come across Schwarz─紅ト紫
厨房での作業を終えてシャワー室で汗を流してから戻ってくれば、思った通り何だか普段より騒がしい。
よくよく見れば、食堂を行き交う人の制服は普段自分の着ているものと、見慣れないデザインの物が混ざっている。
記章を見れば空に浮かぶ大船。意匠は南天を航行する大星船《アルゴ船》だ。
明々後日には降誕祭、それが終われば一年も終わりだ。
合成獣の中には冬眠するものも多く、それ故この時期は人員が余る。
冬期休暇を申請して内地の実家に帰省する異能者も多い。
残った奴等だけで黙々と年越しというのも寂しいとか何とかで、毎年恒例この時期は他の支部と面子を交換して過ごすのだ。
「そそ、………アルゴ座って確か、ここから30キロ離れたとこ……確かマインツって地名だったっけ、のここかここ以上に危ない支部だよ」
ほかほかと温かな湯気を立てている|肉巻き野菜のソース煮込み《リンダールラーデ》に息を吹きかけ冷ましながらロゼリエが呟く。
「そ、アソコはここと仲がいいからね。ロゼちゃんは初めてだっけ?最後の日、パーティーみたいなのもあるから、楽しみにしてなよ」
「ひゃんっ!」
突如、真後ろから声を掛けられぴくんと彼女の肩が跳ね上がる。
それを愛おしむように頬擦りし、人差し指でその頬をつんと突いて雪のような白髪の虹彩異色の少女が現れる。
この支部の長であり、協会内随一の強さを誇る最輝星の称号を持つ異能者、アリシアだ。
因みに彼女はロゼリエにご執心な様で、(紫苑が配属されて暫くは隠していたが)事あるごとにスキンシップを計ってくる。
思い返せば、彼女がアリシアの運転する車に乗ろうとしなかったのも、食事の時にカウンターに近いアリシアの隣りではなく、長机の後ろを通ってまで自分の隣りに座ってきたのか、判る気がした。
と、それはさておき。
「こないだ話した“黒髪”の子とさっき手合わせしたんだけれどやっぱ楽しかったわぁ。紫苑、後でアンタと戦いたいって言ってたわよ」
それだけ言って、彼女はロゼリエを解放し立ち去っていく。
本当に何なのか謎だ。
ほっとしたようにアリシアを見送るロゼの隣りで紫苑が長い溜息を吐く。
「やっぱ、あいつなんだよな、はぁ………」
深紅の瞳に黒檀色の髪の少女が脳裏に浮かぶ。
“紫苑ちゃん”と自分の名を呼ぶ鈴の鳴るような声も、何時だったか、何処で買ったのか、“アンタにこれ絶対、似合うから”と自分をひん剥いてゴスロリ風振袖を着せてきたこと、毎年二月十四日には百味ビーンズのハズレを越える味のチョコをくれたことも。
大侵攻も終わりの頃、割とすぐに一度だけ見舞いに来てくれてそれから何度かメールと着信が来たが、こちらから連絡をよこす事は無かったので、怒られるのは必至だ。面倒臭い。
|パスタの野菜詰めスープ《マウル・タッフェ》に匙を突っ込んだまま固まった所で、ふと紫苑は己の肩にのし掛かってくる重みを感じた。
まさか。
「何よ、折角来てあげたのに、“はぁ……”って言うんは酷いんとちゃう?」
後ろを振り返っても誰も居ないが、声だけははっきり聞こえて来る。
嘆息して彼は軽く異能を起動させ背後の空気の分子運動速度を制限する。
薄く靄が散って、紫苑に凭れ掛かっているロングヘアの少女が現れた。
端的に言って、リ●グのサダコの様だ、怖い。
周囲に居た異能者達が引きつった笑みを浮かべ極力こちらを見ないように目を背ける。
ロゼリエなんか、顔を真っ青にして震えている、当たり前だ。
自分だって他人の振りをしたい、出来ることならば。
いっそ髪染でもしようかと本気で思った。茶髪も金髪も似合わないこと間違いなしだが。
「………紅音、髪の毛スープに浸かる、というか何時からここにいたんだ?」
「さっき、一時間くらい前から、待っとったんよ?」
精緻極まりない<蜃気楼>によるふざけたご登場の仕方である、才能の無駄使いもいい所だ。
顔を上げ少女は少年の後ろに立ったまま言う。
雪の様に白い肌に黒い髪と赤い瞳がよく映えて写真の中だったら大層な別嬪さんで終わるんだろうなと紫苑は目を伏せた。
「そういう人のこと、なんて言うか知っとる?」
「ストーカーやろ、褒め言葉やで?ありがとう」
駄目だ本気で帰りたい、部屋に。
とは思ったものの、紅音が紫苑の首に両手を回して、がっちり彼の身体を椅子の上にホールドしている所為で彼は立ち上がることは愚か、手を動かすのでさえもままならない。
正しく地縛霊である。
嘆息して助けを求めようと隣のロゼリエを見遣ったが、すねてるのか関わりたくないのか、こちらを見ようともしないで、肉巻きにされた野菜を物凄い勢いで食べている。
援軍が欲しいと切に思った。
と、不貞腐れているような様の少女に地縛霊《火群紅音》から声が掛かる。
「確かロゼリエさんよね?これから十日間同室になるけどよろしくね」
言って彼女は懐からウ●ーカーズのクッキーを取り出して渡す。迷惑料の先払いということらしい。
飴じゃないのは出地が大阪ではなく京都だから、と言うよりこのクッキーが彼女の好物だからだろう。
先程の、他人事のような様はいざ知らず目を輝かせてそれを受け取る、このクッキーの信者は割と多いらしい。
「ありがとう、これ、私も好きなんだよね」
「お、マジで?じゃ大量に持ってきたから後で菓子パでもやろやろ、トランク一杯に詰めてきたから他の子とかも呼んでさ」
早速彼女は懐柔されている。
また犠牲者予備軍が一人増えた、と少年はスープを飲み干した。




