fragile light ⅵ
「他は任せるよッ‼新入りッ!先に行ってろ‼」
少女の一喝を聞いて、一行は足を止めるのを止めた。
最優先はこの場に破壊工作用の炸薬を撒くこと。
そして足手まといになりかね無い奴らは早々に撤退するべきだ。
───この敵とはどう足掻いても相性が合わないのだから。
「判った。」
短く答えて紫苑が先頭に回り込み、入れ替わるように前を言っていたアンジェリナが殿に回る。
取り敢えず走る先は一本道。
暫くの間は後ろから回り込まれる事も無いだろう。
後ろでは、持ってきたバックパックからプラスチック爆薬を取り出し電気信管を刺して放り投げるアンジェリナの姿、
いざ後ろから迫ってきたらアレを爆破すればいいだろう。
それぐらいにはこの工場の骨材は強いはずである。
ただ、廊下を走るうちに確実に腐臭が濃くなってきていた。
早く回りきらないと、それこそ心神喪失まっしぐらだ。
───ナポリは彼奴等に堕とされたから。
赤毛の少女は歯噛みして前を急かす。
何より置いてきた少女が心配だった。
けれど、この場は減速系の異能者に頼るほかない。
今の自分らはただの足手まといだから。
何個目かの曲がり角で、紫苑が手に持つ抜身の刀、その刀身に、不意に玉虫の禍々しい色が映り込む。
───角から来るッ!
さらに速度を上げて走った先に見えたのは対合成獣用の隔壁。
「リオンッ、ロゼリエッ‼」
───アレをハッキングできるか、という問いはしなくても直ぐに伝わった。
対合成獣用のものであれば、いくら邪神種でも幾許かは保つ筈だ。
「あと五秒で落とせるッ」
もう相手はすぐ後ろに来ていた。
先行ってくれ、と紫苑は列を離脱し振り向くと同時に鎖を振り抜く。
振り抜いたソレが白銀の光となって敵に降りかかった
♰ ♰
「───ッう、……ちっとばかしタンカ切りすぎたかねェ。」
衣服に相手の放った腐汁がついていないか確認して、エリナはまるでこちらを値踏みでもするように見下ろしてくる相手の方を睨めつけた。
スカートの下のタイツは戦闘の余波で、所々穴が空き伝線してしまっている。
気にせず少女は立ち上がり、レッグホルスターから三本薄型ナイフを抜く、更にポケットから白い薬品の入った小瓶を取り出して栓を抜き一斉に投擲。
瓶の中身は水酸化ナトリウム。
それが強酸の膜を中和。
さらに中和反応で生じた水分が硫酸に溶ける溶解熱で、蒸気と化してナイフを加速させる。
それで三体ほど仕留めたがジリ貧だ。もう強塩基性の水酸化物は手元にない。
───これで水があれば。
減速系の異能者にとって、水は武器にもなり得る切札だ。
一応持ってきていた水筒の水は帰りの事もあるのにもう使い切ってしまっている。
───後は、殺神隷種の表面に当てれば済むのに。
表面が強力な酸に包まれている彼らに彼女が直接触れば勿論ただでは済まない。それにエリナは異能を操る計算式の関係上、ナイフとそこに付随するワイヤーが触れたもの以外を凍らせる事が出来ない。
そして長く同じところに留まれば殺神隷種の体表から粘液と共に放出される麻薬のような精神汚染物質で正気を失うという。
実際先程から狙った処に当たるはずだった攻撃が、外れる確率が高くなっていた。
……細かいところで平衡感覚が狂って来ているのだ。
とりあえずこの場所にいるのは危ない、そう判断して後ろを見ながら彼女は走る、そこでカツンと何かを蹴り上げた。
蹴り上げたのは先程アンジェリナがばら撒いていったプラスチック炸薬である。
灰色の爆発物は、放物線を描いて火災用の警報装置に当たりそのまま重力に引きずられて地に落ちた。
火災の二文字に少女の目が留まる。
───まだ、使えるものを使いきった訳じゃないか。
ずるずると持久戦に持ち込まれるのは御免だ。
少女はひとまずソレを探して走り出した。