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クズはクズらしく  作者: 夕町 迅夜
第三章
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断決と変化

 三秋さんに初めて会ったあの日から看護士さんは毎日のようにわたしを三秋さんに合わせようとした。

 わたしが裏庭に連れていかれて会うこともあれば、三秋さんがわたしの病室をわざわざ訪ねてくることもあった。

 三秋さんは癌を患っていたのに全然自分の病室にいなくて、病院の敷地内をよくフラフラしている人だった。

 わたしは三秋さんのことをしばらく無視していたけれど、三秋さんは毎日のようにわたしに話しかけてきた。

 そして、三秋さんが私に話し始めてから約半月が経った頃だった。

 親や南谷くん達は数日おきだったし、話もそこまで長くなかったから耐えられていたが、三秋さんは相当暇なのか、毎日会うし、何時間も長話をする。

 正直、限界だった。

 初めはこんな何も反応しない人と話していてよく飽きないな、という程度にしか思っていなかったけれど、次第にもうやめて欲しいと思っていた。


「いい加減にしてくれませんか……」


 ある日、わたしはとうとう耐えられなくなって三秋さんの独り言のような会話を遮った。

 これが初めてわたしが三秋さんに対して放った言葉だった。

 思い切って言ったというよりかは内心で思っていたことがついこぼれて口に出てしまったという方がおそらく正しい。


「もう、一人にさせてください。人と話したくないんです」


 この際だからはっきり言ってしまおうと思った。

 三秋さんの顔を見ると、いきなりわたしが話したからか、ほんの少しだけ驚いたような表情をしていた。

 けれど、その表情はすぐに暗くなる。


「キミはまだ引きずってるのか?」


「見てわかりませんか……」


「アキレス腱を切ったなんて完全に事故だろう」


「原因は過度の疲労です。わたしが自分の体に気を使って、しっかり管理してさえいればあんなことにはならなりませんでした」


「でも、わざとじゃないんだろう?」


「わざとじゃなかったら許されるんですか?原因はどうであってもわたしのせいで台無しにしたんですから、それなりの責任は取るべきです」


「だったら聞くが、キミがそうやって落ち込んでいればその責任が取れるのか?」


「……」


 わたしはなにも言い返せなかった。

 なんだかいたたまれなくなって項垂れてしまい、自分の手元を見てしまう。


「いいかい。よく聞きなさい」


 三秋さんはそう言いながらわたしの肩に弱々しい手を置いた。


「キミがアキレス腱を切ったのは間違いなく事故だ。けれど、キミがしっかりと自分の体調管理さえしていれば起こらなかったかもしれない。だから、キミが言うようにキミには責任があるのだろう。だが、キミがそうして落ち込んでいても責任が取れるわけじゃない。もう、終わってしまったことなんだ。やってしまったことはやり直せない。責任を取るなんて本来は出来ないんだよ」


「だったら……どうすればいいんですか……どうしたら許してもらえるんですか……」


「許してもらえるなんて思うな。やってしまったことはもう何をしても取り返せない。キミはこれから先もずっとその失敗を背負っていくことになる」


「それは辛いですね」


「そうだな。確かに辛い。けれど、その経験はしなくちゃいけない。そういう経験が人を強く、立派なものにしてくれる」


「わたしはそんなに強くないですよ……」


 世の中にはそうやって辛い経験を乗り越えて、強くなっていく人もいるのかもしれない。

 けれど、同時にこの世の中には折れて潰れていく人もいる。

 わたしは後者の人間。

 今こうしているのがなによりの証拠。

 わたしは辛い経験を乗り越えられるような強い人間じゃない。


  「誰も落ち込むなとは言わんよ。自分の内面に目を向けて、一人で抱え込む時期というのは誰にだって必要だし、なくちゃいけない。だが、キミはもう十分過ぎるくらい落ち込んでいる。後悔もしている。いい加減、そこから出なさい。今のキミがしているのは責任取りなんかじゃない。ただの現実逃避だ」


 三秋さんの手がわたしの肩を離れる。


「もう一度よく考えなさい。また、明日も来る」


 三秋さんはその言葉を残して病室から出ていった。





 その日の夜、わたしは病室のベッドの上で窓の外を見ながら考えた。

 昼に三秋さんの言っていたことを思い出す。

 わたしがこうしているのはただ辛い現実から目を背けているだけなんだろうか。

 わたしはみんなに許して欲しかったんだろうか。

 このまま一生あの時のことを抱えていくことになるのだろうか。

 何度も三秋さんの言葉を思い出して、何度も自問自答を繰り返した。

 そうして反芻しているうちに思ってしまった。


「その通りだよ……」


 わたしは許して欲しかった。

 自分のしていることが現実逃避だということは本当は薄々理解している。

 わたしはただ、認めたくなかった。

 自分のやってしまったことをできることならなかったことにしたかった。

 わたしは責任を取ると言いながら、ただ現実から逃げていただけだ。

 今でもできることなら、このまま逃げてしまいたい。

 けれど、それはどうやら出来ないらしい。

 わたしがやってしまったことはもう何をしても一生許される事はない。

 これから死ぬまでずっと抱えていくしかない。

 なら、わたしは一生このままでいるつもりなのか。

 答えは否。


 ――もう、終わりにしよう。


 次第に外が明るくなっていく。

 夜が明けて、朝がやってきた。





 その日の夕暮れ時。

 言っていた通り、三秋さんがわたしの病室に車椅子に乗ってやってきた。

 いつもは三秋さん一人で来るが、今日は看護士さんが三秋さんの車椅子を押している。


「考えたか?」


 わたしは僅かに頷いた。


「確かに三秋さんの言う通りです……」


 もう、終わらせなきゃいけない。

 三秋さんの言う通り、このまま落ち込んだままでいてもなにも変わらない。

 でも……


「わたしはこれからどうしたらいいですか……」


 自分の足を撫でながら言う。

 この足では陸上はもう無理だろう。

 陸上以外まともにしてこなかったわたしはここから出ていく決意は出来ても、何をすればいいのか分からなかった。


「キミのしたいことをすればいい。前を向けとは言わないが、とにかく歩き出しなさい。そうしないと、なにも変わらない」


「わたしの、したいこと……」


 頭を回転させて、自分のやりたいことを考えた。


「それは、これからゆっくり見つけていけばいい。まだ若いんだから急ぐ必要はない」


「じゃあ……やりたいことをする為に、まずはこの足を治します」


「ああ、それがいいだろう」


 わたしが自分の足を撫でながらそう言うと三秋さんは笑ってくれた。


「真冬ちゃん!」


 看護士さんがいきなりわたしに抱きついてきた。

 力がこもっていて、少しだけ苦しい。


「……本当に……本当によく頑張ったね」


 抱きつきながら、頭を優しく撫でてくれる。

 看護士さんが耳元で囁いてくれたその言葉を聞いた瞬間、涙が溢れてきた。

 わたしはずっとその言葉を言って欲しいと思っていたのかもしれない。

 三年間必死に努力して、あんな結果になってまったけど、足がどれだけ痛くてもわたしは最後まで走りきった。

 わたしはそのことを誰かにずっと褒めて欲しかった。

 少しだけ、ほんの少しだけではあったけど、わたしの努力が報われた気がした。


 わたしはその日、数ヶ月ぶりに笑った。


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