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クズはクズらしく  作者: 夕町 迅夜
第一章
3/41

忘却と邂逅

 翌日、俺は放課後に学校の最寄り駅から三駅ほど離れた場所にあるそこそこ大きな大学病院に来ていた。

 夕暮れ時ということもあり、電車内は人が多く、気分が悪い。

 これだから電車は嫌いなんだ。

 手には母さんから言われたように道中にある花屋で適当に購入したお見舞い用の花を持っている。

 俺は病院内に入り、ロビーで祖父の病室がどこにあるのかを聞いて、病室へと向かった。

 俺の祖父が入院している原因は(ガン)だ。

 二年ほど前からこの入院していたのだが、前の冬頃に病状が悪化したらしく、祖父の希望もあって今は広々とした個室に移っているらしい。

 祖父の病室前に着いた。

 僕は札に祖父の名前が書いてあるのを確認してから、病室のドアを二、三回ノックし、中から「はい、どうぞ」という女の人の声がしたのを聞いてからゆっくりとスライド式のドアを開ける。


「失礼します」


 俺はそんな義務的な言葉を言いながら病室に入っていく。

 先程、ドア越しに声をかけてきたのは祖母のようで、祖父が寝ているベッドの横で椅子に腰掛けていた。

 祖母もお見舞いに来ていたのだろう。


「あら、健一くんじゃない!?お見舞いに来てくれたの!?」


 祖母は俺の姿を見ると、驚きと喜びが混ざったような顔を浮かべながら椅子から立ち上がった。

 そういえば、祖父と祖母の二人に会うのは去年に母さんとお見舞いに来て以来だから約二年ぶりになるのか。

 二人とも確か今年で八十歳になったはず。

 祖父はあれだが、祖母の方は相変わらず元気そうだ。


「ども……ちょっと母に言われたんで……」


 俺は後頭部を掻きながら祖母に苦笑いをして、軽く会釈(えしゃく)する。

 なに笑ってるんだよ、気持ち悪い……。


「……誰だ?」


 ベッドに近づくと、横になっていた祖父が口を開いた。

 布団の上に出ている枯れ枝のように細い腕から点滴の管が伸びていて、まさに病人といった感じだ。

 心做しか、二年前よりも髪が白くになったし、量も減った気がする。


「健一くんですよ」


「……健一?」


「ほら、私たちの孫の健一くん」


「……健一って……誰だ……?」


「……」


 俺は祖父と祖母のそんなやり取りをただ無言で見守っていた。

 言い忘れていたが、祖父は癌と同時に認知症も患っている。

 前に会った時には俺のことも覚えていたのだが、どうやらこの様子だと俺の存在はもう完全に忘れられてしまったらしい。


「……健一くん、ごめんなさいね……」


 祖母が申し訳なさそうに頭を下げて謝ってくる。


「別にいいって。仕方ないよ」


 そう、仕方がないのだ。

 祖父だって忘れたくて忘れているわけじゃない。


「俺、このあとバイトあるからもう帰るね。この花よかったら飾ってあげて」


 これは嘘だ。

 今日はバイトなど入っていない。

 他に大して予定もないので、この後はただ帰宅するだけだ。

 しかし、俺はここに長居しない方がいいだろう。

 バイトがあると言ってしまえば、祖母も俺を無理に引き止めたりはしないはずだ。

 来る途中で買った、名前も知らない花を祖母に渡す。


「ありがとうね。よかったらまた来てあげて」


「うん。また来るよ」


 俺はそんな社交辞令を一応述べておいた。

 俺がお見舞いに来たところで、肝心の祖父に忘れられていては何の意味も無い。

 もうここに来ることはおそらくないだろう。

 俺は病室を後にしようとドアの方へと歩いていく。


「アンタ……ワシの孫なのか?」


 ドアに手をかけたところで祖父が背中越しに弱々しい声をかけてきた。

 振り返ると、祖父の細い目は真っ直ぐ俺を見ている。

 俺はドアから手を離し、祖父の方へと引き返した。

 そして、祖母には聞こえないように祖父に耳打ちをする。


「違うよ」


 俺は端的にただそれだけ言って、精一杯の作り笑いを祖父に向けた。

 祖母には小声で「あんまり俺のことは話さないであげて」と伝える。


「じゃあ、お大事に」


 その言葉を最後に残し、俺は病室を出ていった。





 俺は祖父の病室を出た後、エレベーターで一階まで下り、自動販売機でブラックの缶コーヒーを購入した。

 受付待ち用にロビーにはいくつも長椅子が置かれており、俺はそのひとつに腰を下ろした。

 缶コーヒーのプルタブを起こして開け、一気に飲み干す。

 苦い……。

 息をゆっくりと吐きながら脱力し、背もたれに体を預ける。

 天井をぼんやりと見上げると、天窓から差し込んでいる光が病院の壁にあたってゆらゆらと幻想的に揺れていた。

 そんな光景をボーッと眺めていると、何故か昔の光景を思い出す。

 そういえば、昔は祖父も元気でよく遊んでもらったな。

 キャッチボールをしたり、お小遣いくれたり、いろんなところに連れていってもらったり……。

 あの頃は楽しかった。

 祖父は本当に優しくていい人だった。

 昔の思い出の中にはどこにでも笑って楽しそうにしている幼い頃の自分がいた。

 そんな昔の記憶が頭の中をよぎっていき、次第に(うつ)になっていく。

