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クズはクズらしく  作者: 夕町 迅夜
第三章
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屑人の至言

「いい天気だなぁ……」


 階段を上がりながら空を見上げると、雲ひとつない真っ青な青空が広がっていた。

 こんなに晴れていて太陽が照りつけているのに、気温が低く、吐く息が僅かに白くなる。

 寒くなってきたな……。

 俺はそんなことを思いながら、等間隔に並んでいる墓の間を抜けて、とある墓石の前で足を止めた。


「……久しぶり、爺さん」


 目の前の墓石には『三秋家之墓』と彫刻されている。

 爺さんが眠っている墓だ。

 手に持っていた水が入っている手桶(ておけ)とカバンを地面に下ろす。

 タオルで墓石の汚れを落とし、生えていた細かな雑草を抜いて周りを適当に綺麗にした。


「そういえば、水掛けるのって冬にもやるものなのか……?」


 打ち水をしようと、手桶に入った水を柄杓(ひしゃく)ですくったところでふと思った。


「やめとくか……。冬に冷水は寒いだろうし」


 水をすくった柄杓を手桶に戻し、墓石の正面に立つ。


「やっぱり、生きてる間にもう少し会って話しておけばよかったな……」


 墓石を見て思った。

 爺さんは最後の方は俺のことを忘れてしまっていたけれど、俺のことを覚えているうちにもう少し爺さんとは話をしておきたかった。

 もし、あの時の俺が爺さんと話していたら、爺さんはどんな言葉を俺にかけてくれていたんだろう。

 そんなことを思うけれど、こんなのはもう叶わない願いだ。

 爺さんの声を聞くことは残念ながらもう出来ない。

 だから、俺が一方的に話しかける。


「爺さんが俺に対して未練を残して死んだのかは知らないけど、爺さんは俺に十分色んなものを残してくれたよ。ありがとう」


 爺さんは亡くなる前に俺に何もしてやらなくて情けないと話していたらしい。

 けれど、爺さんは十分すぎるほどに俺に色んなものをくれた。

 今更言っても遅いけれど、お礼の言葉を言いたかった。


「爺さんみたいに何かを残せるかは分からないけど、俺なりに頑張ってみることにしたんだ。まあ、期待しないで見守っていてよ」


 俺は爺さんのような立派な人間じゃない。

 けれど、爺さんのように何か残せる人間になりたいと思った。


「それじゃあ、そろそろ行くわ。この後、人と会うんだ。爺さんのこともよろしく言っておくよ。そのうちまた来る」


 俺は手桶とカバンを持って墓地から出て、次の目的地へと向かう。

 道を歩きながら空に広がる青空を見て、いつだったか思っていた言葉を思い出す。

 人間は愚かだと、誰かが言った。

 人間は愚かで醜く、卑劣で、醜悪で、陰湿で、残酷で、ずるく、汚く、自分勝手で、罪深い。

 そんな否定的で消極的な言葉を全て混ぜ合わせて出来上がるのが、やはり人間という生き物なのだろう。

 本当に人はどうしようもない。

 俺も合わせてどいつもこいつもクズばっかりだ。

 そんなことをいつかの俺は確かに思い、自分も含めた人のことがとにかく嫌いになっていた。

 昔の俺が言う通り、どんな人間にもクズな面というのは必ずある。

 俺にも、昔の友達にも、ナツにも……母さんにももちろんある。

 俺は見ることはなかったけれど、きっと見ていないだけで父さんや爺さんにもそういう面というのはあったのだろう。

 人間は皆クズな生き物だ。

 けれど、それは仕方のないことなんだと、今の俺は思う。

 人は確かにクズではあるけれど、クズな面だけを持っているわけじゃない。

 優しい面も人は確かに持っている。

 俺は少なくともその優しさに触れて、助けられた側の人間だ。

 人はクズではあるけれど、優しくもあり、他にも色んな面を持っている。

 人は状況に応じて、その面を使い分け、クズにも善人にもなることが出来る。

 常に善人でいる人間も常にクズでいる人間もその方が余程気持ちが悪い。

 色んな面を持っているからこそ人はいいんだ。

 人は人らしく生きる。

 今の俺にはそれでいいと思えた。

 そんな昔のことについて考えているうちに俺は目的地にいつの間にか着いていた。

 ここはもう何度来たか分からないほど訪れている病院だ。



 *



「久しぶり、如月。元気にしてたか?」


 病院の病室のドアを開き、中に入ると、ベッドに変わらず眠っている如月の姿があった。


「やっぱり、少し痩せたな……。ごめんな。しばらく来られなくて」


 如月が眠りについたあの頃から、もう六年もの月日が流れた。

 俺はあれから高校を卒業して、大学へ行き、もうすぐ大学も卒業する。

 そして、ついこの間、就職先も決まった。

 ここ最近は留学していたり、研修に行っていたりしてこられていなかったけれど、今日はその報告も兼ねてのお見舞いだった。

 俺が就職したその職は――


「如月。俺、教師になったよ」


 如月の目を閉じた顔を見ながら言う。


「俺が教師だぜ?似合わなさ過ぎて笑えるだろ?自分でも心底そう思うよ」


 自分でもその似合わなさ加減に少しだけ笑えた。

 あの頃の俺なら絶対になるはずがない、頭の片隅にもなかった職を俺は目指し、そして就職した。


「でも、この六年間色々考えてきて、俺もなりたいと思ったんだ。できるかは分からないけど、俺も爺さんがキミを変えたように、俺がキミに変えられたように、誰かを少しでもいい方向に変えられる人になりたいと思った」


