fragile light ⅷ
「にしても……わんさか群れ合って暑苦しいたりゃありゃしねェ」
ただ下されたのは、退路を開けと言う命令だ。
リオンは首に手をあて嘆息した。
目の前に広がるのは、迫ってくる百鬼夜行の壁。
この中を突っ切れと?
「ロゼリエ、俺等がここを固守してる間にワイヤ張るの手伝ってくれ、ついでに高いとこ見つけて奴等に鉛玉でも食わせとけ。レイは、俺が“領域”を解いたら残りを火葬にする。こんな感じでどう?」
「判ったからお前も早く弾幕張れよッ!!」
USPをフルオートでばらまく白髪と、慌ててポケットから出した手榴弾のピンを口で抜いて投げ始めた金髪とを少し呆れたように見遣って、ロゼは渡された鋼糸片手に木から木へと飛び移っていく。
幼女体型(本人は認めないが)故に為せる技だ。
その姿が遠く離れたところでリオンは嘆息する。
「紫苑の奴が戻ってくる前に全部終わらせねェとな」
♰ ♰
「エリナ、あんた服めっちゃボロボロになってるけど大丈夫?」
「まーね酸で焼かれたわけじゃないから」
彼女の制服の足元を覆うストッキングは既に伝線だらけだ、それを覗き込む格好でアンジェリナが言う。
紫苑がやったらセクハラでリアル処刑されかねない構図である。
いくら女顔とはいえど染色体の一番最後はXYなのだ。女の子だからおkルールは女装でもしないと適用されない。
ともかく合流は無事に済んだ。
少し安堵したかのようにエリナが尋ねる。
「ねえ、それと二人とも途中で殺神隷獣と殺りあった?
既に一周確認してきたけど、私が会敵しなかったってことは、そっちの方が如何にかしたのかなって」
既に耳障りなキィキィというあの声は消えている。
それに対して訝しげに二人は首を振る。
「そっちが処理したんじゃないの……?」
暫く凍り付くような沈黙があった。
どちらかが殺した、──そうでなければ、一体。
背筋に冷たい物が走る。
………誰が?
答はすぐに降ってきた。
文字通り。
「ヅッ…!…っ!?」
バギンッッ!!というパイプが割れる音、それと共に赤毛の少女が目の前の茶髪の少女を押し倒し転がった。
彼女の服の背中は焦げ穴が開きその奥にある筈の柔肌も焼かれ黒くなっている。
どこまでとかされたのか、彼女はエリナを押し倒す形でぐったりとしていた。
二人のいたところにあるのは折れて溶けた、スプリンクラーのパイプと無色透明の液体……の様なナニカ。
それはしゅうしゅうとリノリウムの床を溶かしながら広がっていく。
「マズイッ………!!こっちだッ!!」
ソレを踏まないように気を付けながら紫苑は、アンジェリナを抱えたままのエリナの手を引いて走る。
同時にスプリンクラーのパイプがどんどん崩れ落ちて例の正体不明の液体が後ろから追いかけてくる。
それも、速い。
それなら。
──頼む、紫暮。
腰のホルダーに刺したままの拳銃を握る手に力を込めた。
『──異能波、遺伝子情報共に合致、ロック解除』
頭の中に情報が直接伝わってくる。
同時にシェアサイトに表示されるのはブローニングに登録してある使用可能な異能式の数々。
それを確認して紫苑は一番高火力のモノを選択し抜き撃つ。
途端、ガクンと体から力が抜けていく。
───こんな所で低血糖など起こそうものなら即ゲームオーバーだ。
歯噛みして少年は、マーガレットから貰ったスクロース溶液を急いで首筋に二本注入し、もう一度発射。
異能と併用使用可能な特殊9ミリパラベラム弾が作るのは空気中の窒素を固体まで凝縮し作り出す絶対零度の壁。
但し、長いことは保たない。
大体300Kの常温常圧の空気を0Kまで分子運動を減速させるのだ、現象として起こせた時点で奇跡に近い異能である、保ってあと数秒が限界だろう。
奴がやってくるのは件の食餌飼育室とは反対の方向。
「その先に出口があるから速く走れッ!!──さっきと役割交代だッ!!二十分経ったら、爆弾を起爆してッ!」
流石にそれだけあれば、決着はつく。
それにこっちはまだ武器も策もどっさり残したままだ。