fatal movement Ⅳ─反撃開始
少し毒が喉に入ったな、とアリシアは懐から拮抗薬《解毒剤》の入った注射器を取り出し、薬液の半分ほどを首筋に打ち込んで辺りを見回した。
鬱蒼と生茂る木々の群れ、見上げれば北極星が煌々と光っている。
其処で見ていやがれ。
得物である長剣を握る手に力が篭る。
何時か、彼が買ってくれたものだったか。
さて、ここは合成獣の巣窟だ。下らない思い出に浸っている訳にもいかない。
アリシアは少し遠くに落下したらしいフィルと合流しようと歩き出し、そこでふと足を止めた。
歩く道、大毒竜の方へ向かう足跡、これは。
灰色喰種と言われる生物のものである。
通常群れで生息し、鳴き声により仲間を集め動物のの肉を喰い漁る、おまけに気を許せばいとも簡単に増殖を始めるという、一体一体の討伐は簡単だが集まられると厄介な合成獣だ。
その時後ろでキィと鳴き声がした。
見遣れば幾匹もの灰色喰種が、その赤い単眼でこちらを見ている。
三十六計逃げるに如かず。
今一人で戦っても増殖したコイツらに喰われるのがオチだろう、そう判断してアリシアは〈蜃気楼〉を起動し、足早にその場を立ち去る。
シェアサイト越しに支部で会おうとメッセージを送って、そのまま彼女は歯噛みしながら駆け出した。
それにしても、焦臭い。
灰色喰種は、邪神種の一種で、大毒竜は、北欧神種の一種である。
この『種』というのは、生物的な分類ではなく、その合成獣を開発した会社によるもので分類されている。
邪神種は今はもう存在すら確認できない英国のラブクラフト=カンパニーが、北欧神種は、ベルギーの会社であるミッドガルド=グループが開発、販売したものだ。
両方とも、自国に巨大な研究所と生産工場を持っていたのでこの辺りに出没する確率が低いわけではないが、これはおかしい。
だって明らかにコイツらは連携している。
この毒の満ちる世界で、灰色喰種が逃げようともせず、大毒竜の方へ向かっているのがその証だ。
それならこれは何の為に、一体誰が仕組んだ事なのか?
とりあえず、先決は生きて戻ること。
ここで自分が斃れたら、煉獄だか地獄だかにいるあのクソ野郎に申し訳が立たない。
そうアリシアは、敵を撒きつつ居城へとひたすらに走った。
§
「双頭蛇なんかじゃない、やっぱりアレだった、ついでに灰色喰種まで居やがった」
微量とはいえ、吸ったのは猛毒だ。
アリシアは少し辛そうに息を吐きながら、支部の前に広がる警戒区域を舐めつけた。
「アレは?」
「準備の方ならもう出来てる、てめェはフィルと一緒にちっとばかし休んどけ」
リオンはそう言いつつ、鋼糸に設定《異能式》を組み込んでいく。
やることはもう説明されている。
元より、不測の事態が多い職種だ。
それ故に何が起きた時、どうすればいいか、いくつかの事象に関しては既に対抗策を一応は立ててある。
最もこれがぶっつけ本番となる訳だが、それぐらいの事で焦っても意味はない、焦ったところで死期を無駄に早めるのみである。
「じゃ、殺されないうちに殺し尽くしに行こうか」
そう笑う少女の背面には白い長剣と黒い細剣が一本ずつ、まるで背負った十字架のように取り付けられて其処に在った。
§ § §
なかがき
……………そして、この回、主人公誰説あるよなぁ…………紫苑、ごめんよっ☆




