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MOSAIC  作者: 蒼弐彩
WastelandHunters
16/63

fragile light ⅶ

 白銀の鎖が鞭の様にしなり、死の閃光となって突進してきた殺神隷種(ショゴス)を斬り裂いて、氷片の吹雪を産み出す。

飛び散る黒い氷の花弁に触れぬよう身を低くして更にその奥へ駆け出そうとした所で。


「ヒサメッ!!」


 背後でリオンのがなる声がした。

既に隔壁はロゼリエの身長と同じぐらいまで下がっている。


───コレを確保している暇はなさそうだ。


彼は一つ舌打ちをして、それを放り捨てると隔壁の奥へ転がるように飛び込んだ。

直後、頭の後ろで鋼のとばりがリノリウムの床を噛む重い音が響く。


あと一瞬でもタイミングが遅ければ胴体と首は、ギロチンと化した隔壁によって、おさらばしていただろう、悪運という名の罪状による処刑だ。

そう思うと背筋が冷えた。

次いで彼は、鉄扉の向こうを見やり何とも言えない少しばかり悲しげな顔をする。

その様を見て慰めるように後ろからリオンが声をかけた。


「……諦めろ、今頃はショゴスの腹ン中だ。もう一本持って来て正解だったな。後で新しいの発注すればいいじゃねェか。経費なら落とせるぜ。」


なくしたのはただの鎖ではない。鋼糸を編んで作った鉄の輪を繋いでいった──こうすると簡単には刃物で切れない───普通に買えば割と高い鎖である。

それに紫苑は首を振って応えた。


「いや、一応、既製品でも、発注品オーダーメイドでもなくて、自作なんだ。一本作んのに一体どんだけ時間かかったか、一昼夜鋼糸編み続けて6ヶ月だぞ……あんなの休学中じゃねぇと作れないってのに。」

「…お前な、大侵攻の後学校来ねェと思ったら何やって……」


言いかけて、やめた。

あの事件で一体何人の黒髪(シュヴァルツ)が死んだか知っていれば大体の想像はつく。

こんな肉体労働上等な仕事で、如何してわざわざ熱が篭る様な徳利襟(タートルネック)のシャツなんか着ているのかも、

右目の下、僅かに残った縫い後と微かに異なる両目の蒼も。

少しだけ空いた会話の間をとりなすように口を開く。


「……別に、頑丈で物がよく斬れる鋼糸(いと)なら俺の部屋の金庫の中に大量に入ってるから勝手にとってけよ。どーせアレだってテメェが俺と手合わせした時にスパスパ切り刻みやがったの使ってたンだろ。」


砥の粉にするから要らないなら欲しいとか奴が言っていた残骸(スクラップ)は意外な形で再利用(リサイクル)されていたらしい。


「まあね。まぁ、全部この仕事が終わってからの話だけどな」

「違いねェ、てか仕事の後とかフラグ建てンな。」


それで会話は打ち切りとなり、走り続けていると時間の感覚が少し曖昧になって来る。

その時、突然に視界が開けた。


   ♰ 


後ろからの腐臭は僅かながら遠のき、但し前からも同じ匂いがしてきた。

それらは段々距離を詰めてやってくる。

その中で少女は穏やかな顔をして立っていた。


──見ィツケタ


ケタケタと笑うソレラの姿を認めて少女はナイフを握る両手に力を込めた。

そして投げる。


───彼等の方ではなくて斜め上、火災用スプリンクラーの給水管へ。


武器()なら、わざわざ探さなくてもここにある。

重力に従い細雨の様に落下していく水を見て少女は口の中で呟く


───ストレージ01〈細氷柱(ウォーター・ネイル)〉 前方後方起動アクティベート


既に計算済みだった異能式がシェアサイトに投影されていく。

中空に描いた絵文字の様に。

キイキイと嫌な声を上げて喚く殺神隷種ショゴスを見て、ささやかな嘲笑を送るとともに彼女は手を振った。


───再起動(リブート)威力倍増(ターンアップ)


床に刺さるその細針が、同時にヤツラの体を凍らせて細胞壁を内側から破壊させて死滅させていく。

何も聞こえなくなった時には彼女しかその場にはいない。

ただ、まだどこか遠くでキィキィと騒めくその声が実際に聞こえていた。


───まだどこかにいる奴らがいる。


ならば、殺しつくすまで。


彼女はその残党を探し走り始めた。

   ♰ 


───BaitBreedingRoom《食餌飼育室》──、そう書かれたプレートが下がり一面硝子張りの、その通路のような部屋は薄青いLEDの光で満たされていた。

揺ら揺らと揺れる光の筋。

恐らくは両面水槽になっているのだろう。

下から気泡が立ち上っているのが見えた。

その気泡に焙られるように置いてあるのは大量のフラスコと、カラフルな電極やチューブの束。

思わず覗き込んだロゼリエが、うっと声を上げ口元を抑えてへたり込む。


「おいロゼ、大丈夫か…?」


声を上げるレイを余所に紫苑は少女の見ていた水槽に近づく。

プレートの名前を見れば中身は大体想像がついた。

 けれど近付こうとする紫苑を、アンタは見ない方が良いと彼女が引き留める。

……謂わんとする事は大体予想がついていた。

そしてその予想は、シュレッダーに詰め込まれていた資料を見た時から立てていた物だった。


「大丈夫だって、これぐらいは慣れてる。」


そう言って紫苑は確認のために水槽の方を見遣る。

思った通り中身のソレは黒い産毛をしていた。

……この地方には絶対に有り得ない色彩の。


「別に遺伝子的に近かったって相手の事を知らなければ赤の他人だ。」


───あの時とは違って。


「……で、ここを突っ切ったら外だし、流石にもう俺がいなくても大丈夫だろ。俺は一回戻るからね。」


まだ、一人残しているんだし、下らない感傷に付き合っている暇などない。それに、ここまで来た一番の目的はもう果たしたのだから。

踵を返す少年に後ろから赤髪の少女が声をかける。


「待って、オレは残るよ?残りは作戦通り退路開いといて。」

「・・・!?」

「だって、オレがエリナ見捨てるわけにいかないでしょ?」


謂われてみればそれもそうだった。


「大丈夫なのか?」

「オレはナポリ出身だから。戦えなくても、そう簡単には負けない。

……あそこも邪神種(クトゥルー)にやられた街だから。」


液状生物はやはりその殆どが海に棲む。

海沿いの街はだから危険だ。

知らない内に町が丸ごと奴らに飲まれるから。

それを知っているからある程度の対処ならできる。


「……判った、じゃあ後ろは任せるよ。」


そう言って彼は今来た道を戻り始めた。



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