 昔はこんな人間じゃなかった。

 昔はもっと活動的でおしゃべりで友人も沢山いて、未来に希望を抱いているような明るい無邪気(むじゃき)な子供だった。

 少なくともこんな悲観的(ひかんてき)で、他人を心のどこかでいつも見下しているようなクズ野郎では決してなかった。

 ――いつからだろう。

 こんなにも人が嫌いになったのは……。

 ――いつからだろう。

 人と関わらないようになったのは……。

 ――いつからだろう。

 祖父にあんな最低なことを平気で言えてしまえるようなクズになったのは……。

 いつからなんだろう――。

 ――いいや。

 俺は本当は知っている。

 どうして自分がこんな人間になってしまったのかも、いつから変わってしまったのかも全て知っている。

 自分が歩んできた人生なんだ。

 俺が知らないはずがない。

 それでも、知らないと思いたいのはただこうなってしまった自分をどこかで認めたくないのだろう。

 どうしようもなかったとはいえ、こんな道しか選べないような人生を歩んできてしまった自分が許せない。

 今の俺は昔の自分が最も()み嫌っていた最低の人種そのものだ。

 あんな風には絶対になりたくないと嫌悪(けんお)していた人間に今の俺はなっている。

 今の俺は昔の自分にとても顔向けできない。

 他人からの期待や信頼ならまだしも、昔の自分を裏切ってしまったんだから。

 こんな人生、歩むはずじゃなかった……。

 過去への後悔と今の俺に期待してくれていた昔の自分への謝罪(しゃざい)の念が胸の中で膨れ上がる。

 ……なんか……もう嫌だ……。

 ………………………………………死にたい。


「ねぇ、健一くんだよね?」


「っ!?」


 そんなことを考えて、ちょうど死にたいと思ったところだった。

 先程まで病院の天井が見えていた視界に突然、逆さの女の人の顔が現れたのだ。

 あまりの近さに女の人特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 あまりに急な出来事だったので、俺は思わず椅子から飛び上がってしまった。


「ふふっ、驚きすぎだよー」


 そんな俺の姿を見て、顔を(のぞ)き込んできた彼女はクスクスと笑っていた。

 その彼女は制服を身にまとっていたので、おそらく高校生なのだろう。

 というか、彼女の着ている制服、うちの高校のものじゃないだろうか。

 女子生徒の制服などしっかり見た事もないので確信は持てないが(がら)が似ている気がする。

 彼女は(あで)やかな黒髪ロングをしていて、女子高生らしく薄く化粧をしていた。

 顔立ちは整っていて、世間一般ではおそらく美人と呼ばれる側の人間だろう。


「あの……誰?」


 俺は本当に彼女に全く見覚えがなかったので素で聞き返す。

 俺は学校では基本的に寝たり、本を読んだりしていて同学年の人どころかクラスメイトとすら話すこと自体ほとんどない。

 そのため、この人がたとえ俺と同じ学校だったとしても知り合いではないし、女子なら尚更(なおさら)知らない。


「酷くない!?ほら、高校で同じクラスの如月 真冬(きさらぎ まふゆ)だよ!春原 健一(すのはら けんいち)くんでしょ?」


「そうだけど……」


 自己紹介をされても彼女のことは全く記憶にないが、俺の名前はあっているし、どうやら人違いというわけではなさそうだ。

 同じクラスの如月 真冬……。

 改めて記憶を探るが……ダメだな。

 全く思い出せそうにない。

 そもそも、俺はクラスメイトの名前など一人も把握(はあく)していないので、思い出そうとするまでもなく知るはずがなかった。

 とりあえず、なんだか面倒くさそうなので適当に合わせておこう。


「健一くんは病院なんかにきてどうしたの?風邪?」


「いや、ちょっとお見舞いに」


「じゃあ、わたしと同じだね」


 少し下に視線を向けると、彼女の右手には紙袋が握られていた。

 中にお見舞いの品でも入っているのだろう。


「そうみたいだね」


 会話はキャッチボール。

 本来ならこちらからも何か投げ返すべきなのだろうが、俺は早く話を切り上げたいので適当な返事だけをして早々に会話を終わらせようとする。


「健一くん、これから用事とかあるの?」


「いや、べつにないけど……。お見舞いも終わったし、家に帰るつもり」


「だったら途中まで一緒に帰ろうよ!お見舞い急いでしてくるからちょっと待ってて!」


「……は?何言って……」


 如月と名乗った彼女は俺の言葉を最後まで聞き終わる前に丁度来たエレベーターに乗り込んでいってしまい、引き止める間もなく、この場を去ってしまった。


「……え?」


 俺は訳も分からず、勝手に一緒に帰る約束をさせられてしまった。

 なんだあれ……。

 普通、ほとんど話したことがない初対面同然の相手と一緒に帰ろうとするか?

 俺は自分の前髪を右手でつまんで少しだけ考える。

 その結果――


「………………帰るか」


 俺は手に持っていたコーヒーの空き缶をゴミ箱に捨てて、如月なんとかさんを待たずに帰宅した。



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