋ねる。
「暇だったから闘技場に来てみたら君が出ていたんだ。試合を見ていたんだけど、相」
「闘技場に来た理由を聞いているんじゃないんです。なんで、準備室に居るのか私は聞いているんです」
「そりゃ君が心配になったからだろ。仲間なんだから、励ます事も一緒にやらなきゃな」
「邪魔なんですけど……」
「そうか」
邪魔と言われようと、何と言われようと俺はここを退くつもりはない。彼女が泣き終わるまでは。
それこそ、「俺の背中で泣け」なーんて事を言ってみたいが、ギルドで一生の笑いものになりそうだし、何より俺の背中で泣くほどライトエッジは弱くはないだろう。
「……女の子が泣いていたら、男ってのは背中を貸すものじゃないんですか?」
え? まさかのライトエッジからの「背中貸せ」宣言。驚きすぎて、言葉が詰まる。唾を飲み込み、黙って俺の背中を貸す。
その瞬間、背中に温かいものが付いたのが分かった。ゲームのアバターのくせに温かい。いや、温かいように感じる。
「悔しい……」
ただ彼女はその言葉を連呼する。
なぜ、そこまで強さにこだわるのだろうか。気になるところだが、聞いていいものなのだろうか。しかし、今は彼女に思いっきり泣かせてあげよう。
***
――結局泣くのが自然に止むまで、泣かせてみたらそれこそ数十分ほど泣き続けていた。それほど、彼女の勝負に対する思いは強いのだろう。
して、その彼女は泣いていた時は何も思っていなかったようだが、泣き止んでから自分が何をしていたのか冷静に考えられるようになったのか赤面して俯いている。
「……すいません。こんなに時間使わせちゃって」
小声で、ぼそりと謝る。……これだけ赤面していると額でお肉でも焼けそうだ。
「気にすんなって。ギルドの仲間になったんだ。それぐらいさせてくれ」
う~ん何とも臭いセリフだ。これを普通の顔をして言うのも辛いし、後で死にそうになるだろう。だけど、それが彼女の支えになるなら俺がどれだけ死にそうになったとしても何回でも言ってやろう。
しかし、泣きう止んだのはいいがどうやって励ますべきか……。敗北からの立ち直りというのは意外と時間のかかるもので、それを励まして時間を短縮させるというのはそれこそ長い時間を有するものだ。
少しだけ、考えて1つの結論を出す。
「ライトエッジ。今らか俺と戦おう」
「え?」
***
――疑問を抱いている彼女を無理矢理闘技場の外に連れ出し、人目につかないところを探し出して彼女の手を放す。
「え? 戦うって何かイヤラシイ方の戦いですか……? ドン引きなんですけど……」
「ちげーよ!! 単純に戦うだけだよ!! ほら、装備しろ!!」
渋々と銃を装備し、勝負を開始出来るぐらいの距離を取る。
「では、行きます……」
溜息をついて引き金を引いた。
銃弾が俺に向けて飛び散る。落とせそうな銃弾を剣で落とし、避けれそうな弾は回避するが、少し違和感を感じた。
その予感は的中し、飛び散った弾は壁や地面に当たると、再び火花を散らし跳弾する。それを避けるのに意識を裂けば、ライトエッジからの射撃。周りにはまだ弾が飛び散っており、回避できる隙間はない。
「『陽炎の歩法』!!」
その場で、『陽炎の歩法』擬きを発動。射撃をかわす。
「――ッ! MOONさんも『陽炎の歩法』使えたんですね」
と、彼女は驚愕の声を漏らしたが俺は『陽炎の歩法』を使えない。以前MAKIに教えを乞いたことがあったが、何日も練習してから彼の放った言葉は「MOON君『陽炎の歩法』のセンスないねぇ……」だ。
正直ショックだったが、使えないなら使えないなりにどうにかするべきだと思い、俺はこの歩法を編み出した。『陽炎の歩法』は前後左右の移動の緩急をつけて、相手に陽炎のような幻覚をもたらす技だが、俺はその場のステップで軽い緩急をつけて『陽炎の歩法』擬きをすることが出来る。
ただ、移動するとそのペースが崩れてしまうので、『陽炎の歩法』が解除されてしまうというデメリット付きだ。だから、結果的には使えないという事にしている。
「使えないさ!! これは『陽炎の歩法』じゃない。語弊はあるが、『陽炎の歩法』擬きだ」
「意味が分かんないです!?」
俺の言っている事の意味が分からないという風に半ギレ気味に攻撃を仕掛けてきた。しかし、怒りからか攻撃が単調になっている。こんな攻撃では俺だけじゃなくてその辺の下位プレイヤーでもかわせそうだ。
そしてその攻撃の隙を突いて『霞の歩法』を発動。『霞の歩法』は俺が今現在しっかりと使える歩法スキルで、スキルの効果としては『マップから自分のアイコンを消す』という能力を持つ。故にこの歩法は単体で使うとしたら暗殺などの待ち伏せや奇襲にしか使えない。
だが、あくまでも単体で使う時のみだ。
俺はこのスキルを彼女の起こした砂埃を使って、視界からもマップからも消え去る事が出来る。
「――消えた!?」
しかし、物理的に消えたのではない。あくまで視界の死角を使った姿の消し方というのが分かり易い例えだろう。攻撃する時に殺意を向けてしまえば慣れている相手ならそれで見つかってしまう。だから、ただ『無』で攻撃。
殺意を消した背後からの一撃。到底防げるものではない。
「――『陽炎の歩法』!!」
刹那、攻撃したはずの場所には彼女の姿が無く、数メートル先の地点へ移動していた。正真正銘本当の『陽炎の歩法』だ。
……しまった。ライトエッジが攻撃の瞬間に『陽炎の歩法』を使って攻撃をかわす事なんてすぐにでも思いつくような事なのに、なぜそれを警戒しなかったのだ。
「見つけました!! 次は逃がしません!!」
にやり、と笑って彼女がスキルを発動。『刈り取られる者への花束』。目の前には銃弾の花束。
「あぁ……こりゃ避けらんねぇや……」