fragile light ⅳ
───いた。
木陰に身を潜めつつ少年は周囲をうかがう。
無数の気配がその周囲にあった。
あと数メートル先に出れば開けた野原に出るか、ならそこで殺すのが得策だ。
匍匐前進でそこまで進み、音もなく立ち上がった服についた泥を凍らせてはたき落す、同時に放たれた異能波に反応した、いくつもの黒い影が飛びかかって来る。
月明りに浮かぶのは漆黒の毛並み、月狼という名の合成獣だ。
「それで殺せるとでも?」
嘲るように呟くと同時に抜刀、なんの警戒もなく間合いを詰めてきた一体が両断されて地面に落下、血の匂いが荒野に広がり、そして凍った。
空気が重さを増す、少年の纏う雰囲気が変化したのではなく、あくまで物理的にだ。
分子運動の制限により気温が下がりそれで空気中に飽和していた水蒸気が空中の塵を核として凝縮した。
降り注ぐ小雨が凍りついて氷と化し、雨の如く降り注ぐ。
それを避けて折り重なるように飛びかかってくる狼は、ただ少し動きが速いだけの藁束と同じだ。
そんなもの今更殺せない訳が無い。
遥か昔に何度も何度もやってきた、命を懸けた練習の繰り返しに過ぎないのだから。
いつの間にか雨は止んで、氷雪霧へ変じていた。
その中でただひたすらに踊る。
前に背後に、右に左にとステップを踏み、その都度彼の周りで赤い花弁が切断された獣の肉片と共にはらはらと舞う。
後ろなんて見なくても気配だけで敵の位置は認識出来る。
眼前の敵を袈裟懸けに斬り、その勢いのまま回転しつつ横に飛んで攻撃を躱す。
飛んで来た月狼はすれ違いざまに頭と後足を斬られて鞠のように転がっていった。
残る数十匹を間合いを詰めてきた片端から膾斬りにしていく。
ほんの少し息が上がる頃には、降り積もった氷が、バラバラ死体となった獣を完全にその中に埋もれさせていた。
動くものは降りしきる氷と少年の他には誰もいない。
刀に着いた血液を凍らせて振り払い納刀して、シェア・サイトに映った時刻を確認すれば割と経っていた。
「………遅れたな。」
自分の周囲に舞い上がる紅い氷の花弁をなんの感慨もなく見下ろして嘆息する。
別の気配を感じて振り返れば、月明かりの中でも露わな明るい金髪に匂紫の瞳の少女が、組み立て済みのアサルトライフルFR F1を背に抱えたまま立ち尽くしていた。
♰
「………なっ……」
目の前に広がる胴も足もバラバラになった獣の群れとその中に立つ紫苑の姿を見て思わず少女は小さく声を零す。
体が震えるのは恐らくはこの全身を針で刺すような寒さのせいだけではないだろう。
月光の中に瞬きながら降り注ぐ氷雪霧とその中に紅い花弁を周囲に侍らせ佇む少年の姿は、月の蒼白い明かりに照らし出された髪の黒と瞳の蒼と相まって、とても綺麗で、そして何故だか少し危う気に見えたから。
「悪りぃ、遅れた。……他の奴は?」
「……起こしたわよ。大丈夫?」
「ああ。慣れてるから、怪我とかはしてない」
そう、とだけ呟いてロゼリエは紫苑の二、三歩後ろを歩く。
その距離が何故だか少し遠く思えた。