 俺が誰か一人だけでも、少しでもいい方向に変えられたのなら、その子がまた誰かを変えてくれるかもしれない。

 そうすれば、俺のように救われる人間が少しは増えてくれるかもしれない。

 如月のような心優しい面を多く持っている人が少しでも増えて欲しいと思った。

 いつの日か父さんが言っていた、人と人との繋がりというのはこのことを言っていたのかもしれないと今になって思う。

 この六年間、色んな人に出会って、俺なりに頑張って多くのことをしてきた。

 如月は学校の人気者だったから、如月が眠りについたあと、如月の友達たちには恨まれた。

 中学の友達だった奴らにも成人式で会って、めちゃくちゃ気まずかったけれど、頑張って話もした。

 色んな人にたくさん謝って、昔切ったはずの縁をもう一度繋ぎ止めて、今ではたまにだけど如月の友達とも俺の昔の友人とも一緒にお酒を飲んだり、食事に行ったりできるくらいには仲良くなることが出来た。

 多分、なんとか仲良くやっていけていると思う。

 仲直りしたナツは俺と同じ大学に進学して、俺と同じように教師になった。

 ナツから好きだと告白されたこともあったけれど、俺はその気持ちに応えられなくて、ナツもそれを理解してくれた。

 そんなことがあった今でも食事に行って、お互いに悩みを相談しあったりする仲で、今でもナツとは仲のいい幼馴染であり、親友でいられていると思う。

 ナツには本当に心から感謝しているよ。

 南谷は……まだ少年院にいるけど、アイツとも面会に行って会ってきた。

 全体的にぐったりとしていて、「死ね」とか「消えろ」とか呪いをかけるみたいにブツブツと散々言われたよ。

 アイツはたぶん面を被っていたんだろう。

 優しい奴を演じて、必死に如月に好かれようとしていた。

 なんで南谷があそこまで如月のことを好きになったのかは俺には分からない。

 特別な理由がなにかあったのかもしれないし、理由なんてなく好きになったのかもしれない。

 けれど、アイツは中学の頃には如月と同じ陸上部に入り、如月が病んだ時にもお見舞いに通った。

 そして、如月が俺と会う為にあの高校を選んだように、おそらく南谷も如月と一緒の高校を選んでいた。

 アイツは歪んでしまってはいたけれど、俺を殺そうとするほどに如月のことが本気で好きだったんだろう。

 かなり難しいし、時間がかかってしまうだろうけど、アイツともいつか話ができたらいいと今は思ってる。


「本当にありがとう。今の俺がいるのは、お前のおかげだ」


 俺はすっかりか細くなってしまった如月の手を包むようにして両手で握る。

 あの日、最後に伝えられなかった感謝の言葉をもう何度こうして眠っている如月に言っただろうか。

 何度言っても如月にこの声は届かないのに、あの日からこの病院に来る度に口にしている。

 いつの日か、目が覚めた時にこのお礼の言葉を直接言いたい。

 それが今の俺がやりたいと思っていることだ。

 あの時、お前が俺を突き飛ばして助けてくれなければ、俺は今ここに立っていない。

 そして、如月も俺の目の前で今もまだこうして寝てはいないだろう。

 俺と如月は本来なら逆だった。

 本来なら俺が病院のベッドで今も寝ていて、如月がこうして見舞いに来てくれていたはずだ。

 いや、もしかしたら俺は死んでいたかもしれない。


「もし、俺とお前が逆だったら、お前はあれから六年経った今でも俺の見舞いに来てくれてたのかな……」


 そんなことを思ったけれど、安易にその問いの答えが想像が出来てしまった。


「まあ、お前だったら来てくれてるだろうな」


 俺ですら六年経った今でもこうして如月の見舞いに来ている。

 あれだけしつこく俺に構ってきた如月が来ないわけがない。

 自分が勝手に想像したことだけど、少し笑えたし、嬉しかった。


「父さんのところにも行かなきゃいけないからそろそろ行くよ」


 そう言った瞬間、如月の手が握っていた俺の手を弱々しくではあるが、握り返してくれた気がした。

 反射的に如月の顔を見るけれど、如月は未だに変わらず眠ったままだ。

 気のせいか……。

 少しだけ残念に感じた。


「じゃあな。また来るよ」


 名残惜しかったが、握った如月の手をそっと離し、持ってきていたカバンを手に取る。


「ありがとう……」


 俺は最後にそう言い残して、如月の病室を後にした。



 *



「……ふふっ……」


 誰もいなくなった病室に弱々しく、吹き出すような笑い声が微かに響く。


「……どういたしまして」

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