Breaking Dawn ─Even if ⅲ
最悪だ、と紅音は歯噛みした。
対人戦において、狙撃手と前衛の二人組を倒す時にはまず狙撃手から潰すのが定石だ。
だけれどまさか今回そうする訳にはいかないだろう。
そんなのやったら、激情した従弟の上の方に日本刀で微塵切りにされて溝鼠の餌にでもされかねないだろうし。
とまぁ、そんな冗談はさておき、そもそも紫暮を相手にはしたくない。
一撃目こそ勘で回避できたが、二撃目、三撃目と同じように躱せる保証は無いからだ。
────とりあえず、ここでは分が悪い。
そう判断し、彼女は白煙の向こうに悠々と佇む黒髪に橙色の瞳の男を見据えた。
そして彼女はホルスターから取り出した試験管の中身を辺りにぶちまける。
中身は塩酸とアンモニア。それが交わればどうなるか。じゅわり、と音がして白煙が立ち上った。
その間に彼女は脱兎の如く部屋の外へ出て、部屋の方に指を向け、指を弾く。
分子加速系の異能により爆発的に膨張した空気の群れがシェアサイトで演算した、男の存在予測位置を穿つ。
感じる手応え、ただまだ甘い。
ただ、射線の死角には入った。
このまま、見えざる狙撃手の手を封じて、コイツから情報を聞き出す。
これならいける。
そう思ったところで、背後に感じた殺気。
飛び退けば、一瞬前まで彼女の頭があったところを銃弾が通過し、背後の壁に着弾して燃え上がった。
奴もまた、火群の分家という名の黒髪である、これぐらいでは死なない。
追ってくる不知火の姿を視界の端に後を追ってくる9ミリパラベラムを颯爽と避け、紅音は廊下のさらに奥へと足を進めた。奥へ進むたび、蘇るのは昔の記憶。何時か紅璃《妹》と遊んだ場所だ。
入り組み、網目のようになった地下構造体。
ここは、まだ奴等《不知火一族》が日本のあの組織の息がかかった裏切り物だと知る前の、氷雨も知らない第二の家だった場所。
甘やかで、でも苦い記憶を抱きしめて、少女は笑みとも、泣顔ともつかぬ顔で闇の中を奔る。
きっと妹はまだここにいる筈で、生きていらのなら会いたくて、死んでいたとしても、せめて一部だけでも持ち帰ってやりたいから。
§
「わわわっ!リオン、もういいって!」
お姫様抱っこされたままの姿勢でエリナが顔を茹で蛸のように赤く染める。
戦場で惚気ている場合じゃあないだろうが、こんなの初めてだ、年頃の少女の顔が赤くなるも当たり前ではある。
いくら相手が二人一組て普段組ませて貰ってる相手だったとしてもだ。
とまぁ、ずっと抱えているわけにもいかないし暴れられても困るしで、リオンは少し離れたところにそっと彼女を降ろす。
下ろされた先、ブーツが触れるのは氷で固まった荒野の土。
けれど、水蛇の使える水は先程までの攻撃でほとんど奪いとった筈だ。
ならば、これは?
そうリオンが思ったところで、レイの後ろに浮かぶ青い影が見えた。
「レイッッッッ!!!」
叫ぶ前に気が付いたのだろう、背後を見もせず、彼はUSPを後ろに向けて三点射する。
「二匹目がこっちに来たみたいだね」
レイは軽く言うが、それでも異能の連続使用と、睡眠不足下での連戦はキツい。
滲む汗を拭い、彼は氷砂糖を三、四個口の中に一気に放り込んで飲み込んだ。
夜明けまではあと三時間。
それまでに。
そう息を飲んだ三人の頭上を、一つの紫がかった色味の流星が冬空を貫き虚空に堕ちていった。
望むのはただ一つ、今日を生き延びることだけだ。