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MOSAIC  作者: 蒼弐彩
WastelandHunters
43/63

fetal movement

 紅くあかく、あかく朱い光の満ちる地の底。溶岩が血液のようにこごる場所に一つ、闇色の人影があった。


ときは未だか」


 呟く様に人影は言う。熱気に満ちたこの場所で静かなその声は冷たささえ感じさせた。


 返答は無い。

元よりこれは独り言であり問いでは無い。

呟いた言葉、音という名の空気振動は熱のこもる赤の中に静かに散じる。

疲れたような嘆息を一つ零して、人影はその足元にる林檎の様な赤い球体の表面をそっと撫で、洞窟の奥へと消えていった。


 後に残るのは静寂と一面の緋、紅、赫。

洞窟の中横に大きく張り出した岩棚とその下に吊り下がる赤い球体の集合体はさながら葡萄棚ビニャードる赤葡萄を想起させる。


 その球体の一つ一つに体を丸めた異形の姿が溶岩の赤光に透けて垣間見える事を除けば。

 赤葡萄、その果汁から作られる酒はある宗教において神の子の血とされるがこの場合はどうだろうか。

 恐らくよく実った林檎の様な赤い球体と合わせて悪魔の果実とでも呼んだ方が近いだろう。

球体の中に住む異形、それらは時折、球《《胎》》の中で体を動かし誕生のときを静かに待った。


   §


「なんだ、アレは」


 夜、いつも通りの哨戒で、哨戒をしていた班の一人がそう呟いた。

目の前に広がる光景。冬枯れて、霜の降りた大地にまみえる一際大きな物体オブジェクト

 硬い鱗を持つ巨大な爬虫類が、トグロを巻いて鎮座していたのだ。

 そのシルエットを見て、彼は背中が粟立つような恐怖を覚えた。


 ああ、これは知っている。大毒蛇ミドガルズオルムだ。


 大侵攻の時に一番人類が恐れた合成獣キマイラである。

 金でさえも溶かす王水アクアレジーナと、サリンやソマンと同じたぐいの毒を含んだ体液、そして剣の様に鋭利な尾部。

 その尻尾を振り回されて己が身体にぶつけられようものならば、上半身と下半身が泣き別れになるだろう。そして唾液に含まれるその猛毒は、如何なる生物をも速やかに死に至らせるだろう。

 まさしく北欧の神話の終末戦争ラグナロークにおいて、雷神でもあり豊穣神でもあったトールを殺した蛇である。

 恐らく最輝星シリウスたるアリシアでも無傷ではコレを倒せないだろう、ましてそれより格が下である自分であれば無理もいい所だ。

 そう思って、彼は後ろに後退り、背後にいる同じ夜番の仲間に戻って報告する、と伝えた。

 トグロの下に見えるのは生白い球体、奴の卵だ。それも、もうそろそろ孵化する頃合いの。

 これは、一大事だろう、この卵が孵化されたらたまったものじゃない、早急になんとかしなくては。

 

 その時、ふと彼は生臭い息遣いを感じた。


「え………………………………?」


 それが、彼の発した最期の一声だった。




   §


 夜、満月が南中する頃。

表がなんだか騒がしいなと、紫苑が起き出して、部屋のドアを開けてみれば、廊下からは少し生臭い血液の匂いが空気に混じって入ってくる。


「………死体袋ボディーパック?」


 夜の哨戒で誰かが亡くなったという事だ。

レイが寝ているので、紫苑は音を立てないように慎重に部屋の外へ出た。

そこで廊下にいたエリナと目があった、彼女は急いで彼の元へ小走りで駆けてきて、早口で事情を話す。


「夜番がやられたの、多分爬虫類の類をベースに作った合成獣だろうね。一応レイ君起こしてきて、これから会議するみたいだから、あと、紫苑君、アリシアが君も出席しろってさ、よろしく。私は他の子起こしてくるから!」


 それだけ言って彼女はばたばたと走り去ってしまう。 

取り残された紫苑はとりあえず同室の悪友を叩き起こしに行った。


   §


 緊急治療室《ER》は戦場のような有様だった。


「おい!|2-PAM《プラリドキシムヨウ化メチル》のアンプルもう一箱持ってこい!」


 並べられたストレッチャーの群の中、呼吸のない異能者に気道挿管しながらマーガレットは焦ったように指示を飛ばす。


 心肺停止、発汗、全身痙攣、そして縮瞳。


サリン、ソマン、VXガス、その類の中枢神経の信号伝達を阻害する毒による症状だろう。それぐらいは判断できたがそのあとが問題である。

 2-PAMはその解毒作用を持つ物質だ。

けれど、対合成獣の戦いで使うことはほとんどなく、故に在庫もそんなにない。

 先程指示を与えた衛生班の異能者が、解毒剤はもうないと苦々しい顔で戻ってくる。彼を労いつつも、マーガレットは歯を軋らせて呟いた。


「畜生が」


 目の前に転がっている異能者はまだ十五にもなっていない年端もない奴等ばかりだ。

 この時期は凶悪な合成獣が警戒区域アラートスフィアを彷徨くことも少なく、故に若手の異能者が、経験を積むために夜番をすることが多い、それが裏目に出るなんて。


どうしたものか、どうすればいいのか。


 思考は逸り、気持ちは焦るばかりだ。

このままでは、皆死んでしまうだろう、なんとかそれだけは避けたかった。

 頭の中で治療法を構築する彼女の視界にその時ふと、黒檀色の長い髪を翻してこちらに駆けてくる少女の姿が映り込んだ。


「メグさん!!」


 彼女が両腕に抱えて持つのは、いくつかの、薬液が入った褐色瓶、ラベルに書かれていたのは求めていた薬品の名前だった。

次回の更新は8/6 20時となります、どうぞ宜しくお願いします!

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