苦悩と自棄
担任教師、学年主任、生徒指導教師、教頭……。
様々な教師からお叱りを受けた。
けれど、それらの教師たちから叱られるのは特に苦ということもなかった。
それまでにも教師から怒られたことは何度もあったし、ただ黙って、否定せずにハイハイと頷いて、最後に反省の言葉でも言っておけば、適当に流すことができる。
教師たちの説教の中には否定したいことが山ほどあったけれど、それらの言葉は全て飲み込んだ。
大抵の大人というのは自分の方が年上で経験豊富で正しいと思っているから子どもの主張を聞かない。
聞いてほしいのは別に正しさなんかじゃないのに……。
俺が何を言ったところで状況が悪化する気しかしなかったので、俺はただ叱られることに徹していた。
けれど、事は俺が叱られるだけでは済まなかった。
俺を実際に叱りつけた生徒指導の教師が全校集会で俺たちに起きたことの大まかなことを話して、「喧嘩なんてしないように」と全校生徒に注意を促した。
教師は俺や引きこもった友達、骨折した友達の名前は伏せて話していて、ところどころ濁してはいたけれど、そんなことは少し誰かに聞けば、誰が何をやったかなんていう詳しい情報は直ぐにわかってしまう。
学校側からすれば、生徒に面倒事を起こされるのは迷惑でしかないので、注意を呼びかけるのは理解できる。
だが、それが決定打になってしまった。
本来なら生徒を守り、教育するはずの教師のせいでさらにこの話がクラスや学年の枠を超えて学校中に広がることになった。
殴り合いをしたあの日から約ひと月後には俺は学校のほとんどの生徒から奇異の目を向けられるようになった。
ある人は嘲笑いながら俺のことを見てきた。
ある人はゴミでも見るような軽蔑した目で俺のことを見てきた。
ある人からはクズだと言われ、筆箱や上履きをゴミ箱に投げ捨てられたり、牛乳が湿った臭い雑巾を引き出しに入れられたり、机に落書きまでされて、軽いイジメにまで発展してしまっていた。
当時の俺の精神状態はかなりぼろぼろなものだった。
これまで八年近く仲の良かった五人のグループは完全に崩壊し、それまで友達だと思っていた奴らは巻き込まれたくないからとみんな俺から離れていった。
多くの友達に囲まれて楽しかった学校生活は一変。
俺はたった数ヶ月で全校生徒から軽蔑され、嘲られ、完全に孤立した学校生活になった。
毎日毎日、学校に行くのが本当に嫌で辛かった。
登校中、学校に近づいていくほどに心臓がバクバクとうるさく跳ねて、いつも冷や汗をかく。
体が拒否反応のようなものを示してしまうほどに当時の俺は精神的に追い込まれていた。
けれど、それでも俺は学校を休むことだけはしなかった。
そんな状況でも俺が家に引きこもることなく、学校に行き続けたのは母さんがいたからだ。
何をされたとしても母さんにだけはバレないように誤魔化した。
どれだけ辛くて泣きたくなっても、家に入る前には笑顔を取り繕って、家にいる母さんには明るく楽しそうに学校生活を送っているように振舞って見せた。
母さんにだけはどうしてもこれ以上の心配をかけたくなかった。
けれど、そんな微かな願いすらも現実では裏切られることになる。
家に教師がやって来た。
なんの予告もなく、俺が学校から家に帰った時には生徒指導の教師と担任教師の二人が家に上がっていて、母さんと机を挟んで例の話していた。
今でも忘れられない。
教師の話を聞きながら母さんが俺の隣で目を赤くして泣いていた。
母さんが泣いている姿を見たのはそれが初めてで、とても胸が苦しくなった。
頭では何を言っても状況が悪化するだけだということは分かっている。
けれど、それでも俺は目の前で話し続ける教師にやめろと言いたかった。
