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クズはクズらしく  作者: 夕町 迅夜
第一章
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珈琲と憤懣


「なんで帰ったの!?」


翌日、学校でいつも通り机に突っ伏して顔を腕に(うず)めて寝ていると、机を揺らされて無理やり起こされた。

俺は顔を上げて、起こしてきた張本人の顔をボーと見つめる。

目の前に立っていた彼女は艶やかな長い黒髪をしていて、高校生らしく薄く化粧をしていた。

顔は比較的に整っていて、おそらく一般的には美人と呼ばれる人種だろう。


「……えーと…………誰?」


「如月 真冬!昨日もこのやり取りしたよね!?」


黒髪ロングの如月……。

あぁ、昨日病院で話しかけてきた変な人か。

本当に同じクラスだったんだな。

相手をするのが面倒だったので、右肘を机に立てて頬杖をついて応じる。


「で、なにか用?」


「だから、なんで昨日帰ったの!?」


「家に早く帰りたかったから。以上」


「はぁー……まるで残業で疲れてる社会人みたいなこと言うんだね」


如月は俺の対応の悪さに呆れたのか、ため息をつきながら皮肉を言ってくる。


「そうなんだよ。俺は疲れてるんだ。分かったら、どこかに行ってくれ」


結論は出たので、俺はまた寝るために机に突っ伏して目を閉じた。

正面の席に座っている彼女が再びため息をつく音が微(かす)かに聞こえる。

こんな対応をされれば、流石に諦めてどこかへ行くだろう。

そんなことを考えたが、その期待はあっさりと裏切られた。


「疲れてるなら、これあげるよ」


彼女のその言葉と同時に俺は(うなじ)のあたりに熱を感じた。

初めは無視しようかと思ったが、だんだん項の熱が増してきて、とても熱い。


「あっつ!」


「はい、これ好きでしょ?」


彼女は(たま)らず顔を上げた俺の目の前にブラックの缶コーヒーを突き出してきた。

昨日、俺が病院で飲んでいたのと同じものだ。


「くれるのか?」


そう聞くと、彼女はコクリと首を縦に振る。

俺は缶を受け取ろうと手を伸ばしたが、その手は虚しく空を切った。

彼女が缶を引いたのだ。


「その代わり今日一緒に帰ろうよ」


条件付きか……。

くれるのならまだしも、条件をつけられてまで欲しくない。

たった百円ちょっとの缶コーヒー如きで人を買収できると思うな。

世の中そんなに甘くない。


「じゃあ、いらない。おやすみ」


俺はその提案を速攻で断り、改めて机に顔を伏せた。

すると、彼女はそれ以上何もしてこなかった。

しばらくしてからチラリと腕の隙間から周りを見ると、彼女がほかの女子生徒と話しているのが見えたので、俺と関わるのを諦めたのだろう。

それでいい。

こんな暗くて面白みのないクズ人間には関わらないのが正解だ。

これで、ようやく俺もいつも通り眠ることができる。

おやすみなさい。

そう心の中で自分に呟いて、俺は目を閉じた。






一限目の始めを知らせるチャイムで俺は目が覚めた。

どうやら朝のホームルーム中まるまる寝ていたらしい。

寝ぼけながらふらふらと顔を上げると、机の上に一本の缶コーヒーが置かれていた。

如月が先程持っていたものと同じものだ。

アイツ、置いていったのかよ……。

缶を手に取ると、時間が経ったせいですっかり冷めてしまっていて全く暖かくない。

どうしようかと思ったが、これから一限目の授業が始まるのでこのまま机の上に置いておくわけにもいかず、仕方がないのでカバンの中に一度しまうことにした。

缶コーヒーと入れ替えでカバンから教科書とノートを取り出し、机の上に出す。

ふと、教室内をぐるりと見渡すと、こちらを見ている一人の生徒がいた。

如月だ。

彼女は俺と目が合ったのに気が付くと、慌てて目を逸らし、授業の準備をしだした。

どうせ、俺が缶コーヒーを見つけた時の反応でも面白がって見ていたのだろう。

俺は彼女が何をしたいのか、本当によく分からなかった。





その日の放課後、普段ならこの時間の教室には机に突っ伏して寝ている俺以外には誰もいない。

けれど、今日は違った。

おそらくだが、如月が俺の前の席に座っている。

なんで顔を伏せているのに分かるのかというと、病院で出会った時に彼女から(ただよ)ってきたなんの匂いかは分からない甘い香りが先程から前方から香ってくるからだ。

このまま俺が寝たふりを続けていても彼女は帰りそうになかったので、仕方がなく起きることにした。


「あっ、やっと起きた!おはよう!」


起きた俺に対して目の前の彼女は爽やかな明るい笑顔で挨拶をしてきた。

