broken lights
「…っ……マズいな……」
濡れた服が体温を吸って気化していくのも気にせずに紫苑は異能を全開にして林の中を駆ける。
欧州では見かけなかったから、まさか“アレ”だとは思わなかった。
その上スプリンクラーはエリナが中身の水を武器として使った形跡があったから、敵の潜んでいる場所として選択肢に入れていなかった。
───それが裏目に出た。
時間制限はあとどれぐらいだろうか。浸食されればもう元には戻れない。
あの赤毛の少女はもう─────……
そう思って走る足に力をかけた所で不意に前方の茂みが動く。
視界の端に黒い影がよぎった気がした。
出会い頭に切りつけるつもりで刀の柄に手をかけ、一気に距離を詰め鯉口を切る。
カアンッ、と凄まじい音が周囲に響いた。
「〰〰〰〰ったあああっ…………ッ!!紫苑待って、私、味方、斬らないでってば!!」
振り下ろされた刀身をカーボン繊維の武骨なガンケースで受け止めて金髪紫眼の少女がその下から陽炎とともに姿を覗かせる。
ロゼリエだった。
「わ、わりぃ。………というかお前持ち場は?」
「退路なら確保済み、リオンとレイが、エリナに呼ばれたまま戻ってこないから、何がどうしたのか集まろうと思って。……紫苑も?」
「あぁ………、とりあえず向かうぞ」
邪神種自体が珍しいこの地域で、日本ですら希少種だった貌多き者を、そしてソレに侵された人間兵器の末路を知るものは恐らく自分だけだ。
だから、ほぼ確定した未来を悟られないように少年は幼女から顔を背けて走り出す。
「うん」
ガンケースを背負いなおし頷いた少女がその背を追おうとして不意に立ち止まる。
異変に気付いた少年が身を翻して彼女の襟をつかみ傍の木の下に伏せた。
体を刺すような強力な波動。───暴走寸前まで増幅された異能波があたりに散らばる。
直後辺りが真っ白な光に包まれた。
「ロゼリエ、大丈夫だったか?」
アークライトを間近で見たような閃光が収まり、少年は押し倒していた幼女の上から退く。
「私は、平気。……でも今の、アンジェリナ……の波長…?」
制服に付着した土を払い落としながら少女は懐疑と不安の混じったような顔を浮かべる。
アンジェリナ=パイローブ=カタリナは一等星の中でも加速系の強さでは群を抜く。
協会が指定する二十段階の異能の強さの指標で彼女の加速系異能力の強さは最高位に当たる二十階位の認定を貰っていた筈だ。
対してリオンは“レグルス”と一等星の中でも一番暗い星の名を貰っている辺りからも判るように、異能の使い方は上手いが異能の火力は低い。
レイは同系統の異能でアンジェリナの下位互換であるため、決定打になりえない。
エリナは減速系の異能者だが火力は低く支援に徹した後衛系なので優秀な前衛であったアンジェリナとは分が悪い。
「ああ、かなりまずいな」
「なら急ぐわよ。私につかまって舌噛まないで」
は…?と聞き返す暇すら無かった。
少年の腰に手をまわし少女が跳躍。視界が勢い良くブレる。
不快なGが全身を締め上げる。
電操系の異能による身体強化を使っての行動だ、彼女が叩き出した速度はジェットコースターとおなじぐらい。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──────ッ!!馬鹿ッ!デリバリーされるぐらいなら自分で走るってッッ!!」
「アンタの電操系能力より私のソレの方が速度は出るわ。それにアンタ、“氷雨”って欧州でも異能史の教科書に出てくるぐらいには有名な、世界で初めての異能者の家系、そのうちの一つじゃない、通りで強い訳ね。
……だから、あの人の暴走もアンタなら何とか出来るんじゃないの?………それなら温存しとかないと」
「そう言うならせめて 安 全 運 転 で お願いします!!」
叫んだ直後、少年のこめかみのスレスレを鋭く尖った木の枝が勢いよく通過する。
聞く気は無いらしい。
前方を見据えた先に見えるは緋く燃え上がり溶けた大地。
その中に一瞬見えた白金色に紫苑は嘆息を零した。