fragile light ⅸ
不可視の敵を見遣る。
どう対処するか。
単純な思考が脳裏で弾けその右の瞳が淡く蒼色に光る。
背後では駆けて行く足音と閃光、壁の崩れる大音声。
おそらくはアンジェリナの異能だろう。
それぐらいの事が出来るほどには体力も残っていたらしい。
恐らく二人はもう外だ。
嘆息して紫苑は大きく後ろに飛び退る。
透明の合成獣の放った粘性の槍がそこに降り注ぐ。
降り注いだ粘液は形を整え、再び槍となって床から少年のほうに放出される。
間一髪で避ける紫苑の背後にその一つが着弾、一気にその体積を増す。
その動きには見覚えがあった。
───もしも、コレが“奴”なら、背後を取られるのはまずいッッ‼
体の方向を変えて床を蹴り、壁を足場に身を低くして更に飛ぶ、天井をそのままの勢いでかけて再び先程走ったのとは逆の壁に着地し、粘液と空間の隙間を縫うように奔る。
右眼に投影されるのは件の合成獣の存在予測位置。
計算は全て機械任せなのでこれが間違っていればと考えると心臓が縮む。
奴の名前は貌多き者。
邪神種の中でも精神汚染に特に特化した合成獣で一度神経を侵食されてしまえば、二度と元に戻ることはない。
つまり触れたらアウトだ。
そのまま速度を落とさずに食餌飼育室に突入する。
勢いのまま飛び込んだ。
水槽の中身を同じ水槽の内側で見やって紫苑はそっと日本刀を抜刀した。
直後降ってくるのは透明な合成獣。
紫苑は刀を頭上に掲げ、水と触れて溶解熱を放出しだすソレを見る。
少年を呑み込もうと勢いよくこちらに伸ばされる透明な腕。
触れれば終わり、けれど少年は笑みを浮かべた。
───術式開始まであと……一秒…0ッ!!
水底でその右の瞳の蒼が淡く光る。
脳に与えられた電気信号が、水しか無い視界に異能式を映し出した。
掲げた日本刀の先から溢れる蒼い燐光。
網目のように広がるそれが、透明な敵を包み起動。
「知らないだろ。水中の物体は光の屈折で浅い場所に在るように見えるって。」
貌多き者は瞬時に氷結。水面上に出た部分は、窒素すら凍りつかせて辺りにダイヤモンドダストを漂わせている。
きっと自分が死んだことすら気付かなかっただろう。
続く一閃で氷を水槽ごと叩き斬り、紫苑はその場を走り去っていった。
胸を刺すのはチクリとした痛み。
ふと思い出した、いつぞやかの記憶に追い付かれないように。