本当になんなんだこの子は……。

そんなことを思いながら俺は彼女を無視して、いつも通り持ってきていた教科書や本をカバンにしまっていく。


「へー、全部持って帰るんだね。置き勉すればいいのに」


中学生や高校生になると多くの生徒が持ち運びが面倒だからと、自分の席の引き出しやロッカーの中に教科書をいくつか置いていく。

その行為を置き勉とどこかの誰かが名付けたらしい。

彼女からしたら、置き勉をしない俺が珍しく見えるのだろう。


「……」


俺は彼女を無視はしたまま、カバンを肩にかけて教室をあとにする。


「ちょっと、待ってよ」


彼女は俺のあとをリュックを背負って、小走りで追って来た。

本当にいい加減にして欲しい。


「朝にコーヒー(おご)ってあげたんだから、一緒に帰ってもいいでしょ?」


後ろでそう言う彼女に対し、俺は足を止めた。

後ろを振り向き、彼女と向き合う。

彼女は「どうしたの?」と言って、頭の上にハテナマークを浮かべていたが、俺は肩にかけているカバンのチャックを少し開けて、手を突っ込み、中から一本の缶コーヒーを取り出した。

完全に冷たくなっているが、これは朝に如月が俺の机の上に置いていったものだ。

俺は結局飲まないでカバンにしまっていた。

さっきからこちらをボーっと見ている彼女の手を取って、その缶コーヒーを手渡してやる。

今、俺は彼女に缶コーヒーを返した。

これで俺が彼女から缶コーヒーを奢ってもらったという事実はなくなり、同時に彼女と一緒に帰る理由もなくなる。


「返す。もう、付いてこないでくれ」


そう言い残して、彼女を無視して一人で下駄箱へと歩き始めた。

ここまですればいくら鈍感な奴でも嫌がっていることは流石(さすが)に伝わる。

これで関わるのをやめるはずだ。

そう思った時だった。


「……ねえ、なんでそんなに辛そうなの……?」


突然、後ろから聞いたこともないほど落ち着いた、少し冷たさすら感じる声が聞こえてきた。

思わず足を止めて振り向くが、やはりそこには如月しかいない。

……今のは彼女の声か。


「辛そうって?誰が?」


「キミしかいないでしょ。春原 健一くん」


先程までとは違い、彼女の顔からは完全に笑顔が消えている。

その目は何を見ているのか、確かに俺を見てはいるが、どこか違うものを見ている気がした。


「なんでそんなに辛そうなの?」


彼女はもう一度聞いてくる。


「知らないよ。そもそも俺は辛いだなんて思ってない」


俺は半身(はんみ)の状態で彼女のその目を真っ直ぐ見つめ返して答えた。

今のこの状況は見つめ合うなんていうロマンチックな言葉よりも睨み合うという言葉のほうが正しい。

喧嘩をしているわけではないが、どこかピリついた空気が俺達の間には流れている。


「どうしてそう思ったんだ?」


彼女が何故そんなことを突然言い出したのか、気になったので興味本位で聞いてみる。


「どうしてって……わたしにはどう見てもキミは辛そうに見えるよ」


「なら、ただの勘違いだ」


彼女の答えは期待外れなものだった。

ただの思い込み、勘違い。

そう言って、彼女の発言を容赦(ようしゃ)なく切り捨てる。


「じゃあ、なんでキミは人と関わるのをそこまで避けるの?」


そんな俺の態度に反発するように、心做(こころな)しか、彼女の口調が強くなった気がする。


「一人でいるのが好きなだけだ。そういう人もいるだろ」


「確かにそうだね。一人が好きっていう人も確かにいる。だけど、キミは違うでしょ?」


「何を根拠に言ってるのか知らないけど、勝手な思い込みで語るのはやめてくれないか。何も知らないだろ、キミは……」


「それは……」


彼女はその言葉を最後に言葉を詰まらせた。

瞳を揺らしてどこか悲しそうな顔をする。

その目はまるで俺を(あわ)れんでいるように見えた。

なんだ……その目は……。

その時、自分の中の何かが切れた気がした。


「いい加減にしてくれないか……」


無意識だったが、明らかに俺の口調が強まった。

その言葉が怒気を孕んでいるのに気がついたのか、彼女の表情が(こわ)ばったのが見て取れた。


「はっきり言って、ウザイんだよ……。もう、関わらないでくれ」


その完全な拒絶の言葉と共に悪意の(こも)った目で俺は彼女を睨みつけた。

俺は何も言い返せなくなった彼女を置いて、玄関へと歩き出す。

次第に早足になっていき、歩くのにも力が入る。

心臓も音を意識できるほどにいつの間にか速くなっていた。

あんなことでイラついたのか……最低だな……。

心底、そんな自分が嫌に思えた。



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