表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クズはクズらしく  作者: 夕町 迅夜
第三章
35/41

犠牲と人間

 俺の父さんはとても優しい人だった。

 怒ったところを一度も見たことがないし、叱る時にも決して怒鳴ることはせず、ダメな理由を丁寧に教えて、何時間かかったとしても根気強く注意してくれた。

 誰に対しても優しい態度で接して、困っている人がいればほぼ必ずと言っていいレベルで手を差し伸べていた。

 いつも笑顔でいて、一緒にいるとなんだか落ち着く、不思議な雰囲気のあるやさしい人だった。

 今思い返しても、父さんはかなり出来た父親だったと思う。

 俺はそんな父さんを尊敬していたし、昔の俺は父さんみたいな人間になりたいと心から思っていた。

 俺にとって父さんは最も身近にいる憧れの人だった。

 けれど、その憧れは中学二年生の頃。

 俺だけが吊るし上げられて地獄のような学校生活を送ることになる約半年前に真逆のものに変わってしまった。

 父さんはとても働く人だった。

 ごく普通のサラリーマンだったが、残業で夜遅くまで働く日も珍しくはなかったし、日によっては仕事で帰ってこない日もあった。

 珍しく早く帰ってきたと思えば、仕事で疲れているはずなのに「母さんにいつもやらせるのは悪いから」と言って、料理が苦手な母さんの代わりに料理を作ったりして、家事もやっていた。

 本当にとてもよく働く、優しい人だった。

 けれど、ある日突然、父さんが倒れてしまった。

 原因は過労と過度なストレス。

 あとから聞いた話だが、父さんのいた会社は有名なブラック企業だったらしい。

 父さんはいつも俺たち家族の前では優しい笑顔を浮かべていたけれど、その笑顔の下では相当な無理をしていた。

 俺と母さんは初めは心配したけれど、過労だということだったので、すぐに目を覚まして、いつも通りの生活に戻れるものだとばかり思っていた。

 けれど、父さんは三日間も目を覚ますことなく眠り続け、目を覚ました時には既に今の状態。

 父さんはなんの前触れもなく、過労で突然倒れて、そのまま動かなくなってしまった。

 父さんは四年前のあの日からまるで死人みたいにずっとベッドの上で虚ろな目を浮かべている。

 ただ息をして、心臓が動いているだけのとても生きているとは言えない状態。

 悲惨だと思った。

 家族の為に、会社の為に。

 そう思い、他人の為に頑張った結果がこれだ。

 心が死んで、あとは体が朽ちるまでずっと病院のベッドの上……。

 ……ふざけるな。

 あんなに優しい人間が何でこんなことにならなくちゃいけない。

 壊れるまで人に尽くした優しい男の末路がこんなもので本当にいいのか。

 そんなことを何度も思ったが、現実は残酷だ。

 事実、父さんはこうして病院のベッドにいて、父さんに仕事を押し付けていた会社の人間は今ものうのうと生きている。

 善人ほど馬鹿を見る。

 誰が初めに言ったのかは知らないが、多分、世の中はそういうふうに出来ている。

 おそらく父さんみたいに潰れていった優しい人間は他にも大勢いる。

 何千、何万、何億の善人の犠牲でこの世の中が成り立っているのかと思うと、それまで何も感じずに見ていた世界が途端にゴミに見えた。

 けれど、その時の俺はまだ希望を持っていた。

 人をこんなふうにするクズは父さんの会社の人間だけだと思いたかった。

 けれど、父さんが壊れてしまってから約半年後。

 俺は最も仲のよかった友達に裏切られた。

 人の卑劣な残酷さを自分の身で実際に知って、その希望もなくなってしまった。

 八年も仲良くしてきた友達に裏切られたのは、俺にやはり人はどうしようもないクズばかりなのだと思わせるには十分なものだった。

 中学三年生になり、いじめが止んだ頃、友達が一人もいなくなった俺はクラスメイトや教師、公園にいた中学生や道端ですれ違った中年のおっさんなど、色んな人を見て、観察するようになった。

 いわゆる、人間観察。

 暇だったのでなんとなく始めたことだったが、人間観察を始めて俺は気づいてしまった。

 本当に人はクズばかりなのだ。

 道端に捨てられたゴミを清掃している人の目の前でゴミをポイ捨てする若い男女のカップル。

 満員電車に横から割り込んで無理に押し込もうとする禿げた会社員。

 どうでもいいような事でクレームをつけて怒鳴り散らすおばさん。

 迷惑になっているのにそれに気付かず、奇声を発して叫び散らす大学生のサル。

 人の全員が全員クズだとは言わない。

 だが、俺が見てきた人間にはロクな奴がいなかった。

 あからさまなものから陰湿なものまで、世の中にはクズが溢れていた。

 これまで無意識に見ようとしてこなかった人の汚い面を見れば見るほど人が嫌いになっていった。

 高校受験が終わってから一度だけ、父さんのお見舞いに一人で行ったことがあった。

 今と変わらない痩せこけた体が真っ白なベッドに横たわっていて、その時も変わらず虚ろな目で天井を見つめていた。

 その父さんの姿を改めて見て、色んな人間のクズな姿を見てきた俺は思ってしまった。


 ――こんなふうにはなりたくない。


 尊敬し、憧れていたはずの父さんに対して俺が抱いたのは軽蔑に近い感情だった。

 あんなクズの為に壊れるまで尽くすなんて馬鹿のすることだと思った。

 それと同時に壊れた父さんを見てこんなことを思ってしまう時点で、俺もやっぱりクズなんだと自覚した。

 クズな人間がいくら優しい善人の真似事をしたって、根っこの部分は変わらない。

 どれだけ装ったところで俺は父さんのようにはなれないし、優しい人間が馬鹿を見る世の中なら、もうそんなものになる気もない。

 (クズ)(クズ)らしく最低でいよう。

 そうすれば、俺は利用されなくて済む。

 父さんのようにならなくて済む。

 そう思ったのが、今から約一年前のことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