承継と起源
十二月の半ば。
わたしは普通に歩けるようになり、軽く飛び跳ねたり、走ることもできるようになった。
カウンセリングの方ももう大丈夫だと判断されて、わたしは通院する必要もなくなったけれど、わたしは通院していた時以上に病院に訪れるようになっていた。
三秋さんの病状が悪化して、三秋さんのお見舞いに行く回数が増えたからだ。
「三秋さん、おはようございます」
扉をノックして病室に挨拶をしながら入る。
おばあさんはほぼ毎日のようにお見舞いに来ているけれど、まだ来ていないようで室内にはおばあさんの姿はなかった。
三秋さんはいつも通りベッドで眠っている。
三秋さんは前のように車椅子で病院内を移動することはなくなっていたけれど、前と同じように話はできるようだった。
体を動かすのが辛いらしい。
眠っている三秋さんを起こすのも悪いと思ったので、わたしは椅子に座って学校の勉強することにした。
背負ってきたリュックサックの中から筆箱や教科書、ノートなどの勉強道具を取り出す。
わたしは三秋さんに勉強を教えてもらう時には床頭台の上のスペースが空いているので、いつもそこにノートやらを広げて勉強させてもらっている。
なので、今日も床頭台の上に勉強道具を広げようとすると、いつもは見当たらないものがそこに置かれていた。
「写真?」
置かれていたのはひとつの写真立て。
入っている写真には今よりも少し若い三秋さんとおばあさん、そして見たことがない三十代くらいの男の人と女の人、そして二人の間に小学校低学年くらいの幼い少年が一緒に写っていた。
みんな笑顔で真ん中にいる少年は突き出すようにしてピースをしている。
元気で明るい子供らしい子だと思った。
「んぁ……」
うめき声のような声が聞こえたので、振り向くと三秋さんが薄らと目を開けていた。
「あっ、起きたんですか?おはようございます」
「ん?あぁ、キミか」
どうやら寝ぼけながらもわたしのことは認識してくれたらしい。
「おはよう……。なにを見ていたんだ?」
「この写真です」
三秋さんにも置かれている写真立てが見えるように少しだけ横にずれる。
「勝手に見てすいません。つい、目に入ったので」
「べつに謝ることじゃない。その写真、取ってくれないか?」
「はい」
床頭台の上の写真立てを手に取り、三秋さんに手渡す。
三秋さんはその写真立てを割れ物でも扱うかのように両手で丁寧に持って、懐かしそうな目を向けていた。
「もしかして、お孫さんですか?」
「そうだ。これが娘でこれが娘の夫。そして、これがわしの孫だ」
写真に写っている女の人と男の人、幼い少年を順に指さしていく。
「かわいいお孫さんですね」
「まあ、孫はキミと同い年だがな」
「お、同い年ですか!?」
「ははっ」
少し前の写真だとは思ったけれど、まさか写真に写っている少年がわたしと同い年だとは思わなかった。
幼い頃の姿を見て言ったとはいえ、同級生の男の子にかわいいと言ったのはなんだか気恥しい。
「お名前は?」
「春原健一って言うんだ。この子によく似合う名前だろ」
写真の中で元気よくピースをしているその子には確かにピッタリの名前だと思った。
「この辺に住んでるんですか?」
「ああ、この病院の最寄り駅から三駅ほど行ったところに住んでる」
「結構近いですね」
わたしはもう何度も三秋さんのお見舞いに来ているけれど、この写真に写っている人たちを一度も見た事がない。
「お見舞いには来ないんですか?」
「娘はよく来てくれるぞ。仕事が忙しいようで長居はしないがね」
「お孫さんは?」
「さあ。去年の正月に会って以来会ってないな」
たった三駅ほどで来れる距離に住んでいるというのに、二年近く全く会いにこない。
三秋さんのお孫さんは写真に写っているこの頃と違って、薄情な人なんだと思った。
「お見舞いにも来ないなんて冷たいと思っただろ?顔に出てるぞ」
「あ、いや……」
顔に出てしまっているとは思わなかったので、すぐに顔を抑えて取り繕おうとする。
「言っておくが、孫はとても優しい子だよ。お見舞いに来ないのはきっとそれどころじゃないからだ」
「中学三年生で高校受験があるからですか?」
「それもあるが、あの子には色々と辛い思いをさせてしまった。今、あの子は自分のことで精一杯なんだ。わしのお見舞いなんか来なくてもいい」
「寂しくはないんですか?会いたいと思ったりとかは……?」
「そりゃあ、会いたいに決まってる。大切な孫だからな」
「でも、孫にはわしと違ってこれから先がある。こんな老いた後先のない老いぼれに構う暇があるなら、自分のことに専念してもらいたいとは祖父としては思うね」
首を傾けてわたしの方を見る。
「もちろん、キミにもな」
「わたしは好きで来てるからいいんですよ。勉強も見てもらってますし」
「はは、ありがとう。こんな動けなくなった老いぼれにも役立てることがあって嬉しいよ」
どこか悲しそうな雰囲気のある笑顔だった。
そんな表情を見ると少し胸が痛い。
「あの子は今、必死に生きてる。こういう時こそ誰かが近くで寄り添って支えてやらんといかんのに……わしはこの通り孫に何もしてやれん。本当に情けない……」
三秋さんは心から自分がお孫さんに何もしてやれないことを悔やんでいるようだった。
三秋さんのその言葉はわたしの耳にはまるでそれだけが唯一の心残りだと言っているように聞こえた。
「三秋さん、出来ればお孫さんのこともっと聞かせてくれませんか?」
わたしは三秋さんの話を聞いて、三秋さんの孫である健一くんに興味を持った。
健一くんに何があったのかは誤魔化されて教えてもらえなかったけれど、話の中で三秋さんは何度も健一くんには支えてあげられる人が必要だと言っていた。
「じゃあ、わたしが健一くんの友達になりますよ。三秋さんに救ってもらった恩もありますし」
「それは……ダメだ。確かに有難いが、キミにこんなことを押し付けるわけにはいかない。キミはキミのやりたいことをしなさい」
「じゃあ、これがわたしのやりたいことです。わたしが三秋さんの話を聞いて、健一くんに興味を持ったから健一くんと友達になりたいと思いました。それじゃあ、ダメですか?」
三秋さんの目をじっと見つめる。
「……キミはなにを言っても聞かなさそうだな」
わたしの顔を見て、三秋さんは諦めてくれた。
「勝手にしろと言いたいところだが、わたしはやってもらう立場だ」
三秋さんが布団から弱々しい手を出した。
わたしはその微かに震えている手を両手で包むようにして握る。
「悪いが、孫をよろしく頼む」
「はい。任せてください」
わたしはこの日、健一くんと同じ高校に入ることを決めた。
健一くんがどこの高校に入ろうとしているのかはおばあさんから聞いてもらい、わたしは受験当日までその高校に合格できるように必死に勉強した。
そして、三ヶ月後。
なんとかわたしは健一くんと同じ高校に合格することができた。




