父親と末路
俺と如月は病院の中に入っていった。
院内はもう夜だからか、電気がまちまちについていて、全体が薄暗くなっている。
歩きながら、スマートフォンを取り出して時間を確認すると、時刻は七時半を少し回ったところ。
時間はそこまで残っていないが、ぎりぎり間に合った。
「あれ?真冬ちゃんじゃない?」
ほとんど人がいない静かなロビーに聞きなれない女性の声が響いた。
俺と如月が声の主の方に顔を向ける。
「叶恵さん!」
俺は全く知らない人だったが、どうやら如月の知り合いらしい。
如月が名前を呼んで駆け寄っていく。
「どうしたの?今日は三秋さんのお通夜じゃなかった?」
祖父の名前がその女性の口から出てきた。
如月のことを呼んだ女の人の姿を見ると、看護服を着ていたので、この病院の看護士なんだろう。
如月と仲が良さそうな様子からして如月が先程話していた、如月が入院していた時に如月と俺のじいさんを会わせた看護師なんじゃないかと思った。
少しの間、如月と看護士の二人でいろいろと話していたので、その様子を少し離れたところから見ていると、看護士の女の人がこちらの方に視線を向けてきた。
「もしかして、真冬ちゃんの彼氏?」
「違いますよ。三秋さんのお孫さんです」
「え?」
少し驚いた顔をしたあとにこちらに向かって歩いてきた。
俺の目の前で足を止める。
「じゃあ、もしかして、キミが健一くん?」
「そうですけど……」
そう答えると、看護士の女の人はいきなり俺に頭を下げた。
「三秋さんの入院中に担当させていただいていた看護婦の樺島 叶恵です。この度は誠にご愁傷さまです」
先程までの明るく、キャピキャピとした態度から一変。
落ち着いて、しっかりとした真剣な声色でそう述べた。
「あの、わざわざご丁寧にありがとうございます」
俺は少し驚きながらも、できるだけ失礼のないように応じる。
「お通夜の会場じゃないんですから、さっき如月にしていたように普通に接し方にしてください」
「そうですか……。そう言って貰えると助かります」
樺島さんは頭をあげると、先程までの笑顔に表情を切り替えて、俺と如月に向き直った。
「それで、二人ともこんな時間にどうしたの?」
「お見舞いに来ました」
俺が答える。
「え?」
如月は俺がここに来た理由をよく分かっていないので、俺の言葉を聞いて混乱していた。
「そう……。面会時間は八時までだからなるべく長居はしないようにね」
「はい」
おそらく、この人は俺が誰のお見舞いに来たのかを知っている。
爺さんの担当看護士だったなら耳にしていないはずがない。
俺はそれで話を切りあげて、病室に向かう為にエレベーターに乗った。
如月は樺島さんにお別れを言って、俺の後に続いてエレベーターに乗り込む。
「ねえ、お見舞いって誰の?」
「もうすぐ分かる」
狭くて、密室な箱の中。
エレベーターが上へと上がっていき、体に浮遊感を感じる。
「さっき、いろいろ話したけど……」
二人だけしか乗っていない密室の中で顔を見ずに話す。
「俺が人嫌いになって、人を避けるようになった理由はもう一つある」
友達に裏切られたのも、イジメにあったのも、学校生活が地獄になったのも……。
人嫌いになった理由の一つでしかない。
俺にはもう一つだけこんな性格になった理由がある。
「さっき話すって言ったからな……。全部話すよ。それに如月は見ておいた方がいい」
浮遊感がなくなり、目の前のエレベーターの扉が開く。
薄暗く、静かな廊下を歩き、渡り廊下を渡って隣の棟に移動する。
そして、等間隔に並んでいる病室の扉のひとつにノックもせずに入っていった。
入ったその部屋は電気がついておらず、光源が雲の隙間から僅かに射す月明かりと心電図モニターだけしかなくて薄暗いかった。
室内にはシーンとしていて、無機質な心電図モニターの音だけが一定のペースで響いている。
俺が電気をつけずに部屋の奥に進んでいくと、如月も電気をつけることなくついてくる。
病室なので奥には真っ白なベッドがあり、そのベッドに誰かが寝ているというのが辛うじてわかる。
「しっかり見なよ」
ベッドに寝ている人物が見やすいように、後ろにいる如月を自分の前に来るように誘導する。
風で雲が流れたからか、窓の外から差し込む月明かりが次第に明るくなっていき、それに連れて、ベッドで寝ている人の姿もあらわになっていった。
寝ているのは四十代後半くらいの痩せこけた男。
腕に点滴を指し、どこを見ているのか分からない虚ろな目で天井を見つめている。
「っ……」
その男を見て、如月が後ずさりしたのが分かった。
「この人って……」
「ああ、俺の父親だ」
出来ればこんな所には来たくなかったし、もう父さんのこんな姿を見たくなかった。
けれど、如月はこの男のこの姿を見ておかなくちゃいけない。
「これが人の為に生きた人の成れの果てだよ」




