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クズはクズらしく  作者: 夕町 迅夜
第三章
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真意と救済

 俺と如月は昔の話をしながら病院から場所を移し、人気(ひとけ)の少ない路地に来ていた。

 人があまり通らない場所だからか、街灯も少なく薄暗い。


「『人の為に生きるのが人生』だと父さんはよく言っていた。人の為に何かすれば、それはいつか自分に返ってくる。そうやって人は繋がっていくんだ、と」


 まるで呪われているみたいに本当によく口にしていた。


「人の為に生きるのが人生……?そんなわけがないだろ……」


 目の前にいる如月に話しているはずなのに、まるで父さんに対して話しているような気になる。


「……現実はどうだ?人の為に頑張った父さんは無理をして、壊れて……死んだも同然になった。他人に与えた優しさの代わりにいったい何を貰ったんだよ!」


 優しさの代わりに貰えるものはなにもない。

 父さんが優しさを振りまいて、得たものは罵倒と嘲笑と裏切りだけだ。


「人の為に生きるなんて馬鹿げてる。恩を当たり前に仇で返してくるのが人間だ。ただそう思いたいだけの綺麗事なんて言わなくていいから、いい加減現実を見ろよ!」


 優しい人間が都合よく報われるほど世の中は綺麗にできていない。

 人の為に何かしたところで、優しい人間が損をして不幸になり、クズだけが得をして笑ってる。


「如月……。お前のその生き方は本当に父さんにそっくりだ」


 如月を見ていると、父さんの姿が重なる。

 俺には如月が父さんと同じ道をたどってしまう気がしてならない。


「今すぐそんな生き方はやめろ」


 膝に手をつき、頭を垂れる。


「やめてくれ……」


 絞り出したかのように口から出たその言葉は俺の心からの叫びだった。

 俺はただ見たくないんだ。

 父さんのような優しい人間が不幸になるのを……如月があんな姿になるのを見たくない。

 肩にそっと手を置かれた。


「健一くんが言いたいことはわかるよ。お父さんが病んでしまって、親友だった人にも裏切られて……。人が信じられなくなるのも理解できる」


「だったら……!」


 そう言いながら、俯いていた顔を上げた瞬間、心臓が跳ね上がった。

 如月が今にも泣き出しそうな悲しい顔をしていたから。


「でも、ごめんね……。それはできないよ」


「なんで、そこまで……」


「わたしがしたいことだからだよ」


 如月のその言葉に父さんの声が重なった気がした。

 そういえば、いつだったか父さんも同じことを言っていた。


「わたしも健一くんのお父さんみたいになるのは正直怖いし、嫌だけど。たとえあんなふうになったとしても誰かの為になりたいって、わたしはそう思う」


「馬鹿げてる……」


「そうかもね」


「優しすぎるよ……ほんと……」


 父さんも、如月も、本当にやさしすぎる。

 俺はこういう人達が不幸になる姿を見たくない。

 ただそれだけのはずなのに、この人たちは何を言っても止まらない。

 止まってくれない。


「ありがとうね。わたしを心配してくれて」


「心配なんて、してない」


 俺はただ如月が父さんのようになるのを見たくなかっただけだ。

 結局、これも自分勝手の利己的な行動で如月を心配したものじゃない。


「ううん。してくれたよ、健一くんは」


 肩に置かれていた手を頭の後ろに回されて、如月に胸元に抱き寄せられる。


「健一くんはわたしのためにわたしから距離を取ろうとしてくれた。わたしのために思い出したくもないような辛い過去を話してくれた。それに、わたしのためにこうして泣いてくれた」


 如月に言われて、自分が泣いていることに気がつく。

 如月の手が俺の頬に触れ、流れる涙を拭ってくれた。


「これが心配じゃなかったらなんなのかな?」


 優しい手つきで髪を撫でられる。


「やっぱり、健一くんは三秋さんの言ってた通り、すごく優しいよ。健一くんは逃げたって言ってたけど、全然逃げてない。ずっと自分のことをクズだって言って責め続けてる」


 頭の後ろと背中に回された手に力が入り、先程よりも強く抱きしめられる。


「……本当に……本当によく頑張ったね」


 耳元で囁かれた如月のその声はとてもやさしくて、落ち着く声色だった。

 なぜだろう……。

 その言葉を聞いた瞬間、目から涙がとめどなく溢れてきた。

 嗚咽がこぼれ、心がどこかスっと軽くなった気がした。

 五分程だろうか。

 俺と如月はその体勢のまま、如月は何も言わずにいてくれた。


「ほら、男の子なんだからいつまでも泣かないの」


 背中をなだめるようにさすってくる。


「……泣いてない」


「泣いてるじゃん。目の周り、赤くなってるよ?」


「……うるさい」


 如月が目元を覗き込むようにして見てきたので顔を背けると、その様子を見て、如月はまたクスクスと笑った。


「じゃあ、もう三秋さんのお通夜も終わっちゃっただろうし、帰ろっか」


 如月はそう言って、俺の背中を軽く叩いて、歩き出した。

 如月の歩いていく後ろ姿を見て思った。

 この子は止まらない。

 俺が何を言っても、この子はこれからも自分の周りの人間や見知らぬ人、俺にも優しさを振りまき続ける。

 そして、いつか父さんのように無理をする日が必ずやってくる。

 だから、せめて俺はその時にこの子を止められる存在でいたいと思った。

 この子だけは……如月だけは、絶対に父さんの二の舞にしたくない。

 心の中で強くそう思った。

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