right to battle ⅲ
歩き始めてしばらくして、ふとロゼリエは背中にピリリとした殺気を感じた。
道中何度もあった違和感。
「……ねぇ、紫苑」
先を行く少年は振り返らない。代わりにシェア・サイトを介してメッセージが返ってきた。
『ああ、尾行られてる。まだ送り狼だから、このまま行くよ、慌てたら相手の思う通りに動くことになるし』
送り狼とは、見つけた獲物を襲わず、後を追って襲うタイミングを見はからっている状態のこと。
故に常に油断してないさまで、追って来ている合成獣を撒けば襲われることはない。
そのまま先ほどの場所に戻るような素振りで少しずつ斜めに蛇行し大きな円を描くように歩いていく、足跡だけでもどんな合成獣か見ておいたほうが良いと思って。
そこではたとおかしさに気付いた。
辺りには鳥の鳴き声もなく二人の歩く音以外には風に揺れる葉擦れの音しかない。
考えてみれば先のアンジェリナの暴走で多くの生物は逃げ出したはずである。
「………ああ、そうか」
呟くように唇からこぼれた静かな声に感情は無く、氷の刃のように冷たい鋭さだけがあった。
前を歩く少年の顔は見えないが、ロゼリエは背筋が凍るのを感じた。
「全部奴の仕業か」
静かで無機質な声音に込められていたのは、濃密な、まるで練炭泥のような殺気。
暴発寸前の臨界状態まで増幅された異能波が周囲の気温を一気に下げる。
「紫苑。何が」
「………あぁ、悪い。こっちの話だ、お前は関係ない」
異能波と殺気は元から存在していなかったかのように霧散し振り向いた少年は嫋やかな笑みを浮かべる。
ただし笑みの形にゆがめられた双眸は見た者全てを凍り付かせるような絶対零度の深海の蒼を湛えていた。
しばし考えるようなそぶりを見せて続けて少年は口を開いた。
「ロゼリエ、お前は先戻っててよ。ちょっと面倒な相手とやりあうから」
予想外だった。
一番最初にあった時から、アドリブとは思えないほどきれいな連携をさせてくれたから。戦力として期待していると思っていた。
面倒な相手だから一緒に戦うんじゃないのか。
その為の班で、その為の集団構成だ。
「……なんで?」
「……奴の狙いは俺だし、俺は無関係な人間を巻き込みたくない。何より見られたくないし、だれにも邪魔されたくない」
「っ……そんなのって……」
少し面倒臭そうな顔で紫苑は続ける。
「アレを殺せるなら相討ちしたって俺は一向に構わない。けれど馬鹿げた話に年端もない女の子を巻き込んで死なせたなんて、俺は責任取れないし、それにお前には戦う理由も、それに、権利もない」
それは戦えもしない無能に言う言葉だ、戦うために存在する異能者に向けるべき言葉ではない。
それは、自分達にとっては最大限の侮辱で屈辱だ。
戦う理由が無い?それに戦う権利さえも無いと?
それに年端もないって何?自分はまだ今年の春に12歳にになったばっかりだ、けれどそのように足手まといみたいに言われる理由は何処にもない。
……誰が弱いって?
頭の中で何かの線がふつりと切れるのを少女は感じた。
嘗て幼年学校での訓練で教わった、はしたない罵声が口をついて出る、それ程には激怒していた。
「じゃあ、勝手に戦って勝手に死ねよ、死んだ後で獣姦でも輪姦でもされてればいい!……ま、そんなに体ん中無機物に犯されても平気な不能なら、感じすぎて死ぬこともないでしょう!!」
周囲にいる筈の敵の事なんて完全に忘れていた、こういう所がまだ幼いとか言われる理由なのかもしれないけど知らない。
すべてを吐き出すように叫んでて少女は元来た道を走り出す。
後ろで呼ぶ声が聞こえたが、どうでもいい。
今は近くにいたくなかった。