School Days ─spring tempest ⅱ
「なッ……………!!」
爆撃音は食堂の入り口から。
見遣れば朦々《もうもう》と煙が立ち込め、その中にナニカの影が見えた。
「おいっ……あれ、焰獅子じゃねぇの……」
誰かの焦るような声が沈黙に広がり、そして直後パニックの波が辺りに広がる。
これはまずい、そう紫苑が思った直後、さらに焰獅子が口から火を吐いた。
入り口が炎に包まれ、硝子製の扉が溶けて崩れ落ちる。
入り口近くの席にいた新入生が悲鳴をあげて奥の方へ走り出した。
食器をひっくり返して逃げる新入生の姿一つが現れるや否や、それに続くようにガチャガチャと他の奴らもそれに倣い一目散に裏口の方へと駆け出そうとする。
食堂は大きくたくさん人がいる割に、裏口は裏口だからとても小さい。
雪崩れば、大怪我どころでは済まないだろう、圧死する奴だって出てきかねない。
けれどここで、あの獅子が火を吹けばこの食堂は巨大な焼き窯と化し、人間のスモークステーキができることだろう。
それだけは嫌だ。
まだ動きを見せぬ焰獅子と裏口を見やる他の新入生を尻目に、紫苑はがちゃんと音を立てて椅子から立ち上がった。
その音に周囲の目がこちらを向く。
走り出していたやつも足を止めて彼の方を見た。
勿論リオンも含めてだ。
こいつは何がしたいんだ。
というか下手に刺激すれば、どうなるのか分かってんのか。
ヒソヒソと吐息に混じるように聞こえる声を無視して紫苑は卓上に置いていた自分のペットボトルとリオンのそれを手に取る。
「は……?お前何を?」
「リオン、このペットボトル借りるよ、後で金は払うから、お前は急いで先生に報告してきて」
「なッ………おまッ、一体何するんだよ!下手すりゃ死ぬぞ!?」
「大丈夫」
あれは野生の焰獅子じゃない、せいぜい研究用か演習用に使われてる奴だ。
そう言って彼は、水の入った500mlペットボトルを片手に入り口の方へとゆったりと歩いていく。
「勿論、ヤケクソとかじゃァねェんだよなァ?」
「当たり前だよ、だから早く」
「…………わかった」
居合わせた不幸な奴等は、少しだけ早足で、でも焦った様も無く走るリオンの姿をポカンとした顔で見送って、その視線を再び紫苑へと向ける。
刺激すんな。何やらかすつもりだ。あれ?彼奴、髪黒いけど、あれが黒髪とかいう奴か?
いや、多分ただの格好つけでしょ?まだ異能式の組み方だって自分達は基本的な物しか知らないんだよ?
おい、なんかあったらすぐに逃げるぞ、俺たちまでローストされかねないんだから。
視線に混じって、或いは小声で流れてくるそれぞれの思念を無視し、紫苑は入り口に佇む相手を見据える。
視線が合った。
ぐるる、と相手の口から唸りとチロチロ焰が漏れて、毛が逆立つ。
やはり、研究用に牙を抜かれた奴だ、と確信しつつ更に彼は距離を詰める。
そして、ペットボトルの蓋を開けたまままずは一本ぶん投げた。
ペットボトルの開かれた口から獣を目掛けて降りかかる液体。
それが氷の楔と化す。
そして、宙に浮いた幾本もの楔が焰獅子へと殺到。ぐるりとその襟首に絡まり、溶けてそして首輪の形に再形成され締め付けた。
けれど、まだ足りない。
発条のように獅子の後肢が縮み、そしてそれが一気に伸ばされる。
奴と紫苑との合間に在った4メートルの狭間が一気に縮み零となる。
途端悲鳴と破裂音が辺りに上がり、そして沈黙が降りた。
幾分にも思える静寂の後。
「あっぶな……油断したな」
軽い声と共に紅い氷が辺りに散って、音もなく獣が頽れた。
破裂音の正体はペットボトルが爆裂した音。
開封前で満タンに入っていた中身の水が一気に氷となって体積を増すことで容器が破裂。
同時に鋭く割れた氷の欠片が少年に伸し掛かってきた獲物を襲ったのだ。
獣の遺体のその下からのそのそと出てきた少年は軽く引っ掻かれたのだろう、頬に一条の裂傷がある以外に目立った怪我はない。
別に異能式の組み方なぞは、向こうにいた時に既に習っていたし、野生でもない焰獅子など、野良の鷲獅子と遣り合った身としては赤子の首……もとい手を捻るように簡単な話の筈だが、攻撃を受けるとは。
爪に毒でもあったら死んでいたぞ、と自戒しつつ、彼は裏口から教師を引き連れて駆けてくる同室の少年を見遣って嘆息した。
焦ってたのもありうっかり手加減をし忘れて殺してしまったが、見たところこの合成獣は実験研究用のものである。
一体値段にすればどれほど高価なものだったのだろうか。
そのことを考えれば冷や汗がつう……と紫苑の背筋を伝いシャツに染みた。




