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MOSAIC  作者: 蒼弐彩
WastelandHunters
25/63

right to battle

「っ……はっ…はぁっ…」


 消費したカロリーも多かったのだろう。

滝のような汗に手足の震えが止まない。低血糖の初期症状だ。

全部が終わって、赤毛の少女が放った異能の爆心地(グラウンド・ゼロ)から少し離れたところに彼はいた。

紫苑は三本目のグルコース溶液を首筋に打ち込んで、傍にあった木に凭れ掛かり症状が和らぐのを待つ。

その間脳裏に過るのは千々に乱れた思考の群れ。


 感じたのは明確な違和感。


 こちらには殆ど存在しないはずの殺神隷種(ショゴス)貌多き者(ナイラトホテプ)があんなにもタイミングよく放棄された合成獣製造工場(キメラ・ファクトリー)に現れたこと。

こっちで見ることは無い筈のシュレッダーにかけられた日本語の報告書。


 焦っていたからその時は気付かなかったが、浸食されたアンジェリナの様子も、日本で今まで見てきた同じ末路を辿った人々のそれとはかなり違う。


 あんな風に動きは早くないし、浸食した相手の使う異能を使えるとしても異能式が複雑なものは使えず、幼年学校の低学年が習うような一次式、二次式といわれる物ぐらいしか扱えないはずだ。

あんな辺りの質量を一度にかき消すような高度な異能式は使えない筈である、一つ例外を除いては。


 そして、培養されていた“黒髪(シュヴァルツ)”の胎児。


「あるとすれば……か」


 一つの例外とは合成獣士(ビーストテイマー)によって浸食させられた場合。

ただし、貌多き者(ナイラトホテプ)は日本にしか自然に生息していないし、日本からこちらへの渡航も航空機が一般的で、水中に生息するアレが荷物の中に潜り込める訳もない。


 そんな存在を操れるとすれば自分と同じ“黒髪(シュヴァルツ)だけであろう。


 脳裏によぎるのは黒い髪と赤い瞳の白衣の男。

そこまで思い出して少年は嘆息した。


 緊張からの疲れからか知らないが、物凄く眠い。

そして寒い、全身に違和感を自覚したと同時に急激に意識が落ちていく。

違う、これは。


───発作オーバーヒートだ。

放置したら最悪命に関わる、そう知りながら抗えないまま意識が落ちた。



 戦闘の後、ロゼリエはふらふらと何処か近くへ去ってしまった紫苑を探していた。

様子が変だったから気になったのだ。

“浸食”は浸食された人間から大量の体液を体内に入れなられない限り、例えば輸血とかでもしない限りは、人から人へ感染連鎖パンデミックする事はないが、そのことを彼女は知らない。


 そして見つけた。

木の下に倒れこんでいる少年の姿を。


「……紫苑ッ!アンタ大丈夫ッ⁉」


 うっかり大声が出てしまったが、その声で近くにいるかもしれない合成獣キマイラが自分たちに気付いてしまったりしていないだろうかと、今更ながら彼女は口元に手を当てて周囲を伺う。

それから紫苑の側に駆け寄り細身を抱き起こすようにすれば服ごしに感じる体温は熱かった。

それも免疫系の働きによる熱とかではなく、演算機コンピュータ熱暴走オーバーヒートとかそういった無機的な。


「……ロゼ、リ…エ……?」


 大声で気付いたのか、薄く開けられた瞼から焦点の合わない蒼が覗く。

至近で見たから判ったが右と左で微妙に色が違うその色。


「……なッ…」


 気付いて思わず声を上げた。

右はかなり精巧に作られた義眼。そして、本能的に発動させてしまった電磁探査系の異能が背中のすぐ近く、本来なら膵臓があるあたりにはチタン合金製の無骨な物体がある事を伝える、そこから延びたケーブルが繋がっている肝臓は恐らくiPS細胞で作りだした複製品だろう。

双方、異能に依って制御されるタイプの人工臓器だ。


────お前がいたら“領域”張れねェ。


 あれはそういうことだったのだ。

あの異常な程に速い、高度な異能式の起動の速さも反射速度の速さもそれなら説明がつく。


 せいぜい眼球を覆う程度の大きさしか維持できないコンタクトレンズ型のシェア・サイトと眼球と同じ大きさのシェア・サイトであれば後者のほうが演算速度が数十から数百倍は違う。けれどその代償は。


