come across Schwarz Ⅴ ─黒髪
「あー痛かった」
シャワー室で汗を流し、コーヒー牛乳を片手に紫苑は隣にある休憩所に入り、そして先客を見つけた。赤味を帯びたボサボサの髪──リオンである。
同時に、こちらに気付いたのか奴は紫苑の方を振り返って笑う。
「よお」
「リオンお前帰ってなかったのか?」
「あー、三日だけ、レーラと過ごしてきたけど、やっぱり俺が金稼ぐしかアイツ助けられないからさ」
レーラというのはリオンの妹の名前だ。
レイと同じ白児体質だが、彼女は奴と違ってただの蛍光灯の下でも日焼けする重症で、病弱故にずっと入院しているらしい。
彼女の治療費を返済する為に彼は危険だが給与は高いこの仕事をしているとかなんだとか。
「そっか、元気そう?」
「一応はな、メグさんの紹介してくれた人だから間違いはねェよ」
片手に持ったフルーツ牛乳を啜って彼は天井を見上げる。
いつか、外に連れてってやるから、そう約束して、だから自分は何でも売ると決めた。
悟られないように、リオンはほう、と溜息を吐いた。
§
その夜、ロゼリエの部屋からは甘い匂いが充満していた。
菓子パなるイベントだ。
ウ●ーカーズのクッキーとその他、ジャムとかチーズとかサラミとか、手作りのスコーンとかをみんなで持ち寄って、いろいろ話しながら食べる会である。
「にしても、紫苑君と紅音ちゃんってどういう関係なの?なんかただの幼馴染にしては、殺伐としてるのに、けどなんだろ、気の置けない仲みたいな感じあるよね?なんだろ、仲いいのか悪いのかわかんない」
ほらさっきの対戦だって普通に紫苑君斬り掛かってきてたし、紅音ちゃんも顔目掛けて苦無投げてたじゃん。と苦笑混じりにエリナはアプリコットのジャムを上に乗せたクッキーをぱくつく。
「んーまぁ、黒髪って兄弟姉妹にはべったりだけど、従兄弟とかになると対抗意識あるからなぁ。大侵攻の時とかは非常事態だったから結束して戦ったけど、普段はただの好敵手だし」
それに、手加減なんて、自分も嫌だし、相手だって許さないだろうからと、口の周りからバターの甘い匂いを漂わせながら紅音は答えた。
それでも、昔よりかは温い、いや昔がキツすぎただけかもしれないが。
日本では異能者は人間扱いされない、人権も、人と同種ではないから与えられない。
だから人工授精で繁殖させられ、まだ三歳とかそのぐらいから毎日部屋に放される合成獣を己の手で殺して、それができなければ奴等に喰われる毎日、そして、何も出来なければ不良品として奴等の餌にされる。
だから強くなければ生きていけない。
無機質な部屋と、仲間と敵の血の匂い、死んでいった、同じ髪と目の色の兄弟姉妹。
蠱毒壺っていうのだったか、と懐かしむように紅音はそっと口角を上げた。
自分も彼もあの死地を無事に抜け切れた実力者だから、遠慮する事もないむしろそれは失礼だ。
とは言いつつ先程、苦無で壁に穴を開けたから、紅音はアリシアに満面の笑顔で修理代の請求書を渡されたことを考えれば、遠慮というものは、ある程度は必要なのかもしれない。
「へー、好きだったりとかはしないんだ」
エリナの爆弾発言に側で聞いていたロゼリエが吹きそうになって勢いよく咽せた。
「恋愛感情なら皆無かなぁ、多分向こうも願い下げだし、私ああいう可愛いタイプの男の子は眺めて愛でる人間だしね、メイド服着せたら滅茶苦茶似合うし、アイツ。今度やってみな、似合ってる通り越して笑えてくるから」
悪戯を思いついたような顔で奴は言った。
そういえば、交換派遣の最後の日にはパーティー的なのがあるんだったか。
考えておこう、と三人の考えは一致した。
§
「へくちっ!」
「おいおい、湯冷めでもしたか?」
隣でくしゃみをする紫苑に呆れたようにリオンが目を向ける。
外気温はかなり低いが、室内の温度は暖房が行き届いているお陰でかなり暖かい。
湯冷めするほどではないと思うのだが。
「いや、なんか悪寒がするんだ、風邪とかじゃないと思うけど。俺もう部屋に戻るね、さっき紅音とやり合ってたから刀の手入れしとかないと」
「あァ、じゃーな、また明日!」
「|おやすみなさい《Gute Nachte》!」
手を振りながら、飲み干したコーヒー牛乳を捨てて紫苑は自室の方へ去っていく。
天気が良いから窓から見る星はとても綺麗で、半月がプカリと東南に浮かんでいる。
こうして最初の一日は静かに更けていった。
この後に何があるかも知らないで。
次回の更新は8/4 20時となります!
どうぞ宜しくお願いします!