come across Schwarz Ⅳ─模擬戦ⅱ
周囲に満ちる蒼の正体は幾つもの氷の欠片。
それが紅音の周囲に浮遊したまま展開し、氷の中に閉じ込められた蒼色の光が強くなると同時に爆散。
減速系の異能で空気中から抽出した水分を、中に空気を閉じ込める形で凝結させ圧縮し、異能を解除。それと同時に、逃げ場を見つけた高圧の空気が氷を壊しながら文字通り爆発的に拡散する。
「ああもう!」
紅音は床をジグザグに蹴り天井近くまで飛翔、懐から取り出したステンレス製の串のような暗器を何本か床へ放る。
脚力と重力の均衡点で一回転し、今度は天井を蹴ってその倍の速さで落下、その最中で姿が消える。
〈蜃気楼〉だ。
紅音の消えたところを見て、紫苑は右眼に意識を向ける、存在位置の予測計算をしつつ、彼女の落とした暗器を見遣って後退。
刹那、紫苑の居た空間が焦げた。そのまま、紫苑の右手が閃いて、虚空にキィンと硬い音が響き渡る。
刀が空間に噛み合って火花を散らしていた。
まるで敵が見えているかのように彼は、前へ後ろへ、踊るように己の得物を泳がせる、その都度辺りに響く、武器が奏でる戦闘音楽。
それを途中で切り上げて紫苑は大きく後転し、刀を大上段から勢いよく振り下ろした。
刀の表面に映る蒼白い光、それが遠心力に引きずられ、勢い良く前にと奔る。
その正体は、刀身に張り付いていた薄氷。
減速系の異能で金剛石の様に硬くなったソレは前方に居た紅音の肝を潰すのには十分だった。
「わっちょっ………!」
宙空が歪み、少女の姿が現れた。続けて硬質な金属と氷の針が打ち合う音。
紅音の得物の一つである苦無が紫苑の精製した氷の針を折り割ったところだった。
同時に、彼女の投げたソレが紫苑の頬を掠めて背後の壁に突き刺さる。
「った!」
舌打ちしつつも紫苑の顔は何処か晴れやかだった。続けて放られる苦無を避けて紅音の方へと一目散に駆ける。斬られた頬から流れ出た血液が凍りつき、風に靡いて煽られ、その背後に消える。
そして刀の間合いに紅音を捕らえた。
紫苑の繰り出す苛烈な刀捌きは、彼女に〈蜃気楼〉を使って逃げ出す暇も与えない。
苦無と刀、間合いだけでいえば紅音の方が不利ではある、しかし戦況は互角。
何十合かの打ち合いの中で不意に紫苑の刀が苦無と重なり、力任せに彼はそれを弾き飛ばした。
無手となった少女の左手が伸びる。
「つっかまーえーたぁっ!」
躱す暇も無かった。
刀を持つ右手を掴まれ、そのまま彼女の方へ紫苑は引き摺られた。ふわりと鼻先をシャンプーの香りが擽るのも気にせず紫苑は左手で手刀を作って放とうとする、そこで彼の動きが止まった。
「うちの勝ちや」
笑みを浮かべたまま紅音は勝利を宣言した、そのまま彼女が手を離すと、紫苑は肩で息をしつつその場に膝をつく。
「何、今の?」
ホールの外で見ていたロゼリエは、思わず外と中を仕切るガラスに子供みたいに(十二歳だからみたいではないのだが)ぺったりと指紋をつけて中の様子を伺う。
「う、………………痛ったぁぁぁぁぁぁぁぁ
ッッッッ!」
数秒して紫苑の絶叫。防音ガラス越しに聴こえるほどの声量を出せるとは、そんなに危ないわけではないらしい。
「おまっ、今の、めっちゃ痛いんやけど、何やったん?」
右手を押さえながら紫苑は呻く様に問う。
対する答えは一言だった。
「毒だよ」
普段のよりかは遥かに毒性低いけど、と紅音は続ける。
「普段は、有機リン系の猛毒使ってるけど今のは、ただ痺れを起こすだけのだから安心しぃ」
そう言って彼女は懐から瓶に入った薬液を取り出す。蟻酸と書かれたソレは主にアリの持つ毒である。毒性はかなり低い、ただめちゃくちゃ痛いが。
「ただまぁ、私が普段使うのはキョクトウサソリの毒液と、農薬とかの混合物だから。蛙禽とか、燈鷲でも三分で死ぬのに、アンタなら一分かからないやろ」
紅音はそう言って自身の左手を紫苑に見せる、精巧な義手だが掌のところには薬液を任意に放出できる仕掛けがあった。
「ソレ使ってて危ないんじゃないか?」
「全然、慣れてるからね、アンタの目と一緒やよ」
使い方を間違えると危険なのは異能だって同じだと、紅音は何処か遠くを見る様な目で透明な笑顔を顔に浮かべた。
蟻酸、毒性低いとはいえ、人によっては普通にアナフィラキシー起こすらしいので、試してみないでください!!
(記念すべきなのかしないべきなのかよう分からん30話目です!書いてるこっちが驚き、ありがとうございます!)
↑カクヨムでの話です、こちらでは40話越え!!ありがとうなのです!!
そして、次回の更新は8/2となります。
どうかご了承下さいませ!
そしてよろしくお願いします!




