right to battle ⅱ
合成獣製造工場での交戦より二三時間程前─────
“協会”ウェストミール支部にて、
「なぁ、アリー、そっち座ってもいいか?」
淡金髪に海蒼色の瞳の白衣を着た女性が紫橙水晶と蒼灰長石の虹彩異色の少女に声をかけ了とも言われていないのに座る。
白髪の方は人事ファイルの整理を、金髪の方は紙のカルテをラップトップに打ち込んでいく事暫し、不意に作業の手を止めてアリシアは呟くように言った。
「それにしても急な話だったけれど、どうしたの?」
対するマーガレットは少し首を傾げて眉を顰めた。
「……何の話だ?主語を言ってくれ」
「紫苑君のこと……まあ、氷雨は火群、雷土と合わせて、最古の異能者の直系である御三家の一つで戦力増強にはありがたいことこの上ないけれど……いいの?」
「……何が?」
「最近このあたりが焦臭いのは知ってるよね、マギーはあの子のこと、あの家系のこと、蒼依さんのことがあってからずっと気にかけてるじゃん、それなのにどうして……?」
死地に送るようなことをしたの?そういうことだ。
しばし目を伏せてマーガッレトは長い溜息をついた。
氷雨蒼依。
研究者として人間兵器を運用する側でありながら、“黒髪”を見捨てられずにドイツ地方と密約をしてその罪で殺された、留学時代からの親友だ。
その密約を結ぶのに自分も手伝った。だからもう無関係ではいられない。
「別に死なせるつもりなんかないさ、アイツも無駄死にするつもりはないらしいから、その点は心配してない。なんでって言われてもねぇ。
“紫”ってなんだかわかるか? 加速、減速、電操をすべて扱える───つまり三重因子保持の異能者のことだけれど、彼等は二重因子保持の原則に反する存在であるが故に40年は生きられない、っていうのが定説だ。……まあ三重因子保持者なんて殆どいないけれど、一部を除いて。で、蒼依はその三重因子保持者の寿命を延ばす研究をしていた。で私はそれを受け継いだ」
一度言葉を切り彼女はペットボトルのコーヒーをあおる。
「別に人体実験とかそういうのはしないけど、私はここの異能者の定期健診とかやってるだろ?
あれが一番安全に血液が手に入りやすい方法なんだ。それにここなら天然物《突然変異体》の三重因子保持者がいるから。
紫苑を呼んだのは、遺伝子を人工的にいじられた方と自然発生的に生じた方とで対照実験しやすいから。三重因子保持者が長く生きられるようになればそれだけ戦力増加も望めるしな」
性別も年齢も違うというのに自分は彼に死んだ親友を重ねているのだろうか。
彼が氷雨以外に火群のDNAの数十 bpを受け継いでいるといっても、見た目では判らないほど受け継いだ氷雨の血は重く、濃い。
けれどその数十bpがあの少年の残り時間を一般の異能者のものの半分以下にせしめているのだ、それが嫌だった。
だから金髪紫眼の少女が三重因子保持者にもかかわらず二重因子保持者とさほど変わらない染色体末端粒子の長さをしていたのが分かった時には救われた気がしたのだ。
彼女の事が判ればそれは彼にも応用できる。
テロメアの減少の原因である、細胞再生因子と加速異能発現因子に調節遺伝子を応用した“鍵”など使わなくても同じ時間を歩めるのなら、
「…そう」
戦力増加等は後付けの理由だ。それを判ってかアリシアは何も言わず再び自分の作業に戻る。
カタカタとPCのキーを打つ音だけが二人の間に流れていた。
今回はメイン二人組お休み。