歯を食いしばり、自分の爪がくい込んで血が滲むほど拳を握りこんで必死にその言葉を飲み込んだ。
教師が家に来たその日のうちに、引きこもりになった友達と骨折した友達の家に母さんと一緒にお詫びの品を持って謝罪に行った。
引きこもった友達の両親にはもう関わらないでくれとだけインターホン越しに言われて、取り合ってすらくれなかった。
骨折した友達の両親には酷く叱られて、胸ぐらを掴まれて酷い罵声を浴びせられた。
母さんがその場にいたからそれくらいで済んだものの、もし俺だけで謝罪に行っていたら間違いなく殴られていただろう。
それほどの剣幕だった。
罵声を浴びせられて謝っている俺の姿を見て、両親の後ろで笑っていた友達の顔を見た時には怒りを通り越して、生まれて初めての殺意が湧いた。
奥歯を噛み締めて、吐きそうな思いをしながら俺と母さんは骨折した友達とその両親に頭を下げて謝った。
「……母さん……ごめん……」
友達に謝りに行った帰りの夜道で俺は立ち止まって母さんにも謝った。
「べつにいいって。子供の責任を持つのが親の役目だしね」
「でも、俺が!俺が……!」
母さんは荒らげた俺の声に少し驚いた顔をしながらも俺に近づいて、頭に手を置いた。
「ケンちゃんは、よく頑張った」
母さんの手が俺の頭をやさしく撫でてくれた。
俺はなぜかものすごく泣きたくなって、瞳が潤んだ。
「もー、なんて顔してるの?」
「うるさい……」
顔を見られたくなかったので、下を向いて、目を背ける。
「ふふっ。お腹空いたし、何か食べてから帰ろっか」
その言葉に俺は流れそうになった涙を拭きながら黙って頷いた。
当時の俺は本当に母さんに助けられていた。
もし、あの人が母親じゃなければ、俺は今頃完全に折れていた。
母さんだけが俺の唯一の心の支えになってくれていた。
地獄のような学校生活を送りながら俺は自分なりになんでこんなことになったのかをずっと考えていた。
いったい何が悪かった……?
友達が引きこもったことか。
友達が骨を折ったことか。
骨折した友達が裏切って俺だけに責任を押し付けてきたことか。
俺まで喧嘩に参加して殴ってしまったことか。
どれも何か違うような気がしたし、どれも悪いような気もした。
でも、自分の中でハッキリとしたことが一つだけあった。
俺には納得できないことがある。
俺も止めようとしたとはいえ、殴ってしまったんだから、俺にも非があることは認める。
俺が引きこもる理由になったのかもしれないし、俺が殴ったせいで骨を折った可能性はある。
だから、俺が頭を下げて謝ることに関してはべつになにも否定する気はない。
けれど、それでも俺だけが吊るし上げられるのは違うだろ……。
俺がどうしても納得できないのは、俺だけが頭を下げているこの現状だ。
初めに殴り合いを始めたのはアイツらだ。
アイツらが被害者で俺一人が加害者のはずがない。
今回の件はどう考えても俺たち三人ともが被害者であり、加害者だ。
それなのになんで……。
なんで俺だけがこんなことになってるんだ。
なんで俺だけが吊るし上げられてる……。
なんで俺だけがこんなに謝ってる……。
なんで俺だけが周りからクズだと罵られ、嘲られている……。
なんで俺だけがこんな目にあわなきゃいけない……。
なんで俺だけがこんなに辛い思いをしなくちゃいけないんだ……。
……なんで……なんで……なんで……。
なんで、俺の母さんが泣かなくちゃいけないんだ……。
「……………………もう……いいや……」
必死に考えて、悩んで、もがいた結果。
俺は自分の中の大切だった何かが切れてしまった。
それまで頭を抱えて悩んでいたことが一気にどうでもよくなった。
こんなことになるならこんなものなくていい。
こんなに苦しいならもうどうでもいい。
全部、捨ててしまおう……。




