Annihilation battleー紅ノ颯風ⅱ
「最悪かよ」
ボソリとそう呟き、紫苑は宙を踊る燈の鷲を見据える。
自分の知識が誤っていなければ、あれは超高融点金属さえも溶かす超高温の炎。
まさか刀一本とその他鋼糸や拳銃で戦う羽目になろうとは。
けれど実際には今のところ自分しか有効打な異能者はここにいない。
リオンは異能波を打ち消すことで異能の無効化等もできるが、それは相手の異能波を打ち消すような異能波を地上に張ったワイヤから放出する事により為されるため、ワイヤで区切った領域内にしか効かない。
そして、あの燈鷲を彼の張った領域の中に呼び込むのは不可能。
奴の放つ炎によって鋼糸は溶け落ち、無効化の領域は、消滅するだろう。
加速系の異能者であるレイはもっとダメだ。
あの炎には、今はもういないアンジェリナでさえ恐らく押し勝てない。
そもそも燈鷲はそういう風に設計された合成獣である。
タングステンさえ一瞬で蒸発させる相手に同系統の異能で立ち向かうのはあまりにも無謀すぎる。
相性的に、減速系の異能者しか相手取るのは難しいだろう。自分にそれができるかは置いといて。
用意していたグルコース溶液を頸筋に打ち込み、そして紫苑はブローニングを空へと撃った。燈鷲の殺気が降り注ぐ感触。
レイとリオンの二人から距離を取るように紫苑は駆け出し、そして敵の姿を見据えた。
───来る。
一直線にこちらへと向かって来た闇に輝くその紅を見据え、紫苑は全速力で前に駆け出しつつも右手を刀の鯉口にあて抜刀のタイミングを見計らう。
抜刀の瞬間を見損なえば、待っているのは真っ黒に焦げ落ちる運命か、骨まで蒸発させられる運命かの二択である。
どちらも御免だ。
燈鷲の羽から地面に舞い落ちた火の粉が爆ぜ、赫く溶けた。
まずいな、アレを使う他はないか。
けれど、まずは一撃だけでも中なくては。
そう思いつつ、紫苑はそっと異能を発動させじんわりと空気中の水分を己の方に引き寄せる。刀の峰に映る水滴、固化させるにはまだ早い。
飛行機並みの速度でもって一直線に自分目掛け飛んでくる燈鷲に、逃避したいという本能を抑えて真正面から立ち向かうのは、流石に背筋が冷える手が震える。
ただ、この後ろに己の退く場所は無い。
だって自分はあの時、前に立つって約束したから。
後ろで自分のために戦ってくれる人がいるから。
それを思えば、口元には知らぬ間に笑みが浮かんでいた。
3、2、1…………
迫りくるタイミングを待って引きのばされた意識の中、カウントダウンが0と迎えたその刹那、彼は脳裏で演算済みの異能式を刀身に乗せて勢いよく目の前の空間を両断した。
§
「ッッ痛ぁ」
流石に慣れない事を連続でやり続けるのは不味かったのだろうか、多大な異能式の演算を強いられていた脳とシェアサイトを入れ込んでいる左の瞳がじりりと痛んだ。
根を詰め過ぎたか、とロゼリエは構えていたアサルトライフルから手を離し、首を振って立ち上がる。
彼女が見遣る遥か遠くには、紅く燃ゆる炎の影がはっきりと見えた。
レイからの情報によれば、紫苑はアレと戦っているのだとか。
だから灰色喰種の存在位置を彼が索敵するのは不可能。冬季休暇が災いし、今は索敵のみに動かせる人員はいない。だから自分達《狙撃班》だけでアレは殲滅しなくてはならないのだ。
痛みの波が和らぐのを待って、ロゼリエは双眼鏡を片手に食い入るように夜更けの荒れ野を見遣る。
異能波を感じようと意識を向ければ、まだあちこちに灰色喰種の波長が『視』えた。
あの時約束したのだ、自分がアイツの後ろを守ると。
だから今、自分がしなくてはいけないことはただ一つ。
目の前の敵を殲滅し、アイツが燈鷲との戦いに専念できるようにこの戦場《場》の状況を整えること。
その為だったらこんな痛みなんかどうだっていい、別に死ぬわけでもあるまいし。
未だ脳内に響くひりひりとした痛みを意識の外から追い出すように、ロゼリエはそっと口の端を持ち上げる。
そして、彼女は先程の攻撃を免れた他の班員にシェアサイトの情報を転送し、そして伏射の姿勢をとった。
使い慣れた銃爪に嘆息とともにそっと指を置き、一つ息を溜めてから、引く。
再び辺りは幾本もの火線と、鉛玉の弾ける轟音に包まれた。




