Nostargia memories
水槽の外へ出て、建物を脱出するまでの長い道のりで、ふと脳裏に浮かんだのは嘗ての光景。
「ねェ、…うちの事…忘れんで居てくれる……?氷雨紫愛という……一人の、人間を……」
まだ8歳かそこらの少女が6歳ほどの少年を見上げて言う。
白濁しかけた深蒼の瞳が、同じ色の少年の瞳を見やり、それから視線を降ろして胸元に突き付けられた、震えてる白刃を見つめ、ほほ笑む。
二人がいるのは、夜明け前の海岸。
砂浜は強酸で腐り黒く変じている、その中に彼女は横たわっていた。
四肢は千切れ、胴にも穴が開きそこから硫酸かなにかで半分ほど炭化した臓器が零れている。
すでに傷は氷で覆われ止血されていたが、そんなものが応急処置にすらならないのは、双方理解していた。
傍らに立つ少年の瞳から零れた透明な液体が生命を体中から吐き出す少女の頬に落ちる。
突きつけていた日本刀の先が上下左右にどうしようもなく揺れる。
「………忘れられるわけ、ないやろッ……‼」
絞り上げるような少年の声に少女はふふ、と声を上げる。
「なら……泣くの、止めなや……紫苑、アンタは……強い。心は、兎も角
……力は。氷雨の……希望やよ……だから……死なんでな、ずっと…生きのびて…この…馬鹿げた話を終わりにして……うちが、言いたいのは、ここまで………だから……はよ、殺して……これ以上…保たない…から……」
「………ッ……‼」
「人のまま……死なせて。……私が、弟に……アンタの兄に、したように……」
唇に色が無くなるほど強く噛みしめて少年は、手に持った得物を振り下ろす。
あの合成獣───貌多き者共に浸食されたら、もう元には戻れない。意思もなくただ周囲の生命を食い尽くすだけの傀儡に成り果てる。
───だからせめてひとのままで。その場にいる一番近しいものが止めを。
そういうルールだった。
刀身から手に伝わる、心臓と大動脈を切り裂く感触。
胃の中の物が喉奥からせり上がるのを堪えつつ柄を握る手に、能力を込める。
水は氷になる時その体積を増す。そして人体の60%は水分だ。
だから、奴に浸食された神経細胞を破壊し尽くすにはそれで十分だった。
───ありがとう、紫暮と紫雪を、どうか……
どれぐらい時間がたっただろうか。
そんな声が聞こえた気がして目を開ければ、
傍らの少女は氷の棺の中で柔らかく微笑んで眠っていた。
水平線から、望んでもいないのに一筋の光が差す。
紅々とした朝焼けと、夜の蒼が入り混じるその様はいっそ憎いほど美しく。
すぐに消えてしまうという所まで皮肉以外の何にも感じられなかった。
思い出した過去の感傷を捨てるように彼は緩めていた速度を上げた。
合成獣について
今回はクトゥルフでまとめてみました(氷狼以外)
ルビもそれっぽいものになってれば、と思います
異能について
発動条件云々↓
・得物や自分と直接接触したものは事前に選択しておいた異能式を自動的に発動
できる。
・触れていない場合は自身を中心とした座標を使い効果範囲と威力を選択した変数に代入するという形で異能式を作り発動する。
という感じ。