───この人は、


 いや今はそんな事を考えている場合ではないか、減速系の異能者が体内を機械に焼かれて死にました、じゃ話にならない。

多分“領域”を消滅させた後すぐ、火力維持のために異能を多重起動マルチタスクさせたことによる異常演算オーバーフローが原因だろう。

 嘆息して、少女はその制御式へ潜り込み(ハックして)熱暴走の元になっていたプログラムエラーを解いて、書き直していく。気付けば苦し気な吐息は寝息に変化していた。


 数分でそれを修正させて少女は膝の上に横たわって寝息を立てる少年を見やる。

しばらくして、膝の上の少年が身じろぎ、瞼を開けた。

暫く状況把握のためか人工物と生体両方の瞳がせわしなく動き少女のほうを向いた。

そして気まずそうな顔をしてふい、と目を逸らした。


「……俺、迷惑かけた……よな、ごめん」


どうにか熱暴走のほうは何とかなって目が覚めたらしい。上体を起こしこちらを見やる少年に呆れた声で少女は呟く。


「……アンタ、真正の馬鹿でしょ、じゃなきゃ自殺志願者か」


 そうでもなければあんな壊れかけた体で、あそこまでの無茶はしない。

実力を考慮しても、そんな状態で彼がここに立っていること自体がおかしい。

普通なら慰労報酬を与えられて協会から脱退しているところだろう。


 ああしないと多分あの状況は打破しようがなかったけれど。

それでも、少し苛立つ自分がいるのを少女は感じていた。


「身体、大丈夫?……一応エラーとかは私が直しといたけど。下手すりゃ死んでたわよ」

「……ごめん、ありがとう」

「もう少し、体大事になさいよ、死にたいの?」

「……………どうなんだろうな」


 少女の言葉に少し驚いたような顔をし、見つめてくる少女の匂紫ヘリオトロープの瞳からつい、と再び目を背けて紫苑は呟く。


───紫雪も紫暮ももう居ない、姉とした約束は結局守る事は出来ず、のうのうと生きている。

 合成獣と戦って誰かを守る為だけに遺伝子的に設計されて、選別されたこの身にはそれができなければ意味がない。

何も守れない奴には存在価値なんてないでしょう、と姉はそう言って自分を逃がして死んでいって、だから自分はその言葉を否定なんて絶対にできない。

 それ故、マーガレットには悪いが、“死んでもいい”、そう思う気持ちが無いことはない。

ただ無駄死にするつもりはないから、戦って戦って戦って、結局生き残っただけ。

 

 黙っていれば、流れた沈黙を破るように少女が声を上げる。

立ち上がって振り向き人差し指を少年の体に突きつけて言った。


「私、メグさんみたいな軍医でも、衛生兵でもないんだからね?あんな複雑怪奇極まりない制御式いじるのだけは金輪際ごめんだわ。……判った?」

「………悪かった」


 上を見やれば憎たらしいほど晴れて澄み切った蒼穹、耳を澄ませばバタバタとヘリのローターが大気を掻きまわす音が近付いてくる。


「リオンが呼んでいた奴か」

「そ、戻るよ」

「……ああ」


 もう少し早ければ、そう考えて止めておく、結局アンジェリナが居なくなる事には変わらなかっただろう。


 ifなんて考えても仕方のない話である。


 目線を下げれば突きつけられていた指は手のひらにかわっていた。

差し出された手を取りそのまま歩いていく。


出会ってからまだ三日なのにそれをおかしいとは思わなかった。


 ♰ ♰


 黒髪の少年と金髪の幼女が去っていくのを文字通り林立する木々の一つから眺めている黒い影があった。


『“紫”は、収穫できそうか?』


 体内に埋め込んだ通信機から“同僚”の声が聞こえる。日本語だった。


『…あぁ。氷狼(フェンリル)月狼マーナガルム殺神隷種(ショゴス)はともかく、貌多き者(ナイラトホテプ)まで失ったのは大損だったが、なんとかなりそうだ。

ああそれと面白いものを見つけたよ。

これも収穫出来たら面白い玩具になってくれそうだ。……人工の紫と天然の紫と両方合わせて得られる利益を考えれば損なんて軽いものさ。まあ、人工の方は一体確保してやった記憶があるんだが。……ああ、お前の言う通り双子の片割れさ。スペアとして持っておくには丁度良いんじゃないかな?どうせもう今のは使い物にならないぐらいに消耗してるだろう?』


通信を切って黒い影は影を脱いだ。まるで蝶が羽化するように。

中から現れたのは白衣を着た黒髪に赤目の男。


「さて、勝手に本国から逃げやがった実験体(モルモット)血石ブラッドストーンに擬態した紫金水晶(アメトリン)を殺しに行きますか。……ああ殺しちゃ使えないんだった。半殺しってことで」


 軽薄な調子でそう独り言を言って、次の瞬間その男の姿はもうどこにも見当たらなかった。───まるで光で作った幻像のように。





割と長めになりました

原稿自体はカクヨムで書いててそれを分割して投稿、という形なのですが切るのが面倒くさくなったためです。

すみません

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