欺瞞と慈愛
「本当にすいませんでした……」
約三十分後、俺は禿げたオッサンこと佐藤さんに頭を下げて謝罪をしていた。
「いいか、もう騒がしくするなよ」
「……はい」
最後にもう何度目かの注意を受けて、佐藤さんは自分の部屋へと戻っていった。
あれほど叱ったのにまだ怒りが収まらないのか扉の閉まる音には力が入っていた。
「はぁー……!」
長時間の緊張が解けたからか、最近で一番深いため息が出た。
本当に疲れた……なんで俺がこんな目に……。
俺達二人は約三十分ものお叱りの末、ようやく解放された。
横を見ると、怒られた張本人である如月は未だに泣いている。
まあ、全く知らない禿げてて目つきの悪いオッサンに怒鳴られたんだから仕方がないか、と思いつつ、いつまで泣いてるんだよ、とも心の中で思った。
このまま泣いている彼女を部屋の前に放置するわけにもいかないので仕方なく家にあげた。
洗面所で顔を洗わせて、お茶を飲ませると、涙は止まったが、何度も肩をヒクヒクさせてしゃっくりを繰り返している。
俺が渡したマフラータオルを首にかけ、目元を赤くして、顔を半分腕に埋めて、膝を抱えて座り込んでいるその姿からは先程までの面倒なくらい元気で明るい彼女の姿は微塵も感じられなかった。
「落ち着いたか?」
「うん。ありがっ……とう……」
しゃっくりをしながら途切れ途切れにお礼を言ってくる。
「お礼はいい。でも、これでいい加減分かっただろ?俺なんかと関わってもろくなことにならない。関わるのをやめる気になったか?」
俺は同情なんてしない。
そもそも今回のことは彼女の自業自得だ。
大して慰める義理もない。
関係を絶つなら心が弱っている今がチャンスだ。
今なら素直に俺と関わるのをやめるかもしれない。
キレて俺に怒ってくる可能性もあるかもしれないが、それならそれでのちのち気まずくなって如月が俺に話しかけてくることもなくなるだろう。
自然消滅ルートまっしぐらだ。
俺はそんなことを考えていたが、どうやら如月のメンタルは俺が思っていたよりもずっと強かったらしい。
「いやだ……っ!」
如月は泣いて赤くなったその目で俺の目を真っ直ぐ見てはっきりとそう言った。
……ダメだったか。
彼女の目の奥に揺らぎそうもない意思のようなものを感じた。
普通のか弱い女の子なら関係を絶てると思ったが、彼女はどうやらそこまで弱くないし、甘くないようだ。
「だったらひとつ教えてくれ。なんでそんなに俺に関わろうとするんだ?なにかの罰ゲームか?」
「違うよ。私が健一くんと……仲良くなりたいだけ」
「それ、嘘だろ」
俺は彼女のその答えに正直ガッカリした。
また、仲良くしたいの一点張り。
いい加減うんざりしていた。
「……なんでそんなこと言うの?」
「分かるんだよ。キミは俺の目を見て信じさせようとしてるのかもしれないけど、人は人の目を見て平気で嘘がつけるから」
人は嘘をつく時、必ず体に出る。
それは手だったり、足だったり、目や筋肉だったり、人によって違うけれど、如月の場合は嘘をつく時に人の目をよく見ようとする。
俺の目を見ろとか、昔から真偽を目を見て判断してきたからか、相手に自分の言っていることを信じさせようとして、相手の目を意識的に見る人間は意外と多い。
一人でいることが多かったから周囲の人間をいつも遠目に見てきた。
人の嘘が分かるというのは、そんな人間観察の悲しい産物だった。
「……ふふっ」
何が面白かったのか、彼女はさっきまでの泣いていた悲しそうな表情から一変、吹き出すように笑った。
「なに笑ってるんだよ」
「いや、流石だなーと思って。確かに今のは嘘だよ」
そう言って開き直った彼女は抱えていた足を崩し、女の子座りに座る体勢を変えた。
目は赤いままだが、心做しか、雰囲気がいつもの明るい状態に戻った気がするし、しゃっくりも止まっているように見えた。
もしかして、泣いていたのも嘘だったりするのだろうか……。
「でも、罰ゲームとかで嫌々関わってるわけじゃないし、仲良くしたいっていうのも本当だからそこは信じてよね」
俺と関わる必要のある理由なんて、俺には罰ゲーム以外には全く思いつかないが、とにかく純粋に仲良くしたいだけではないという事は分かった。
初めから彼女が俺に関わってくることになにか理由があるんじゃないかとは思っていた。
けれど、それがこうして確定してしまうとどこか残念に感じてしまっている自分がいる。
気持ちが悪いな……。
「じゃあ、本当の理由は?」
「それは教えてあげない。……内緒だよ」
いたずらっ子のような笑顔を浮かべ、口元に人差し指を当てて内緒のポーズをしてくる。
「……内緒か」
「そう、内緒。今は教えられないけど、いつか教えてあげるよ」
「べつにそんなの教えてくれなくていい。その頃には関わりなんてないだろうしな」
「まだ、そんなこと言ってるの?いい加減、諦めて私に心を開きなよ」
「そんな日、一生来ないからそっちこそ諦めろ」
「いーやーでーすー!」
彼女は体を伸ばすように両手をめいいっぱい広げてそのまま仰向けに床に倒れ込んだ。
「はぁー……」
その子供の駄々をこねるような反応に思わず、またため息が出る。
「ため息ばっかりついてると幸せが逃げるよ?」
「それは幸せな奴に言う台詞だろ……」
俺は元から大して幸せじゃないから、そもそも逃げていく幸せがない。
俺に言うのはお門違いだ。
そういう意味で言ったのだが、如月はその言葉の意味がいまいち理解できなかったのか、小首を傾げていた。
如月、天然も入ってるのか……。
「まあ、とりあえず、今日はここにいてもいいから夕方になったら帰れ。それでいいな?」
如月は俺が家にいるのを許すと思っていなかったのか、少し驚いた表情を浮かべたが、直ぐになんとも言えない嬉しそうな優しい笑顔を浮かべた。
「うん。……ありがとね」
結局、最後は俺の圧し負けだ。
一緒に下校するというのも結局彼女に圧し負けてこうして今家にいるわけだし、このままズルズルとこの関係性も続いてしまうんじゃないだろうかと思ってしまった。
俺は特にやることもないので飲み物や菓子を持ってこようと、それらが置いてある台所へと向かう。
「やっぱり、優しいよ……健一くんは……」
如月がボソリと呟いたその言葉を俺はあえて聞こえないふりをした。




